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    みゃこおじ

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    みゃこおじ

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    【ココイヌ】永遠の愛より、永遠の足枷を

     鏡に映っている自分自身の姿に、ああ、これは夢なんだなと、他人事のような考えが浮かぶ。綺麗に磨き上げられた洗面所の鏡に映し出された顔に、醜い火傷の痕がない。髪型は鎖骨くらいまで伸びた長髪で、幽霊のように血色の悪い顔がぼんやりと浮かび上がっている。火傷の痕があった場所をさすっても、そこはなめらかな素肌で、化粧で隠しているような形跡もない。
     だから、これはタチの悪い夢なのだ。フォーマルなスリーピーススタイルのブラックスーツ、白のネクタイ。どこからどう見ても誰かの結婚式に参列しているような装いをしている。ここも、恐らくホテルかチャペルのトイレなのだろう。廊下に出ると、参列客が受付で記帳をし、見知った顔同士で和やかな語らいをしている姿が見えた。
     そして、ふと見えた立て看板にさっと血の気がひいた。「九井家 乾家 両家御披露宴御席」と記されている。心底悪夢でしかなく、心臓が早鐘を打った。
     こんなところにいたのか、探したぞと声をかけられ、乾は緩慢に振り返る。そこには、記憶の中の姿よりもずっと年老いた父親が、乾と同じような正装をして立っていた。父親と最後のちゃんと顔をあわせたのはいつかは思い出せないが、都合の良い夢は、目の前の白髪混じりの初老の男性が自分の父親であるということを教えてくれる。
     父親に伴われ、半ば強制的に親族控室に連れて行かれる。そこには自分そっくりの母親、九井の両親、その他両家の親戚が集まっていた。いくら見渡しても、九井と姉の姿はない。あの看板を見た瞬間、九井と姉である赤音の披露宴なんだろうなと知りたくもない事実をぼんやりと認識していたが、こうしてまざまざと〝現実〟として突きつけられた。
     談笑している親族の輪の中に入る気がせずに出入り口付近で佇んでいると、母親があなたも赤音のところに行ってきなさいと乾の背中を押した。うん、と曖昧に返事をすると、彼女はこっちよと乾の手を引いて花嫁の控室に連れて行く。足は鉛のように重く、上手く息がでいない。
     母親が控室の前で足をとめ、ノックして扉を開ける。背中を押されて部屋の中に足を踏み入れた乾の姿を認めた赤音は、パァッと顔を明るくした。純白のウェディングドレスに身を包み、乾と同じように整った日本人離れをした顔には、その美しさを引き立てる化粧が施されている。
     そして、その隣には、光沢のあるシルバーとブラックを基調としたフロックコートに身を包んだ幼馴染が、当たり前のように佇んでいた。幼馴染からは一切の剣が削がれていて、自信と希望に満ち溢れているような明るい目をしている。特徴的な剃り込みもなく、パーマもかけておらず、中学時代のすっきりとしたマッシュカットをオールバックになでつけていた。
     仲睦まじい新郎新婦の姿。いつか叶うはずだった未来。夢幻と消えた〝現実〟の大波に飲み込まれる。ぎゅっと握りしめた指先は氷のように冷たくて、カチカチと歯がかち合いそうになるのをどうにか堪えた。なんと声をかければ正解なのだろう。どうやったら、この悪夢から逃れられるのだろう。
     おめでとう、と祝福の言葉をかけようとしても、全身が金縛りにあったかのように動かなかった。静かに立ち上がったふたりはゆっくりと乾との距離をつめる。視線を逸らそうとして体は全く動かず、少しずつ距離をつめてくるふたりから、逃げることはできない。
    『どうしてオレはイヌピーを助けたんだろう』
