ミステイク・ジェットコースター! オレはこんなにも己の聡明さを実感したことは無い。世紀の大発見とも言えるそれは、ワンダーステージでの通常公演終了後、カーテンコールでの一幕で発覚した。
類のナレーションと共に舞台が終わり、拍手喝采に包まれる。袖の方に捌けていたえむと類がステージの上へ戻ってきて、四人で観客席の前に並んだ。下手からえむ、寧々、オレ、類の順。客席には小さな子供からお年寄りまで、男も女も、みーんな笑顔で拍手してくれている。このキラキラが眩しくって、何度でも見たいって思うのだ。
そう思うと何だか胸の奥からムズムズした気持ちが湧き上がって、喜びを分かち合うように隣にいた類の肩を叩いた。なあ、お前もそう思うだろう。もっともっと、皆をキラキラさせたいって思うだろ。
オレの思いは正しく伝わったのか、類が目を細めてふわりと笑う。笑い返したオレも一緒になって客席に手を振る。ぶんぶんと、感謝の気持ちが伝わるように。
――はて?
ちょっとした違和感。何となく、なあんとなくだ。オレが類の肩を叩いて、一緒に手を振った瞬間。客席の一部から歓声が聞こえたような気がしたのだ。拍手や他のざわめきとは少し違った毛色の。かと言ってどこがどう、と聞かれても困るくらいの些細な違和感だ。
気のせいだろうと頭の隅に追いやって、その時は観客への挨拶に集中したのだが。
――うーむむむ?
それが……ええっと、確かひと月くらい前。今日も今日とて公演を終えたオレは更衣室のベンチに座って思考に耽っていた。一度違和感を覚えるとアンテナが立ってしまうのか、事あるごとにオレの観客センサーは反応していて、今日こそ何か掴めそうで悶々としていたのだ。
眉間にしわを寄せたまま顔を上げると、背を向けた類が上着を脱いでいる。青いシャツに覆われた背中が意外に大きくて、なかなかしっかりした体だよな、なんて思ったり。……待てよ?
ピン、と点と点が繋がったような気がした。
――そう、類だ!
正確に言うと、類とオレだ。思い返してみれば、いつも違和感を覚えたのは類と一緒にいる時だった。カーテンコール然り、劇中でも類と絡むシーンでは熱い視線が注がれていたような気がする。類はよくヴィラン役として出演するから、話が佳境に入っている場面での出番も多い。そのせいで観客も盛り上がっていると思っていたのだが、他の要因もあったに違いない。
類とオレ、二人が揃うことで観客が喜ぶこと……。むむむ。
「そうか!」
思わず声が出てしまった。手を止めた類が怪訝そうな顔で振り返る。風邪引くから早く着替えなよ、と言われてそそくさと隣合わせのロッカーを開けた。胸元の飾りを外しながらも、己の閃きに口角が上がるのを止められない。
そう――オレと類がカッコいいせいだ。見目の麗しい男が耳目を集めるのは必然である。オレはもちろんのことカッコいいし、類はオレの次にカッコいい。そんなカッコいい男が二人もいたら婦女子が騒ぐのも当然だ。
謎が解けた解放感に鼻歌でも歌いだしたい気分である。というかフンフン出ていた。この頭脳、我ながら恐ろしいな。
「司くんご機嫌だねえ」
「まあな!」
類が微笑みながら話しかけてくるから、オレもにっこりと笑顔で返す。早速この大発見を話そうと口を開いたのだが……いやいや待てよ? まだこれは己の推測に過ぎない。云わば疑惑の段階であり、検証して初めて証拠となり得るのだ。なんかそんなことをこの間見たミステリー映画でやっていた。
「ふっふっふ。しばし待てよ類!」
「うん?」
類のこの不思議そうな顔が驚きに目を見開いてオレの大発見に感心するかと思うと、なかなかいい気分じゃないか。ニマニマと頬が持ち上がっていくのを止められない。
よし――そうと決まれば実行あるのみだ!
