3章 最終話 それから桜夜は二人に家事の仕方を教えつつ、料理では特にコツを教えたり味付けを教えたりと忙しい日々を送っていた。
たまに舞衣のいない日に、疲れた二人が桜夜の尻尾に埋もれてモフモフとくつろぐ日ができる。たまには甘やかすのもいいか、と思う桜夜はその日も尻尾をモフらせつつ夕飯を忙しなく作っていた。
「ふあ〜……幸せぇ……」
「ほんと……触り心地いいよなぁ……桜夜のしっぽぉ……」
「はいはい、そろそろ夕飯だよ」
苦笑いを浮かべる桜夜は、二人を食卓に座らせると夕飯をそれぞれの分をよそい前に置く。
途端に家のチャイムがなり、耳と尾を隠した彼はそっとインターホンを覗いた。
「……はい?」
『あ、の……金田……海と言います……その……桜夜さんは……』
「俺だけど……」
『あ、あの……その……明日の放課後……丘の上公園で待ってます……それじゃあ……』
この間とまるで印象が違う──キョトンとしてから、桜夜は二人の待つ食卓へと戻る。
そんなことがあった昨晩で、無視するワケにもいかないかと思った桜夜は丘の上の公園で、ぼんやりと夕日を眺めていた。
もうすぐクリスマスと言うこともあり、街はすっかりイルミネーションされている。日の沈むのが早くなった空を見上げながら、ギッコギッコと音をたてるブランコに乗っている桜夜。
そこへ、待たせた金田が走ってきた。
「す、すみません」
「いや、大丈夫。どうして俺に用事が? ……っていうか、俺の名前知ってたっけ?」
「……華月くんと佐波くんが話してたのを聞いてたので……」
隣の空いたブランコに座る彼は、完全に人柄が変わっている。彼の元来の性格は思ったより、カイガと似ているらしい。
「……その……俺……華月くんたちに謝りたくて」
「謝る?」
「……はい、多分……二人は俺のこと嫌ってるだろうから……なかなか言い出せなくて」
「うーん……」
「それに、周りにいる人たちが鬱陶しく感じて」
取り巻きがウザいと言うことなのだろう、クスッと笑う桜夜に金田は驚いてあたふたし始める。
「君はずいぶんと控えめな性格なんだね」
「……はい……いつから自分があんなに傲慢になってたのか分からないけど……」
「うーん……何かキッカケとか分かる?」
「……華月くんが小さい頃にピアノコンクールで優勝した時です。俺は、最初すごいって思ったんですけど……急に目の前が真っ暗になって……」
つまり、その頃から彼は悪魔に支配されていたということだろう。
桜夜は少し目を伏せる。
「……それから、華月くんのことを敵にしか思えなくて……俺……今まで酷いことたくさん……」
どんどんとションボリしていく金田の頭を、ポンポンと桜夜は撫でた。
「君がそれだけ反省しているのなら、二人に正直に話したらどうだろうかな。明日で学校も休みに入るのだから」
「……でも、警戒……されます……」
「大丈夫、君は素直に伝えるだけだよ。あとは、二人が許してくれるかどうかだ」
「……はい」
自信のない顔をする金田。鼻を赤くしているのを見て、桜夜はブランコから立ち自分が巻いているマフラーを金田の首に巻いた。
「はい」
「え……」
「あげるよ、俺は寒さには耐えられるから」
「でも……」
「風邪ひかせたら親御さんに申し訳ないしね、持ってっていいよ」
「……ありがとうございます……」
「いいんだよ、でも……人の優しさに触れると心が温かくなるだろ?」
「……はい」
小さく笑う金田。きっと、これからは他人の心を温かくしていけるように変わらないといけない、と思った彼はブランコから立ち上がると桜夜に向かってバッと頭を下げた。
「ありがとうございました……! 俺、頑張ってみます!」
「うん、その意気だよ」
走って家に帰る金田を眺める桜夜。時計を見て19時前なのを見ると、華月邸へ向かうためゆっくりと公園から出る。
次の日、昼間に帰ってきた二人が金田が謝ってきたと言ってきたのを、桜夜は優しく笑いながら昼食を作りつつ聞いていた。