    『どうして青宗は生きているの?』
    『赤音さんがどうして死ぬ必要があった?』
    『私はもっと生きたかったのに』
     どうして、どうしてと引き攣った金切声が鼓膜を揺さぶる。どこからともなく噴き上がった炎が九井と赤音を包みこむ。業火に焼かれ、熱い、苦しいと助けを求める声悲痛な叫び声が、辺り一面に木霊した。
     その業火に動けないままの乾も包まれていく。氷のように冷たい炎が顔を焼き、声も出せぬまま視界が真っ黒く染まった。


    「ーーーーーっ!」
     勢いよく起き上がり、猛烈な吐き気に口を抑える。どうにか込み上げてくる胃液をもう一度胃に押し込んで乾は頭を抱えた。ゆっくりと辺りを見回すと、そこは乾と九井が暮らすマンションの寝室で、深呼吸をしながら安堵のため息を漏らす。
     シェードランプの明かりを頼りにスマホを確認すると、時刻はまだ日が昇るような時間だった。寝入ってからそこまで時間は経過しておらず、飛び出さんばかりに鼓動する心臓の辺りを押さえた。
     どうしようもない、悪夢だった。子供の頃から定期的にあのようなタチの悪い、リアリティのある悪夢を見ることが多い。ストレスを感じると悪夢を見ることが多いのだが、医者がいうにはPTSDの一種らしい。治療法は薬を飲むかカウンセリングしかないので、乾は治療をすることを諦めていた。
     悪夢の種類はさまざまだが、必ず九井と赤音が歩むはずだった未来の姿を見せられ、どうしてお前が生きているのだ、どうして赤音が死ななくてはいけなかったのだと、糾弾された。そして、必ず決まって、乾たちは炎に焼かれ、苦しみ、身悶えて、目を覚ます。
     悪夢で見せつけられる輝かしい未来は、自分自身への戒めだ。本来ならば十数年前に死ぬはずだった命だ。赤音を助けるはずの九井に奇跡的に救出されて乾は生き延びたのに、助かるはずだった赤音は業火に焼かれ、治療の甲斐なく死んでしまった。
     それから乾だけでなく、九井の人生も狂ってしまった。お互いに欲望と陰謀が渦巻く、金と権力がものをいう闇の世界に身を落とした。今や乾も九井も日本の裏社会を牛耳っているといっても過言ではない東京卍會の幹部だ。九井が幼い頃に望んだ、子供には到底手が届かない膨大な金額を上回る金を日夜動かしている。
     乾はというと、稀咲や半間から命じられるがままに人を殺し続けていた。いわば、掃除屋だ。乾には九井のような頭脳はなく、実働部隊として動いている。いくつか乾の名前でクラブやダミー企業を運営しているが、基本的にそちら方面は九井の担当だった。
     東卍に必要とされているのは九井が生み出す莫大な金で、乾はおまけのようなものだ。九井は乾のいうことしかきかない。九井を動かすためには九井が望む処遇を乾に与えなくてはいけない。そうやって九井におんぶにだっこで築き上げた地位は、砂上の楼閣のごとく脆い。だから、乾は命じられるがままに任務を完璧に遂行し、九井の足を引っ張るような真似をしてはいけないのだ。
     人を殺すことに最早抵抗はなくなっている。金を持ち逃げしたり、ドラッグを横流しした男も、借金を抱えて泡に落とされたのに逃げ出そうとした女も、命じられるがままに乾は殺した。そこに感情がはなく、自分の働きが九井のためになるのなら、どんな汚い仕事も請け負う所存でいるのだが、最近、悪夢を見る頻度が上がってきているのは、粛清の命令が増えたからかもしれない。
    「あれ、イヌピー起きてたの?まだ寝てればいいのに」
     寝室のドアが静かに開き、風呂上がりだろう九井が姿を現した。下着だけを身につけた裸身は、生傷の絶えない乾と違って滑らかだ。時間ができればマンションに併設されたプールでストレス発散と言わんばかりに泳いでいて、その体はしなやかな筋肉に覆われている。
     ギシリとベッドのスプリングが軋み、男二人分の体重を支える。はいと手渡されたミネラルウォーターを飲み込むと、いやに喉の渇きを自覚して、ペットボトルの中身を一気に飲み干した。
