#2 あなたがかわいすぎて!「そういえば部活は?」
「合唱部だよ」
「そうなのか、俺の仲良い友達にも軽音部がいるから多少音楽は興味がある。」
「遊間ユーゴのことかな」
「……いつも一緒に馬鹿やってる」
「アルバーン·ノックス」
「……風紀委員で、空手部の」
「サニー·ブリスコー」
「……お前本当に俺のストーカーだったんだな?」
「だからそう言ってるじゃん!」
わっ!、と声を荒らげながら言い返す浮奇が面白くて、つい声を上げて笑い飛ばす。
まさか自分が、目の前にいるこんなに顔が整ってて、何でもそつなくこなしそうなやつにストーカーされる日が来るなんて思わなかった。
『途中まで同じ帰り道なのか?ならわざわざ別に帰ることもないだろう』とファルガーが提案したことによって、2人で人気の少ない住宅街をぽてぽてと歩く。
ストーカーとその被害者。
ただの男子高校生2人にこんな関係があるなんて誰が思うだろうか。
見た目的に少し違和感があるとすれば、背の低い方の彼が一定の距離を取っていることぐらいだ。
「……で?なんでそんなに離れてるんだ?」
「うっ、だって、未だに慣れないんだ。こんな近くで君と会話して、君が俺を見てくれるなんて。あと自分を信じてない。何しちゃうか分かんないし、」
「そんなにか?」
「そんなに。ロッカーとかバッグだって漁ったこともあるよ?」
「そうだったのか。何も面白いものなかっただろ。」
ゴミ箱や使用済みのストロー、部屋のタンスの中などを頭の中で想像していたがそれは無いらしい。
ファルガーは何となく拍子抜けしたように、 至って普通の会話のトーンで続けるので、浮奇は目をぱちぱちと瞬かせる。
「俺が言えることじゃないんだけど、本当にその反応でいいの?」
「何がだ?」
「……うん、いいや。今読んでる小説とか、いつも持ち歩いてる文房具とかそういうのが知りたかったの。」
「だから栞の位置とか変わってたのか」
「嘘、ふーちゃんは栞じゃなくてページ折る派でしょ。俺そんなわかりやすい事しないし。」
「おお、マジなんだな。」
まぁ俺のストーカーを名乗るならそれぐらい知ってて貰わないと、と悪戯そうな笑みのまま浮奇の顔を覗き込む。
ファルガーにカマをかけられ、からかわれたことに気づいた浮奇から小さくクソっ、とその顔に似合わない罵倒が漏れ出て、浮奇の新しい一面を知ったようで自然と口角がくくっ、と上がる。
「思ったよりふーちゃんは意地悪だ……」
と、顔を手で覆って、その隙間からこちらを覗く浮奇。
イラついているはずなのに怒りきれなくて、むぅ、と拗ねるだけになってしまうその反応が、どうしようもなく愛おしく感じてしまって。
気づいた時には手が動いて、ファルガーは見た目通りふわふわとしたそのプラムの髪を撫でていた。
「意地悪な俺には幻滅したか?」
「~~~っ!しない!」
「はっはっはっ」
ファルガーがついそのままわしゃわしゃと綺麗なグラデーションのかかった髪を撫でると、されるがままに頭を揺らしていた浮奇がきっ、とこちらに視線を向けて、手首を掴んで頭の上からゆっくりと退ける。
そのほんの少しの接触が、浮奇の体温が上がりきっていることを明らかにしていた。
「……ふーちゃんがそうやって面倒見がいいことも知ってるよ。優しいのも知ってる。」
「でも、これ以上されると友達以上をすぐ求めたくなっちゃうから少しずつでお願い。俺もうキャパオーバーで死んじゃいそうだよ、お願いだから俺をいじめないで、」
本気で好きだから。
今にも爆発寸前というぐらいに染め上がった頬。
男前で、セクシーで、その無口そうな顔からは考えつかないほどの情けない顔で、緩く握ったままのファルガーの手首をするり、と離した。
ああ、こいつは本当に俺が好きなのだ。
俺が今まで読んできた小説のようなフィクションじゃなくて、自分が抑えられなくなるほどの感情を持ってて。
「えっ、なんでそこで赤くなるの!」
「いや、その、ここまで真っ直ぐ伝えられたのは初めてでな。」
「あのね、その前に俺、君の元ストーカーなんだよ?もっと危機感をもって!なんでそこで照れるの!今まで散々俺をからかってきたのに、」
「そうだよな、すまん、でも俺もどうしていいか分からん……。」
「本当に、勘弁してよ……。」
浮奇の手から伝播した熱で身体が浮きそうな感覚。
どこにも目のやり場がなくて、電柱やらコンクリートやらにうろうろと目を泳がせてからお互いに目線を合わせて、同時にぶはっ!と吹き出した。
