積み重なった足跡と「司くん、どうしたの? 痒い?」
「へ?」
タブレットをいじっていた司に類が声を掛けると、キョトンとした顔でこちらを見上げてきた。何を言われているのか心当たりが無い、といった様子。二十代も後半に入ったと言うのに、相変わらず子供みたいなくりくりした瞳が類を映している。
二人で吟味した革張りのソファは、適度に反発があって座り心地も寝心地もいい。その座面にだらりと寝そべった司の足を脇によけて類が座ると、ムッと眉を寄せて司が起き上がった。
同棲当初、ソファ選びの際に「寝心地がいいのが欲しいなあ」という類の要望に対して、「ソファで寝るんじゃない」と散々文句を言ったくせに、当の本人がだらしなく寝転んでいる。一体誰に似たんだろう。
司は追いやられた仕返しとして、隣に座った類の肩に、ぐたっと体重をかけてもたれかかっている。引き続きタブレットを眺め始めた、その右手が。
「ほら、それ」
「ん?」
「右耳痒いの? 赤くなってるよ」
耳に触れていた司の手を優しく外し、耳たぶにそっと触れる。ほんのりと赤く染まって、少し熱っぽい。
「いや、そういうつもりじゃなかったんだが……。指摘されると逆にムズムズしてくるな」
当人に自覚は無かったようだ。くすぐったかったのか、首を竦めた司の頭をひと撫でして立ち上がると、すぐそばのキャビネットを漁る。
確かこの箱の中……ああ、あった。
「ほら、この軟膏塗る? それともこっちの液体の方がいいかな」
「何でスースーするやつばっかり選ぶんだ! 顔の近くはやだって言ってるだろう!」
「ごめんごめん、冗談だって」
もちろんそれくらい類もわかっているのだが、このぷくぷくに膨れたほっぺたが見たくてつい揶揄ってしまうのだ。
ご機嫌取りとして耳たぶにちゅっとキスを落とし、軟膏(もちろんスースーしないやつ)を塗ってやる。満足げに鼻を鳴らした表情がかわいくて、今度は唇にキスをもう一つ。
元から機嫌のよかった司は「むふふ」と笑いながら、再び隣に座った類へともたれかかった。
そんな他愛の無いやり取りから数日後。
「類さあ、やめた方がいいよその癖」
「うん?」
舞台演出の打ち合わせ帰り、連絡をくれた昔馴染みと立ち寄ったチェーン店のカフェの中。思いがけない指摘に類は目をぱちぱちと瞬かせた。
「癖って、僕の?」
「そ。あれ、気づいてなかった? ずーっといじってるから、ピアスの辺り赤くなってるじゃん」
「ああ……気づかなかったよ」
言われてみればそうかもしれない。
つい確かめるように触れそうになって、まずいまずいと右手を下ろした。思わず苦笑してしまう。これじゃあ人のことを言えないな。
誤魔化すように飲み物を口に含んだ類を、正面にいた瑞希がニヤニヤと笑う。
「あっれー、今司先輩のこと考えてた~?」
「……どうしてそう思ったんだい?」
「もーバレバレ! 大好きオーラ全開で、ボクのことなんて眼中になしって感じ!」
「フフ、悪かったよ」
素直に謝ると、瑞希はおかしそうにクスクス笑いを零した。
今日の瑞希はかわいらしさを抑えた、落ち着いた色味の装いだ。学生時代の服装は封印したのかと思いきや、よく見るとレースがふんだんに使われているし、長い髪はフリルのついたリボンで纏めている。こちらも仕事帰りだったらしい。以前聞いたが、音楽活動の傍ら、服飾デザイナーとして経験を積んでいるのだという。
昔の仲間が今を謳歌している様子に、類の口元は自然とほころんだ。
「あ、このリボンかわいいでしょ? 今日の打ち合わせでも好評だったんだよね。類にもあげよっか? 司先輩にプレゼントすればいいじゃん」
「うーん、彼はかわいいよりかっこいい方が好みだからねえ。似合うだろうけど」
「あーはいはい、ご馳走様。ていうか同棲して何年だっけ? ずーっとラブラブだよね~」
呆れたような視線を物ともせず、類は「まあね」と微笑んだ。瑞希の問いに答えるなら五年程だろうか。他と比べたことが無いのでわからないが、二人の仲は順調と言えるのかもしれない。
