「いたたぎます」を言い忘れた佐藤入間
職業:バビル出版新人編集者
性別:女
この度、僕佐藤入間に、こい…恋人が人生で初めて恋人が出来ました
正直、僕みたいな短髪で胸もなくて普段からズボンを履いているから外見で性別が判断できないような女性らしさの【じょ】の字も出ないような人間に恋人が出来るなんて本当に思ってもいなかった。
しかも、相手は【あの】世界的に有名なピアノ奏者鍋島啓護さんとくれば本当に夢なんじゃないかと、今でも思っている。
なんせ鍋島さんも僕と同じ性別、つまり女性なのだ。初めての恋人が同性。正直、未だに混乱しているのが本音だ。
でも、鍋島さんが僕を好きと言ってくれて、僕も鍋島さんが好きだったから、混乱していてもちゃっかりOKと返事をして(その時はこんな軽く返事をしてはいないけど)所詮【お付き合い】なるものを開始したのだ。
鍋島さんも僕と同じく短髪で、その、胸囲も僕と同じ位で、コンサートでもパンツ姿が主だったため男性と思っている方も少なからずいるようだけど、長い睫毛にキメの細かい綺麗な肌、爪も艶々でスタイルも抜群…。そう、美人なのだ。物凄いレベルの高い美人さんなのだ。
そんな人が僕みたいなちんちくりんを本当に好きなのか鍋島さんを疑うわけではないし、僕を騙すような人ではないと分かっていても…不安で…。
でも、これから長いお付き合いになるのにそんな不安でいては鍋島さんに失礼だし、と、云うことで
「僕のどこが好きですか」
もういっそのこと、直接聞いてしまおう
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最近手に入れた可愛い恋人に悩みがあるので相談にのってほしいと言われ、頼られた嬉しさからつい入間の好きな菓子を多めに購入し手土産に一人暮らしの入間の家に入ってみれば、開口一番に上記の台詞を突きつけられた。
玄関で言われたので靴は履いたままだし、手土産の菓子は紙袋の中。
目の前には何時もなら「いらっしゃいませ」と照れ臭そうに嬉しそうに迎え入れてくれるのに、本日は真剣な表情で拳を握り大きな眼は【誤魔化さないでください】強い意思を示し目線を反らさない。大きな瞳に写る自分が見える程。
…入間の視線に俺だけ。なるほど、悪くない。このまま黙っていても埒はあかないが、入間の視線を独り占めをしているこの状況は捨てがたい。
暫しの沈黙は入間にとっては、返答がなかったのが不安になったのか特徴的な三本の触覚の様なアホ毛を萎びかせ「僕のこと、好きじゃないんですか…?」眼を潤ませ他の人間が言えば【面倒くさい】としか思えないが入間が言うと途端に悪いことをしたと思わせるから困ったものだ。まあ、そんなところも可愛いところだと思っている。
やがて赤く染める顔を見ていると本人も【なんか、凄い事言っちゃった】思っているのだろう。
ふむ、コロコロと変わる表情を見ているのも良いものだ。変わる思考の種が俺だということもまた良い。
ここまでで既に分かっている者もいると思うが、俺は入間が可愛くて仕方がない。
目に入れても可愛いとはこの事かと思うくらい可愛いと思える者が存在し、尚且つ俺の恋人なのだ。少々浮かれても仕方がないと思っている。むしろ、よく押さえられていると思っているくらいだ。押さえていなかったとしたら、今すぐこの場で入間自身ですら暴いたことがないところを隅々まで丁寧にじっくりたっぷりこの手で暴きたいものだ。
偉いぞ鍋島啓護。よく我慢している。そうだ、私は偉い。ならば、そう御褒美があってもいいのではないか?そして、この状況こそ絶好のチャンスではないか?
これから先、死せる時も死後も、その先も永遠に共にいるとはいえ入間と過ごす時間は一秒一分すら惜しんではならない。
だがまずは、未だに赤や青に顔を染めている入間の不安を解消するのが先決。
入間には「格好いい笑顔」と言われるが俺自身からすれば【悪魔のような】笑みを浮かべ口を開く。
「全て…と、本当の事だが、こんな安易な回答になってしまう程、俺は佐藤入間の全てが好きだ」
本日見たなかでは最高ではないかと思うほど赤面し、はくはくと開閉させる入間。覗く赤い短そうな舌、白く磨かれた歯、そして薄紅色の唇。
ああ、たっぷりと味わわせてもらおう。
俺は欲のまま入間の唇へと喰らいついた。
おしまい