3章 第五話 ふさわしい「さて……」
梓が落ち着いた頃、眠る金田に触れると桜夜は彼を何かのホールに入れ、一瞬で家に届ける。
それに、全員がビックリした。
「え、なにいまの!?」
「すごい! 魔法!?」
「魔法……と、言うよりは力を借りたぐらいだよ。とりあえず……」
桜夜が鞘に入った打刀をトンッ、と軽く鞘に地に叩くと全員が見知らぬ空間へ連れていかれる。
夜桜が舞い月の昇る美しい空間──。
「……迷い込む人とかはいたけど、ここに生きてる人間を連れてきたのは初めてだな……」
「すごい……きれい……」
そこには空間があり、桜夜たちが座るだけでも十分な広さがある。
地面にあぐらをかいて桜夜が座ると、それにならって全員が座った。
「……あの、桜夜さん……」
「うん?」
「神狐って……」
「……黙っててごめん。俺は、魂を救うことができる神狐なんだ。他には、霊刀って呼ばれる特別な刀を管理してる」
「……人間じゃ、ないのか……?」
「……うん」
梓と奏夜が顔を合わせる。
桜夜は嫌われただろうか、と俯いた。
「すげー……桜夜って本当にすげーやつだったんだ!」
「え……」
「うん、僕たちのことも守ろうとしてくれてたし……」
「……梓……奏夜……」
懐かれていただけあって、そんな桜夜をすぐに受け入れる二人。
それをアズイルは、木にもたれかかりながら小さく笑って眺めていた。
「でも、私たち……どうしたら……」
「まず、君たちの魂を修復しよう。転生するのも一苦労だろうしね」
と言ってアズリカとソーヤの方へ手を向けると桜の花びらが、二人を包んで行く。
「わあ……凄く温かい……」
「……そうだな……日向で昼寝してるみたいだ……」
「終わったよ、これで転生も苦じゃない……と言いたいところなんだけれど」
少し間を置いて、桜夜は言う。
「アズリカ、君たちの魂は妙な呪いをかけられてる」
「呪い……?」
「うん、多分……カイガに取り憑いていた悪魔のせいだろうけど……君の魂たちの姿が17の時から変わらなくなってるんだ。恐らく、君が死んだ時を忘れさせないように……一生その歳で苦しめるために……」
口を覆うアズリカ。
「一応、その呪いも解くことはできる。ただ、完全に消すことはできないんだ。さっきの悪魔が直接解かない限りは……ごめんね」
「そんな……あ、あなたは出来ることはなんでもしてくれたから……謝らないで」
彼女は慌てて弁明する。
「呪いって、どうやって解くんだ?」
意外にも呪いのことを聞くアズイル。
「……誰かが、その呪いを引き継がなきゃいけない」
「なんだ、そんなことか。それなら僕が貰っていく」
「へ? アズ……」
「いいんだ、僕の愛した人はもういない……子どもたちもな」
「……え……まさか、あなた……」
「どういう訳か、寿命に嫌われていてな……多分……アズリカだったか? が、アイツの魂が幸せになれるまでって言ってたのが僕の中では癪だったみたいでな。生きてるんだよ、ずっと」
「ずっと……待って……アズ……今、何歳なの……?」
若い見た目のアズイル。だが、その口から告げられる歳は。
「…………136だ」
「……じゃあ、アズ……」
「その呪いとやらのせいで、半分不老不死のような状態になっているんだろうな。嫌な悪魔だな」
淡々と言うアズイルに、梓は目を見開いて絶望した顔をする。
つまり、彼は今までずっと戦い続けて来たのだ。
襲いかかる敵にも、死ねないことにも、歳を取らない体にも、愛する人が目の前で死ぬ孤独も、全て。
「……アズ……」
「……泣くなよ、いいんだ。僕がそういう役割なんだろう……その為に、僕は産まれてきたんだ」
一息、置いて。
「そういう役目は、僕が一番ふさわしい」
「ッ、アズ……ごめ……ごめん、僕……何もできない……」
「いいんだ。アルハに最期まで歌を教えてくれてありがとな、とても喜んでた」
アズイルに抱きついて泣きじゃくる梓。その背中をゆっくりと撫でて、彼は笑った。
「いいの……?」
「ああ。僕が皆の重荷を背負う。それぐらい、僕は幸せだった。今度は、お前たちが幸せにならないとな」
アズリカが聞き、アズイルが答える。その覚悟は確かなものと受け取った桜夜は、先程使っていた霊刀『焔闇』を再び呼び出し魂にかけられていた呪い簡単に解くと、アズイル単体に移した。
「……僕に移したところで、魂は結局また呪われるんじゃないのか?」
「少し違うかな。アズリカの意思を通して魂自体にかかっていた呪いだから、それを君の意思に移した。そこから魂に移らないように遮断はしてある」
霊刀『焔闇』は元より呪い関係にはとても詳しいらしく、刀と会話しているような素振りを見せてから桜夜はそう答える。
