思わず笑いが零れてしまった。少しだけ首を竦めると、おい、と不機嫌そうな声が落とされる。
「今の状況、わかってんのか?」
「わかってる。さすがにそこまで鈍くないぞ」
ブラッドリー、と目の前の男の名前を呼ぶと、大きな傷跡が残る鼻筋に皺が寄る。少し身じろぐと耳の下でシーツがこすれる音がした。
誰もいない恋人の家で、二人でベッドに乗っていて、耳元にキスされる。その意味がわからないほど子供じゃない。だけど、不意に感じたくすぐったさを我慢するのは案外難しかった。息が吹きかかった程度で笑いが零れるほど弱いつもりじゃなかったんだけどなと耳を撫でる。以前テンションが上がったラスティカに抱き着かれた時は全く気にならなかったのに。
「ブラッドリーだからか?」
「何がだよ」
「こんなに反応するのは、あんただからかなって」
そういえば、ブラッドリーはくすぐりに強いと話していたのを思い出す。試しに目の前の欠けた耳輪を撫でてみても、怪訝な顔を返されるだけだった。ほんの少し、好奇心が首をもたげる。もう一度首に腕を回して軽く力を込めた。近付いてきてくれた耳元に、さっきのブラッドリーと同じようにキスをする。ぴくり、としがみついている首筋が小さく震えるのが分かった。
「なあ、くすぐったいか?」
「……てめえな」
呆れたような、少しだけ怒ったような声が鼓膜を揺らす。やっぱりくすぐったい。反射的に竦めた肩を掴まれ、近付いていた顔を引き剥がされた。ワインレッドの瞳が視界に入る前に唇を塞がれる。
「んっ、う……」
角度を変えて何度も唇が触れ合い、肩を掴んでいたはずの手がするすると上にあがって耳を撫でる。くすぐったくはなかった。熱くて、少しかさついた唇の感触に気を取られてしまってそれどころじゃない。ぎゅっとブラッドリーの服を握れば、小さな笑い声が落ちてくる。
「もうくすぐったくねえのか?」
離れた唇が弧を描き、指先が耳たぶをなぞる。まだキスだけなのに、ブラッドリーの指が何だか随分冷たく感じた。小さく頷くと喉を鳴らして、またキスされる。指先はまだ耳から離れない。
下唇を軽く食まれると同時に耳輪を撫でられて、熱い舌先が唇の輪郭をなぞる時には耳たぶを軽くつままれる。嫌なわけではないのに困ってしまって、ブラッドリーの肩を押した。どうした、と聞かれて、未だ耳に触れている指を掴む。
「別のところにしてくれないか?」
「何でだよ。くすぐったくねえんだから、いいだろ」
「くすぐったくは、ないんだが」
このままだと、シャンプーの時に指が触れただけでブラッドリーのキスを思い出してしまいそうだ。そう告げると、嬉しそうな声が別にいいだろと耳を撫でた。
「何か不都合があんのかよ」
「そりゃあ、あるだろ。毎日こんなにどきどきしてたら身が持たない」
掴んでいた手を引いて、胸元に導いた。ブラッドリーの手のひらを心臓に当てる。それだけでもっと鼓動が早くなった気がするのに、毎晩入浴するだけでこんなことになるなんて体に悪すぎる。だから、と口を開く前に、胸元の指先がシャツのボタンを一つだけ外して言葉が引っ込んでしまった。ブラッドリーの爪がボタンにぶつかる微かな音にさえどきりとしてしまう。
「てめえは本当に、わかってんのかよ」
胸元を軽く叩いた指先が、また一つボタンを外す。手加減するつもりはねえぞ、と囁く声が肌に触れて、耳だけじゃないことにようやく気づいた。