司くん観察日記○月5日 晴れ
今日から日記をつけようと思う。
彼のことを書いた観察日記だ。
彼ともっと仲良くなるため、気づいたことを記していく。
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○月8日 晴れ
彼は頭を撫でられるのが好きだ。
最初は戸惑っていたみたいだけど、今じゃすっかり僕の手がお気に入りだ。
頭の形にそって撫でてあげると、気持ちよさそうに目を閉じる。
この間なんて撫でているうちに眠くなってしまったようで、うとうとと船を漕いでいた。僕を信頼してくれてるようでうれしい。
耳の後ろを触られるのも気持ちいいようで、こしょこしょと触ってあげると、目を細めて首を傾けてきた。すごく可愛い。
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○月14日 雨時々曇り
彼は身だしなみにとっても気を使っている。自分のケアに余念がないのだ。
それは頭を撫でる時に僕も実感させてもらっている。さらさらつやつやで、とっても手触りがいい。
調子に乗って撫ですぎると、彼はちょっと怒ったような顔で離れて、乱れたところをせっせと整える。
綺麗に元通りになると、また撫でて欲しそうに僕の方に頭を近づけるものだから、たまらなく可愛い。
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○月26日 曇りのち晴れ
彼はお兄さん気質なのか、甘えることが少ない。いつも年下の世話ばかり焼いている。
ただそんな彼にも甘えたい時があるみたいで、そういう時は僕の周りをうろうろしだす。
そしてちらっちらっと僕の目を見てくるんだ。
こんな顔されたら構ってあげたくなるに決まってる。
僕がおいで、と手を広げると、待ってましたと言わんばかりに腕の中に飛び込んでくる。
座っている僕の膝の上で収まりのいい位置を探すように、二度、三度、と腰を下ろす。
彼にとってのベストポジションを見つけると、ぐたっと体を預けてくる。
ちょっと重いけど、安心して力を抜いてるんだな、と思うとにやけるほど可愛い。
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□月3日 雨時々晴れ
彼はとても人気者だ。
僕が彼に会うとだいたい他の誰かに囲まれている。
僕はそれにムッとしてしまうが、彼に近づくななんて言う権限があるわけじゃない。
でも未練がましく離れたところでじっと見ていると、僕に気づいた彼が嬉しそうに近寄って来てくれる。
良くないとは思うけど、僕はそんな彼の行動に優越感を覚えてしまう。
みんなに好かれているのに僕を選んでくれるなんて、すごく可愛い。
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□月11日 雨(雷)
彼はやきもち焼きでもある。
自分は人気者で周囲にも愛想を振りまいているのに。
この間僕が女の子と話していたら(彼は例のごとく他の人たちに囲まれていたからしかたない)、それに気づいた彼は僕の方をじっとりと睨んでいた。
女の子がいなくなって二人になった途端、彼は不機嫌そうな顔をしながら無言でぐりぐりと体を僕に押し付けてきた。
自分の匂いをつけて、マーキングしようとしたのかな。
自分は良くて僕はダメなんて、横暴すぎやしないかい?