高校の頃に出会って、恋人になって、同棲まで漕ぎつけて。気が付けば大分長い時間を彼と過ごしてきたことになる。もちろんたまには喧嘩だってするけれど、それは正反対の二人なのだから当然だ。ちょっとずつ歩み寄って、お互いの好きを増やしながらここまで来た。もちろんこの先も、ずっとずっと、お互いを支え合っていけたら、なんて。
などとふわふわ夢心地気分の類を半眼で見つめる人物が一人。
「ちょっと類~?」
「ごめんごめん。あー、司くんのこと話してたら会いたくなっちゃった」
「うわー」
べ、と舌を出して吐き出す真似をする瑞希にもう一度謝りながら、類は「ここの会計は僕が持つよ」と伝票を指した。見る見るうちに瑞希の顔が喜色に染まっていく。甘い物好きは今も健在らしい。上機嫌で鼻歌を交えながら、早速とばかりにメニューを開いてスイーツを吟味し始めた。
惚気話に付き合ってくれたんだし、これくらいはしないと。
スイーツを追加した分、更なる惚気話を浴びる羽目になるとは思いもしない瑞希を目に映しながら、類はにっこりと微笑んだ。
♢
「紅茶淹れるけど、飲む?」
「おお、頼む」
台本をめくっていた司の返事に応え、類はポットにティーバッグを二つ入れた。電気ケトルで沸かした湯を注ぎ淹れ、蓋をして蒸らす。紅茶の淹れ方に一家言持つ司なら茶器を温める所から始めるだろうが、類にそこまでの拘りはない。ある程度美味しく飲めれば構わないし、司も類が淹れる時はうるさく言わないからこれでいい。
リビングの窓から柔らかな光が降りそそぐ、うららかな午後。紅茶の香りがゆるりと漂っていく空間。その香りをすうっと鼻から吸い込み、ほうっと口から吐き出す。
茶葉が開くまでの間、台本を読み込む司の横顔をじっと見つめながら。
――うん、今日も僕のスターはかっこいい。
へにゃりと類の口元が緩む。どんな役にも全力投球で、常に高みを目指す努力家。同じ舞台に立つことはめっきり減ってしまって、寂しく思うのも確かだけれど、こうやって自宅で真剣な表情を見るのも好きだ。きっと次の公演も素晴らしいものを見せてくれるに違いないとワクワクさせてくれる。
「……類?」
「うん? ……あっ」
類の熱い視線に気づいた司が顔を上げると同時に、紅茶の存在を思い出した。
あわててそれぞれのマグカップに中身を注ぎ淹れるが、明らかに褐色の色味が強い。やってしまった。
「あー、ごめん。濃すぎるかも。ミルク入れる?」
「オレは構わないぞ」
そう言って差し出された右手に渋々マグカップを渡せば、明らかな不本意顔に司がおかしそうに笑った。台本を閉じて、「ありがとう」とカップを傾ける。類も続けて自分の物に口をつけるが……ちょっと渋みが強い気がする。
「なかなか美味いぞ」
「うーん……愛情補正働かせてくれた?」
「ふん、無論だ。なんせ濃くなったのはオレに見惚れてしまったからだろう? ……罪な男だ」
「うんうん」
カップを持った時のかっこいいポーズを披露してくれる恋人に、類は頬を緩ませて頷く。この、自分への称賛を惜しまない所も好きだ。面白かわいいって、こういうことかも。
かっこいいとは真逆の賛辞を贈る類の脳内など露知らず、司はもう一度紅茶を口に含みつつ、まじまじとカップの中身を見る。
「類もいつの間にか紅茶派になったよなあ」
「そう……かな? そもそもコーヒー派でもなかったけど」
「自分から淹れるようになったから、てっきり好きになったんだと思ってたぞ。コーヒーはあれだろ、苦いからな」
「カフェインなら他で取れるからね」
「でも社会人なんだから余所で出されることもあるだろう?」
「ミルクと砂糖入れれば、まあまあ飲めるよ。糖分摂取できれば頭の栄養にもなるし、野菜と違って青臭さも嫌な食感も無いし」
「ふむ……」
顎に手を添えて、考え込むポーズで暫し。いかにもな司の様子に類は唇を尖らせた。
「あ、ちょっと今良くない事考えただろう。自白しなよ」
「な、なんだ急に! 別にどうやって野菜を食べさせようかなんて考えてないぞ!」
「へえ」
