汝、罪人なり「おや、貴方もここの控え室でしたか」
幻太郎はドアを開け一二三の顔を確認するとすぐにそう口にした。
「わっ、やったね!」と思わずこぼすと彼は咎めるように鋭い眼光を向けてくる。あ、メンゴメンゴ。
「貴方と同じ部屋番号を引いてしまうなんて運も尽きたもんですねぇ」と芝居がかった台詞を吐くもんだからくすくすと笑いが込み上げる。それにつられるようにして幻太郎も頬を緩めた。そして廊下をキョロキョロと見回し人がいないことを確認すると小走りで一二三のいるソファへと近付いてきた。
「そんな走って来なくても俺っちは逃げないって」と笑いながら言ってやる。もう、可愛いんだから。
幻太郎はソファに座ると一二三の懐に入り込んできて「時間が勿体ないから急いだんですよ」と笑った。駄目。俺の恋人が可愛すぎる。
今日は中王区が放映する番組の収録だ。ディビジョンラップバトルの代表者全員を呼んでの大規模な番組となるようで、現在は打ち合わせを終えてリハーサル待ちである。そしてこういうとき、控え室は大抵ディビジョンごとに割り振られるのだが、今回はディビジョンの垣根を越えて親交を深めよう、という話でくじ引きで決まったのである。俺は恋人である幻太郎と一緒の部屋だったら良いな〜と願っていたが、まさか本当にそれが叶うなんて。神様仏様イザナミ様ありがとう。
「はあ、可愛い」としみじみと呟くと彼はふふふと笑いながら「もう一人は誰なんですか?」と尋ねてきた。控え室は三人で一部屋なのだ。
「さあ、誰と思う〜?」
「そうですね。ヨコハマのお巡りさんだったら貴方も小生もバトル経験があるのである程度、話が弾みそうですね」
「ブッブー、ハズレ〜!」
「えー……誰でしょう」
その後も他の者の名前を出してくるが全てハズレだった。五名ほど挙げたところで「あっ」と彼は短い声をあげた。
「ん?どした?」
「今日はお仕事休みですよね?家に来ますか?」
「えぇ〜何何〜幻太郎、俺っちに来て欲しいの〜?」
「誰もそんなこと言ってませんよ。急に来られても迷惑なので予定を聞いただけです」
「急にツンツンすんじゃん!……とか言いつつ〜?」
幻太郎は俺の胸に頭を預けてそのまま抱きついてきている。これが普段、一二三に甘えてくるときの体勢なのだ。
「甘えてんじゃん〜!ほら、言ってみ〜『今晩、来て欲しい』って」
「……嫌ですよ」
「えぇ〜幻太郎の口から聞きたいな〜」
幻太郎は口を尖らせるとそのまま上目遣いで見上げてくる。宝石のような瞳は心なしか濡れていた。はい、可愛すぎ罪で逮捕。幻太郎はそのまま麗かな唇を動かした。
「一二三……今晩、会いたいです」
「……ヤバッ!何なの?今日は甘えん坊なの?」
「あ、貴方が言わせたんでしょう!」
「いやぁ〜俺っちこんな可愛い恋人がいて幸せ者だわ。おけまる〜!この収録終わったらすぐ行く」
はあ〜と感激に浸りながら幻太郎を抱き締めると彼も更に抱き締める力を強くしてきた。ああ、もう収録すっ飛ばしてすぐにイチャイチャしたい。
「何か食いたいもんある?一昨日、脱稿したばっかでしょ?お疲れ様パーティーしようよ」
「ええ、無事に出版社にも入稿しました。食べたい物ですか……じゃあ唐揚げで」
「オッケー!買い物してから行くね。あ、そういやゴムあったっけ?」
「……この間で使い切ってしまったような」
「じゃあそれも買って行くわ」
そう伝えると彼は再び口を尖らせながら「……たまにはなくても良いんじゃないですか」と呟いた。はい、もう重罪。俺の心を撃ち抜いた凶悪犯。
