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    hamayuu_815

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    hamayuu_815

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    #一次創作小説
    aCreativeFiction
    #オリジナル
    original

    天の末裔1———遠い未来、人類によって繰り返される環境破壊のために、世界は荒れ果てた。
    異常気象により猛威を振るう自然災害の前に人類はなすすべもなく土地を追われ、居住地をめぐっての戦乱の果てに連綿と受け継がれてきた科学技術の多くを失った。数を急激に減らしていきながら、生き残った人類はわずかな自然を頼りに細々とその生を繋いでいた。
    しかし、あとは衰退するばかりのその運命に異を唱えた者たちがいた。
    彼らは再びの人類の繁栄を夢見て、新たな帝国を立ち上げた。太古の昔、全知全能の神を育んだとされる獣の名にちなみ〈アマルテイア〉と名付けられた帝国は、諦念を抱く人々の希望の光となっていった。
    しかし、誰もが期待に胸を膨らませた光の帝国は一夜にして滅び去った。
    それから幾星霜。アマルテイアが有していた都市は散り散りとなってそれぞれが独自の主を頂き、虚飾の繁栄を遂げていた。




    1章 祭りの宵

    例えるなら、巨石を前にしたかのような焦燥感、押しつぶされそうな頼りなさ。
    細身から途方もない重圧を放つ化物に、ラファウは畏ろしく、そして慈悲深い神の姿を見た。


    城塞都市ニンクスの広場は前夜祭の予感に浮足立っていた。
    広場をぐるりと囲む十二円柱の一つ一つにはニンクスの都章である斑の獣と花飾りが掲げられ、普段乳白の光を投げかける街燈はこの日ばかりは点灯夫により点された淡い水色の灯が星のように輝く。
    人々が笑いながら行きかう大通りを、馬車とそれを先導する二頭の騎馬が通り過ぎていく。広場を横切って通りに入れば、そこはニンクス市内でも豪商や貴族の邸が多く立ち並ぶ高級地区だ。巨大な魚を象った浮彫のある邸の前で馬車は止まった。
    小銃と剣で武装した男たちは馬から身軽に飛び降り、そのうちの一人が馬車の取っ手を押し下げて中に手を差し伸べる。
    手を引かれゆっくりと馬車から降りてきた女人は華やかな刺繍の衣をまとったいかにも裕福そうな身形だ。彼女は手を置いたまま男に向き直った。
    「ハオタから遠路はるばるの護衛、ご苦労さまでした。どうでしょうラファウさん、もしよろしければこのあとお茶でもいかがしら」
    ラファウは微笑んだ。長い蜜色の髪を背中でゆるく束ね、目元にはひとふさ垂らしている。武人らしく作り込まれた体と長身だが、金と青氷色の虹彩が彼を軽やかな美丈夫に仕立てていた。
    「一護衛官にはもったいなきお言葉でございます。しかしながら我が主より貴方様をお送りいたした後はすぐさま帰還せよとの命令を受けております。どうか、ご容赦を」
    「そう。でも祭りの間はニンクスにいますから、いつでもいらしてくださいな。父も貴方のことを大変気に入っています」
    「身に余る光栄でございます。それでは、また」
    高級地区を後にしてラファウは城のほうへと向かった。
    白豹師団の本部がおかれた城塞はニンクスの天をついてそびえたっていた。二重の堅牢な障壁に囲まれ、常に多くの兵が警備を怠らない。堀にかかる橋を渡ったところには壮麗な意匠の門があり、前には衛士が小銃を構えて番をしていた。
    衛士たちが呼び止めて誰何しようと口を開きかけたところで、マントを留める徽章に気付いたのだろう。踵を鳴らして直立し、最敬礼した。
