虹の素知らされた時にはすべてが終わっていた。
「…そう。」
小さく呟いたその一言が私が唯一抱いた感想だった。
気づいてはいた。
あの強大な組織を相手に、最終局面を迎えんとしていること。
ずっと試作を続けてきた解毒剤の効果が3、4日は維持出来るようになったことに1人の少年が勘づいていること。
そして、それを私に黙って持ち出していたこと。
わかってはいた。
彼らは例えその最後であろうと、私には何もしらせないこと。
知らせないことで私を危険から遠ざけようとしていること。
そうすることで私を守ろうとしていること。
そして、
それが彼らのやり方であること。
組織との大規模な抗争が終わったことを告げたのは工藤だった。
いつものように博士の家に我が物顔でやってきた彼はなんてことの無いようにさらりと告げたのだった。
彼が黙って薬を持ち出したことをとやかく言うつもりはない。むしろ、彼はどうせ止めても行くだろうことはわかっていた。
その上で、彼にも探し出せる場所にピルケースを置いた。江戸川コナンより工藤新一の方が立ち回りやすいだろうから。
「そうってなあ…おめー、もうちっとは喜ぶとかねえのかよ。」
顔色一つ変えない灰原を訝しげに見やるコナンに、自分はその最後を何も知らないというのにどうして喜べよう。
「んだよ、黙ってたこと怒ってんのか?それはわるかったって。」
ちがう。怒ってはいない。
もし怒ってるのだとするならば、それはまた蚊帳の外に置かれたことに対してだろう。
そんなやり方で守られたい訳ではなかったのだから。
「別に怒ってなんていないわ。それより、このデータ…」
先程コナンに渡されたSDカード。
何も言われなくてもわかっている。この中に収められたデータが何かなんてことくらい。
わかっていても、確かめないとならない。彼の今後の人生のすべてが、このデータと灰原にかかっているのだから。
「ん、ああ。灰原が求めてるもんのはずだよ。」
「そう。」
「それ、降谷さんだから。」
「え?」
それは、降谷がデータを手に入れてきたということだろうか。
たしかに現役幹部であった彼なら可能だったかもしれないが、そんな危険を犯すメリットが果たしてあったのだろうか。
「そのデータ手に入れてきたのは降谷さんだ。命がけでな。"これをどうか宮野志保に。"そう言ってたぜ?」
「みやの、しほ…」
その名を口にする人は姉以外にはいなかった。ああ、それから雨が降った日の夜だけ志保と呼ぶ人もいたっけ。
実はそれにどうしようもなくホッとしたりしたんだっけ。
「中身を確認したらすぐに取り掛かるわ。でも本当にごめんなさい。1、2ヶ月は猶予をちょうだい。」
「1、2ヶ月って、おめーなあ…。別に俺は急いでなんかないし、頼むからちゃんと3食食べて睡眠も取ってくれよな。」
「わかってるわよ。」
否、そんな時間はない。
散々というほどたくさんのことから工藤新一を奪ってしまったのだ。もちろん、彼自身からも。今すぐに取り掛からなくては。
それなのに、宮野志保の響きが頭から離れない。
「どうした、灰原。」
黙りこくっているのを不思議に思ったのだろう。目の前の彼が呼ぶ名は、やはり3つ目の名だった。
「なんでもないわ。私はこれの精査に入るから、博士に用があるわけでないのなら帰ってちょうだい。」
「へーへーわかりましたよ。」
じゃあまたなと手を振る彼を玄関まで見送る。
そのドアが閉まる時、ふと振り返った彼は
「来いよ、学校。」
それだけ言うと今度こそ玄関の扉は閉じられた。