……………………。
どこかの、のどかな庭園。
そこでは、一人の女性が一つの白いテーブルと二つある白い椅子の片方に座り、大きくなったお腹を擦りつつ紅茶を飲んでいた。
「……奥さま、あまり外に居られては旦那さまがご心配されますよ」
「えー、別にいいでしょー? この子だって、たまには外の世界をみたいって思うもん」
「奥さま……言葉遣い……」
「いいでしょ、今はあなたしかいないんだからーカイガ〜」
呑気に言う彼女は、執務室から手を振る男性に気がつくと手を振り返す。
「ソーヤー! もう仕事いいのー?」
「おー! 昼はそこで食うかー?」
「ここにしましょー!」
「奥さま……旦那さままで……」
ため息をつくカイガは、いつまでもラブラブな夫婦を見て優しく笑う。
この二人を守ることが、自分の役目。
そして、彼女の腹の子が産まれれば次はその子を守ることが自身の役目だと感じていた。
「名前はとう決められているのですか?」
「ええ、お医者さまの話だと双子だと言うのだけどね……名前は……」
……………………。
「……梓、大丈夫か?」
「……奏夜……」
目が覚めると、真っ白な天井が見える彼……否、彼女。
梓が部屋で、とある小瓶を拾った際に誤って割ってしまい、バシャッと不思議な液体がかかった次の日の出来事だった。
気が付けば、女の身体になっており梓は悲鳴をあげる。もちろん、それに驚いた舞衣と奏夜と桜夜は慌てて部屋にやって来た。
女になっているとパニックをおこしたが、なぜか舞衣だけ順応しており桜夜と奏夜は首を傾げている状態だ。
桜夜いわく、アズイルの落としたものだろうとは言うがとても興味深そうに桜夜は小瓶を見つめていた。
そして、梓は元から女性だったかのように世界は順応しており、それも桜夜の話では「元々、梓は女性で産まれるはずが悪魔の呪いで男にしていたのではないか」という結論が出た。
そうして、梓は女の子としての生活を歩むと同時に気兼ねなく奏夜と恋ができたわけだが……。
その次の日、二学期の終業式だったため金田はそれにとても驚いて奏夜と梓の顔を5度見ぐらいしたらしい。
そんなことがあってから、四年。
桜夜は、奏夜と梓に家事を教えきってから年末に実家に帰ると言って帰ってしまっていた。
「おーい、桜夜さーん」
「こっちこっち! 遅いぞ!」
金田と奏夜が彼を呼ぶ。
「ご、ごめんごめん……道に迷っちゃって……」
と、赤ちゃんたちが並んでいるガラスの向こう側で桜夜は目を輝かせる。
「これが梓と奏夜の赤ちゃんたちかぁ……」
新生児を見て桜夜はでれっと笑う。
「双子なんてなぁ……凄いよな〜」
「梓くんたちの子育て大変そうだし、俺も仕事が暇な時に手伝うよ」
「おっ、サンキュ海」
すっかり仲良くなった二人は、桜夜を連れて梓のいる部屋に連れていく。
梓は寝ているが、目の端から煌めくものを流していた。
「……梓、大丈夫か?」
「……奏夜……」
泣きながら、目を開く彼女。桜夜を見て、ようやく笑った。
「僕、頑張ったよ」
「うん、そうだね……凄いよ梓」
「……夢を、見てた」
「夢?」
「……うん、アズリカが……僕みたいに双子を産んで……幸せそうに、皆が笑ってる夢……」
「……そっか」
そっと頭を撫でて、桜夜は優しく笑う。
「きっと、幸せになってるよ」
「うん……」
「そういえば、梓くんに奏夜くん。双子の名前は決まってるの?」
「あー、女の子2人だしな〜」
「僕は……先に産まれた子を桜華(おうか)、あとから産まれた子を夜華(よるか)にしようかと思うんだ」
「……それって……」
「うん、アズと桜夜さんから名前をとって。アズは苗字の当て字になっちゃうけど」
それに、三人は笑った。
「いい名前じゃん! 桜華と夜華!」
「うん、女の子らしくていいんじゃないかな」
「……俺の名前……」
じーんと感動している桜夜は、すっかりおじいちゃんのような気持ちになっている。
梓は、**幸せ**そうに笑った。
.
