また24時間後にね / 純情ストラテジー【また24時間後にね】🔮🐑
「もしもし」
『もしもし、はは、本当に日付変わった瞬間なんだもんな』
「当たり前でしょ、今日は特に。昨日の電話でもそういったじゃん。」
『そうだったな』
「誕生日おめでとう、ふーちゃん」
『ん、ありがとう浮奇。』
毎夜、午前0時頃。
ふーちゃんの声を電話越しに聞くことが日課になってもう半年になるだろうか。
別に約束をしているわけでもない。学校でも毎日一緒にいるのにもかかわらず、夜またその声を聞く。
ハスキーで、笑ったら高く、弾けるような声が大好きだ。
きっかけは夜中にゲームの誘いの電話をかけたことだと思う。
夜中に電話して、ゲームに誘って、を繰り返しているうちに、
それが習慣になって、ついにはゲームもしなくなって、ただだらだらと1時間ほど喋るようになっていた。
「今日は学校に行ったら大変そうだね。」
『どうだかな。』
「アルバーンやサニー、ユーゴは絶対にクラスに来るね。」
『あぁ、それはそうだろうな。この前俺がパイ投げをしたからやり返されるかもしれない。』
「……ちょっと、俺にカマかけてるでしょ。」
『はは、バレたか。』
「明日どんなことがあるかは学校行ってからのお楽しみだから。」
大方俺の反応を見て対策をしようと思ったのだろう。その柔らかい笑い声に自然と自分の口角も上がる。
『明日終業式だろ、高校1年生ももう終わりか、早いよな。』
「そうだね、あっという間だった気もするし、すごい濃い1年だったね。」
『そうだな、浮奇とも出逢えたし。』
自然と放れた言葉にそんな意味がなかったとしても、その言葉には動揺が隠せなくて、すぐには声が出なかった。
俺はふーちゃんが好きだから。
「うん、そうだね。それが1番の出来事かも。」
『そうか?まぁそう言って貰えるなら光栄だけどさ。』
ベッドの上で体制を変えたのかごそごそ、という衣擦れの音に胸がざわざわする。それを誤魔化すように自分も寝返りを打つ。
ここから見える月は雲に隠れているようで窓の外はしん、と暗かった。
1時間ほど喋ったあたりで会話が少し途切れた。夜の空気を軽く吸い込んでまた喋ろうとしたら、ファルガーの声が先に聞こえてくる。
『なぁ、浮奇。』
「ん?」
『これ、いつまで続けるつもりだ?』
「これ、って?」
『この電話だよ』
ただただ疑問だと言うような声。
そのトーンで言われた突然の質問にヒュッと息を飲む。背筋に何かが走る感覚がした。
この寝る前の、何よりも大切な、秘密の時間を取られたくなくて、でも大義名分も見つからない。
何を言うか考えあぐねていると、耐えきれなかったのかファルガーが喋り始める。
『来年はクラスも違うかもしれないだろ?お前も俺より趣味が合うやつも仲いいヤツも出来るかもしれない。だからこれを最後に』
「やだ!」
『う、浮奇?』
「ふーちゃんのばか!1年間も一緒にいたのに俺のことなんも分かってない。俺はふーちゃんとだから一緒にいて、こんな風に電話もして、電話する前もずっと毎日ソワソワしてるのに。」
「俺の1番大好きな時間を取らないで。」
ねぇ、おねがい。
自分が思ったより弱々しい声が出た。
この気持ちがバレたかもしれなかったがもうそれでも良かった。伝わってしまうならそれはそれでいいと思った。
自分自身に無頓着なファルガーが俺から離れていってしまうのが何より、怖いと感じたから。
『ぶっ、ッハッハ゛ッハ゛ッハッ!!』
「な、なに」
突然大声で笑いだしたファルガーにびっくりしてつい、スマホを遠ざける。
『ははは……あー、浮奇、お前本当にずっと俺と居るのに飽きないわけ?』
「……飽きるわけ、ないでしょ」
『ん、そうか、じゃあ』
頑張って俺を捕まえててくれな?
