タイトルー無しー原作軸。ハイジマの三色こんせんのナタクくんをめぐっての戦いが終わった直後。※小説の形にはなってないです。散文。
「シンラさん、ありがとうございました」
「ナタクくん良かった。もう大丈夫か?」
「はい。皆さんに大変なご迷惑をおかけしてしまいまし…どうかされましたか?」
俺は手の甲で、オレンジの髪の少年の頬に触れていた。大きな瞳が不思議そう無邪気に見上げてくるので、ぱっと手を離した。
「あ、いいや、なんでもない。怪我早く治るといいな」
「ハイ、シンラさんもお仕事」「ナタク、早く来い。モタモタするな」
ナタクの和かな返事に、不機嫌そうな低い声がカットインしてきた。途端に慌てだした少年は、俺にちょこんと頭を下げると背中を向けて走り出した。
「すみません、じゃぁ僕はこれで!今、行きます黒野さん」
「ああ、何かあったら連絡するんだぞ…研究所が君の全てじゃないんだからな」
白い服の右腕の部分がひらひらとはためくのを見送って、俺は研究所を後にした。ナタクは酷い扱いを受けてはいたようだが、俺がされていたような事はされていないみたいだ。
頬に。俺みたいな大人の男が突然触れても、ナタクの顔に嫌悪や怯えは浮かばなかった。それは、今まで、「そういう」対象としては見られたことがないという証拠だ。言葉で確認するより触れるほうが、色々手っ取り早い。
男だろうが女だろうが、一度でもそういうーー性的な視線に晒されると、以降は、その手の接触には敏感になる。ナタクは、黒野に異常に懐いている様だったから心配したが、あの反応なら杞憂だったようだ。今後はナタクは特に注目される庇護対象になる。黒野も守り人として側にいるのなら、「そんな」間違いは起きないだろう。
門まで歩き、停められているマッチボックスを見つけた。大隊長や他のメンバーが手続きをしている間、先に休んでいてよいと言われたので、1人で乗り込んで座席に腰を下ろした。
車内の赤い電灯をぼぅっと見ていると、吐き気と共に、昔の記憶が蘇ってきた。
研究所の灰色の長い廊下。内装は俺がいた当時と内装は殆ど変わっていなかったな。
血の通わない。最低限生きるのに必要なもの以外は、何もない場所。
あの頃は、一生ここにいるのだと思っていた。
さぁシンラくん。今日も始めようか。
はい。
脱ぐのはズボン(した)だけでいいよ。
はい。
あの人は、週に1回俺の部屋に来た。
大好きなヒーローアニメがやる曜日の、夜の8:00から。お風呂に入って消灯までの自由な1時間。
最初は話をするだけだった。
「君みたいな能力の高い子の担当研究者になれて僕はとても嬉しいんだ。仲良くなりたいから部屋に遊びに行ってもいいかい?」
俺は、ガキで、馬鹿で何も知らなかったから簡単に部屋にあの人を入れた。
今日あった事。欲しいもの。辛い事はないか。色々と優しく話を聞いてくれた。
気がつけばあっという間に、体も心も距離を詰められていた。
「すべすべしていて、綺麗な肌だね」
「かわいいお口だ、少し開いて見せて」
「足を広げてごらん、そう、いい子」
湿った視線。自分以外には触られてはいけない筈の場所をまさぐってくる手。発火するのかと思う程に熱くなるあの人の身体。
俺は本当に馬鹿で子供だったけど、あれがとてもイケナイ事だっていうのは分かっていた。
でも強い拒絶はできなかったし、誰かに言う事もなかった。
あの人に、嫌われたら自分は本当に1人になってしまうと思ったから。
誰も雑談すらしてくれない状況で、同じ年の子供達にすら怯えられていた俺と、普通に話をしてくれる人。他の子はもらえないお菓子をこっそりくれたし、本や漫画も貸してくれた。
だから、悪い人じゃないと思いたかった。
でも、そんなものは大人のあの人にはお見通しで、俺はいいようにハケ口に利用されていただけだった。
自分がされていた事の深刻さを知ったのは、研究所という檻から出た後だった。
悔しくて、憤った。でも、何も出来なくて、俺が、唯一できる事は、全部忘れる事だった。
大好きなアニメがあった曜日の夜8時からの1時間。俺に起きた事は、死ぬまで誰にも言わない事にした。
何もなかったように振るまって、そのうちに、日常でも思い出す事はなくなって、自分の中でもあれは悪い夢だった、全部無かったことになっていた、のに。
「どうしたシンラ。大丈夫か?疲れただろ、肩貸すから第8に着くまで寝ててもいいぞ」
「っ….ありがとうございます」
諸々の手続きを終えたメンバーが戻ってきて、マッチボックスが騒がしくなった。大隊長が俺の隣に座る。
俺は歪んでる。分かってる。「あんな」経験していなければ、大隊長の手のひらを、この真っ直ぐな好意を捻じ曲げて受けとる事はなかっただろう。
この人は俺にそんな欲は絶対に向けてこない。俺はそういうことには敏感だから、余計分かる。全くもって健全な人だ。でも、だからこそ好きになってしまった。
全く健全じゃないのは、俺のほう。
大隊長、貴方になら、俺は…
湿った欲を孕んだ気持ちは、潰しても潰しても身体の奥から浮かんでくる。
一体俺はいつ迄、頭に乗せられる手を無邪気に喜んでいるフリができるだろうか。乗せられた手を強く握り返して、もっと下の方まで触れて欲しい、とねだるのを、いつまで我慢できるだろうか。
うつうつと目を閉じる俺の頭を、いつもの温かな手がぽんぽんと撫でる。
大隊長に恋なんてしなければ、自分が、真っサラじゃないって事は、ずっと記憶の底に沈めていられたのに。
「はぁ」
「お疲れシンラ」
マッチボックスは、真っ赤な夕焼け空を背に、夜に向けてゆっくりと加速していった。
終わり