「ふははっ!何してんだ俺たち。」
「本当だね、もうよく分かんないや。」
閑静で入り組んだ道路の真ん中で、お互いに顔を見合わせて、はにかんで、言い合いをして、笑いだして。
その光景はどう見ても、周りからは思いを寄せ合う2人としか映っていなかったことに、その時はどちらも気づかなかった。
2人共浮き足立った気分のまま、また足を動かす。
見慣れた家が見えてきて、理由もないもの寂しさがファルガーの胸を突き上げる感覚がした。
「もうふーちゃんの家だ。」
「そうか、家も知られてるんだったな。俺の部屋にカメラとか盗聴器とかあるのか?」
「それはない、俺は盗撮と盗聴は近くに行って自分でする派だったから。」
「ふぅん、なるほどな。」
「あっ、ごめ、」
「いいよ、もうやらないんだろ?」
鞄のポケットを探って、家の鍵を取り出す。
いつものように鍵を差し込んで、くるりと回しながら、ファルガーは後ろにいる浮奇に声をかける。
「今度から知りたきゃいくらでも俺の事なんか教えてやるからさ。」
明日からもっとお前のこと教えてくれな、浮奇。
振り返って、その天の川を溶かしこんだような、深い深い紫暗の瞳を見つめる。
左右で少し色が違うことに、初めて気がついた。
「っねぇ!ふーふーちゃん、ファルガー、」
「ん?」
「好き。」
「うん。」
「好きだよ。本当に大好き。」
「おう、ありがとうな。」
「明日からも喋っていいの?」
「いいぞ。」
「夢じゃない?」
「お前がそう思いたいならいいけど?」
「やだ。」
「はは、じゃあまた明日な。」
「……うん、またあした。」
軽く手を振って、別れを告げる。
いつものように少し重い玄関の扉を閉めて、どっと力が抜ける感覚。
ドアに背中を預けるようにしてずるずると座り込む。
「俺って、案外チョロいな。」
最後に見た浮奇のバカみたいに幸せそうな顔が、ずっと頭に貼り付いていた。
「ってことがあってな?」
「……話が全くわからなかったんだが?」
目の前でほかほかと湯気を立てて、美味しそうにてらてらと光る生姜焼きを、綺麗に粒だっている白米に乗せながら自分の弟はまるで他愛もない話のように続けた。
「つまりあれか?顔ぐらいしか取り柄がないお前がストーカーされてることに気づいたあと、緊張感もないまま、そいつと談笑しながらこの家まで帰ってきたと。」
「そういうこった。」
「なんでお前はそこまで平静なんだ?よく考えろ、ストーカーだぞ?」
「だから、健全なストーカーなんだよ。」
「一瞬で矛盾するんじゃない。いいか?ストーカーは全部犯罪だ。」
自惚れだと罵って貰って構わないが、自分たち兄弟は顔だけは良いとは常々思っている。
しかも自分はそのうえで生徒会なんかもしているものだから、今までストーカーの被害にもあったことはあるが……まさか弟が、しかも男からストーカーを受けていて、挙句仲良くなっただって?
頭を抱える思いで、少し落ち着こうと味噌汁を啜る。
「あとあいつ、お前との会話も盗聴してたからお前との仲を疑ってるかもな。」
「ぶふっ!、」
「うわ汚ねぇ、誤嚥には早いんじゃないか?」
びっくりした。冗談じゃない。
まさか自分まで巻き込まれるとは思わなかった、恐ろしいことを言うな。
周りに撒き散らした味噌汁を拭きながらファルガーへと言葉をかけた。
「んっ、すまん、いきなり気色悪い想像をさせるんじゃない、俺にまで被害が及ぶだろう。」
「大丈夫だ。アイツは俺にベタ惚れだからな。」
「もう何も言わないぞ。」
何一つ安心できる要素もない上にこいつも若干ノリノリなのを見て、もう小言を言う気すら失せた。
何があっても知らん。という決意を固めて、もう一度味噌汁に口をつける。
ぱん、と手を合わせる音のあとにファルガーが食器を持って席を立つ。
「てことで、近いうちに恋人が出来そうだ。」
「!?っぐ、げほっ、」
今度は吹き出しこそしなかったものの盛大に噎せた。
何度噎せればいいんだ。俺と味噌汁のことを考えろ、そしてお前は今なんて言った?などと言ってやりたいのは山々なのだが如何せん咳き込んでしまって声が出ない。
こんなにも取り乱している兄のことには目もくれず、キッチンへと食器を置いて、ごちそうさまと呟いてから2階へと上がる無慈悲な弟。
その背中を目で追いかけて、ヴォックスは部屋を満たすほどの長い、長いため息をついた。
目の前にある何の罪もない味噌汁は、ついぞまたヴォックスの口に運ばれることはなかった。