「……アズ……あり、がとう……ごめん……」
「別に礼を言われるようなことはしてないだろ、もう謝るな……僕は大丈夫だから」
アズイルの「大丈夫」は、大丈夫ではない時に絶対に出る言葉だ。
でも、それでも全てを背負って歩いて行くと言ったアズイルを梓は否定しきれなかった。
「……うん……」
「それで、僕はどうやって帰ればいいんだ? 一緒に旅をしていたチビたちが心配なんだが」
「……そうだな……どの世界から来たのかも分からないし……媒体があればまだ……」
「……媒体……あ、そうだドレッサーの鏡……!」
「ああ、そういえば……さっきも手鏡が急に光り出したんだった」
前にアズイルと梓が初めて出会った、例の手鏡とドレッサーだ。
「あれを使えば帰れるかもな……」
「それなら、後でそれを見に行こう。とりあえず、あとはアズリカたちだね」
「あ……私たち……どうなるんだろう……」
「アズリカ、君の魂はとても高潔で綺麗なものだ。また悪魔に魅入られる可能性はある」
「じゃあ、悪魔は僕たちの魂を狙って……?」
「うん。とりあえず、君はもう天国に行くといいよ。ソーヤと一緒にね」
「……うん、分かった」
少し間を置いてから返事をするアズリカ。きっと、この世界にいても何もできないだろうと思ったからだ。
「……アズイル」
「なんだ?」
「ごめんなさい……あと、ありがとう」
「気にするな。それより、もう木登りはやめた方がいいぞ」
「も、もうしてないし!」
それに全員が笑うとアズリカはソーヤに寄り添って、全員を見渡した。
『皆に会えてよかった』
『ありがとな、アズイル……桜夜』
『本当に、ありがとう。さようなら──』
薄れていって消え行く二人。
それを見て、ボソッと奏夜が呟く。
「……今度こそ、幸せになれるといいな」
「うん……」
「これで、魂自体の主導権は君が握ることになる。アズイル」
「……ああ。アズリカたちが今度こそ、怯えることのないようにしないとな」
アズイルほどにしっかりしていれば大丈夫だろう、と踏んだ桜夜はもう一度刀を地面に叩くと梓たちを家の前まで送った。
「あ、家……」
「……アズは、チビがいるって言ってたけど……桜夜さんも帰るの?」
「俺はもう少し不自然がないように、この世界にいるよ。金田 海も気になるしね」
「そうか……僕は一緒に旅してるチビが四人いるからな。さすがに早く帰ってやらないとマズイだろう。時間の流れがかなり違うようだしな」
「それは俺が細工しといたから、10分程しか経ってないようになってるはずだよ」
「桜夜って本当にすごいんだな……」
「俺が、っていうよりは俺の周りが、かな」
そう謙遜する桜夜も十分すごい、と思う奏夜と梓は顔を合わせて笑う。
そのまま、四人は家の中へと入って行った。
………………。
その日の晩は、桜夜がすでに舞衣に遅くなると伝えている。それを聞いていた舞衣は、久々に恋人とゆっくり過ごしていたようで家に帰ってもいなかった。
アズイルは梓の部屋のドレッサーの前に立つと、梓と奏夜を振り返って優しく笑う。
「幸せにな」
「……また、会えるかな」
「分からない。でも、もしかしたら……奇跡がまた、起きるかもな」
「……うん!」
アズイルにギュッと抱きつく梓。その背中をゆっくりと擦りながら、彼は言った。
「もう、怯える必要はない」
「うん……ありがとう、アズ。大好きだ」
「僕もだ、梓……」
時間が来たようで、鏡から光りが溢れるとアズイルの姿は薄れていく。
ヒビの入った鏡には梓の見たことのない、草原が広がっておりアズイルがどこで旅をしているのかが分かった。
「それじゃあ」
「うん……またね、アズ」
「ああ、またな」
そう言って、消える。
彼は別の世界の人間だ。ましてや、同じ魂の者が同じ世界に留まることはできないのだろう。
本当に、彼とは奇跡の出会いだったのだ。
そう思う梓は、ギュッと胸元で拳を作った。
「……梓」
「大丈夫……僕は……アズに会えて、本当によかった。大事な……僕の親友だ」
アズイルを見送ってから、再びポロポロと涙を流す梓。その背中を奏夜は優しくさする。
「……梓は、本当に優しいな」
「……そんなこと、ないよ」
「優しいよ。アズイルも……きっと、梓に会えてよかったって思ってるだろうぜ。いつも素直に物事伝えるタイプじゃなさそうだしな」
完全に当たっている……クスッと梓は笑って涙を拭った。
その後ろでは、神狐が優しく見守っている。
「さ、夕飯にしようか。お腹すいたでしょ?」
「あ、そういえば……」
「腹減ったな……」
ポンッと耳と尾を消す桜夜は、すっかりつけ慣れたエプロンを取りに泊まってる部屋へと向かった。
終
5.ふさわしい 終