☆
「――こうして、黒騎士は正しい心を取り戻したのでした」
ナレーションで締められて、本日最後の公演が終了した。わあっと歓声が湧き起こる。今日も座席は満員御礼、立ち見客が出るほどの盛況ぶりだ。
ワンダーステージはなるべくターゲットを絞らずにいたいという気持ちがあるから、客層は老若男女様々、もちろん若い女性客も大勢いる。
いつも通り舞台上でのカーテンコール。おあつらえ向きなことに左隣には類――今がチャンスだ。
「類!」
がばっと。少し上にある肩に左腕を回し、体をくっつける。肩を組もうとしたのに背が高くてちょっとやりづらかったから、縮めの意味を込めて手に力を込めた。
「つ、司くん?」
驚いた顔の類にニカッと笑いかけた途端、きゃあっと湧き上がる女性達の歓声。声を押し殺したような熱気が客席から上がったような気がして、やはりなとオレは納得した。
そう――やはりオレの仮説は正しかったらしい。類とオレ、二人が一緒にいることで喜ぶ人達がいる……男前を同時に堪能できるのだ、さもありなん。ファンの皆が喜んでくれるのなら、これぐらいのパフォーマンスはいくらでもしよう。ふふん、サービス精神旺盛な男なのだ、オレは。
「ええと、司くん?」
むふふと笑うオレと困惑する類。まあまあ、お前は何も気にせずに笑顔で手を振ってくれ。こういうマネジメントは座長のオレが担当しようではないか。
上機嫌のまま自宅に帰れば「今日はハンバーグだよ」なんて母さんに言われて、ますます気分が上昇してしまった。たくさん体を動かした後はやはりガッツリ系が一番だ。
「お兄ちゃんご機嫌だね~何かいいことあった?」
手洗いうがいをした後にリビングへ向かうと、にこにこ顔の咲希がオレを出迎えてくれた。一足先に帰宅していたらしい。流石我が妹、兄の機嫌を一発で見抜いてしまうとは。
「なに、己の頭脳明晰さに感心していたところだ」
フッ、と笑って前髪をかき上げると、「おお~」と言いながらパチパチ拍手してくれた。それに笑って応えながら、しかし――と思考を深める。
女性客の反応は単純に男前を一度に見られてお得、というだけでもない気がするのだ。それならばステージ上でオレと類が演じている時も常に同じ反応が起こるはず。何か他の要因があるに違いない。
――そう、距離だ。距離が近いほど熱気が溢れている気がする……が、理由がわからない。
いつの間にか下がっていた視線を正面に戻すと、咲希が大きな目をパチクリさせてオレを見ていた。……ふむ。こういうのは同性に聞いた方がいいかもしれない。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「咲希……つかぬ事を聞くんだが、見目のいい男同士の距離が近いとどんないいことがあるのだろうか……」
「ええっ? 急だねぇ」
「すまん。ちょっと疑問に思ってな」
「ええ~? うーん、カッコいい男の人同士の距離が近い……」
急な質問にも関わらずうんうんと唸ってくれた咲希は、しばらくして「あ!」と声を上げた。
「何かわかったのか!」
「アイドルの人達とかそうじゃない? クラスの子が言ってたもん、推しメンの仲が良すぎて困る~って!」
「何っ困るのか!?」
「違うよお兄ちゃん、嬉しいってことだよ~」
きゃらきゃらと笑う咲希に、そういうものなのか、と頷いておく。難しい言い回しだ。
「ふむ。メンバー同士の仲がいいのはパフォーマンスにも直結するだろうしな」
「うーん、それもあるだろうけど、仲のいい人と一緒にいると自然と笑顔になっちゃうでしょ? 好きな人の笑顔はいっぱい見たいじゃん!」
「なるほど……!」
流石は咲希だ。自分では思いつかなかった考えに目から鱗が落ちる気分である。
つまりオレのファンか類のファンかはわからないが、女性客達は二人が仲良くすることで生まれる相乗効果を望んでいたのだ。なるほどなるほど、スッキリしたぞ。
「ありがとう、助かったぞ咲希!」
「どういたしましてお兄ちゃん!」
にこーっとお互いに笑い合うと同時に、ぐうーっと鳴る腹の虫。自分の腹をそれぞれ手で押さえて照れ笑い。
そこでちょうどよく母さんが「二人とももう出来るから手伝ってー」と呼んでくれたので、「はーい!」と声を揃えて元気よく返事をしたのだった。
☆
やると決めたらオレはとことんやる男だ。せっかくショーを見に来てくれているのだから、笑顔になってもらった方がいい。類とオレが仲良くしていればファンが喜ぶというのなら、やらない手は無いだろう。
しかし今でも十分仲はいいと思うのだが……どんなアクションを取ればいいのだろう。類と仲良し大作戦(今命名した)として最近は色々試しているのだが、オレの発想が貧困なせいか単純に物理的な距離を縮めることくらいしかできていない。それでも観客は喜んでいるみたいだが、エンターテイナーとしてもっとお客さんを楽しませたいと思うのは当然のことだ。
授業の合間の休憩時間。教室で頭を抱えながらうんうん唸っていたのだが、誰も彼もがスルーしていく。冷たいともがら達よ。
咲希の例もあるし、やはり女性に意見を聞いた方が確実だろう。近くで談笑していた女子生徒達の元へ近づく。
「すまない、少し教えてほしいことがあるんだが」
「どーしたの天馬?」
「類との仲を深めるにはどうしたらいいだろう?」
「ぶっ」
その場にいた全員が吹き出し、急に咳きこみ始めた。なんだなんだ、急に空気が乾燥したのか。
いつの間にか話しかけていた女子生徒達だけでなく、クラスにいた全員が興味津々でこちらに注目し、ガタガタと椅子を鳴らして近づいてきた。先ほどまで無関心だったというのに。しかし知恵は多いに越したことは無い、全員に聞いてもらえるのならその方がいいだろう。
目の前の女子がおずおずと尋ねてくる。
「つまり……?」
「ふむ。わかりづらかっただろうか。類と今以上に仲良くなりたいんだ」
「わかった、わかったから! ……ムリ、わかんない! 待って!」
ちょっと作戦タイム、と言って皆で集まり何やらこそこそし始めた。当のオレを放っておいて内緒話か?
(どういう意味? ワンツー付き合ってた?)
(いや、天馬の片思いで、これからアタックするのかも)
(いや神代くんが天馬くんのこと好きじゃない訳ないじゃん)
(両片思いだこれ)
(それだ)
「おい、仲間外れは寂しいぞ」
「ごめんって。えーっと、ちなみに天馬の方から神代クンに何かアクション起こしてるの?」
「ん? まあな。最近はなるべく類のそばに行って、こう、肩を組んだりハグしたりしてるんだが」
こう、とジェスチャーを加えて返答すると、「ひゃぇ~~~」だのなんだの、形容し難い声が上がった。信じられね~、という失礼な声まで聞こえてくる。
(きゃーーーー!!)
