3章 第二話 日々桜夜がしばらく泊まると知った梓と奏夜は、それはそれは目を輝かせて喜んでいた。
いつの間に懐かれたのか……確かに桜夜はいつも小さい子にも懐かれるのが早い。元より彼は子ども好きでもあった。
結果として、二人が懐いてくれるのは桜夜にとってはありがたい。魂の観察はしやすいし、最初に感じ取った奇妙な二つの魂は二人のものだと分かったから尚更だ。
数日経った日、急にやって来た秋雨の降る中を桜夜は傘を差して二人の学校までやって来た。
そんなに強い雨ではないため、桜夜が傘を持っていかなかった二人の分の傘を持ってきたのだ。
過保護な舞衣が「迎えに行きます!!」と言っていたが、彼女の乗る高級車は目立つから嫌だと言っていたことがあると聞き、桜夜が代わりに歩きで傘を持ってきたのである。
玄関の屋根の下まで行くで壁に背を預け、ぼーっと空を見上げていればチャイムが鳴った。
少ししてから、ぞろぞろと帰る生徒たちは友だち同士で話しあいながら傘を差して帰ったり、傘を忘れた生徒は小さい悲鳴を上げながら走って帰ったりしている。
そんな中、たまに女子生徒たちがキャッキャと桜夜を見て歩いていく。大学生がいるのは、ここら辺では珍しいらしい。桜夜が小さく笑い返すと、彼女たちは嬉しそうに話しながら歩いていった。
「あ、桜夜さん!」
梓と奏夜が一緒に出てくる。
「お疲れさま」
「へへへ」
奏夜がにへっと笑うのを、桜夜はつい頭をポンポンとして撫でていた。そんなに身長の変わらない奏夜だが、キョトンとしてから嬉しそうに笑っている。
「さあ、帰ろう。舞衣さんが車で迎えに来る前に」
「はい! 舞衣姉ちゃんの車目立つから……」
「くりーむいえろー……だっけか? あのめっちゃ女の子って感じの色、ちょっと恥ずかしいよな……」
と、思春期真っ盛りの二人はそんなことを言いつつ桜夜と共に家路へとつく。
その二人が信頼を抱くほどに桜夜は懐かれていた。彼の家事は相当なものらしい。
舞衣が起きた時には既に朝イチの洗濯物を済ませ、美味しそうな匂いがリビングとダイニングに流れ込んでくる。もちろん、作っているのは彼女よりも早起きの桜夜だった。
「桜夜は凄いなー、色々とできて」
「奏夜、さすがにさんはつけなよ……」
「いいよ、俺も二人を呼び捨てにしてるし……高校生の頃に家族の都合がつかなくて、何度か一人で暮らしていた時もあったから」
「でも凄い早起きだよね」
「剣道を習っていたから、その習慣みたいなものだよ」
二人は目を輝かせて桜夜の話を聞いている。純粋な二人にほっこりしつつも、桜夜は後ろから見ている人物に気が付いた。
「……誰? 友だち?」
「え? ……ああ」
「金田 海(かねだ かい)だよ、俺たちに毎度突っかかって来たりしてウザイやつ」
「……僕が、小さい頃からいじめてくる近所の子なんだ」
梓が暗い顔をして俯く。その顔を見つつ、後ろにいる彼をチラッと見ると桜夜は眉をひそめた。
彼からは何か妙な感じがする。近付けば何か分かるかもしれないが、今は梓と奏夜を無事に家まで送り届ける必要があった。
「……大丈夫、俺がいる時はちょっかいかけてこないと思うよ。ところで、今日の夕飯なにがいい?」
「あ……えっ、と……」
「俺たち二人で昼間話してたんだよな!」
「う、うん……桜夜さんの作る唐揚げ……また食べたいな」
「分かった、まだ材料も結構残ってるから帰ったら作り始めるよ」
二人はぱあっと明るい顔をして、何度も頷く。
それを笑って見てから、華月邸の門を開けた。
中では舞衣が洗濯物をたたみながら待っており、のんびりと「お帰り〜」と言ってくれる。
そう思えばの彼女だが、どうやら奏夜の祖父の事業を継いだため社長レベルの人らしい。
が、彼女の優秀さはかなりものらしくほぼ会社にいなくても電話一本で物事を解決してしまうそうだ。
そのため、ほぼ最近は家にいるらしい……梓と奏夜のことが心配なのだろう。
「ただいま、舞衣姉ちゃん」
「ただいまー」
「もー、言ってくれればすぐにでも車」
「いや、いいから」
すぐに断る二人をクスクスと桜夜は笑いつつ、一階の洗面所に入り手洗いとうがいを済ませると、夕飯の下ごしらえに入った。
しかし、さっきの彼……金田 海が気になる桜夜は手を動かしつつも考えている。
てっきり梓と奏夜を見ているのかと思っていたが、視線は完全に桜夜に向いていた。
何か用があるのだろうか──気にしたところで仕方がないとは分かってはいるが……。
