グラエマ練習「…ったく、どいつもこいつも後先考えずに」
しんと静まり返った中、ペンを走らせる音と小さな声でつく悪態だけが部屋に響く。
問題児集団とも言われる月渡りが今までギルドとしての体裁を保てているのは、リーダーであるグランがギルド連盟への根回しや様々な後処理を地道にこなしているおかげである。
ギルド連盟への報告書を一通り書き上げ、グランがペンを置く。
たまには少し寝酒でもしようか、と椅子から腰をあげると同時に、廊下から足音が聞こえてきた。
「……エマか」
かすかに響く足音の大きさとリズムから、最近月渡りについてくれたギルドキーパーである彼女だと気付く。
今日は報告書の作成で遅くなったからと月渡りのギルドホームに泊まっている。
エマが階下に降りていく気配を感じ、グランは自室を出るか一瞬ためらう。
──同じタイミングで出ていったら不審に思われるだろうか?
グランがそんなことを考えていると自室の扉がノックされ、
「グラン、まだ起きているの?」
たおやかな声が響いた。
どうも部屋の明かりが漏れているのに気付き、部屋の前まで戻ってきたようだ。
「それはこちらの台詞だな」
「今までの報告書を読むのに時間がかかっちゃって」
「……何だかすまないな」
「ううん、ギルドキーパーとしてみんながやってきたことをちゃんと知っておきたくて」
エマは通常業務の合間を縫って、グランが今までに作成した報告書に目を通してくれている。
新米ギルドキーパーだと聞いていたが、勉強熱心で仕事もきっちりこなす頼もしい存在だ。
「それはありがたい。だが、無理はするなよ?」
「うん。これ、今まで全部グランがひとりで書いていたんだね」
「ああ。他の連中は書き物が得意でないかフラフラしてばかりだからな……エマが来てくれてから随分と楽になった」
グランが感謝の意を伝えると、エマは照れたようで少し目線を外してはにかんだ。
──自分のものにしてしまいたい
一瞬、そんな気持ちが芽生えそうになる。
ただ、それを態度に出すまいとグランはぐっと拳を握りしめた。
彼女は月渡りの仲間であり、家族なのだから。
あくまで、家族。
「……グラン?」
エマがグランの顔を見上げ覗き込む。
どうやら拳を握ると同時に顔つきまで険しくなっていたようだ。
「すまない、少し考え事をしていた」
「グランこそ、無理はしないでね」
「わかっているよ」
そう言って、グランは自然とエマの頭をぽんぽんと優しく叩いていた。
その途端、エマの頬が僅かに紅潮し口元がきゅっと引き締まる。
「……えっと、夜遅くにごめんね!おやすみなさい!」
エマはペコリと頭を下げると早足で階下へと向かってしまった。
──しまった
家族ならこれくらいは、と思ったがエマに不快な思いをさせてしまっただろうか。
グランはエマを追いかけて階下に向かうか少し悩み、追い打ちをかけてはいけないと自室にとどまった。
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「グランの手、優しかったな……」
キッチンへと降りたエマは水を飲みながら独りごちる。
エマが恥ずかしさで反射的に逃げてしまったと分かるのはもう少し後になってからの話。