(天馬積極的過ぎん!? 小悪魔かよ!!)
(ボディタッチとかあざとすぎない?)
(神代の顔見てぇ~~)
「そそ、それで、神代クンの反応は?」
「類か? 最初は驚いていたようだが、最近は慣れてきたのか何も言わないな」
(絶対ポーカーフェイスですわ)
(無我の境地だ)
(顔見てぇ~)
さっきから人が答える度にこそこそと。教えを乞う立場ではあるが、オレのアプローチ方法が間違っているのならハッキリ言ってほしい。埒が明かなそうだったので「とにかく!」と声を上げた。
「どうすればいいと思う!」
「え、ええ~何もしなくてもイケそうな気もするけど……ここはベタに、デートに誘ってみる、とか?」
「ふむ……」
デートと聞いて思い浮かぶのは妹のことだ。咲希もよく「いっちゃん達とデートなんだ~♪」と嬉しそうにはしゃぎながら、「服を一緒に選んで!」とファッションショーin天馬家を開催する。審査員は主にオレか母さん。父さんは何でもかわいいと言って当てにならないそうだ。
それは置いといて、一緒に遊びに行くというのはいいアイディアかもしれない。考えてみれば改まって二人きりで遊びに行ったことなど無いかもな。買出しとかミュージカル観劇はよく行くのだが。
オレがふんふんと頷いている合間も、クラスメイト達は色々と案を出してくれる。
「あとは~、相手のいいと思ったことはすぐに口に出す! 積極的に褒める!」
「ほうほう」
「いつもと違う顔を見せるのもありだよね。自分だけに特別な面を見せるっていうの」
「うむむ?」
(だめだめ、純粋培養のペガサスにそんな駆け引き無理だって)
(バカ正直な男とも言う)
(まあ神代は裏表の無い天馬に惚れたわけだし)
「ギャップ萌えは別ベクトルから試そうよ。デートでいつもと違うカッコするとかさ。ヘアアレンジするだけでもだいぶ違うし」
「あ~自分のためにオシャレしたんだって思うと最高すぎる~」
「ふんふん」
教えてもらったことをスマホにメモしつつ、真剣に考えてくれているクラスメイト達の姿に自然と笑みが浮かんでくる。冷たい奴らなんて思ってしまったが、なかなかどうして友達思いじゃないか。
「皆、協力感謝する! 早速試してみるぞ!」
「頑張れ天馬! 応援してるぞ!!」
クラスの皆が口々に「がんばれ~!」と応援してくれるから、体の内側からムクムクとやる気が湧き起こってくる。これで類との仲を一歩と言わず百歩は縮められるだろう。皆の声援、無駄にはしないぞ!
ハーッハッハッハ! と胸を張ると盛大な拍手喝采。盛り上がりはとどまる所を知らず、何故か応援団部の生徒が音頭を取り始めて、第一応援歌まで歌ってしまった。
ここまでお膳立てされては仕方ない。この天馬司、必ずや皆の期待に応えて見せようではないか!
☆
その日の放課後、類と共にフェニックスワンダーランドへ行く道中のことだ。練習がある日は寧々も含めた皆で向かうのが恒例なのだが、本日は何やら用事があるらしい。というわけで、しびれを切らしたじゃじゃ馬娘がこっちの学校に侵入してくる前に行かねばならない。
「なんだかA組の教室がやけに賑やかだったけれど、何かあったのかい?」
横並びに歩道を歩いていると、類がふと思い出したように話しかけてきた。
「応援歌まで流れてきて、季節外れの体育祭かと思ったよ。おかしな変人ワンがいると、クラスメイトも似てしまうのかな」
「おい、変人ツーのくせに好き勝手言うんじゃない!」
揶揄うような類の言葉に思わず噛みついてしまったが、話題として出たならちょうどいいタイミングかもしれない。『仲良し大作戦』決行である。
「類、休日で空いている日は無いか?」
「僕? 再来週なら予定は入ってないけれど……どうしたんだい?」
「そうか! ならデートに行かないか!」
「え」
オレの提案に類から疑問の声が上がる。「うん」だとか「嫌だ」とか何かしらアクションが続くかと思ったのに、何も返ってこない。
「……類?」
何故かフリーズしている。目の前で手をひらひらさせるとこちらにゆっくり視線を向け、ようやく焦点が合った。
「司くん……」
「うん?」
「……うん、わかったよ。予定は空けておくから」
「よかった! どこか行きたい場所はあるか?」
「ええっと、ううん。君に任せるよ」
どこかふわふわした口調で類が言う。ふわふわにこにこ。誰がどう見たって嬉しそうな顔をしている。オレとのデートが楽しみだっていうのがダイレクトに伝わってきて、自然とオレの頬も持ち上がってしまった。こんなに嬉しそうにしてくれるなら、作戦も何もなく、もっと前から誘ってもよかったのかもな。
