①『細い指先』
俺の恋人の指は細い。と言っても女性的な訳ではなく、ただただ肉が少ないという感じだ。実際手のひらの大きさは俺と同じくらいだし、骨張っていて節もしっかりある男性の手だ。でも厚さは俺の半分くらいしかない。彼の手をじっと観察して、指の付け根よりも節の方が太い、ということに今日気付いた。なるほど。つまり指の太さより、節の太さの方が重要ということだ。
「…………サテツ君」
「うわあああああああああ!?」
眠っているとばかり思っていたヨモツザカさんの声に、俺は思わず彼の手を放り出す。
「うるさい」
「うっ、ごめんなさい……」
近距離で俺の叫びを浴びたヨモツザカさんはぎゅっと目を閉じ、眉間に皺を寄せた。と同時にぱたり、とさっきまで俺が握っていた左手がシーツの上に投げ出される。
「指のサイズが測りたいなら紙なり糸なりで勝手に測れ」
「えっ」
思わずベッドから半身を起こしヨモツザカさんの顔を覗き込むと、もう一度寝に入るつもりなのか目を閉じたまま「ただし、VRCでは着けられないぞ」と彼は続ける。
どうやら俺の考えてたことはバレバレだったようだ。一体いつから起きてたんだろう。もしかして最初から気付いてたんだろうか。恥ずかしくて顔全体が熱い。
「俺もアームとかあるし仕事中は着けられないんで、ネックレスに通すとかストラップにしたらどうかと思うんですけど」
だったらサイズなんて何でもいいじゃないか、と思うだろうか。彼が装飾品を身につけているところは見たことがないから、あまり好きではないか面倒臭いと感じているかのどちらかだろう。多分後者の予感がする。でももしかしたらたまには身に付けることがあるかもしれない。だからその時のためにサイズは合わせておきたい。
彼の気が変わらないうちに測ってしまった方がいいだろうか、と左手をそっと持ち上げたところで、
「いいよ」
と優しい声が耳に届いた。見れば、薄目を開けて微笑む彼。
②『僕は一生、恋をしない』
【恋】こい〔こひ〕1 特定の人に強くひかれること。2 土地・植物・季節などに思いを寄せること。
思いの強さでは「恋」に負けるつもりはないが、当然だがあの感情は恋などではなかった。
そして、もうあれほど強い感情を他の対象に向けることなどないと思っていた。そんなものは自分の中には無くなってしまっただろう、尽きてしまっただろうと思っていた。けれど、どうやらそうではなかったらしい。ゴロリと寝返りをうち、すうすうと寝息をたてる彼の顔を覗く。裸眼でははっきりと見えやしないが、それでも弛緩しきった間抜け顔で寝ているのはわかる。布団の中をずりずりと移動し、仰向けで眠る彼の胸の上に頭を乗せる。正確には耳を。大丈夫、この程度で彼は起きないことは何度も実証済みだ。
ゆっくりと繰り返される呼吸。じんわりと伝わってくる体温。そして耳の下で響く、とくりとくり、という命の音。
あの子と同じ――そしてあの子と違う。
ゆっくりと目を閉じる。視覚情報がなくなり、心音がよりくっきりと意識される。こうして彼の鼓動を聞く度に、安心するようで、なぜか泣きたくなるような、それでいて時折叫び出したくなるような心持ちになる。理由は知らない。だが不快ではない。