休息体の割に大きめのふかふかとした尻尾。お絵描きが楽しいのか、ゆらゆらと目の前で揺れるそれは目が離せないほど魅力的だった。
「うわぁ!!」
1人部屋で絵を描いて遊んでいたら、急に尻尾を掴まれて俺は飛び上がった。全身の毛が逆立つ。慌てて後ろを振り向けば、目の下に真っ黒なクマを飼ったアイクが尻尾を一心不乱に触っていた。
「あ、あいく?」
名前を呼んでも、焦点の合わない目のまま俺の自慢の尻尾をモフモフし続けるアイクは控えめに言って怖かった。ぼさぼさの髪に少しやつれた顔。ただでさえ細いのに、今はもう風が吹いたら吹き飛んでいってしまいそうだ。アイクの原稿が行き詰り、ここ数日忙しそうにしていたのは分かっていた。彼の迷惑にならないように、問題を起こさないように大人しくしていた。今も1人ですることが無くなって手持ち無沙汰で絵を描いていたのに。
スッー
「あ、匂い嗅がないでよ!」
俺の尻尾に顔を押し付けたアイクが思いっきり匂いを嗅いでいる。別に臭くはないと思うけど、嗅がれて嬉しいものでもない。抵抗したいが尻尾を思いっきり掴まれているので、思うように動くことが出来ない。睡眠不足で頭が回ってないんだろうなぁ。
「アイク?寝た方が良いよ」
「大丈夫だよ」
あ、喋った。とりあえず意思疎通が取れるくらいになったみたいだ。相変わらず尻尾はモフられてるけど。絶対寝た方が良いのに、寝ないって言い張るアイクは子供の俺より子供みたいだ。どうやったらアイクは寝てくれるんだろう。頭をフル回転させて出た答えは1つ。
「俺眠いから、一緒に寝てくれない?」
出来るだけ顔をアイクの方に向けて、こてんと首を傾ける。必死に可愛く見えるように振る舞う。普段のアイクだったら騙されないけど、頭が回ってない今のアイクなら行けるはず。モフっていた手が止まったので、いける?と思ったらガバッと抱きつかれた。
「はぁ~~~~~!ミスタ可愛すぎない?もう誰にも嫁に出さないから。こんな可愛い子が世界にいることに感謝だよね。僕の子だよ。可愛い。可愛すぎる。何欲しい?なんでも買ってあげるよ」
一息でなんだか意味の分からないことを言うアイクは、一言で言うなら狂気だった。俺ってやばい人と一緒に住んでるのかと頭によぎる。しかし今の俺のミッションは、早くこの限界アイクをベッドに寝かしつけることだ。
「抱っこして?」
そういえば、何故か人を殺せそうなくらいの真顔になったアイクが痛いくらいの力で抱きしめてきた。もうアイクが何を考えてるのか分かんないけど、このままベッドに連れて行ってもらおう。
「落とさないでね?」
「落とすわけないでしょ」
食い気味に答えられてならいいかと諦めた。意外としっかりとした足取りでアイクは俺たちの寝室に向かった。
「はい、着いたよ」
そっと優しくベッドに寝かせられる。俺の隣に寝転んだアイクを確認して、俺はとりあえず1つ目のミッション達成だ。ポンポンと俺のお腹を叩いてくるアイク。残念ながら俺はちっとも眠くないんだ。でも俺が寝なきゃ、アイクは意地でも寝ないんだろうな。
そっと目を閉じて寝たふりをする。すると次第にポンポンのペースが遅くなって、すーすーと寝息が聞こえてきた。ソロっと目を開ければ、疲れたような顔で眠るアイクが目の前にあった。そっと小さな俺の手で、いい子いい子と頭を撫でる。いつも俺を守ってくれるアイクだから、今くらいはゆっくり休んで欲しい。早く大きくなってアイクを守れるくらい、たくましくなってやるんだと思いながら俺は眠くなるまでアイクの頭を撫で続けた。