……それにしてもふにゃふにゃだ。オレはどこか浮ついた雰囲気の類が少し心配になってしまって、車に轢かれないように腕を掴むと、通い慣れたフェニックスワンダーランドへと向かった。
「お兄ちゃん今日も絶好調?」
「おお、咲希」
夕食後にリビングのソファに腰かけて鼻歌を歌っていると、ちょうど風呂から上がった咲希が通りかかった。そのまま冷蔵庫の方へ向かって冷凍室を物色している。風呂上がりのアイスはわかるが、夜の甘いものは我慢するとこの前言ってなかったか。
「実は類とデートをする約束をしてな」
「へ~るいさんとデートかあ」
オレの鼻歌が移ったのか、フンフンとご機嫌そうに冷凍室を漁っていた手がぴたりと止まる。くるっと振り返ると、驚きで真ん丸になった大きな瞳。
「え、ええーー!? るいさんとデート!?」
「あ、ああ。そうだが」
「きゃ~!」
かわいらしい悲鳴を上げた咲希が目を輝かせながらこちらにすっ飛んできた。驚きすぎたのか結局何も手に持っていない。
とりあえず落ち着かせたくてポンポンと自分の隣を叩くと、ちょこんと大人しく座ってくれた。お気に入りのクッションを両手で抱きかかえながらオレの話を待つ姿は、キラキラした目も相まって何だか子犬みたいだ。
はて、やけにテンションが高い。
「お兄ちゃん、デートですか!」
「ああ、デートだ!」
「ひゃわあ~っ。ねえねえ、どこに行くか決まってるの?」
「それが決めかねていてな。観劇はいつもしているし、たまには違った趣向を凝らしてもいいんじゃないかと」
「おお~青春ですな~」
咲希の年上ぶった物言いにふふっと笑ってしまう。こうやって咲希に話しているだけで、なんだかワクワクしてくる。まだ再来週の話だというのに、待ち遠しくてたまらない。
それに類があんなに喜んでくれたのだから、楽しいデートにしてやりたい。さてどうするか、とソワソワしているオレを見て、咲希が優しい表情で笑った。
「アタシも協力するよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんのデートをばっちりコーディネートしてあげる!」
「さ、咲希……! なんて素晴らしい妹なんだ!」
幾多の(幼馴染との)デート経験者である咲希に協力してもらえれば百人力だ。頼もしい言葉に甘えつつ、ああしようこうしようと一緒に作戦を練る。
その間も思い浮かぶのは類の嬉しそうな表情で、その度に自然と頬が綻んでしまう。思わず笑い声を零すと、咲希に「お兄ちゃん、すごく楽しみなんだね」と言われてしまって、その通りなのだが……なんだかむず痒い気分だ。
☆
本日は快晴! 春の陽気も感じられる素晴らしいデート日和だ。
待ち合わせ場所であるフェニックスワンダーランドの入場ゲート前は、今日も多くのお客さん達で賑わっている。キョロキョロと辺りを見回すとゲートから少し離れたところ、フェニー君型の植込みの近くにパッと目を引く長身を見つけて駆け寄った。
「類!」
これでも待ち合わせ時刻より大分早く来たのだが……と足を速める。オレの声に気づいた類はスマホから顔を上げて、そのまま固まった。
「早かったんだな!」
「つ、司くん?」
類の正面に立ってにっこりと笑いかければ驚いたような声。ふっふっふ。オレのあまりのカッコよさに見とれてしまったらしい。咲希監修による本日の天馬司はひと味違う。類の普段の服装について尋ねてきた咲希が、むむむと悩んだ後に選んでくれたのがコレだ。
いつもゆったりした服装を着る類に合わせて、かっちりしたジャケット姿は封印。大きめのパーカーでゆるっとしたシルエットを出しつつ、スタイルをよく見せるために下半身はデニムですっきりと。曰く、ペアルックとまでは行かずとも、お揃いっぽい格好をすると仲良しに見えるんだとか。興の乗った咲希にヘアアレンジもしてもらったため、いつもと髪の分け目を変えて毛先を遊ばせている。
さあ、存分に神代類仕様のオレを堪能しろ、とポーズの一つでも決めたかったのだが……はて?
類もいつもと様子が違う?
類らしからぬ、きっちりしたジャケットのセットアップにシンプルな無地のTシャツ。体の線が綺麗に出ていて、スタイルの良さが際立っている。なんというか、めちゃくちゃ男前だ……どういうことだ?
