ただいまを君に目の前には何もない荒野。
ヴォックスは数え切れないほど年を重ねるうちに、自分を取り巻く時代が幾度となく移り変わり、その度に適正なカタチを保っていたヒトの身体。
それももう取り繕う必要もないほどに、周りにはなにも無い。
ゆらゆらと風に揺蕩う得体の知れない黒いオーラ。
もう自分がどんなカタチになっているのかも知るすべもない。
そんな彼の胸元には、くしゃくしゃに折れ曲がった紙が大事そうに影に包まれている。
そろそろ眠ろうか。
ヴォックスはゆっくり目を閉じた。
「─ックス、ヴォックス。」
誰かが自分を呼んでいる。
感覚さえ忘れてしまったが、人型でいえば肩の位置あたりの、身体をトントンと叩かれる。
自分はカタチを取り戻したのだろうか。
ぱちり、とゆっくり瞼を開く。
「あ、起きた?」
「─・・・・・・」
上手く声がでない。声の出し方も忘れた。
「うわ、daddyドロドロじゃん」
「こらミスタ。失礼なこと言わないの」
「POG!かっこいいじゃん!」
続々と声が聴こえる。
忘れることのできない、聞き馴染みのある声。
ふと、覚醒して声のする方へ視線を動かす。
そこには自分が愛した4つの人影。
記憶が蘇るように、自分のカタチがみるみる姿を変える。
鼻から息を吸って呼吸をする。
喉を震わせて声を発する。
「𝔖キ繝」
「繧ヲ𝔗A」
「ア√𝖎ソ縲É」
「𝕃ッu√Ν繧ォ」
「っぶはっ!!!」
「こら!ミスタ!」
言葉を忘れてしまった鬼から出たのは、よくわからない言語。
サングラスに帽子を被った探偵は吹き出して自分を笑った。
それを咎めるように、ヒールを履いた文豪は彼の頭を軽く叩く。
ぽかんと口を開けながらも、口角をにやりと上げてこちらを見ているマフィア。
そして、ニコニコとその様子を楽しんでいる呪術師が、こちらに向かって話しかける。
「ヴォックス、お誕生日おめでとう!君がいつまでも、僕たちの写真を大事に持っていてくれたから、xxxx回目の君の誕生日に、帰ってきたよ」
それ、と呪術師は指をさす。
指先がむく方へ目をやると、無意識に握りしめていた紙を見つけた。
くしゃくしゃに折れ曲がった写真。
幾年経ったかわからず本来であれば色褪せて消えてしまいそうなものだが、それは鮮明に当時の輝く自分たちを写している。
弱っていたせいで気づかなかったが、それには呪いがかけられていたようだった。
鮮明になるヴォックスの記憶。
自然と口元が緩む。
すっかり忘れてしまったと思っていた"感情"が蘇る。
揺れる視界をゴシゴシと腕で擦り、もう一度前を向く。
「シュウ」
「ミスタ」
「アイク」
「ルカ」
「─おかえり。」
「「「「ただいま、ヴォックス。」」」」
今夜は宴かな。
5人で夜空に向かって、デビュー曲でも歌おう。