奪還作戦恋人と同じ大学に行きたい。恋人がいる子ならきっと一度は願うであろうこと。私もその例外ではなくて、ヴォックスと過ごすキャンパスライフはきっとフワフワのわたあめのように甘く溶けていくように楽しいんだろうなって思ってる。でも、私には乗り越えなきゃいけない問題がある。
「女に学なんていらん!大学に行く暇があるなら結婚して子供を産め!」
頭の固い糞ジジイ達。本家だかなんだか知らないけど、年に数回ある親戚たちの集まりで私にいらない説教しかしてこない。高校に行くときも俺たちの時は~と行くのを反対されたけど、本家の長女が高校に行きたいと強く希望したこともあって私も許された。両親や兄弟のシュウは、私が大学に行きたいと言ったらとても喜んでくれたし応援してくれた。(シュウは隠した行きたい理由も分かっているからか、微笑ましいものを見るような目で私を見てきた)
しかし、このくそったれな親戚たちは私が大学進学を希望しているのを聞きつけると本家の無駄にデカい家に呼びつけ、長時間にわたって説教し始めた。このはげデブジジイ達は私の口から大学には行きませんって言わせたいんだろう。でも一緒の大学に行きたいから勉強を教えてと言ったときの、ヴォックスの嬉しそうな顔を思い出して嫌な言葉も、古臭い言葉も全部聞き流した。唇をギュッと噛みしめて、趣味じゃない目の前のジジイ達が好む古臭いデザインのスカートを握りしめて耐える。
「大学になんて行ったら嫁にいけないだろうが!」
長すぎる説教に耐えられなくなって、カッとなって言い返す。
「別に嫁に行けなくてもいい!それに恋人ならいるんだよ、糞ジジイ!」
怒鳴った後でやらかしてしまったことを悟る。一瞬静まり返った室内はあっという間にジジイ達の怒号でうるさくなった。やれ生意気だの、学生のくせに恋人がいるなんてけしからんだの、誰のおかげで生きていると思っているだの。反論したいことはやまほどある。でも、それをしたらもっと長くなるのが分かってるから耐えるしかない。
「もう高校にもいくな!適当に見合いでもさせて、嫁にだす!」
聞き流すことの出来ない言葉に、ハッと顔を上げる。気づけば近くには男たちが立っていた。腕を掴まれ無理やり立たされる。
「見合いの席まで閉じ込めておけ!」
「いやだ!離せよ!!!!!!!!」
暴れるけど、力の差は歴然で引っ張られる。私だけの呼び出しだったからシュウも両親も近くにいない。誰も助けになってくれる味方はいなくて、どうしようもなかった。閉じ込められたのは、座敷牢。古臭すぎるこの家に、人に囚われて。届きもしない私の叫びは重厚な壁に阻まれる。
「う“ぉっくすぅ…‥」
思い描くのは、最愛の恋人ただ一人。彼がここから連れ出してくれる幻想を夢に見ながら、1人寂しく体を抱えてうずくまった。
「ヴォックス。ごめん、助けてほしいんだ」
深刻そうな顔をして助けを求めてきたシュウ。彼からかかってきた電話に出て早々の言葉に、事の深刻さを理解する。
話を聞けば彼の家の“本家”に呼び出されたミスタが帰ってこないのだという。胡散臭い本家の電話によると、心を入れ替えた彼女は本家で花嫁修業のうち嫁に出すらしいとのこと。
「ヴォックスと一緒の大学に行きたいって頑張ってたミスタが、そんなこと言うはずないんだよ。助けに行きたいけど、僕だけじゃ本家の人を黙らせることは出来ない‥‥」
悔しそうな声のシュウは、優秀であるし古く凝り固まった大人たちの価値観では図ることの出来ないほど才能に満ち溢れている。そしてそれはミスタも同じだ。
「シュウ、お前がミスタにとってどれだけ大事なのかお前にも分かっているはずだ。大丈夫、一緒に行こう。俺がどうにかする」
鼻をすすったシュウが、泣きそうな声で了承する。本家とやらに向かうのは明日の朝8時。無事でいてくれと、恐らく泣いているであろうミスタを想う。