「類……いつもと雰囲気が違うな」
思ったことを率直に言うと、類がバツの悪そうな顔をした。まずい、否定したかったわけじゃないんだ。ええっと、そう、思ったことを素直に褒めればいいんだった。
「すっごく似合っているぞ! 流石は類だ、カッコいいな!」
「……つ、司くんこそ似合っているよ。いつもと服装のタイプが違っているようだけれど」
「咲希に類の服装の好みを伝えたらコーディネートしてくれたんだ。お揃いっぽい格好をすると仲良しに見えるとな」
「……その……僕も瑞希に相談したら、いつもの司くんに合わせるといいんじゃないかって……」
「おお……」
なるほど、暁山に教えを乞うたのか。道理で類らしからぬ恰好をしていると思った。もちろん先ほど伝えたようによく似合っている……類もそれだけ楽しみにしてくれていたのだと思うとちょっとムズムズするが嬉しいものだ。
「ふふっ、あべこべになってしまったが、今日は相手のお揃いコーデというやつだな!」
バシッとポーズを決めてやると、類は頬の内側を噛んでいるようなフクザツな顔をしていた。悪い感情では無さそうだが、これは喜んでいると思っていいのだろうか。
しかしずっと入り口前で褒め合っていても始まらない。気を取り直して入園受付の列に並び、キャスト割引で入場料を支払う。周りのお客さん達は皆楽しそうにおしゃべりしていて、ゲートの前だというのに賑やかだ。
活気にあふれた様子になんとなく浸っていると、類が不思議そうな顔で尋ねてきた。
「せっかくのお休みなのに、フェニックスワンダーランドでよかったのかい?」
「ん? ああ、類は他の所がよかったか?」
「いいや。そんなこと無いけれど、どうしてかなって……」
じー……。
問いかけられた疑問を黙ったまま流そうかと思ったのに、類の視線が痛い。教えてほしいと顔に書いてある。
これは咲希にデートの行き先を相談した時、散々かわいいと(不本意だ)囃されてしまったから、できれば言いたくないのだが……今日の天馬司は素直に、正直に行く。というか「絶対に伝えた方がいいよ!」と咲希にアドバイスされた。
そもそも恥ずかしがるから余計に恥ずかしくなるのである。フラットに行くのだ、オレよ。
「……以前オレがワークショップに参加していた時にみんなで遊んだんだろう? それがちょっと羨ましくてな」
「司くん……」
「そ、そういうことだ! 今日は目一杯遊ぶぞ!」
せっかくオレが何ともないように話したのに、類が優しさに満ちた目で微笑んでくるから居たたまれない。本当に、ちょっと楽しそうだな、と思っただけだ。そんな大げさにしてくれるなと言いたい。
わかっているのかわかっていないのか、類は「たくさん遊ぼうね」とふにゃふにゃ笑っている。
「それじゃあ最初は司くんの行きたいところにしよう。何に乗りたい?」
「もちろん、最初はジェットコースターだろう!」
「へえ、やっぱり司くんは刺激を求めているんだね。なるほどなるほど」
「意味深な笑い方をするんじゃない!」
隙あらばオレを飛ばそうとしてくる類にツッコミを入れると、「冗談だよ」なんて返ってくる。含んだ笑みで言われてもまったく説得力が無い。いつかワンダーステージの天井にオレ型の穴が空くかもしれん。
思わず逃げるようにして前を行くオレを、類がさながら悪役のように笑って追いかけてくる。いつもの瞳孔が開いた目で、ゆったりと歩きながら。
ええい、冗談でも怖いからやめろ!
☆
「あー面白かったな!」
「あんなに笑うなんて司くんもひどい人だよね。傷ついたお詫びに実験に付き合ってもらわないとなあ……」
「だ、だから謝っただろうが」
「まあ前に乗った時に寧々も笑ってたんだけど」
「同罪じゃないか!」
あはっ、なんて類がいたずらっぽく笑う。油断も隙もあったもんじゃない。
オレ達のフェニックスワンダーランド巡りは、ジェットコースターから始まって空中ブランコにトロッコ、コーヒーカップ、エトセトラ……。ついさっきゴーカートで遊び終わったばかりだ。
その時の類といったらもう、折りたたんだ足がにょきっとカートの横からはみ出ていて、オレは笑いをこらえるのに必死だった。今も思い出してにやつきそうになるのを抑えているくらいだ。そんなオレの雰囲気を察したのか、ニコッと笑った類が口を開く。
「……まあ僕は身長に比例して足も長いからね。仕方ないよ」
「お、オレの足もすこぶる長いからな!」
「フフ、そうだねえ」
オレの主張をさらりと流した類は、「少し休憩しようか」と近くのベンチを指さした。そういえばずっとアトラクション巡りをしていたから休憩を挟んでいなかったな。遊園地でこんなに子供みたいにはしゃぐなんて、いつぶりだろう。
隣にいる類を見上げると、優しく微笑みながら小首を傾げる。柔らかく細まった金色の瞳と、少し紅潮した頬。……類も楽しんでくれているだろうか。そうだったらいい。類と仲良くなれてファンの皆のためにもなる、やはり素晴らしい発案だ。
「じゃあ飲み物でも買ってくるか……あ、類! ポップコーンの新味が出てるぞ!」
「本当だ。何々……司くん、ここのはやめようか」
ちょうど近くにあったポップコーンスタンドを指しながら類の腕をくいくい引っ張ると、類はにっこり笑ってオレの肩を掴み方向転換させた。そのまま肩を押して逆方向に進もうとするため、足を踏ん張って堪える。
「お、おいおい、期間限定らしいぞっ」
「へえ。残念だけど今回は縁が無かったようだね」
「お前の手で絶とうとしてるんだろーが!」
「僕、急に座長の肩を揉みたくなったんだよ。労いの意味を込めてね」
「白々しい!」
ぐぐぐ、とお互いに力を込め合って一進一退の攻防だ。というか類の奴、若干本気で力を入れているな。
ちらりと横目で見たポップコーンスタンドには、カラフルな『新フレーバー!』の文字と一緒に、緑と黒の縞模様、赤い果肉の絵……スイカだ。
類の野菜嫌いは重々承知しているが、スイカも野菜なんだったか。あれ? フルーツじゃないのか?