冗談めかして伝えられたその言葉。いつも、決して未来を約束することのない彼のその言葉は何よりも重いそれで。
ゆっくりとその言葉を噛み締める。
「うん、逃がさないよ。」
『楽しみにしてる』
「ほんとに、ほんとだから」
『わかったって』
「絶対分かってない!」
『はいはい』
「もー……」
また寝返りを打つ。
月が雲から顔を出して、明かりが夜を照らして、
山際の空がスポイトで色を抜かれたように少しずつ淡くなって来ている。
まだ喋りたいのに、声を持たないそれらは時間の経過を如実に伝えてきた。
『じゃあ、』
「じゃあ、」
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【純情ストラテジー】👹🐑
「はは、それは災難だったな。」
「笑い事じゃない。」
風呂上がりのファルガーは髪の毛をタオルでガシガシと拭きながらむっとした顔でこちらを見た。
その事件は今日の昼休みに起こった。
今日誕生日であるファルガーが仲良い同級生4人に盛大なドッキリとパイ投げをかまされ、廊下で転び、挙句教室を汚したものだから担任の先生から大目玉を食らったらしい。
特に俺の弟だと言うのもあってか、俺の学年でも瞬く間に噂となり、自分の同級生からも心配されることになった。
「まぁそれぐらいいいだろう。俺の時はそれに死ぬほど振られたコーラも付いてきた。」
「やったのは?」
「シュウ」
「……あの人どこでスイッチ入るのか本当に分からん。」
「基本的に悪ノリにはノってくる上にやる時全力だからなあいつは。」
ファルガーが俺のベッドの上に座って俺の飲みかけのペットボトルに口をつける。
すっかり我が物顔で居座るので今日はそういう気分なのだろう。
そして差し出されるファルガーの手。
「で?」
「は?」
「誕生日プレゼントだよ。」
「……」
前言撤回、
こいつ、がめついだけだった。初めて同級生に華々しく誕生日を祝われてなにか思うところがあるとかないよな。
そうだ。こいつはそういうやつだ。
「ケーキを食っただろう。」
「あれは母さんが買ってきたやつでお前関係ないだろ。」
「……ほら。」
「お、わっ。」
後で渡すつもりだったそれを不意に投げてやるとあたふたしながらも受け取る。
ファルガーは少し見覚えがあったのか包装紙をゆっくりと撫でてからシールをペリペリと剥がす。
「なあ、このラッピング……」
「開けてみてからのお楽しみだ。」
「ぇ、は!?マジかよ!?」
あげたのはちょっといいところのキーケース。自分のと色違いのそれ。
自分は父親から貰ったのだがそれを見る度にいいなぁ、かっこいいなぁと言うのでそれにしたのだ。
「お前、俺のを見る度かっこいいかっこいいってうるさいからな。」
「うわマジか!?ヴォックス大好き愛してる!」
「その薄っぺらい言葉、有難く頂戴しておく。」
色違いのキーケースに同じ家の鍵が付く。
ただの家族の普通でしかないそれと形だけのその言葉に、なんとなくの優越感と満足感を感じた。
「……高かっただろ、これ」
「最近夜、家にいないことに気が付かなかったのか?」
「気がついてはいたけど、まさか俺のだとは思わなかった。」
今度、コンビニでなんかおごる。
と、小さい声で呟くファルガーが愛おしくてついついタオル越しに頭を撫でる。
「いいんだよ、気にするな。」
「気にしてない。」
「その顔でか?」
「借り作るのが嫌ってだけだ。」
ぶす、と顔をそっぽに向ける顔が少し赤い。
まだ水分を含んだ綺麗な銀髪が肌に張り付いていて、着すぎてくたくたになったTシャツからは鎖骨が覗いている。
それに色気を感じたのと同時に、
頭に被せたタオルがまるで、花嫁のベールのようだと思ったのがいけなかった。
「ファルガー」
「ん?な、」
タオルを軽く引きよせて、唇を合わせる。ほとんど衝動的にしたのにも関わらず、軽い、音もならない、優しいキスをした。
こいつの唇、こんな柔らかかったんだなと思うと同時にファルガーが勢いよく立ち上がったのでお互いの額を思いっきりぶつけた。
「「っっ!!………」」
「くっそ、てめぇ何しやがる!」
「は、もしかしてファーストキスだったか?もう高校2年にもなるお前にキスの仕方でも教えてやろうかと思ってな。」
「余計なお世話だ!!ひゃっぺん死ね!!クソ兄貴!」
顔を真っ赤にしてタオルが投げつけられる。そのままファルガーがドアを勢いよく閉めると、「もう12時なんだから静かにしなさい!」と1階からの母さんの声が家に響いた。
なんだ、案外これはいけなくもないな、むしろ……と思った自分に驚く。
そしてさっきの満足感と優越感の正体に気がついて、ぶつけた額を撫でながらはぁ……と長く息を吐いた。
さて、これからどうやって攻略しようか。