     そこで漸く、全身を包み込む倦怠感を思い出した。腰の辺りが艶かしく疼き、足の間がじんじんと甘い痺れを訴えている。お互いに立場ある身なので、一緒に暮らしていても生活リズムが合わないことが多い。こうして九井と体を重ねたのも、何日ぶりだったか。
     悪夢を見ているせいか、最近、不眠気味だった。セックスすれば悪夢も見ずに寝られるかと思ったのに、今まで見た中で一番ダメージをくらうような悪夢を見せつけられたような気がする。九井と赤音が歩くはずだった輝かしい未来。幸せいっぱいなふたりの笑顔を思い出し、クラクラと目眩がした。
    「…イヌピー、また嫌な夢でも見たの?」
    「……いや?」
    「嘘つくなよ。今もすげぇ顔真っ青だし、ここんとこずっと魘されてるし」
     三白眼気味の双眸を細めてじっと睨みつけてくる九井から視線を逸らすと、長い腕がぐっと伸びてきて、乾の裸身を引き寄せる。シャワーを浴びたばかりの体はまだ熱っていて、皮膚越しにトクトクとゆっくり鼓動しているのが伝わってくる。
     九井と体の関係を持ち始めたのは、まだ10代前半の頃だ。そのきっかけはもう忘れたし、九井が乾を抱いた理由は今でもわからない。しかし乾は、乾青宗は乾赤音の代替品であるということを自覚している。たとえ、九井が乾青宗といういち人間として乾自身を見ていなくても、九井の形のよい薄い唇から紡がれる囁きに救われているのかを、九井は知らないだろう。抱きしめられ、その体温を感じ、熱っぽく見つめているその先に乾が存在しなくても、九井の熱を受け入れ、わずかな時間でも求められているという事実が、亡霊のような乾を人間たらしめている。
     九井が乾を一生守ると誓い、それを乾が利用している不毛な関係だということは理解しているし、九井の情人と呼ばれていることも、お飾りと罵られていることも知っている。ずっとずっと、子供の頃から乾の世界は九井でできていて、九井がいない世界なんて考えたこともなかった。
     髪を切ったのは、仕事で失態を犯し、半間に髪の毛を掴まれ、コンクリートの上を引き摺り回された挙句、鋏でグチャグチャに切られたからだ。九井が愛している長い金糸を切ることは躊躇われた。赤音の面影を自分に重ねるために伸ばし続けた髪を切れば、乾は不要になってしまうかもしれない。切り揃えるだけで済んだのに、それでも坊主にしたのは、九井の気持ちを確かめたかったのかもしれない。
     初めは半間に対して怒髪天をつく程に怒り狂っていたが、短くなった金糸を弄びながら、それはそれで新鮮でいいしかっこいいなと愛しげに撫でて、それからも、乾がよがり狂う程に抱いてくれた。自惚れてもいいのかもしれないという邪な気持ちには、もちろん蓋をした。
    「…ココと赤音の結婚式の夢を見た」
     そうボソリと呟くと、九井が背後で息を飲む気配がした。そっか、とボソリと呟きながら九井は首筋に顔を埋め、剥き出しの胸元に手を這わす。情交の残りがが色濃く残る体は、少しの刺激にも反応し、鼻から甘い吐息が抜ける。上半身を撫で回しながら思わせぶりに下肢へと伸ばされた大きな手に、ぞわりと腰が戦慄く。
    「ちなみに、兄弟の結婚式に参加する夢は警告夢、知人の結婚式に参加する夢は自分の気持ちの投影。イヌピーは、オレと赤音さんの姿を見て、どう思ったの?」
     ウエストの中に悪戯な手が忍びこみ、くるくると茂みを弄ぶ。意地悪くクツクツと喉の奥で嗤う九井に乾は寄りかかり、腰を浮かしながら肩をすくめた。
    「…さぁ、忘れた」
     するりと足から下着を引き抜かれ、乾は体を反転させて九井の太ももに乗り上げる。下から見上げる九井に顎を掴まれ、引き寄せられるように口付けを交わした。
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