それはともかく、ここまで来たら最早負けられない。よくわからんが男の意地である。
「類、あそこにペガサスが!」
「ええ……って、うわ!」
類がこんな単純な仕掛けに引っかかるわけないが、空に向かって指をさすと同時に体の力を一気に抜く。オレの肩を押していた類は反動でよろめいて、それを支えるためにオレはくるっと素早く振り返った……のだが。
「むぎゅっ」
急に顔が圧迫されて間抜けな声が出た。目の前が近すぎて何も見えない……いや、これは類のTシャツだ。ということは、このぴったりくっついた温かい人肌は類の体。それでもって、後頭部を守るように添えられた手と、腰を抱き寄せるように巻き付いている手も類のもの。ぎゅうっと力を込めているから、なんだかすごく、密着しているような――。
「……はあ、司くん大丈夫?」
「へ!? あ、ああ」
「ふざけた僕も悪いけど、転んで怪我でもしたらどうするんだい」
「すまん……」
「うーん、本当に大丈夫?」
「大丈夫だ!!」
心配そうに顔を覗き込もうとする類を引きはがしてわざと大声を出した。自分でも顔が熱くなっているのがわかる。これは……そう、類を受け止めるはずが逆に庇われるなんて、カッコ悪い所を見せてしまったせいだろう。そうに違いない。危ない所を助けられてドキドキするなど、とんだ乙女思考である。相手は類だぞ!
赤くなった顔を見られたくなくて足早にポップコーンスタンドへと向かえば、後ろから類がついてくる気配がする。
「よし、気を取り直してポップコーンを買おう!」
「ええ……正気かい?」
「好き嫌いするな……と言いたいところだが、スイカ味はちょっと躊躇するな。でも売ってるわけだしまずくはないだろう」
「きっとすごく冒険した味で人を選ぶよ。やめた方がいい」
「キャストの一員として知っておいて損はないだろう。これもマーケティングの一種だ!」
類の泣き言を無視しながらスタッフに注文する頃には頬の赤みも引いてきて、限定仕様のスイカ帽フェニーくんが印刷されたボックス入りポップコーンを受け取る。プラスチック製のフェニーくんケースもあるのだが、かさばって荷物になるからな。
近くにあった自販機でそれぞれ飲み物を調達し、ベンチに並んで腰かける。あからさまにポップコーンから距離を取ろうとする類に笑いながら、一つ摘まんで自分の口に放り込んだ。
「おっ、けっこう美味いぞ。塩っけと甘みのバランスがいいな。ほら、類も食べろ」
「いや、僕は遠慮しておくよ」
「ポップコーン自体は野菜じゃないだろう。騙されたと思って食べてみろって」
「それ騙す奴のセリフじゃないか」
どうにか回避しようとして、あれこれ言ったりお茶ばかり口に含んだりで一向に食べようとしない。わかってはいたが頑固な奴め。一口くらい試してみてもいいと思うのだが……あ。
「まずかったらオレのこと飛ばしてくれてもいいぞ。ほら、あーん」
「」
飴と鞭作戦だ。どうせ何もせずとも飛ばされるのだから、交換条件を付けた方が得だ。
ポップコーンを指で摘まんで類の前に差し出すと、類が硬直してしまった。じいっとオレの指先を凝視したまま動かない。ウェットティッシュで手を拭いたから汚くはないと思うんだが、こういうのは苦手だったか。
仕方ない、と引っ込めようとした腕をがしりと掴む手。
「あ」
握られた手が類の口元に運ばれる。小さく開けられた口。赤い口内がチラリと見えて、舌先が隙間から覗く。そのままゆっくり顔が近づき、ぱくりとポップコーンを食んだ上下の唇が指先に触れた。熱くて、柔らかいし、くすぐったい。俯きがちなせいで垂れ下がった前髪の間から、鋭い金色が光っていて、目尻はほんのりと赤くて、なんだか色っぽい――。
「わーーー!!」
ぎゃーーー!!
脳内でも叫びながら急いで手を振りほどいた。なん……何だ! これは何だ!?
指先にまだ感触が残っているような気がして、よくわからないままウェットティッシュでごしごし拭く合間も、心臓が早鐘のようにドッドッドッと鳴り続ける。どうしてしまったんだ、オレ!
「うーん……」
オレを混乱の渦に叩き込んでくれた原因は、眉根を寄せながら平然と咀嚼している。いや、元々はオレが食べさせようとしたんだし、類の行動は間違っちゃいない……ぺろりと唇を舐める仕草に、目を引き付けられてなんかいない!
落ち着け、一回深呼吸……よし。ウェットティッシュで指を押さえながら、何でもないかのような顔で類に尋ねる。
「ど、どうだった。意外と美味かっただろう」
「そう、かも。というか動揺して味がわからなかったというか……」
「うん?」
あんなにしっかり味わっていたようなくせして、よくわからなかったらしい。ふざけるように「もう一回食べさせてほしいな」なんて上目遣いで言われた。こいつ、大男のくせにかわい子ぶって。
二度もあんな心臓に悪いことできるかと思いつつ、類が苦手な味を進んで食べようなどまたとないチャンスでは、なんてぐるぐる考え込んでいた時、「あの~」と声を掛けられた。
「はい?」
声の聞こえた方へ視線を向けると、見知らぬ女性が二人。オレ達と同い年か少し年上くらいだろうか。フェニーくんのカチューシャをつけているから、おそらく遊びに来たお客さんだ。類に知り合いか視線で聞いてみるも、「違うよ」とこちらも視線で返してくる。
オレ達のアイコンタクトに気づくはずもなく、女性客達は頬を少し赤らめて興奮したように尋ねてきた。
「あの、わ、ワンダーランズ×ショウタイムのお二人ですよね?」
「そうですが……」
「きゃっ、あ、あの、今日はステージお休みですよね。お二人で遊んでいたんですか?」
肯定の返事をすると、きゃあっ、と声のトーンがひとつ上がって瞳を輝かせた姿を見て、オレはピピーンと来てしまった。
――彼女等はオレ達のファンだ!