「ひゃ〜!魅力的なお誘いだけどちゃんと着けなきゃ駄目だからさ〜」
「一二三は……着けないでしたくないんですか?」
「いやいや。したいけど、さぁ……」
「だったら……」
そのまま熱っぽい視線を向けられるものだから思わずたじろいでしまう。あまりの愛らしさに流されてしまいそうなことを自覚し、それを誤魔化すように彼の細い顎を掴んだ。
「あ、キスは……誰か来るかもしれませんから」
「もうこんなにくっ付いてるし今更じゃん」
「でも……」
「じゃあ一瞬だけ。お願い」
甘い声で囁くと彼は暫し目を泳がせていたが、結局は素直に目を閉じてしまう。幻太郎が甘い声に弱いことを知っている俺の策略勝ち。
ちゅっと音を立てて軽いキス一つ。続けて自身の唇で彼の唇を食むように動かす。
「あっ……一瞬だけって、言った……」
抗議する彼は無視して口内へ舌を割り入れた。幻太郎も口ではそう言いつつも俺の舌を必死に受け入れている。あー可愛いヤバい。
唇を離すと彼は非難するように「嘘つき」と頬を膨らませた。「ごめんね」と告げるが、まったく悪いとは思っていないので形だけ。それは彼も察しているらしくジトリと睨まれるが、まったく怖くない。可愛いとしか思えない。もう一度キスをしようとしたところで突如、ガタガタッという物音が聞こえた。
幻太郎の肩が跳ね「何ですか?今の音……」と訝しげに尋ねてくる。「ん〜」と歯切れの悪い返事をした俺に幻太郎が眉を顰めた。あっちゃーここまでか。
幻太郎ははっと直感的に何かに気付いたらしくソファから立ち上がって部屋の隅々を見て回る。そして……ついに見つけた。
「は……どうして貴方がここに?」
「ごごごごごごめんなさ〜い!俺は何も見てない、聞いてないですから〜!」
パーテーションの奥の簡易ベッドにいる人物は麻天狼の三番手であり、一二三の親友──観音坂独歩だ。
「独歩ちんも一緒の控え室なんだよ〜。仕事してて遅れて来たから余り物のクジだったんだけどね〜。んで、リハーサル始まるまでここで仮眠してたってわけ」
「は、はあ?じゃあ貴方、最初から観音坂殿がいることを分かっててあんなことやこんなことを……!」
「いやぁ、独歩ちんぐっすり寝てたから大丈夫かな〜って!」
「ひぃ、俺は何も見てませんから!」
独歩の叫ぶような声にこいつ見たな、と察した。それは幻太郎も同じだったらしく顔を真っ赤にして体をプルプルとさせている。あ、恥ずかしさと怒りで震えてる。
「こ、この変態ホスト!!!!!」
幻太郎は叫ぶようにそう言うとそのまま控え室を出て行った。
「お、おい!お前、追いかけなくて良いのか!?」
「んー?多分もうちょいすれば『お見苦しいものをお見せしました』って独歩に言ってくると思うよ〜」
「お……お前、どこまでも楽観的だな……てか夢野先生ってお前の前だとあんなんなんだな」
やっぱり聞いてたし見てたんだな、とぷはっと吹き出した。独歩ってばむっつりスケベなんだから。
「そそ。可愛いっしょ?」
「ここで肯定するとお前が独占欲むき出しにして面倒なことになりそうだからノーコメントで」
独歩の言葉にいよいよ本格的に笑ってしまった。
「よく分かってんじゃん」
独歩が深いため息を吐いた。
暫くすると幻太郎が「お見苦しいものをお見せしました」と言って独歩に缶コーヒーを持ってきたものだから「ほらね」と独歩にウインクをしてみせる。独歩が再び深いため息を吐いた。
そして俺はというと恥をかかせた罪として暫くの間エッチはお預けという罰が幻太郎より下された。
どうやら罪を犯してしまったのは俺のようだ、と膨れる彼の頬を突きながら笑った。