激情あ、やばい。本能的に察してしまった。ことの発端は、とある依頼だった。妻の浮気調査。解決のために、依頼人の奥さんがよく利用しているというホテルに潜入したんだ。そしたらなぜか、酔ったキモい太ったおっさんに絡まれた。ブクブクに太りきった手に腰を抱かれたかと思うと、尻を鷲掴みにされ揉みしだかれる。ぞわぞわと身の毛がよだち、手を引きはがそうとした瞬間だった。
「ミスタ?」
大好きなシュウの声が聞こえたのだ。声のした方に顔を向けた瞬間、俺は後悔した。シュウが怒ってる。最近依頼が立て込んでいたせいで、一緒に住んでいてもシュウとろくに顔を合わせられていなかった。久しぶりに顔を合わせたかと思えば、恋人がおっさんに尻を揉まれていたなんてシュウが怒るのも無理はない。ただ1つ言わせてもらえるならば、好きで揉ませているわけではない。今だって、手を振り払おうと必死におっさんの手を引きはがそうとしているんだから。シュウは無言でツカツカと歩み寄ると、おっさんの手を乱暴に引きはがした。おっさんは怒りだしたがシュウはそれを完全に無視し俺の手を引っ張って歩き出した。
「シュウ!ねえ、待って!俺、依頼が!」
「式神にやらせればいい。・・・黙らないとこの場で犯すよ?」
シュウらしくない直球の言葉に、黙り込む。結局俺はシュウに手を引かれたまま、帰宅したのだ。
家につくと、シュウは真っ先に浴室に向かった。俺の服を問答無用で脱がせ、浴室に押し込む。
「ちゃんと綺麗になるまで出てこないで」
怒っているのが分かるから、俺も大人しくシャワーを浴びる。ああ、もっと早くおっさんに怒ってたら良かった。そうしたらシュウが怒ることもなかっただろうに。この依頼が終わったら休暇を取ってシュウとのんびりしようと思ってたのに、それも実現するか分からない。俺が悪いのに涙が出てきてしょうがない。涙を隠すようにシャワーを浴びて、涙が止まるのを待っていた。
やってしまった。人生で恐らく片手に足りるほどの回数しかない、怒りに身を任せた行動。知らない誰かにミスタがお尻を揉まれているのを見て、自分を保っていられなかった。あのホテルに行ったのは、最近帰りが遅いミスタのためにホテル内のカフェに美味しいと噂のケーキを買いに行くためだった。知っている声がすると思って目線をやると、ミスタが太った男に尻を揉みしだかれていた。反抗していたからミスタが好きで揉まれているわけではないことは分かっていたが、久しぶりに会えた恋人の思いもよらない光景に感情のリミッターが壊れてしまった。仕事中であったであろうミスタを無理やり連れ帰り、浴室に押し込んでしまった。1人になった瞬間冷静になり、自分のしでかした行動に申し訳なくなる。ミスタが浴室から出てきたら謝ろうと決心し、時計を見ると家に帰ってきてからかなりの時間が経っていることに気づいた。ミスタはまだシャワーを浴びているのだろうか?不審に思い、浴室の様子を探ると水音がする。声をかけるものの反応が無く、もしや倒れているのではないかと思い浴室の扉を開けた。
バーンと音を立てて浴室の扉が開かれた。驚いて後ろを振り向くと、慌てた様子のシュウがそこにいた。
「ミスタ!大丈夫?」
ああ、いつも通りのシュウだ。それが分かると、なんだかホッとして更に涙が出てくる。泣いている俺を見て、焦った様子のシュウが声をかけてくる。
「ああ、ミスタ!本当にごめん。怒りに任せて行動するなんて、僕がどうかしていた」
服が濡れるのも構わずに、俺をそっと抱きしめてくれるシュウに安心する。
「ううん、俺が悪い。あんなおっさん、ケガしてもいいから力づくで振りほどけばよかった。そうしたらシュウのこと、傷つけなかったのに」
シュウの胸板に頭を押しつけ謝る俺に、シュウはギュっと抱きしめる力を強くする。それ以上の言葉はなかったが、お互いがお互いの言いたいことは分かっていた。シャーと出続けるシャワーの音に、現実に引き戻される。お湯ではある全身ぐっしょりと濡れたシュウは、服を着たままだ。
「シュウ、風邪ひいちゃう」
「ミスタも。早く上がって、あったかいココアでも飲もう」
ちょっと温度を上げて体を温めなおし、2人揃って浴室をでる。お互いの髪を乾かし合い、ココアを作る。色違いのマグカップにたっぷりのココア。冷え切った体も、こころも温まっていく。ソファで隣り合って一緒に呑むココアは何よりも美味しくて、さっきの嫌な出来事が遠くの彼方に投げ捨てられる。シュウを傷つけないように、怒らなくてもいいように気を付けよう。そう思いながら、シュウとの大切な2人だけの時間を過ごした。