類が強要する暇もなく、司は己の企みを白状してしまった。本人は誤魔化しているつもりなのか、明後日の方向に飛んでいる視線。しかも下手くそな口笛のおまけつき。
類はカップをテーブルに置いて、ワキワキと動かしていた自分の指に視線を落とした。
……嘘を吐けない司くんらしいけれど、自白のためにくすぐろうと思っていたこの両手はどうしよう。
「…………」
うん、決行しよう。
すぐさま脳みそにゴーサインを出すと、ひょいと司の手からマグカップを取り上げてテーブルに置く。にこやかに微笑みながら、そのままじりじりと司の座るソファに近づいた。
「おい、なんだその手は。おい、ちょ、やめ!」
「フフフ、僕に悪だくみを仕掛けようなんて、悪い魔王様だねえ。お仕置きしないと」
「オレが悪なのか!」
「そりゃあ野菜王国の王様なんだから悪い奴さ」
「弱そうなネーミングの王様だな……ってコラ! く、~~ははははっ! やめろこの、ふふっ」
こちょこちょと脇腹をくすぐってやれば、司が身をよじりながら類の手から逃れようともがく。本気の力じゃない、猫みたいなじゃれ方だ。そのまま体を押さえ込んでちゅっちゅっと顔中にキスを落とすと、ますます楽しそうな笑い声が上がった。つられるように類の笑みも零れる。
もちろんお仕置きなんて建前。要は恋人とイチャつきたかっただけだ。せっかく二人そろったオフ日なのだから、ふざけたっていいじゃないか。
類は甘えるように全身で伸し掛かって(蛙の潰れたような声は無視して)、肺いっぱいに恋人の香りを吸い込んだ。
♢
「司、服の趣味変わった?」
「そうか?」
寧々に指摘された服装とやらをまじまじと見ても、いまいち自分ではわからない。司はアイスティーのストローに口をつけながら、目の前の寧々に「どういう所だ?」と目線で尋ねた。
学生時代はお互いに俳優を目指して切磋琢磨したせいか、役者になった今もこうやって情報交換がてら近況報告を聞き合うことがある。今日の会合場所は寧々指定でシブヤの某カフェ。司も一応変装らしきものはしているが、静かで落ち着いた雰囲気のいい空間だ。
その寧々も長かった髪をバッサリ切って、すっかり大人の女性然としている。いや、もちろん大人の女性なのだけれど、昔の癖か、どうも司は彼女を(えむも含むが)妹のように思ってしまう所があるのだ。
カラン、と寧々の手元で氷が鳴る。グラスに汗を滲ませた、涼しげなグレープフルーツジュース。オレもそっちにすればよかったか、なんて思ったり。
「なんかこう……全体的に緩いっていうか。もっときっちりした格好が好きだと思ってたけど……」
話すうちにストローをくるくる回す手が止まったかと思うと、今度は眉間に皺を寄せ始めた。そんな寧々の様子に司の眉根も寄っていく。
「寧々? どうしたんだ」
「ううん……なんかわかった気がするからいい」
「そうか。オレなりに理由を考察してみるとだな……」
「だからいいってば」
「たまに類の服を借りることがあるんだが、あいつの服、けっこう大きめで緩いだろう? 着てみるとこれはこれで開放感があるし楽なんだ。それで自分でも似たようなのを選ぶようになったのかもしれんな」
「人の話聞いてる?」
「どんな系統の服だろうと着こなすオレ、流石だ! いっそのこと類とお揃いの服を買ってもいいかもしれん」
「はあ……」
寧々の呆れ果てたような深い嘆息に、司は思わず声を上げて笑った。気心の知れた仲のせいか、つい調子に乗ってしゃべってしまった。いけないいけない。
「すまん、少し惚気てみただけだ」
「……ちょっと。わざとなワケ? 勝手に変人カップルに巻き込まないでよ。これ、季節限定のタルト」
「わかったわかった」
「奢れ」の圧と共に鋭い視線が飛んでくる。舞台役者として引っ張りだこの歌姫の冷たい眼差しは、凍えるような迫力がある、と言ったら怒られるだろうか。
近くにいた店員を呼び止めて寧々の指さしたタルトケーキを頼む。どうせ支払いは司が持とうと思っていたし、もっと何か注文しろと勧めるつもりだったからちょうどいい。ついでにグレープフルーツジュースのお代わりも。
