ナニカ“おいで……おいで………”
男のような、女のような、年を取っているような、子供のような、よく分からない声が俺をずっと呼んでいる。朝も昼も夜も気づけばずっと呼ばれているし、寝ている時なんて夢の中でずっと叫んでいる。そんな声のせいで、最近はずっと不眠気味だ。こんな現象が始まったのは、とある依頼からだった。依頼自体は大したことないんだけど、依頼人が海沿いの崖に家を構えていた。その家に行ってから、ずっと変な声が俺のことを呼んでいる。きっとシュウやヴォックスに頼めば、解決に向かうのかもしれないけど2人とも忙しそうだからなかなか相談出来ていなかった。声以外何も支障はないしほっとこうと思っていた。
その日は満月だった。俺を呼ぶ声はいつもよりうるさく、辟易していた。なのに俺は頭のどこかで、“あそこに行かなきゃ”って思ったしまった。着替えようとクローゼットに手をかけたときにハッとした。あそこってどこ?俺はどこに行こうとした?息をのむ。やばい、俺おかしくなってる。怖くなって、急いで寝室に行き布団にくるまる。外に出ようとする体を、布団をキツく巻くことで抑える。頭の声は一層強くなり、おいでではなく来いに変わってる。うるさくて、どうにかなってしまいそうだ。こんなことなら、相談しておけば良かったと思いつつ。俺は無理やり意識を落とすことにした。
ヴォックスはその日、ずっと嫌な予感がしていた。何かは分からないが、大切なモノに手を出されているようなそんな予感。言葉に出来ない不安を抱えた彼はとりあえず、ミスタの様子を見に行くことにした。何もなければそれでいい。影を使い、彼の家に向かう。まだ夜の
9時で、いつもであったら起きている時間だ。しかし部屋の電気は消されており、寝室に彼と得体のしれないナニカの気配。足早に寝室に向かい、乱雑に扉を開ける。ミスタは布団にくるまり、うなされていた。ナニカの正体は分からないが、海の匂いがする。また何かよくないモノを魅了したらしい。ミスタは人ならざるものを惹きつけやすい。清廉な魂に、麗しい見た目。こまめに彼に憑いているものは取り除いているが、まさか少し目を離した隙にここまで厄介なモノをひっかけてくるとは思わなかった。首の飾りを外し、本来の能力を解放する。
“失せろ”
忌々し気な声を上げて、ナニカは立ち去った。しかし、根本的な解決にはなっていない。これ以上先は、シュウの領分だ。ミスタが起きる前に全てを終わらせようと、ヴォックスは闇に消えた。
目を覚ますと、すっかり朝になっていた。リビングの方から、誰かの話声が聞こえてくる。目をこすりながら寝室を出ると、そこにはシュウとヴォックスがいた。
「あ、ミスタおはよう。調子はどう?」
珈琲が入ったマグカップを片手に、シュウがにこやかに話しかけてくる。
「いいけど、なんでウチにいるのさ」
「ヴォックスに連れてこられたんだよ。びっくりした~後ろ振り返ったらヴォックスがいるんだもん」
「アレはシュウの領域だったからな。助かったぞ」
「別にあれは満月で力を強めただけの、雑魚だったからね」
何について話しているかよく分からなかったが、そういえば頭の中の声が聞こえなくなっている。
「もしかして、あの頭の中の声のこと?」
「うん。雑魚だったからすぐ対処できたけど、次からは変な声が聞こえた段階で相談して欲しいかな」
シュウの言葉にうんうんとうなずくヴォックス。そんな2人に申し訳なくなる。迷惑をかけたくなかったのに、結局かけてしまった。
「でも本当に無事で良かった」
「ああ、ミスタが無事で何よりだ。だから、俺たちの迷惑になったなんて思うんじゃないぞ」
俺の思っていることなんて、2人にはお見通しらしい。ギュッと両側から2人に抱きしめられる。2人の腕の中は、とっても暖かくて安心できた。
「ありがとう」
小声で礼を伝えると、2人はにっこり笑って頬にキスしてきた。心の底まで暖かくなって、声が聞こえていた時の不安感とか不快感がトロトロと溶けて消えていく。ずっとこんな時間が続けばいいのになと思いながら、しばしの間3人で抱き合っていた。