………………。
あるムーンキーパーの部族がいる集落に、旅の途中でチビ四人を連れて訪れたアズイルは、疲弊していた。
何よりも、このチビたちと旅と言うのが大変だ。
度重なる霊災(れいさい)で引き取ったのはいいが、全員が自由で困っていた。
「おししょーさま、おつかれですか?」
と、聞く真っ白な髪に桃色の瞳をしているムーンキーパーのメスのミコッテは、アズイルのかつていた小隊の一人の子孫だ。
占星術師を目指す、と言った過程でアズイルのことをすっかり師匠呼びしていた。
「ばば、つかれた……?」
と、控えめに顔を見上げてくる黒い髪に緑の瞳をしたオスのミコッテはアズイルの長男坊の子孫……つまりは、彼の直系子孫だ。
「ああ、ちょっとな……今日はここで泊めてもらおう。皆いい人だしな」
「うう……しらないひと、こわいの……ママ……」
そう言ってアズイルにくっつくのは、彼の三男坊の子孫だ。白い髪に青色の目をしており、この中で一番幼くアズイルのことをママと呼んで懐いている。
「あ!」
「あ?」
「せんせー! おなかすいた!」
と、一番自由な彼女はアズイルの四男坊と養女てである四女の子孫の娘だ。髪は緑のメッシュが入った黒で、瞳はアズイルと同じ色をしている。
「そうだな、夕飯をもらいに行こう」
「わーい!」
「ごはん!」
「まんま……」
「ごはん……」
この子どもたちの面倒を見るのは大変だが、アズイルは満足していた。
一人で旅をするのも気楽ではあるが、やはり寂しいものは寂しい。特に、最愛の彼が埋めてくれていた心の隙間は埋まらないが、そんな隙間がないかのように子どもたちの存在は愛おしかった。
だからこそ、連れて行こうと決心したのである。
「あ、今ご飯準備するからね〜」
奥から青年の声が聞こえ、子どもたちは少し離れたテーブルで部族の同い年ぐらいの子たちとキャッキャと話していた。
旅人はこんな草原では珍しいようで、旅の話を聞いて盛り上がっている。
それを、アズイルは優しく笑って見守っていた。
……ふと、彼は会いたいと思う。
最愛の彼に、また名前を呼んでもらえればと。
また、愛してくれたらと。
そんなことは叶わないと知っていながらも。
目を伏せていた、その時だ。
「………………アズ……?」
「え──?」
おかしい、この部族に来た時は偽名を言ったハズだった。
そもそも、彼のことをそう呼ぶ者は一人しかいない。
「……あ」
そんなことはない、と思っていた。
次は、梓たちが幸せになる番で。
彼はもう、幸せをいらないと思っていた。
確かに、そうだった。
「……なんで……」
「アズ……会いたかった……!」
「なん、で……」
ハッとしてアズイルは、ふとあの狐の顔を思い出した。
もしかして、彼が──?
抱き締められて、ようやく確信する。
間違いなく、彼だった。
愛していた、あの──。
「……会いたかっ……」
「何度だって、転生してアズに会いに行くよ。どんな姿になっても……どんな形でも、絶対」
「っ、ん……うん……」
涙が溢れる。
「愛してる、アズ」
「ッ、ああ……僕も……ずっと……!」
──どれだけ生きていても、お前だけを愛している。
全員に訪れる幸せ。
それは、一匹の狐が起こした奇跡だった。
終