カウンターの片隅で#2 例の喫茶店に行ったあの日から数日後、俺は再び喫茶店を訪れていた。
次に喫茶店へ行く機会があったとして、そこそこ多忙な予定的にも数週間後くらいだと踏んでいたのだが、思っていた以上にあの日飲んだコーヒーの味(と、美味しいおにぎり)が忘れられなかったらしい。いつものインスタントコーヒーでは満足出来なくなっていた俺の足は気がつけばその日の大学のコマ終了後、幼馴染二人の誘いを断って喫茶店へと向いていた。
到着したのは夕暮れ時。ラストオーダー時間間際だったのもあって客は殆ど居なかった。空いていたカウンター席に座ればちょうど奥の厨房から扉のベルの音を聞き付けて出てきたスモーカーと目が合った。
「あー、悪いがラストオーダーの時間だ。ドリンクの注文に留めて貰えると助かるんだが、厨房の奴が。」
「構わねぇよ。時間ギリギリに来ちまったのは悪ぃと思ってるからな。どうしてもあんたが入れるコーヒーをもう一度飲みたくなっちまって。ブレンドコーヒーをブラックで頼む。テイクアウトは出来るか」
「そう思うってこたァ余程口に合ったか。ありがてぇ話だ。テイクアウトでブレンドコーヒーな、少し待っていろ。」
数日前と同じように保存用の瓶から豆をコーヒー一杯分取り出し、ゴリゴリと手動のミルで挽いて行く姿を眺めていればテーブルに一口サイズの市販のチョコが二つ置かれる。顔を上げれば少しばかり困り眉になっているスモーカーの顔があった。
「コンビニのマシンじゃねぇんだ。そんなすぐには出来ねぇよ。それでも食って待ってろ。サービスだ。」
「ハッ、心外だな。待ても出来ねぇと思ったのか」
「そんなキラキラしたガキみてぇな視線貰っちゃァ視線に慣れてても小っ恥ずかしくなるってだけだ。」
そう言って再びコーヒーを入れる作業に戻るスモーカーに少しばかり機嫌が悪くなる。ガキ扱いされるのは心外だ。
「ガキ言うな。ガキなんて歳じゃねぇ。もっぱらコンビニの抽出マシンで入れるかインスタントだったもんで、豆からコーヒーが出来てく様子を見てるのは興味をそそられるし単純に楽しいだけだ。」
「俺から見りゃ充分ガキだ。まぁ、人によっちゃわざわざ豆から挽いてドリッパーで入れる工程を見る機会が無い奴もいるだろうし分からんでもないが。」
抗議しても変わらずガキ扱いされるのでムッとする。俺から見りゃスモーカーはおっさんに見える。今度仕返しにおっさん呼ばわりしてやろうかと考えながら話を変える事にした。
「そもそも手動で豆を挽くのも大分珍しいだろ。あんたのこだわりかなんかか」
「いやここの店長のこだわりだな。おかげでみっちり色々仕込まれた。ここの内装だとかもそいつの趣味だ。」
その言葉に俺は驚く。てっきりスモーカーがここの店長だからこそ一人でホールを回していたものだとばかり思っていた。
「あんたがここの店長じゃねぇのか。」
「俺ァ雇われだ。路頭に迷いかけてた所を拾われた。」
「ふぅん。」
店の調度品や曲のチョイスがスモーカーの趣味じゃなかったのかと若干ガッカリした気持ちになったがそれよりもスモーカーの雇われ方が捨て犬を拾った時の様に思えてしまって、どんな店長だと少しばかり興味がそそられる。
貰ったチョコレートを食べながら考えを巡らせていればコトリと目の前のテーブルに熱々のコーヒーが入ったテイクアウト用のカップが蓋付きで置かれた。
「ほら、出来たぞ。熱いから持つ時は気をつけろ。」
「ありがと。」
テイクアウト用のカップを受け取りレジへと向かえば合わせてスモーカーもレジへと移動した。
「会計は○○ベリーだ。」
「これで。」
「ん、丁度だな。レシートはいるか」
「貰う。また飲みたくなったら来る。」
「あぁ、気をつけて帰れ。」
スモーカーに見送られ、酸化して不味くなる前に飲まなければと思いつつ火傷しないよう片手でカップを持って店を出ようと出入口へと急ぐ。その時、店に入ろうとするひょろっとした背の高い男とすれ違った。
「あらら、帰ってきちゃったの。ま、気をつけな。」
すれ違う瞬間そいつは俺を横目で見てきたが、気にせず外に出た後、そんな言葉が不意に風に乗って聞こえた。だが、バッと振り返っても扉に掛けられたCLOSEと書かれた看板が揺れるのが見えるだけだった。
後日、店を訪れた際にスモーカーに聞けばその男こそがこの店の店長だと教えられ驚いたのはまた別の話。