    門を潜り、部下に馬を預けると単身で城の中に入った。長い回廊や階段をいくつも経て、最奥部のある扉の前でラファウは立ち止まった。
    「大公、ラファウです。入ってもよろしいでしょうか」
    「入れ」
    答えたのは凛とした女の声だった。
    居室に入ると、ニンクス大公カジミエラは窓の側に立っていた。鷲のように鋭い眼差しに髪を短く刈り込んだ姿は男すらたじろがせてしまう迫力がある。
    ラファウはその場で胸に手をあて敬礼した。
    「白豹師団連隊隊長ラファウ、ただいま帰還いたしました」
    カジミエラはうなずいてその礼を受けると、楽にするよう手をふって口を開いた。
    「シルビア嬢の護送、ご苦労であった。報告を聞こう」
    「トメク氏および息女シルビア嬢の近辺を探りましたが、都市ソロンとの関わりはないように思われます」
    「そうか」
    その声にはどこかほっとした色があった。窓から離れ近くの椅子に腰かけると、少し微笑んでから言葉をついだ。
    「ソロン大公が真皇を名乗って以来、我がニンクスとは小競り合いが絶えない。そなたには苦労をかけるな」
    ラファウは肩書や自分の面の皮に付きまとう者たちを吐き気がするほど嫌悪しているが、組織の中で生きるうちにいつしか腹の底をひた隠し悟らせまいとする立ち振る舞いを身に着けていた。それを知ってか知らずか、カジミエラはラファウに絶大な信頼を置きたびたび密命を依頼してくる。
    夕刻を告げる鐘の音が響く。外の廊下を兵たちが上ずった調子で何かを話しながら通り過ぎていった。
    「……今日は前夜祭か。そなた、今夜は夜警の任があったな」
    「はい」
    「引き留めて悪かった。下がってよい。」
    ラファウは再び敬礼すると、きびきびとした足取りで部屋をあとにした。
    強い日差しが和らいで夏の空が紫色に暮れると、前夜祭がはじまる合図だ。
    大人たちの間を子供たちがはしゃぎながら駆けていく。髪や衣に飾られた花模様の刺繍リボンがはためいている。子供はそれを身に着けるのが長らくの風習だ。
    戸を開いて客を呼び込む商店の軒先に吊るされた硝子球の中では金緑や金紫の火花が爆ぜて人々の目を楽しませている。ひときわ大きく爆ぜるたびにどよめきが起こった。振舞われる果実水の香りがむっとした熱気の中で爽やかだった。
    笑い声がさざめき、色彩がほとばしる祭りの風景に厳しい眼差しをした武人はやや異質であったが、ラファウの姿は魚が水底を滑らかに泳ぐようにひっそりとしていた。
    ふと張りつめた琴線に何かが触れ、ラファウは眉をひそめた。弦に爪が引っ掛かったようなわずかな揺らぎが次第に大きなうねりとなって押し寄せてくる。
    ぴいんという耳鳴りとともに背筋がそそけだつ感覚があった。心臓が激しく脈打つ。額のあたりから体温が抜けていく。息苦しさに呼吸が乱れ、喉がふさがり———
    「……ラファウ」
    声をかけられ、わっと雑多な声や音が帰ってくる。ラファウが自分がいつの間にか足を止めていたことに気がついた。声をかけた同僚が怪訝な顔をしている。
    「青ざめて立ち止まってるもんだから声をかけたんだが、具合でも悪いのか?」
    ラファウは首を振った。
    「何でもない。心配させてすまないね、マチェイ」
    マチェイは眉を上げるとぽんと肩を叩き、人混みに消えていった。
    背を見送り、そっとこわばった喉元をさする。
    先ほど正面から歩いてきたぞっとするほど端正な顔立ちの若い男。深い緑色の眸と視線がかちあったとたん、白豹師団に属し武人となってから、直視することを避け心に蓋をして隠した死の恐怖というものをラファウは久方ぶりに味わっていた。
    何者だったのだろうか、空気の温度が下がったと錯覚するほどの気配は到底常人ではないだろう。
