潮騒と草 ●
「そこに居るんだろう、出ておいで」
ひなびた港町の、閑散とした昼下がりの漁港。防波堤に腰掛けて、潮風の中で煙草を吹かしていた男が、振り返らずに言う。
「……なんで分かる?」
小さな空き地の茂みから『立ち上がった』のは、自我持つ緑。いつもそうだ、こうして植物となっていても、この男は見つけ出してくる。空に目があるかのように。
「なんでだろうねぇ、不思議だねぇ」
横顔だけで振り返る七幸が、自分の隣をぽんぽんと叩く。ワルナスはちょっぴり警戒しつつ――なんとなく、この男は、おっかない、絶対に敵対してはいけない気がするし、敵対しても勝てない気がするから――少し離れた位置に腰を下ろした。見下ろせばすぐそこに深い青の海がある。防波堤の海に面した壁面には、フジツボやらなんやらがたくさんこびりついているのが見えた。
「プランナーは元気?」
青い空に紫煙を吐きつつ、七幸が問う。
「うん。今日も元気にプランがどうとか言ってた」
「そお。じゃあ君は元気?」
「おいらメチャクチャげんき」
「そうですかぁ」
いいことです。彼方の水平線に目を細めて、七幸は微笑む。
今度はワルナスが彼に問いかけた。
「龍児げんき?」
「元気だよ〜。今日も頑張りすぎてゲロ吐いてたねぇ」
「カナトは?」
「元気だよ〜。今日も頑張りすぎてゲロ吐いてたねぇ」
「ローズは?」
「元気だよ〜。この子は頑張りすぎてもゲロ吐かなくなったねぇ」
この、マイペースで穏やかだがどこか容赦のない口振りは、華子にそこはかとなく似ている。まあ華子の育て親なのだから、さもありなん。
「優秀なエージェントが増えて頼もしいねぇ。……君も、こんなにしょっちゅう来てくれるなら、いっそうちの子になりますか?」
顔を傾け、七幸がワルナスを覗く。眼鏡の奥の目は、飽くなき欲望を携えた眼差し。飢餓衝動持ちのオーヴァードに見られる『欲しがり』の目だ。
「ん〜……UGNは性に合わん」
しかし草は極めて自由だった。鉢植えにお行儀よく植えられて管理されるよりも、好き勝手に好きなところで繁殖したいのだ。そのせいで除草剤をかけられようと、別に構わなかった。
「そうですかぁ……君が来てくれたら、龍児もカナトも華子もきっと喜ぶのですが」
「だからこーして会いに来てる」
今から会いに行くのだ。にょっと立ち上がるワルナスの気ままな振る舞いに――海と『船』と契約に縛られて生きている男は、どこか憧憬をにじませて含み笑い――吸いかけの煙草を海に放った。
「あ! ポイ捨てよくない」
「『船』にやったのさ。海に煙草屋はないだろう」
「……たしかに!」
七幸の言葉は嘘か真か。しかし、軽いはずの煙草は、まるで石のように水底へと沈んでいった。潮騒の中、レネゲイドビーイングの素足の音が遠退いていく。
『了』