しかし司自身も気づかなかったが、類の嗜好に似てきた……らしい。自覚していない内側の部分を人に指摘されるというのは――うん、体の何処かがむず痒い気がする。でも、嬉しいと思っているのも確かだ。それだけ一緒の時間を過ごしてきた証なのだから。
にやけそうになる口元をさりげなく手で隠しながら、司はうんうんと頷いた。寧々には悪いが、ケーキ代分の惚気話に付き合ってもらおう。類と司の関係を知っていて、尚且つ呆れながらも受け止めてくれる存在は貴重なのだ。
♢
「……最近の類は身だしなみに気を付けるようになったよな」
「? どうしたんだい突然」
洗面所で朝の身支度と格闘していた司がぽつりと零す。
うーん、ちょっと前髪が重たいか、と少し指先で流して。
類はと言えば、すっかり自分の身支度を終えて司のヘアセットにちょっかいを出していた。煩わしいと思いきや、後頭部の方は見えないから、これはこれで司も重宝している。
そんな便利道具扱いされているとは知らない類は、上機嫌で金色の髪にヘアオイルを馴染ませていた。指の感触が少しくすぐったい。
「どう考えても今の君の方が拘っているように見えるけど」
「む。オレはスターとして当然のことをだな……じゃない、お前の話だお前の。しょっちゅう鏡を見ては自分の顔をチェックしてるじゃないか」
「まさか。君じゃあるまいし」
鏡越しに映る類の右眉が、心外そうにひょいと上がった。瞳の輝きが鏡に反射して目線が合う。
「なんだそのバカにしたような言い方は」
「バカになんかしてないさ。自分の魅力をもっと高めようっていう君の向上心は大好きだよ」
「ほう。まあオレは常に上昇し続ける男だからな!」
「そうそう、そういう所」
フフフ、と笑って類が髪を梳き、「はい、できたよ」という合図と共にウインクを飛ばしてきた。鏡越しに目と目が合う。……恋人の欲目を抜いても、昔からこういうキザな仕草が様になる男だ。
ぐぬぬ、と眉間に皺が寄ってしまい、いかんいかんと首を振る。本人に自覚が無いのなら、それでいいのだが――。
「これ以上かっこよくなろうとしているのかと、少し焦ったぞ」
「ふうん……僕のことかっこいいと思ってくれてる?」
「おおお、オレの次にな!?」
「そっかあ、かっこいいのかあ。フフ」
「オレの次にな!!」
司が何度主張しようとも、「フフ、フフフ」と笑って取り合ってくれない。足元なんてふわふわだ。そのまま踊るような足取りでリビングへと消えていく。
かっこいいなんて賛辞、聞き飽きる程浴びているだろうに……。司としては普段から愛の言葉は惜しんでいないつもりだが、もっと積極的に言うべきだっただろうか。いや、また浮かれ騒いだら恥ずかしい気もする。別にいくらでも言ってやるのに、大げさなんだ。現状維持、現状維持。
オイルでべとついた両手を洗い流して、お気に入りのハンドクリームで指先まで保湿ケア。最後にかっこいいポーズを決めていろんな角度から己を確認。よし、今日も決まっている。
司がリビングに戻ると、類はもうハットを被り鞄も肩にかけて、準備万端のようだった。司用のサマージャケットを手にしてにこりと微笑む。
「少し早めだけど出かけようか。はい、腕通して」
「ああ、ありがとう」
「うんうん、この間買ったやつだけど、やっぱり似合うね。かっこいいよ」
「あーー……うん、お前もかっこいいぞ」
「フフフ。世界で一番かっこいい司くんの次だから、僕は二番目にかっこいいことになるね」
「むむ? そうなるな。オレ達でワンツー独占してしまったか……」
「懐かしい響きだねえ」
遠い学生時代を思い返しながら、二人そろって玄関へ。今日は久しぶりにえむと寧々、両方と合流してフェニックスワンダーランドへ向かう予定だ。四十周年記念公演を永世名誉宣伝大使であるワンダーランズ×ショウタイムにぜひお願いしたいと言うことで、午前中から諸々の打ち合わせが入っている。
我らワンダーランズ×ショウタイムは永久不滅だが、四人そろってショーをするなんてしばらくぶりだ。司の気合も入るってものである。靴ひもを結ぶ手にも力が入るし、ついでとばかりに類のゆるゆる靴紐もぎゅっと縛り直してやった。
