眠れない日真っ暗闇は怖い。自分がどこにいるか分からなくて、どこまでも深く落ちていきそうな気持になる。寝る時でさえつけているベッドサイドの明かりは、そんな俺の不安を取り除くために大好きな家族が買ってきてくれたもの。普段だったらその明かりを見るだけで家族の愛情を感じれるような気がして、すぐに眠りにつける。でも、今日はダメだった。いつもと変わらない明るさのはずなのに、やけに眩しく感じる。この感覚も慣れたものだ。定期的に訪れる、どうしても眠れない日。部屋をぼんやりと照らす暖色系の明かりに反して、気持ちはどんどん冷え込んでいく。どうして俺には才能がないんだろう、なんでこんなダメなやつなんだろう・・・マイナスな思考が溢れてきて、眠れなくなる。普段だったら他の兄弟のベッドに潜り込んで、朝まで一緒に過ごす。普段は口うるさいアイクも、怒らずに歓迎してくれる。本当に兄弟に恵まれていると思う。でも、今日は兄弟のお世話になる訳には行かない。末っ子のルカが珍しく熱を出したのだ。それで皆ルカにかかりっきりだ。もちろん俺だってルカを心配していないわけじゃない。でも料理も掃除もできない俺にやれることなんて無い。しかもヴォックスから、ルカの部屋立ち入り禁止令が出たからルカの顔を見ることもできない。ルカの方が辛いんだから、俺が弱音を吐くわけにも甘えるわけにもいかない。だから今日は、1人で耐えるんだと思って布団をギュッと握りしめた。
「うん、熱下がったみたい」
朝から熱を出したルカは、薬のおかげですっかり良くなったようだ。オーガスタスを抱っこしながら眠っているルカは本当に可愛い。もっと小さい頃は頻繁に体調を崩していたルカだけど、最近はめっきり熱を出さなくなっていたから今日の体調不良は家族にとって一大事だった。ヴォックスとアイクは病院に連れて行ったり、薬を買いに行ったりと忙しかったし、自分だって2人がルカを連れて行っている間に家を片づけ看病の準備をしていた。そういえば朝からミスタが、どことなく元気が無かったような気がする。そこまで体が強くないミスタを心配したヴォックスが、ルカの部屋立ち入り禁止令を出したからか自室に籠っていたはずだ。ふとミスタの様子が気になって、彼の部屋に向かう。そこで聞こえたのは、こらえるような引き攣った泣き声だった。
自分が声を堪えすぎて過呼吸になっているのは分かった。でも止める術が分からなくて、苦しくて息を吸い続けた。
「ミスタ!?大丈夫?」
唐突に聞こえたのは大好きなシュウの声だった。
「しゅう・・・?」
息絶え絶えに彼の名前を呼ぶ。ギュッと抱きしめられて、シュウの呼吸に合わせるように言われる。それまでは全然できなかったゆっくりとした呼吸が、シュウのぬくもりや匂いを感じて徐々にだけど出来てくる。息が出来るようになってホッとすると同時に、ああ失敗したという気持ちが湧き出てくる。心配させたくなくて、自分だけで堪えるつもりだったのに結局シュウに心配をかけてしまった。申し訳なくて過呼吸は収まったのに、涙が止まらない。止めたくて、目をこするけど止まるどころかもっと出てきた涙に俺は途方に暮れた。
泣いている声が聞こえて慌てて部屋に入ると、過呼吸になっているミスタがいた。繊細なミスタが過呼吸になるのはこれが初めてじゃないけど、何回あっても慣れるものではない。急いでミスタを抱きしめ、自分の呼吸と合わせるように伝える。ゆっくりとその背を撫でながら、ミスタの呼吸が整うのを待つ。繊細で自己評価の低すぎる弟は、こうやって自分が助けることもきっと迷惑になったと思っているんだろう。その証拠に過呼吸が収まっても、涙をぼろぼろと流したままだ。
「一緒に寝てもいい?」
人一倍寂しがり屋な弟は、よく兄弟たちのベッドに潜り込む。ならば、今日も自分が一緒にいればいい。言葉にしても信じたがらないなら行動で示せばいい。抱きしめたままだったのをいいことに、そのままミスタのベッドに横になる。
「ルカはいいの・・・?」
ああ、ミスタもしっかりと兄なのだ。きっとルカが熱を出して心配で、でも自分は何もできないと悔やんでいたのだろう。弟の“兄”としての一面が見れて、心のどこかがあったかくなるのを感じる。
「もう熱は下がったよ。明日の朝一緒にルカの様子を見に行こうか?」
「部屋入っていいの?」
「いいよ、ミスタもルカのお兄ちゃんなんだから」
お兄ちゃんという言葉に頬を緩ませたミスタは、可愛いの一言に尽きるだろう。
「だから今日はもう寝よう」
「うん。・・・ごめんねシュウ」
小声で謝るミスタに、そんな必要はないのだと伝えるようにギュッと抱きしめる力を強める。いつか弟が、兄弟からの愛を素直に受け止められる日がくることを祈ってシュウは眠りについた。