そしてオレと類が仲良く遊んでいることを知って喜んでいる。咲希の言う、推しメンの笑顔が見たいってやつだ。
ふむ……そもそもそれが目的だったのだ。すっかり忘れて普通に楽しんでしまったが、今こそ類との仲をアピールする時じゃないか!
「ああ、デートなんです!」
ぎゅっとそばにあった腕を組んでニコッと笑う。ふふん、爽やかな友情を皆微笑ましく感じるだろう、と思いきや。
――硬直する類に、沈黙する女性達。あれ……何か間違ったか?
不自然な静けさに目を瞬かせて女性客を見やり、声を掛けようとした瞬間。
「ひぇ~~~~!」
「うおっ?」
言葉にならない悲鳴に思わずビクッと体が反応する。我に返った類が「ちょ、司くん!?」と珍しく焦ったような声を出しているが、女性達の思った以上の喜び様に圧倒されてしまった。
お、おお……そこまでファンに喜んでもらえるなら、キャスト冥利に尽きる……のか?
女性客達が目を爛々と輝かせながら、「ででで、デートって……?」と身を乗り出そうとした時だ。組んでいた腕を類に優しく解かれて、そのまま流れるように肩へ手が回される。
「すみません。プライベートなので、そっとしておいてくださいね」
落ち着いた声で言いながら、パチン、と気障ったらしくウインク。すぐ横にいたオレも叫び声を上げそうになったが、モロに直撃を受けた女性達は「ひゃい……」と顔を真っ赤にしてコクコク頷くしかない。な、何だこいつ、急に顔の良さをアピールしだして。
その類に立つように促されて、極々自然に腰を抱かれる。大きな手の感触。
「僕達はこれで。楽しんでくださいね」ともう一度微笑むと、そのまま歩き始めてしまった。背後ではまたも言葉にならない悲鳴が湧き上がっている。て、展開が早すぎてついていけないぞ……。
類は無言のままずんずんと進んで行って、観覧車の前で足を止めた。その間、ずっと手はオレの腰に当てたまま。ここしばらくは類との身体的接触が増えていたから、慣れていると言えば慣れているはずなのに、どこかこそばゆいというか、ムズムズするというか……。
観覧車はちょうど空いていたみたいで、前に並んでいた数組がゴンドラに乗った後、すぐにオレ達の番が回ってきた。というか何も言わずにここまで来たが、次はこれに乗るんだろうか。
「おや、天馬君に神代君」
「ちょっと場所借りますね」
「ごゆっくり~」
ナイトショーで顔見知りになったスタッフさんが百点満点のスマイルでオレ達を見送ってくれる。急に知り合いが来てもこの対応、流石のプロだ。
ゴンドラに乗り込む時にようやく腰から手が離されて、類の座った向かいの席に腰を下ろした。やっと落ち着いた気がするが……そういえばポップコーンを全然食べていない。むしろよくあの騒動の中で落とさなかったものだ。
手元のポップコーンを見ながら、類の食べさせてくれと言った発言はまだ有効なのだろうか、それなら責任持ってスイカ味を食べさせてやるべきか悶々と考え込んでいたら、黙っていた類が「ねえ」と話しかけてきた。
「司くん、ああいうことを言うのはキャストとして軽率だよ。……いや、僕としてはその、嬉しいんだけれど」
「軽率? 何かまずいことを言ってしまったか?」
「デートとか、そういう……」
「……?」
類の言葉の意味がわからなくて、しばらく考え込むこと十秒後。
「ああ……あ!!」
今、確実にオレの背景でピシャーンッと雷が落ちた。そうだ、そもそもデートとは本来好き合った者同士がする行為だった!
ということはだ。オレの発言を聞いた女性客達は、類とオレがそういう関係にあると勘違いしたってことか。咲希が日常的に使うものだから麻痺していたが、応援しているキャスト同士がデートだなんて驚くに決まっている。……うん? それにしてはすごく喜んでいたような。
しかしオレの不用意な発言で類まで巻き込んでしまったのは事実だ。類のファンが離れてしまうんじゃないだろうか。謝って許されるだろうか……いや、誠心誠意謝るしかない。
「す、すまなかった類。ちょっとはしゃぎすぎて周りが見えていなかったみたいだ」
「……謝らなくていいよ。言っただろう。嬉しいって」
「そうか……。む? だが、あんな風に立ち去ったら余計に怪しまれてしまうんじゃないか?」
「それはその……早く切り抜けようと思ったら、体が動いてしまって……」
「ふむ?」
薄々思っていたがこいつ、ちょっとズレてる所がある。
しかし嬉しいと言って貰えてよかった……類も仲良くなるためのデートは乗り気だったみたいだものな。
安堵の息を漏らしつつ窓から外を眺めると、そろそろ頂上に差し掛かる頃だった。いつの間にか空には大きな夕陽が滲んでいる。はしゃぎ過ぎて時間の流れもわからなかったみたいだ。夕焼け色の空は上の方が濃い群青色になっていて、気の早い一番星がチカチカと光っている。とっても綺麗でロマンチックなシチュエーションだ。
「司くん、その……」
向かいに座っていた類が徐に立ち上がって、オレの隣に体を押し込んだ。おお、揺れる揺れる。
男二人じゃちょっと狭い。なんだ、やっぱりポップコーンが食べたくなったのか、とボックスを渡そうとしたのに類は手に取らない。むしろ気づいていないようで、顔を少し俯かせて、そこに何かあるかのように手をもじもじと動かしている。
「ええっと……」
「類?」
何か言いだそうとして息を吸って、喉を詰まらせたように息を吐く。相談事でもあるのだろうか。吸って、吐いて。それを数回繰り返した所で、言いにくいことがあるならオレから話題を振るべきだろうかと口を開こうとした瞬間、がっと両手を掴まれた。おい、ポップコーンが零れる!