    そのとき、視界の隅に見覚えのある背格好の男が映った。訓練で目にしたことのある、白豹師団の兵卒だ。ごった返す合間を縫い、人目を避けるように歩いていく。ラファウはそのあとを追いかけはじめた。
    男は中央の広場からどんどん遠ざかり、人の疎らな入り組んだ路地を行く。一定の距離を保ちながら尾行を続けると、とある場所で姿を見失った。
    ぐるりと辺りを見回す。帝国時代からの古い建造物が多く残る地区で、街燈もまばらな上細い路地の両脇を空を覆い隠すように建物が並んでいるため、深い闇の底に沈んでいる。ラファウは一つの扉が半開きになっているのを見つけ、ひとおもいに開けた。そこにはぽっかりと黒い口を開ける入口があった。地下道への入り口らしく、階段の奥からひんやりとした空気が立ち上ってくる。
    ラファウはゆっくりと息を整え、階段へと足を踏み入れた。
    十段も下がれば、外からの光は途絶え暗闇が辺りを包んだ。岩を穿っただけの竪穴のようで、手に触れる壁も足元の階段もごつごつとした感触で足をとられそうになる。
    こけないように一段一段慎重に探りながら下りていくと、広い空間と光が見えた。腰に帯びた剣の柄を握る。
    そこは目を見張るほど広い空間だった。
    大人が二十人横並びになれるほどの幅があり、天井は十分に高い。無数の燈が吊るされているおかげで岩の広間は明るく、壁一面をびっしりと埋め尽くす精緻な文様と壁画がよく見えた。
    このような空間が市街の地下にあったのかと、興味を惹かれたラファウは壁に近づいて執念じみた筆致を追った。動物や植物、幾何学が絡み合う不思議な壁画を眺めるうち、ある一点で目が止まった。
    それは背に翼を携えた人のように見えた。他に比べてひときわ大きく描かれ、周囲には傅くような恰好の人々がいる。とくに目を引いたのはその翼の色で、やや色あせてはいるが目にも鮮やかな瑠璃の顔料が塗られている。過去には翼を持つ人は天の使いとされていたらしいが、この絵ではその人こそ神であるかのようだ。
    広間の奥から数人の話し声と足音が聞こえてきてラファウはハッと物思いから覚めた。
    後をつけていた兵卒と三人の男が奥の横穴から入ってくるのが見えた。
    ラファウは入ってきた階段のほうへいっきに駆け出した。
    背後で怒声があがる。銃声が数回響き、足を何かが掠めた瞬間かっと焼けるような痛みが走った。足がもつれ、姿勢が崩れた。立て直す暇もなく、髪を力任せに引っ張られる鈍い痛みが走る。男たちはラファウの両腕を後ろ手に硬め縄をかけた。
    頭に拳銃が突きつけられる。
    「何しにここへ入ってきた!言え!」
    年かさの男が叫んだ。ラファウはその問いに答えず、男たちの立ち位置を密かに把握した。
    尋問する年かさの男はラファウの前に立ち、拳銃を突きつけている瘦せ型の男は真横に、それを見守る兵卒と大柄の男は年かさの男の背後に立っている。
    「答えろ、正直に言えば命は助けてやるぞ」
    「まて。その徽章、白豹師団の連隊長だ」
    兵卒がラファウのブローチを見て声をあげた。大柄の男が舌打ちする。
    「面倒なことになった。おいシモン、やっちまえ。白豹に知られたらまずいことになる」
    拳銃を持つ男がうなずく気配がして、ぐっと銃口が押しつけられたときだった。
    かん、と足音が響いた。誰かが階段を下りてくる音だ。男たちが弾かれたように入口を見る。
    肌がぞわりと粟立った。足音が近づいてくるたびに、空気が軋む。
    広間に降り立ったのは、先ほど市街ですれ違った男だった。
    燈に照らされ浮かび上がった姿を見て、怪訝そうにしていた男たちは表情をこわばらせた。
    「てめえ!」
    痩せ型の男が叫んだ。ラファウに突き付けていた銃を男に向ける。止める暇もなく、銃声が二回響いた。