「よし! 行ってきます!」
「うん、行ってきます」
さあ、最高でわんだほいなショーを作り上げるぞ! と意気揚々と家を飛び出したのだが。
「類くんもかっこいいポーズ考えてるの?」
「……うん?」
再会の場面でひとしきりはしゃいだ後(個別では数週間前にも会っている)、打ち合わせはもちろん真面目に、わんだほいに終了。フェニックスワンダーランド内にある事務室で飲み物片手に談笑していた時のことだ。
えむの脈絡のない問いかけに、類が珍しく数瞬固まった。
「司くんじゃなくて、僕?」
「うんっ。今日の移動中も鏡とか窓ガラスとか気にしてたから、司くんのまねっこかな~って」
「あー言われてみればそうかも。何、司のナルシストがうつったの?」
「…………」
じわじわじわじわ、類の首元から上が真っ赤に染まっていく。久しく見ないマジ照れの姿に、司は思わず「おお……」と感嘆の声を上げてしまった。いつ以来だ、同棲を持ちかけられた時か。それともお揃いのペアリングを渡された時か。
類の珍しい姿に、えむも寧々も目を真ん丸に見開いている。
「え、ど、どうしちゃったの類」
「顔まっかっかっかだよ~?」
「えーと、うん。……自分の意図していないものを指摘されると、こんなに恥ずかしいんだねえ」
赤くなった顔を隠そうとして俯く素振りを見せるが、えむも寧々も、もちろん司も自分より背が低いのを思い出したのか、開き直って真正面を向いている。ポーカーフェイスを貫く気でいるみたいだが、口元だけは恥ずかしさを誤魔化すようにむずむずと動きっぱなしだ。
「……かっこいいポーズは考えていないけど、司くんがよく鏡をチェックしてるから、僕もついつい目で追ってしまうのかもね。自分の身だしなみというより、司くんを思い出すっていうか……それで似たような仕草になるのかも」
「……惚気じゃん」
「わ~~♪」
はにかみ笑顔を浮かべる類と、その周りできゃっきゃっとはしゃぐえむ。
……ふむ。ということは、だ。
司はニマニマと両頬が持ち上がっていくのが自分でもわかった。もちろん類が日常に置いても司を求めているというのは大いに嬉しいことだし、それもあるのだが――。
「ハーッハッハッハッハ! やはり! オレの気のせいじゃなかったな!」
「なになに~?」
「急に大声出さないでよ」
「今朝、類の奴に同じことを言ったら、オレの勘違いだとバカにされたんだ!」
「バカにしてないし、ニュアンスは違ったよ」
「ふふん、何とでも言え。ふふ、フハハ、類もオレ色に染まってしまったなあ!」
ハッハッハー! 愉快痛快!
るんるん気分で勝利のポーズを取っていた司だが、寧々に無防備な脇腹を肘で攻撃された。
「ぐへっ」
「鬼の首取ったようなこと言ってるけど、あんたも似たようなもんだから。ただのバカップル」
「何っ!?」
「あ~、司くんも類くんとそっくりさんな動きするもんね!」
「何だと!」
「フフ、親密な関係の相手と同じ動作をするというのは、長年一緒にいれば当たり前のことかもね。夫婦が似てくるのと一緒さ。ミラー効果ってやつかな」
「ほう」
調子を取り戻した類の解説に、司がふむふむと頷く。寧々に服の趣味を指摘されたこともあったが、それも似たようなものだろうか。
司の横にいたえむも一緒になって頷いていたのだが、しだいにソワソワし始めた。
「えむくん?」
「う~~……あたしも! あたしもその仲良し効果したいです!」
「したいって……誰かの真似すればいいんじゃないの?」
「そーゆーことじゃなくてっ。司くんと類くんみたいに『え~! 気づかなかったよ~!』効果がいいんです!」
「どんどん名称が変わってるな……」
要は類と司の無自覚バカップル振りが羨ましい、ということだろうか。もちろんバカップルじゃなくて、『無自覚』の部分。ただこればっかりはどうにもこうにも……。
何かないかとうんうん唸っているえむと、呆れた顔をしながら律儀に考え込む寧々。