「ここだよ」
覚悟の決まった顔で、こちらを見つめるシュウ。一夜たって踏ん切りも付いたのであろう、シュウはとてもいい顔をしていた。
「ああ行こう」
俺の言葉を合図に、シュウは目の前の扉を蹴破った。
「な、なんだ!?」
それなりに音が出たので、慌てた様子で老人が飛び出してきた。
「し、しゅう!!!!お前、なんてことを!」
「朝からうるさいですよ?そんなことより、ミスタはどこです?」
「はっ!あいつは今座敷牢で反省中だ。やはり女が学を身につけていいことは無いのだ!嫁に行けなくなる前に適当に売りつけなければ」
「失礼。貴殿たちがまさか、そのような考えをお持ちだったとは」
わめく言葉を無視して、割り込む。マナー違反だが、これ以上ミスタをけなす言葉を聞いてはいられなかった。シュウしか見えていなかったのであろう男は、こちらを見ると驚愕で動けなくなってしまった。
「あ、あなたは!」
「ああ、私をご存じでしたか。なら話は早い」
「アクマ家の嫡男が何故ここに!」
とたんにへりくだってきた男に吐き気を催す。家の力を使うのは好きではないが、使える時使うのが私のポリシーだ。
「ミスタはどこだ。彼女は私の恋人だ」
「あの出来損ないがですか!?本家にはもっといいのがいます。そちらはどうでしょう…」
「彼女をこれ以上侮辱するようなら、貴殿らの会社は終わると思った方が良い」
私の言葉に黙り込む老人。目には何故こんな若造がと私への怒りが見て取れる。それをしないだけまだ理性的と言えるだろう。
「それで、ミスタはどこだ」
俺の2回目の問いかけに、老人は渋々口を開いた。
目を開いても、そこは変わらず地獄のままだった。座敷牢には布団も何もなくて、床で寝たせいで体中が痛い。このまま顔も知らない人と結婚させられてしまうのかと思ったら、涙がこぼれてくる。どたどたと屋敷内が騒がしい気もするが、窓もないこの部屋では時間も分からないし何が起きてるのかも把握も出来ない。ここから出されるときは、見合いの時かなぁとため息をついた時だった。
「「ミスタ!」」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえて顔を上げれば、ずっと思い描いていた人がいた。
ガチャッと座敷牢の扉を開けてくれたヴォックスに、ぎゅうと抱きつく。彼も力強く抱きしめ返してくれて、安堵感で涙が出てくる。
「迎えに来た。帰ろう」
「うん…‥!ありがとう」」
チュッと頬にキスをすれば、笑顔のヴォックスがそっと近づいてくる。唇が触れるかと思った時だった。
「僕もいるんだけどなぁ~」
気まずそうに声をかけてきたシュウ。慌ててヴォックスから離れる。
「シュウ!助けにきてくれたの」
「可愛い妹を助けに来たのに気づいてくれなくて、傷ついたなぁ」
ごめんと謝りながら抱き着けば、心配したよとやれやれといった感じで抱きしめてくれた。
「ああ、ミスタ。ここの人間には、俺の恋人がお前だと伝えてある。もう2度と余計なことは言ってこないと思うぞ」
とんでもないことが聞こえてきて、ヴォックスの方を振り返る。
「はっ?え、なんで?まじ?」
「それが1番手っ取り早かったからな。なぁ、シュウ?」
「そうだね。まあ大丈夫だよ。ここには2度と来ないから」
訳も分からないまま2人に連れられて本家を出る。くそったれなジジイどもに会わなくていいのは願ったりかなったりだけど、ヴォックスとのことがバレてしまったのは恥ずかしい。
「ん?どうかしたか?」
じっと顔を見つめれば、視線に気づいたらしくヴォックスがこちらを見る。私のことなんて分かり切っていますよって顔に何だか腹が立って、シュウの前だけど服を掴んで顔を引き寄せる。目の間には驚いた顔のヴォックス、視界の端にはあら~と目を見開くシュウが見えて気分が良かった。