    ぱっと血が宙に飛び散り、額を撃ち抜かれた反動で頭をのけぞらせた男がどっと岩の床に仰向けに倒れた。
    どう見ても即死だ。助けられない。
    ラファウは心の中で詫び頭を働かせる。両手を拘束していた縄は抜けている。男たちの意識がこちらから逸れている今しか逃げ出す隙はない。
    くつくつ、と笑う声がした。
    そのわずかな音に広間は痛いほどに静まり返った。額を撃たれて死んだはずの男が、倒れた姿勢のまま肩を震わせて笑っている。
    悪夢を見ているようだった。
    動くことができないラファウたちの目の前で平然と起き上がった男は、わずらわしそうにじっとりと濡れそぼった前髪をかきあげる。どす黒く生々しい色を晒した風穴が、端から皮膚に覆われていく。
    真っ赤に染まった顔の中で、剥き出しの牙がいやに白く見えた。
    耐え切れなくなったように痩せ型の男が絶叫し乱射した。なりふり構わない銃弾は床をえぐり、壁をえぐり、漆喰の破片をまき散らす。がむしゃらな銃弾の雨を男は驚異的な身の軽さで避けきった。
    弾幕が途切れる、男が守勢から一転、攻勢に移るために距離をつめる。
    弾の切れた銃を放り出し、男は短剣を抜いて切りつけた。しかし顔を切り裂くはずの短剣は、男が大きく頭を下げたことで空を切った。
    ごき、と骨の砕ける嫌な音がした。鮮やかな上段の回し蹴りが頭を正確にとらえていた。
    崩れるように倒れた痩せ型の男の影から、大柄の男が剣を振りかぶる。
    振り下ろされる剣を自然体で見つめていた男がすっと指先を動かした瞬間、黒い光が閃いた。手首が剣ごと滑り落ちる。大柄の男は何が起こったのか分からなかったのか、しばらく血を噴き出す腕の先を見つめ、ようやく苦痛の悲鳴をあげようとしたとき光に首をかき切られた。
    立ち尽くしたまま事の顛末を見ていた兵卒は、緑の眸に見据えられてよろよろと座り込んだ。
    「く、くるな!」
    震える指で銃の引金を引く。頭、腹、胸、次々に弾がめり込む。薬莢が甲高い音をたてて落ち、赤黒い花が次々と地面に咲く。それでもなお傷はついたそばから癒えていく。
    かちかちと虚しく引き金が鳴る。兵卒は鼻水すら垂らしてがくがくと震えながら男を見上げていた。
    息すら上げることなく、男はぐっと上半身をかがめて尋ねた。
    「聞かせろ。お前たちの頭領は誰だ」
    「し、しらねえ。おれは入団したばっかで」
    「だが入団の儀はしたんだろ?顔を見たはずだ」
    「妙な面をつけてやがって見てねえ!ほんとうだ、信じてくれ!」
    男はふんと鼻を鳴らすと、兵卒の髪をわしづかみ、引き寄せて目を覗き込んだ。
    突如、半狂乱で泣きわめいていた兵卒が雷に打たれたかのように硬直した。男がさもつまらなさそうに手を離す。恐怖に見開かれた目はどす黒く濁っていた。
    何が起こったのかは分からない、ただ先ほどまで生きていた人間が今この瞬間に死んだことは分かった。
    ゆっくりとかがめていた体を伸ばし、己が殺した者たちを見下ろす目はまるではるか高みで無関心に地上を照らす月のように冷酷だった。
    例えるなら、巨石を前にしたかのような焦燥感、押しつぶされそうな頼りなさ。
    細身から途方もない重圧を放つ姿に、ラファウは畏ろしく、そして慈悲深い神を見た。
    「おまえは、なんだ」
    口からこぼれた呟きに、血に塗れた化物はつくりものめいた美貌に笑みを浮かべた。
    「お前の父ヤセクを知るものであり、黄昏の遺物。名は、レビと呼べ」
    父の名を聞いたとたん、ラファウは凍り付いた。遠い過去が波濤のように思考を押し流していく。それは意図して頭の片隅に追いやり封じ込めた記憶たちだった。
    己の人生を狂わせたあの晩夏の走馬灯が、静かに、回り始めた。
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