「……デートに誘ってくれたってことは、司くんもそう思ってくれてたってこと……だよね」
「うん?」
「その……誘ってくれてすごく嬉しかったから、これは、僕のほうから言わせてほしいんだ」
「おお?」
話の脈絡が掴めないし、ポップコーンが零れるんじゃないか心配でいまいち集中できない。しばし沈黙が下りて、そこでようやく手元から目線を外し、類の顔を見上げた……ら。
顔を緊張に強張らせて、怖いくらい真剣な目をした類が。
「……好きだよ、司くん」
――ん?
形のいい唇がゆっくり動いて、言葉を紡ぐ。
耳元まで顔を真っ赤にして、金色の瞳が揺らいで。握られた手が熱くて、じっとりと湿っている。
――はて? 好き。そう言ったか。言ったな。……好き?
言葉の意味はわかるのに理解ができない。混乱するオレを余所に、握られっぱなしだった手にぎゅうっと力がこもる。向けられる視線はひどく熱いし、目が逸らせない。じんわりと体中に汗が滲んで、でも喉は渇いてカラカラだ。
……え、ええと、整理しよう。そう、好きだと言ったな。この告白……告白だ、これが友愛として、なんてサラッと流していいものじゃなく、特別な意味を持つことは鈍いオレでもわかる。ということはだ、つまり――つまり?
頭の中がとっ散らかって思考があちこちに飛んでいってしまう。ぐるぐると脳みそを回転させていたオレは、「なんだかやけに類の顔が近いな。綺麗な目だ……あ、隠れてしまう」なんてアホみたいな脳内実況をして、そのまま、近づいて、
ちゅう。
やわらかい……じゃない、え?
「ふみゅ?」
実際に「え?」と声を出そうとして、口が塞がっていたせいで変な声が出た。
目の前には類の顔がどアップ。近すぎて睫毛の輪郭がぼやけているくらい。類の背後、窓越しに見える景色には、フェニックス城の頂上と綺麗な夕陽。
そういえば前にえむが「観覧車のてっぺんで告白すると、ずーっと一緒にいられるんだって!」とか何とか言ってたような。それで、オレ達全員に「大好きだよー!」と言いまくって、照れに照れた寧々がかろうじて聞こえる声で「わたしも……」と答えてたような。……いい思い出だ。
などと現実逃避じみたことを考えていたら、ようやく類の顔が離れて目の焦点が合った。えらく長い時間に感じたけれど、きっとほんの数秒。
「……ごめん、こんな、同意も得ずに。司くんがかわいくて、我慢できなくなっちゃって、それで」
顔を真っ赤にした類が、へにょりと眉を下げてたどたどしく言葉を紡ぐ。あの! いつも口の回る類が!
オレはというと、唇に触れた感触に衝撃を受けすぎて、間抜け面を晒すことしかできない。
そう、キスだ。キスしてしまった! 類と! なんでだ、どうして。いや、かわいいからって言った。好きだって。そう……好き!?
もはやキャパオーバーだ。オレの天才的頭脳をもってしても理解することができない。というかさっきから心臓がドクドクうるさくて、まともに思考できないのだ。
きっと今のオレは類と同じくらい顔が真っ赤だ。恥ずかしい。スターにあるまじき醜態だ。
無性にカッコ悪い姿を隠したくなって咄嗟に顔を伏せたら、頬に触れる温もりと、オレと同じかそれ以上にうるさい心臓の音。
……どう考えても類の胸に顔をうずめている。距離が近かったせいだが……うん? これって、抱き着いているも同然では。
オレの行き当たりばったりの行動に硬直していた類は、両手を握りしめていた手を離して、恐る恐るオレの背中に回した。
――だだだ、抱きしめられた!
違う、違うのだ。こんなの、告白にオーケーしたみたいじゃないか。これは混乱したオレの体が勝手に動いた結果で、そういう意味じゃないのだ! なのに――「違う」の一言が出てこない。あまつさえ、甘えたように顔を胸に擦りつけるオマケつき。どうしたんだ、オレ!
脳みその言うことを聞かず、勝手な動きをする体をどうすることもできない。
案の定、抱きしめている類の腕にぎゅうっと力がこもって、体が余計に密着する。鼻いっぱいに広がる、大人っぽい香り。いつもと違うから、香水も新調したのだろうか。甘い匂いに包まれながら、「司くん……」なんて、これまた甘い甘い声で囁かれてしまって、オレは。オレは――。
もうそこからの記憶は曖昧だ。類の熱と匂いで完全にショートした。いつの間にか観覧車は地上へ近づき、スタッフの人が何も言わずにドアを開けてくれたことだけは覚えている。
気づいた時には自宅の前。玄関まで出迎えてくれた咲希がデートについて尋ねるも、生返事しか返せなかった。それと、手の中に残ったポップコーン。後で咲希が食べてくれた、らしい。
翌日、デートの認識違いを正直に話したオレは類にしこたま怒られたのち、正式にお付き合いすることになったのだった。