3章 第四話 会いたかった「はっ、ほざいていろ!!」
途端に、カイガから放たれるどす黒いオーラがアズリカたちを襲う。
「うっ、くぅ……!?」
「さすが、神狐はくらわんか?」
「お前……!」
吹き飛ばされそうになるアズリカを、誰かが支えた。
「大丈夫か?」
「え……ソーヤ……?」
彼女の意思に釣られて来たのか、ソーヤの意思も眠りから覚めたらしい。
だが、ここにいる四人とも何の力も持たない普通の人間だ。
戦えるのは桜夜しかいない。ましてや、今のような攻撃を何度も繰り出されては守りきれるとは思えない彼は、一つだけ何かを呼ぶ。
梓の魂に刻まれた、もう一人の彼。
「アズリカ……いけない、その男は……早く私の元へ!!」
「きゃっ!?」
いっそう強い力を放つカイガ。先程はなんともなかった桜夜も吹き飛ばされそうになり、グッと堪える。
梓たちは今にも飛びそうで、桜夜は力を出した。
「ッ……『吹』っ!!」
どうにか風で対抗する。多少は飛ばなくなって来たが、それでも梓たちは立つことすらままならなかった。
「く、ぅ……」
が、途端に温かいものが後方の四人を包む。
青色の翼が、彼らを風から守っている。そして、その翼を出している彼の姿を見て梓は目を輝かせた。
右手の剣を後ろの地に刺し、前方に盾を構える彼。
黒い毛と猫のような耳と尻尾を持った、一人の青年。
「……大丈夫か? ここはどこなんだ……」
「アズっ!!」
アズイル・カヅリエが彼らを守っていた。
「なっ、梓にそっくり……」
「あ、あなた……あの時の……!」
「うん? お前……幸せがなんとかって言ってた女か」
「な、なんだ……誰だアイツは……」
奏夜、アズリカ、カイガとアズイルに対して反応している。
「アズ……久しぶり……」
「……ああ、久しぶりだな」
どこか大人びたような感覚の彼は、梓が最初に出会った頃とは違う感じがした。
「最後は確か……アルハくんと会話して終わって……」
「……それから繋がらなかったな。アルハは、お前にまた会いたかったって言っていたよ」
「そっか……でも、僕はアズイルに会いたかった」
「……僕もだ、梓。会いたかった」
剣を退いて、桜夜はカイガに刀を薙ぐ。
「感動的な再会のとこ悪いんだけど、ちょっとそれどころじゃないよ」
「みたいだな。なんだアイツは」
「僕をイジメてたヤツなんだけど……」
あったことや、見えたアズリカたちのことなど梓は簡単にアズイルに説明した。
「……なるほどな」
「それで、梓……僕たちを助けてくれないかな……?」
アズイルはチラッとアズリカを見る。何やら彼とは因縁があるのか、彼女は気まずそうに目を逸らしている。
「ハァ……どうせ、あの変なヤツ倒さないと帰れないんだろ?」
「多分……?」
「分かった、僕も戦う」
「よかった……!」
剣と盾を変えて、アズイルは本を持った。
途端、本からは炎が溢れ出てフェニックスが現れる。
そのフェニックスが放つ炎は、カイガへと向かっていく。
飛び退いて避けようとするところを、桜夜は持つ刀を変える。
「『波槻(はづき)』──草でアイツを縛り上げろ!」
持っていた打刀から太刀の霊刀『波槻』に変わると、刀から草木が伸びてカイガを逃さないように縛りつけた。
「焼き焦がせ──!!」
大きな音をたてて炎がカイガにぶつかる。
煙が立ち込め、消える頃にはカイガが床に仰向けで倒れていた。
「……ふふっ、ふはははっ……!」
それでも、彼は笑って立ち上がる。
「アズリカ……アズリカアズリカアズリカアズリカアズリカアズリカァ……!!」
「ひっ……」
怯えて小さくなる彼女を抱きしめるソーヤ。それを見て更に激昂するカイガは、背中に黒い翼を生やすと飛んで突っ込んできた。
「なっ……」
「まさか、アイツ……」
本からレイピアに持ち帰るアズイルと、目を見開いてカイガを見る桜夜。
「何か知ってるのか?」
「……憎悪の悪魔だ……多分……アズリカたちの住んでいた世界は西洋のものだったから、恐らく悪魔や天使のいる世界だったんだと思う」
「その悪魔とやらが、アイツの一瞬でも出した憎悪に住み着いたって言うのか?」
「……多分ね。その一瞬って言うのは悪魔にとっては一番甘くて乗っ取りやすい時だって、おじいちゃんが言ってたし……」
「悪魔や天使の存在を知ってるなんて……あなた、何者なの……?」
アズリカに聞かれ、桜夜は小さく振り返りながら笑った。
「ただの狐さんだよ」
「狐さん……」
「さすがに悪魔の浄化なんてしたことないけど……行けるか……?」
「何かできるのなら援護する」
「ん。支援頼んだ」
「ああ。【ヴァルホーリー】!」
アズイルがレイピアを構えて、突っ込んでくるカイガに向かって光りの魔法を無詠唱で唱えるとカイガは地面に落とされる。
尚も翼で飛ぼうとするところを、桜夜はすかさず飛び込み斬りつけた。と、同時に氷で閉じ込める。
「『雪』……!」
刹那、アズイルの次の無詠唱魔法が飛んできた。
「【スコーチ】……!」
