『黒い揺籠』 ●
「総員突撃!」
獰猛な敵意に満ちた発破。
廃墟の工場へ、雑草やガラスの破片を踏み仇して突入するのはストレンジャーズ部隊。ここに居るという『バケモノ』を駆除する為に彼らは居る。安全装置を外した小銃を手に、彼らの目は飢えた猟犬がごとくギラついていた。
かくして。
部分的に崩落した天井から、こんな緊迫とは裏腹に麗らかな日が差し込んでいるそこに――『標的』は居た。
巨躯の、さながらSF映画かゲームのような、漆黒のロボット。
キュイ、と赤いアイカメラが『来訪者』を捉え――空気がピリついた。張り巡らされたワーディングは、ストレンジャーズ隊員らが着けた対ワーディングマスクによって無効化される。同時にそれは、隊員らに「目の前にいるのは憎きレネゲイドの怪物だ」と認識させる。
「撃て! 撃て!」
ぱらららら。乾いた音が立て続けに鳴り、薄暗い廃墟に銃火を咲かせる。
弾丸は――ロボットの装甲の上で虚しく火花を散らすだけだった。ストレンジャーズ部隊の弾丸は対ジャーム用に強化された、人間に撃てば部位が吹き飛ぶような代物だというのに。
「怯むな! 装甲の薄い箇所を探――」
指揮官の声が終わる前に、ロボットはスラスターを噴かせて突っ込んできた。そのまま突進で、数人をまとめて撥ね飛ばす。質量と速度と硬度という凶器に、木っ端のように人が吹き飛ぶ。
流れるように――ロボットは何も言わず――恐ろしく洗練された動作で、周囲の隊員を横薙ぎの腕で殴り払った。
「ぎゃッ!」「がアッ!」
戦い慣れている――寸でのところでしゃがんで回避したカナトは、対ワーディングマスクの奥で舌打ちする。見上げる先の破壊兵器は、文字通り無機の冷たさで『人間』を見下ろしていた。獣のような獰猛さも狂人のような破壊性もない、断頭台や絞首台に似た冷たく無慈悲な威圧。
――ロボットが片足を上げた。『死』、が強烈にカナトの脳をよぎる。
「ぐッ、!」
咄嗟に横へ飛び転がった。ばごんっ、とカナトがさっきまで居た場所が簡単に砕ける。
タダでやられてやるものか。レネゲイド。憎き仇。カナトは恐れることなく銃口を向ける、が――ロボットは別方向へ急発進していた。弾丸は当たらない。ロボットが突撃した先で、別の隊員がまた打ちのめされる。
「――退くぞ! 動ける者は負傷者を連れて下がれ!」
これ以上の被害が出ては負傷者を見捨てなければならなくなる――そうなる前に、指揮官が悔しさをにじませ声を張った。目の前の怪物は、そこらのジャームとは明らかに一線を画していた。ぶ厚い装甲と見た目に反した機動力に、無念だがここに居る彼らには対抗手段がない。
そして――ストレンジャーズが撤退すると分かるや、ロボットは上へと飛んだ。天井を突き破り、空中で戦闘機型に変形すると、そのまま彼方へと一気に飛び去っていった。
●
FHエージェントとの戦闘で、彼らが妙に潔く撤退したから何事かと思ったら――案の定、罠だった。
彼らはストレンジャーズを呼んでいたのだ。怪しまれぬよう何かしらの連絡ルートを使ったのだろうが……「ここにジャームがいる」といった旨の内容であったことは想像に難くない。
「まずいな、連中すぐそこに居る」
探知に長けた一人のエージェントが苦く呟く。
「どうする?」
もう一人が口元の血を拭いつつ問うた。ここにいるエージェントは4人、そのうち一人は先の戦いで戦闘不能状態で、もう一人も軽くない傷を負っている。消耗と疲労も激しい。
「俺が引きつけます。その間に撤退して下さい」
4人の中の一人――最年少だが最も戦闘経験の多いチルドレンが迷いなく名乗り上げた。少年は負傷もなく、疲弊も一番少なかった。
「富雄……だが」
子供一人に任せて良いのかと、良心の呵責に苛まれた声でエージェントが顔をしかめる。理想論の一方では、ここは彼にしんがりを任せるのが最も合理的だと、ノイマンシンドロームの頭脳が告げていた。
「『黒崎派』なら言い訳なんて通じません。急いで」
言い終わりには、少年は足元より吹き出す影を纏い無骨な兵器へとその身を変える。エージェント達は一瞬歯噛みするも、「ありがとう富雄、すまない」「ちゃんと帰ってくるんだぞ……!」と負傷者を抱えて走り出した。
そして、富雄はストレンジャーズ部隊と相対する。
(ワーディング、は……当たり前だけどマスク着けてるか)
向けられる銃口。飛んでくる弾丸。雨粒が跳ねるような音が狭いコックピットに反響する。ぶ厚い装甲に護られているが……銃を向けられるのも、撃たれるのも、慣れない。怖い。怖い。それに、相手はただの人間で。なのに、その人間から化け物と見られて。……悪いことなんて、何もしてないのに。むしろ、力無き人をレネゲイドという理不尽な力から護る為に、毎日命を懸けているのに。
やめて。戦いたくない。僕はジャームなんかじゃない。戦う理由なんてない。仲良くしようよ。同じ人間じゃないか。やめて、やめて、嫌だよ戦いたくないよ怖いよやめてよ――……そんな気持ちを、影より模倣したソラリスの薬と共に飲み下す。
(やるしかない、俺がやるしかないんだ)
突撃する。撥ね飛ばす。殴り飛ばす。……殺さないよう加減はしているが、無傷とまではいかない。視界の端、腕がひしゃげた隊員が見えた。
いっそ負傷で引退してくれ、もう二度と戦わなくて済むように――そんな残酷な思いすら湧いて、自分の身勝手さに嫌になる。自傷の衝動がじくりと疼く。
「はーっ…… ――っ……」
理性を保つ。足元に気付く。隊員が一人、少年を見上げている。敵意の目。憎悪の目。嫌悪の目。怪物を見る目。
「ッ……」
片足を上げた。「離れてくれ」のパフォーマンスだ。かくして思惑通り、隊員は離れてくれる。パフォーマンスなので彼がさっきまで居た場所を踏み砕く。彼我の戦力差を示す。もう挑んでくるなと――思っているのに――向けられる銃口。
「もうやめてよおっ……!」
モーフィングロボを駆る。回避は容易かった。そのまま別の隊員を無力化させる。無力化と言えば聞こえは良いが、やっていることは相手の体に身体障害を残しかねない暴力だ。ああ、嫌だ嫌だ本当に嫌だ――学校の皆が――こんな自分を知ったら――きっときっと、軽蔑する。もう二度と、友達でなんか居られなくなる。そうなったら、耐えられない。
お願い早く終わって。
そんな願いが、神に通じたのだろうか。
「――退くぞ! 動ける者は負傷者を連れて下がれ!」
トレンジャーズ部隊の指揮官が声を張った。彼らが退いていく。どっと安堵が込み上げる。よかった。終わった。もう戦わなくていい。なのでヴィークルを飛行形態へリフォルムすると、少年も速やかに撤退を選んだ。
返り血は機体についているはずなのに、富雄は、コックピットの中が血腥さで充満しているように感じた。吐きそうだった。早く帰りたい。早く明日になって、そうして、早く学校に行きたい。
『了』