髪を短くした寧々と対照的に胸の辺りまで伸ばしているえむは、長くなった桃色の髪を自分の人差し指に巻き付けながら「うーんうーん」と声を出している。くるりくるりと。サラサラしたえむの髪が指先から逃げていく。
これ……どこかで見たような、と司が視線を横にずらすと、桃色よりちょっとだけ背の高い薄緑の髪も、くるくるくるくる。同じように気づいた類が、「フフッ」と笑って司に目配せをした。
「えむくん。考える時の仕草、寧々そっくりだよ」
「えー! ホント!?」
「ホントだホント。おんなじポーズしてて面白かったぞ」
「ええ……」
素直じゃない寧々は不満そうな顔をしていたが、そんなことはお構いなしのえむが「やったー寧々ちゃーん!」と飛びついている。鳳グループの経営会議に参加したりしてちょっとは大人っぽくなったかと思えば、仲間への天真爛漫さは変わらないままだ。……いや、類と司が付き合いだしてからは、司への突進が減ったように思う。けっこう気遣いの人間なのだ、えむは。
きゃっきゃとはしゃぐ二人を見ていると何だか学生時代に戻った気分で、司は目を細めながら口を開いた。
「まあオレ達ワンダーランズ×ショウタイムも付き合いの長さで言えば家族みたいなものだしな。気づかないうちに似てしまうのも納得だ」
「ずっと一緒にいるからねえ」
同じように目を細めながら女性陣を見守る類の様子に、司の口元も自然とほころぶ。
この、猫が日向ぼっこをしている時のようなふにゃふにゃの笑顔が好きだ。こちらの力も抜けてしまいそうな、リラックスした笑顔。
そう、司も気を抜いていた。
「じゃあ……これからも一緒にいられるように、僕らも本当の家族になる?」
「…………は?」
だから、類の一言に咄嗟に反応できなかった。
何だって? ……家族になる?
司が呆然としている間に、「ひゃあ」だの「きゃあ」だの押し殺したような黄色い声が上がる。待て待て。
「お、おま……それ……」
どういう意味で言って、しかも何でこのタイミングなんだ。今を時めく天才演出家のくせに、こんな、何でもない風を装って。
次から次へとクエスチョンマークが司の脳内を飛び交って、言いたいことはたくさんあるはずなのに肝心の口は震えるだけ。せめて一言文句を言ってやらないと気が済まない、と隣にいる男の顔を見上げたのだが――。
(――うっ)
先ほどなんて比じゃないくらい、真っ赤に染まった頬。本人もそれは自覚しつつ、いつも通りの、柔和な微笑みを浮かべている。……いや、緊張で少し頬が強張っている。
気が付けば二人の観客は静かになっていた。祈るように両手を握りしめて、固唾をのんで類と司を見守っている。
――本当にズルい奴だ。話の流れもあっただろうが、仲間の前でこんなプロポーズ紛いな事……正真正銘プロポーズか。司の逃げ場を封じて、何が何でも返事をもぎ取ろうとしている。
まったくもっていい性格をしているが、その態度に不安が滲んでいなかったことだけは誉めてやろう。断ることはしないと、お互いの愛情を受け止めて、信頼している。
「はあ……」
ただほんのちょっぴり面白くなかったので大げさにため息をついてやったら、ぴくりと体を強張らせた。思わず笑いそうになるのを堪える。
司だってもっと劇的なシチュエーションで、もっとロマンチックな、記憶に残る一瞬を思い描いていたのだ。一生に一度の、絶対に思い出に残る出来事なのだから。……日常過ぎて、ある意味記憶には残るだろうが。
言いたいことは大いにあるが、もはやえむと寧々の方が不安気に固まっているのが可哀そうに思えてきて、司はぐんっと勢いよく顔を上げた。
見慣れたレモンイエローの瞳。淡い色に司を映すと少し色を濃くして、とろりと光る。これからも、一番近くで見続ける色だ。
――仕方ない。
「もちろんだ、このバカ類!」
にかっと笑って、勢いよく飛びついて。
天馬司として極々普通の返答になってしまったのは非常に癪に障るので、結婚式は盛大にやらなければ気が済まない。もちろん、最高の演出家による飛びっきりの演出は必須である。
……おい、泣いている暇なんて無いんだからな!