ググッ、と溜めるような動きをすると前方に大きな無属性魔法が放たれ、氷漬けになったカイガに当たる。大きな轟音と共に、辺りに氷の破片が飛び散り冷気が漂った。
その中でも、苦しそうな声をあげるカイガは未だにヨロヨロと立ち上がると桜夜とアズイルを睨んだ。
「くっ……動物風情が……!」
「悪魔如きが……」
舌打ちして言う桜夜は、いつの間にか持つ刀を変えている。
「……なんだ、その刀は……」
「息子から借りてるんだよ、この一瞬だけね」
「息子……? 子どもがいるのか」
そう言っている間にもカイガは再び剣を持ち、桜夜へと突進して来る。
即座に前へ出たアズイルはレイピアを銃剣に持ち替え、受け止めるとカイガの腹に蹴りを入れた。
その間に、桜夜は霊刀『焔闇(えんく)』の詠唱を済ませると白コートを羽織った姿になり、綺麗な碧色と銀色のグラデーションされた瞳は赤色に染まる。
バッと辺りに黒い炎が現れると、全てがカイガへと飛んでいく。
通称『憎しみの炎』。霊刀『焔闇』の持つ憎しみや負の感情が炎に乗り、相手の体を蝕むものだ。
相手も憎悪の力を使うため、ほぼ目くらましにしかならない。
だが、桜夜にはその一瞬だけで十分だった。
「【アイ──ガウジ】!!」
銃一回転し、振り返った勢いで銃剣で突くアズイル。目くらましで反応の遅れたカイガだが、軽く刃で流すと上から大きくアズイルに向けて振りかぶった。
銃剣を大剣に変えて、アズイルはそれを受け止める。
「くっ……」
「ははは、先程までの威勢はどうした!?」
「悪魔な、だけ……あるな……まだこんなに力が……」
後ろから斬り付ける桜夜にも対応しようと、アズイルを蹴って退けてから桜夜に向かって剣を振るカイガ。それに反応して、カイガの手に小さく切り傷をつけて桜夜はニヤリと笑った。
「これなら……」
「うまくいったのか……?」
「バッチリだよ……『焔闇』、お前の力を見せる時だ」
「な、なんだ……? 何を……」
勝利を確信したような顔をする桜夜とアズイルに、カイガに取り憑く悪魔は狼狽える。
「俺の配下になるんだ──『染まれ』」
「グァァァァッ!?」
霊刀『焔闇』が元より使える力。
切り傷を少しでもつければ、そこから侵食して相手を完全に支配できるという霊刀らしからぬ力だ。
「なっんだ……これ、は……」
「さっき言った通りだよ、俺の配下になる」
その間に、桜夜は刀をもう一本召喚する。
二つの霊刀を一気に使うのは初めてだが、こうするしかない。
「世界を統べる『宇宮』……特段『浄(じょう)』!!」
光りがカイガを貫く。断末魔をあげて、カイガ……もとい悪魔は消え失せ元の金田 海の姿になると倒れた。
『……一目惚れ、だったんだ』
『焔闇』との究段を解き、『宇宮』と共に元の場所へ返すと桜夜は金田の上に飛ぶカイガの意思に触れる。
また、記憶が流れ込んできた。
カイガ・カンパネルラは一人の気弱な少年だ。
剣の腕は確かだったが、彼は自信が持てなかった。
そんなある日のことだ。
とある領地に遊びに行った時、黒い髪と青い瞳の愛らしい少女が誰もいない木陰で、膝を抱えて泣いていたカイガに花をくれた。
彼は、一目惚れだった。
でも、彼女が戻る先には優しそうな一人の青年がいる。
自分の恋が実ることはないと思ったカイガは、二人が幸せになれるようにと心の底から神に祈った。
それからだ。
剣の稽古に身が入るようになり、あの二人が幸せになれるように警備隊に入ろうと決めていた矢先だった。
父が死に、傲慢な母と欲にまみれた喧しい伯父による支配がカンパネルラ邸では始まる。
その喧騒にもみくちゃにされ続けたカイガは、疲れの末に家の者を全員殺してしまいたいと考えてしまったのだ。
それが、全ての悲劇の始まりだった。
「……そんな……」
アズリカが膝を崩すのを、ソーヤが支える。
「……悪魔は、人が弱っているところにつけこむんだ」
戦いを見守っていた四人は、カイガの過去を見て俯いた。
「……つけこむってことは……」
「精神は全て支配されていたんだろうね……」
彼の元の性格と違いすぎる。花畑で花冠でも作ってそうなぐらいに、温厚でのんびりした性格だ。
『……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……アズリカ嬢……僕は……』
そう言いながら、カイガの意思は消えていく。
『貴女に、また会いたかったんだ……』
そう言って、消えた。意思は完全に消え去る。
「……なんで……」
呟く梓はボロボロと再び涙を流していた。
「こんなの……酷すぎるよ……」
誰かに愛されることなく、誰かを愛しても叶うこともなく消えていった、彼の意思。
「寂しすぎるよ……」
「……お前が、そうやって泣いてくれるだけでもアイツは救われるんじゃないか」
黙って様子を見ていたアズイルが、梓の肩を持ちながら言った。
「最期に、誰かに想われたんだから」
「……うん」
ひたすらに、梓の嗚咽だけが響く空間。
気がつけば、辺りにあった雷の結界は消えており月が昇り優しく彼らを照らしていた。
続
4.会いたかった 終