「……さん、桜夜さん!」
「はっ、えっ……舞衣さん?」
「もー、桜夜さんってば……何か考え事ですか?」
「い、いや……なんでも……何かあったんですか?」
「今から彼がこちらに来るとのことなので、夕飯は外で食べますってさっきから言ってるじゃないですかぁ!」
「あはは……すみません、夕飯作るのに夢中で」
彼女の言う彼とは彼氏のことの彼である。
婚約している彼氏がいるそうで、こうして彼女はちょこちょこ出かけることが多かった。
桜夜が来る前は、高校生二人だけを残して出かけるのはしのびないと言っていたらしく、梓と奏夜はもっと彼との時間を大切にしてほしくても、自分たちを優先してくれることを申し訳なく思っていたらしい。
「わかりました、お気をつけて」
「はい!」
「飲みすぎないように」
「もー、分かってますよぉ! お母さんと同じこと言っちゃってー!」
プンスコとする舞衣は、出かけるために二階へと上がって行った。
梓いわく彼女はあまりお酒に強くはないそうで、少しでも飲むとすぐに酔っ払って帰ってくるそうだ。
しばらくして、夕飯の卓で二人は舞衣がデートに出かけて行ったのをニヤニヤしながら聞いていた。
「舞衣姉の彼氏さん、めっちゃいい人だよなぁ」
「うん、舞衣姉ちゃんが忙しかった時は代わりに様子見に来てくれてた時もあったっけ」
「へぇ〜……」
とてもいい人、という情報だけは桜夜の頭の中にインプットされる。
元より、桜夜は人の顔と名前を覚えるのがかなり苦手なタイプだ。
つまり、既に彼氏の名前を聞いてはいるが名前をもう忘れているのである。
「……結婚したら、もう二人で暮らさないといけないもんね……」
「そうだな……」
二人は不安げな顔をするが桜夜の顔を見、すぐにその表情をやめた。
「……じゃ、舞衣さんが結婚するまでに俺が家事のコツとか教えてあげるよ」
「本当……!?」
「マジで!? 俺、桜夜のハンバーグの作り方知りてぇ!」
また目をキラキラと輝かせて身体を乗り出す二人。
それに笑って頭を撫でると、桜夜は料理のコツを二人に伝えるのであった。
……………………。
でろんでろんになった舞衣が帰ってきたのは、夜中の12時だった。
その時間、桜夜は水を飲もうと梓の部屋の前を通ったがふと呻き声が聞こえ部屋を覗いている時だ。
「あ」
「あれぇ〜……? あー、しゃくやしやぁ〜ん」
階段を降りてフラフラと歩く彼女を一階のソファに座らせると、彼はため息をついて彼女に聞く。
「舞衣さん」
「ふあ〜いぃ……」
「梓が唸っていたんですけど……」
「……梓くんが、唸って……あ〜……12時だからだぁ……」
「12時だから……?」
「はいぃ〜……」
ひとまず大丈夫そうなのを確認してから、キッチンへと歩いていき小さいペットボトルに入った水を舞衣に渡すと、貰うなり蓋を開けてグビっと飲んだ舞衣は桜夜を見上げた。
「……妙だな、って思いません?」
「え? …………あ」
屋敷の中を見て、彼女は言う。
「……使用人が誰もいない……」
三階には客人用の部屋もある。にも関わらず、使用人は誰一人としていない。
「……梓くん、小さい時に誘拐にあってるんです」
「誘拐……」
「その時の、誘拐の手口が……使用人の一人であった女性が寝ている梓くんを連れて行った……と、言うものでして」
「寝ている……」
コクリと頷く舞衣は、もう一口飲んでから梓の部屋を悲しげに見上げる。
「……実は、ここまで三回引越しをしているんです」
「三回? どうして……」
「使用人を、少しずつ減らすためです。前はもっと大きな屋敷でたくさんの使用人がいて……今は、この家に落ち着きました。自分たちで家事ができるように、と姉さんが……」
桜夜も舞衣の隣に座ると、彼女は桜夜をまっすぐに見た。
「それで、梓くんが誘拐されたのが夜の12時……妙な物音に気付いた他の使用人がそれを見つけて、車に載せられる手前でなんとかなりましたが……梓くんは、それがあってから以前の記憶がかなり錯乱してるんです……」
「……なるほど……」
小声で呟く桜夜。
あの呻き声は、その時のことがあってかと考えている間に舞衣が寝ていることに気づくと、彼はため息をついてから彼女を抱き上げて部屋へと連れて行った。
……………………。
「……して……」
夜中、舞衣を抱える桜夜を睨みつける者がいる。
「どうして、アイツがここにいるんだ……あずは、私の……!!」
ギラついた目で言う男は、フラフラと暗闇の中へ歩いて行った。
続
2.日々 終