小さな仕返し「ラーハルトは可愛い」
「やめろ」
「オレを見つめる眼も、オレに触れる手も、オレを抱く時の余裕の無い表情も、全て可愛い」
「やめろと言っている」
「それだけじゃない。ダイに付き従う時の立ち居振舞いも、戦闘時の凛々しい顔も、必殺技を繰り出すその肉体も」
「…」
ラーハルトは困惑した。ヒュンケルが怒っている。それも他ならぬラーハルトに対して。昨日からずっとだ。
「…洗練された槍捌きも、野生のドラゴンを手懐ける手腕も」
「やめろ、頼むから」
「聞かん、まだまだある」
ヒュンケルはなおもしゃべり続けようとする。ラーハルトは戸惑いながらも過去に戻りたい、そして愚かな己の頭を思い切りはたいてやりたい、と思った。
その間も彼はラーハルトがいかに可愛いかを熱っぽく語っている。
〝事件〞は昨日の昼頃に起こった。
ヒュンケルが馴染みの食料店の老婆から貰い、二人で食べようととっておいた果物を、彼が目を離した隙にラーハルトが一人で食べてしまったのだ。
勿論そうとわかった時すぐに謝罪したのだが、一晩経った今も怒りは収まらないようだ。この〝褒め殺し〞は彼が編み出した言わば〝仕返し〞である。
「しつこいぞ。ちゃんと謝っただろうが」
「あれぐらいで誤魔化されると思うな。またあんなことをしてみろ、今度は王都の大通りでラーハルトは可愛いと連呼してやるぞ」
(もとはと言えばちゃんとしまっておかなかったお前にも非はあるだろうが)
そう思ったラーハルトだが口には出さなかった。そんなことを言えばさらに臍を曲げるに決まっている。
ラーハルトは恋人の特殊すぎる〝復讐〞に眉間を押さえつつ、どうすれば彼の怒りを鎮められるのか、必死に考えを巡らせるのだった。