でもそんなわがままところも可愛い。
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□月15日 曇り
自分は良くて僕はダメ、で思い出した。
彼は僕の匂いが好きなようだ。
最近気づいたのだけど、僕の胸に顔をうずめている時なんか、けっこうな頻度で鼻を鳴らしている。
自分の体臭を嗅がれるって、ちょっと恥ずかしいな。
でもすごく満足そうに顔を上げるから、ついつい許してしまう。
そんなにいいものなのかな、と思って彼の胸元で深呼吸したら、嫌がって大暴れされてしまった。
自分が嗅がれるのは嫌。
でも自分の匂いをマーキングするのは好き。
僕は振り回されっぱなしだけど、小悪魔みたいなところも可愛い。
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□月22日 快晴
僕と彼も出会ってからまあまあ長い付き合いだ。
頭を撫でたり、体に触れたり、愛情表現は一通りしてきた。
つまり、たまには新しいプレイを試してみたい。
ということで僕は彼に手ずから物を食べてもらった。前々からやってみたかったのだ。
愛情表現としてのプレイなので、道具を使うのはナンセンスだ。
きちんと洗った指先でおやつを摘まむと、彼はじっと僕を見た後に口を開いた。
あーん、と一口で食べるから、指ごと彼の口の中に入ってしまった。
少し歯が当たってぴくっとしたら、労わるようにぺろぺろと指を舐めてくれた。くすぐったい。
何回かするうちに慣れてきたのか、次のおやつを催促するのに指を舐めてくるようになって、とてつもなく可愛かった。
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△月12日 大雨
残念なことに、もう彼には会えなくなってしまった。
彼は、僕の知らないところで他の男とも愛を育んでいたらしい。その男と一緒に暮らすそうだ。
とても寂しいけど、それで彼が幸せになれるというなら笑顔で見送ろう。
これで最後だと思うと残念で、僕は思う存分彼の体を撫でまわした。
僕の撫でる手にこんなに体を弛緩させてしまって、別の男で満足できるのだろうか。
寂しい。
この寂しさは恋人に癒してもらうしかない。
***
「類!!」
僕が部屋に戻ると、顔を真っ赤にしてわなわなと体を震わせる司くんがいた。手の中には、小ぶりの日記帳が握られている。
「どうかしたのかい?」
「どうしたも何もあるか! なんだこれは!?」
ぐいっと目の前に出された日記帳の表紙には『司くん観察日記』と書かれている。
もちろん僕の持ち物なのだから、そんな突き付けられなくても何が書いてあるかなんてわかる。
というか司くんに見てもらえるように、わざと意味深なタイトルをつけて机の上に置いたのだ。
「暫定司くん観察日記だよ」
「ざ、ざんてい……?」
「ほら、ここに小さく書いてある」
「ほんとだ……じゃない! 中身のことを言ってるんだ!」
ぷんぷん、という擬音が似合いそうな様子で司くんが地団太を踏んでいる。この怒り方、同い年とは思えないな。
「司くん(仮称)の可愛いところを日記にして書いてたんだ」
「かしょう……この最後のページに貼ってある写真か?」
「そう。本名みたらしくん。オレンジ色のショートヘアが可愛い子だよ。保護猫カフェの人気ナンバーワンだったんだ」
「はあ~~……」
司くんは大きなため息をついて僕を睨んだ。
「この『女の子』って何だ」
「三毛猫のマリンちゃんだよ。みたらしくんと一緒のカフェで働いている」
「それならそうと猫の描写を入れろ。なんだプレイって。いかがわしいにも程があるだろうが」
「遊ぶって意味の立派な英単語じゃないか。猫だってわかるように写真もあるし」
「最後にな!」
今日も司くんのツッコミは冴えてるなあ。
僕がのほほんとしていると、司くんは少し頬を赤らめながら「それに……」と続けた。
「その、猫にオレの名前を付けて可愛がっていたということか……?」
「ううん、ちゃんとみたらしくんって呼んでたよ」
「何がしたいんだ!」
まったくわからん! と頭を抱える司くんに、僕はすすすっと近寄ってすりすりと体をこすりつけた。
「ごめんよ……司くんに構ってほしかったんだ。お気に入りの猫が里親に貰われて行って寂しいのも本当さ。司くんに甘えたくって……」
眉をハの字にして目をうるうるとさせればイチコロだ。司くんは怒ったような顔をしながらも、僕を構いたそうにうずうずとしている。
「し、しかたないな……だがこの日記帳は処分しろ!」
「ええ? こんなによく書けてるのに」
「まぎらわしすぎる! もし他人に見られたら絶対にオレのことだと勘違いするだろうが!」
「大丈夫だよ。最後以外は全部事実だもんね、司くん」
僕がそう言うと、これ以上ないくらい顔を真っ赤にした司くんは、ぷるぷると震えて何も言わずどさっとソファに座った。いつもより仕草が乱暴で、怒ってますよ、と腕を組むポーズ付きだ。
部屋を出なかったということは、機嫌が直るまでオレを構え、の合図だろう。
こうやって恋人の言いたいことがわかるのも日々の成果だ。
僕はさっそく観察結果を実践するために、可愛い猫を甘やかすのだった。