指輪机の上に置かれた、指輪の入った箱。勢いで買ってしまったこれを、一体全体どうしたらいいのか。名探偵であるはずの自分でさえ分からない、この難問。捨てるには高すぎて、渡そうとした相手に渡すには正気に戻ってしまった。
「何で俺はこれを買っちゃたの!????馬鹿なのか!?」
頭を抱えながら、これを買った時を思い出す。
ぶらぶらと洋服を買った帰り道。普段は目にも止まらない、高級アクセサリー店。それに目が行ってしまったのは、何故だろう。もしかしたらヴォックスとの交際が5年目を迎え、彼との“これから”を考えるようになったからかもしれない。普通のカップルなら結婚も視野に入っているであろう期間。しかし俺たちは“普通”のカップルじゃない。男同士ってこともそうだけど、何よりヴォックスは400年生きる鬼だ。俺が寿命を迎えても、彼はその後もずっと生きるのだろう。そう考えれば、俺と過ごす時間は彼の中ではちっぽけなものに過ぎない。そんな俺が彼を一時でも縛り付けるのは、いけないことだろう。それでも、5年という月日を彼に愛されてしまった俺は、彼を縛り付けてしまいたいという身分不相応な願いを抱いてしまっている。フラフラと入ったそこは、幸せそうなカップルでいっぱいだった。
「何かお探しですか?」
店員に話しかけられて、びっくりしてしまう。
「あ、恋人に贈る指輪が欲しくて…」
驚いたせいで、するすると言葉が零れ落ちてしまう。にっこりと笑った店員は、こちらはどうですか?人気のある商品なんですといくつかの指輪を見せてきた。それらは可愛らしいデザインの華奢な指輪だった。いいものなんだろうけど、俺が贈りたいのはこれじゃない。こんな可愛いものはヴォックスには似合わないし、そもそもサイズが無いだろう。仮にサイズがあったとしても、これを身につけるヴォックスを想像するだけで笑えてしまう。
「お客様?」
何も反応を示さない俺に、いぶかしげな顔をする店員。どうしよう。やっぱり男の俺が恋人に贈るって言ったら、やっぱり女の人に贈るって思われちゃうよなぁ。困り切ってしまって、なんて取り繕えばいいのかも分からない。そんな俺の様子に何か気づいたらしい店員が、少々お待ちくださいといって店の奥に消えていった。不審者と思われたかなぁと思いつつ、立ち去ることも出来ずその場に立ちつくす。
「お待たせしました。こちらはいかがでしょうか?」
そういってスッと差し出されたのは、さっきとは全く違うデザイン。太めの幅のプラチナの指輪。ひねりが入ったような形で、真ん中に小さ目なイエローダイヤモンド。それがまるでヴォックスの瞳のようで。
「いいですね…」
「気に入っていただけて、何よりでございます」
気に入った勢いで、購入した彼のサイズの指輪。しかし家に帰れば正気に戻り、軽かったはずの箱がずしんと重くなる。俺がつけようにも、彼のサイズではぶかぶかになってしまう。箱を手の中でもてあそぶ。指輪に気を取られ、俺は背後から近づいてくる存在に気が付かなかった。
「おや、それは何だい?」
「うわあああああああ」
聞きなれた、しかし今一番聞きたくない男の声。飛び上がって、箱を後ろ手に隠す。そんな俺に愉快そうな顔を隠さないヴォックス。
「悲しいなぁ。せっかく遊びに来たのに、そんな反応をされるなんて…」
シクシクと下手くそな泣きまねをするヴォックス。
「来るって聞いてないぞ…」
「メッセージを送ったはずだが?」
慌てて携帯を確認すれば、確かに1時間ほど前にヴォックスからメッセージが来ていた。指輪を買ったことに動転していた俺は、それに気づいていなかった。
「あ~~~~、気づいてなかったなぁ~~~~~~~」
もうやけくそになって大声を出せば、ヴォックスは笑みを深くする。
「それで?その手の中の物は、俺当てじゃないのか?」
箱の中の正体を分かり切った様子のヴォックス。ここまで来たら渡してもいいんじゃないかという自分と、そんな資格お前にはないだろと責める自分がぶつかり合う。感情がぐしゃぐしゃになって、愉快そうに笑うヴォックスにも腹が立って、もう分かんなくなって手の中の箱をヴォックスに向かってぶん投げる。平然とした顔でそれをキャッチするヴォックス。
「いいのか?」
「分かり切ってるくせに!!!いらないんだったら捨てろよぉ!!!!!」
フーフーとなんだかよく分からない怒りに肩を震わせつつ、怒鳴る。どうせ俺の中の葛藤も何もかも分かってるくせに、それを言葉にしたがらせるヴォックス。もういっそのこと殺してくれればいいのに。顔も見れなくなって、膝を抱えてうずくまる。感情が爆発して、涙があふれてくる。
「ああ、からかいすぎてしまったな。すまない」
ぎゅっと抱きしめてくるヴォックス。その腕の中から抜け出そうと、じたばたと暴れるけどたくましいその腕はまったく動かなかった。
「きらい…」
「そんなこと言わないでくれ。お前が俺に、指輪を買ってくれるだなんて思ってもなかったからはしゃぎすぎた」
涙を拭うように、顔中に贈られるキス。
「指輪、つけてもいいか?」
「すきにすれば…」
ぶっきらぼうに答えれば、目の前で開かれる小箱。キラキラと光る指輪がゆっくりと、彼の左薬指にはまっていく。
「いいデザインだな。さすがミスタ」
左手を見ながら、満足そうに言うヴォックス。キラキラと光るイエローダイヤモンドが彼の黄金の瞳と重なって、買ってよかったなと思う。
「お前も、俺からの指輪を受け取ってくれるか?」
「へ?」
話を聞けば、ヴォックスも俺に贈ろうと指輪を買っていたらしい。今は持っていないが家にあるらしく、明日持ってくるから身につけて欲しいと。ずっと指輪を贈りたかったが、俺がそんな様子じゃなかったから贈れなかった。だから、お前が俺に指輪を買ってくれるのが分かって嬉しかった。嬉しすぎて感情を制限できなかったのだと。
なんだそれ。まるで人間みたいじゃないか。出会った頃の人間離れしたヴォックスからは考えられない言葉。俺がここまで彼を変えたのかと思えば、悩んでいたのが馬鹿らしく思えてくる。
「あははははは」
腹の底から笑いが込み上げてきてしょうがない。なんだ、俺はもうこんなにヴォックスに愛されているんじゃないか。ぎゅーっと自分からヴォックスに抱き着く。かなりの勢いで抱きついたけど、ヴォックスはしっかりと受け止めてくれる。
「結婚しよ!ヴォックス!」
俺の言葉に目を見開いたヴォックスは、次の瞬間には満面の笑みを浮かべてキスをしてくれた。