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    tottoripiyo

    @tottoripiyo
    クロスオーバーしがち人間ゆえ注意
    自創作子と既存作品も普通にします、注意

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    POIPOI 27

    tottoripiyo

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    世界観簡易メモ
    https://poipiku.com/497650/6270725.html
    人物簡易メモ
    https://poipiku.com/497650/6270704.html

    というわけでごちゃまぜ文章詰めです。掲載順と時系列はほぼ繋がってなかったりします!下に行くほど暗くなるようにしました!!
    ・***が区切り線だとおもってください……!
    ・がっつり設定載せてない方もいます……!

    1次創作文章詰め「パンケーキたーべたい、パンケーキたーべたい……」
    「どうした急に、糖分不足による禁断症状か?」
    「いや、耳に残るなぁと思って、つい……パンケーキたーべたい、パンケーキたーべたい……」
    「……確かに、菓子類は最近食べていない気がしなくもないが」
    「本当に?だったら僕、あのお店がいいな」
    「黙れ痴呆が……最初からそれが目的か……」
    「分かりやすくて良いよね、パンケーキ食べたい。鈍感な君でも真意に気づけるもの」
    「お前、菓子類の話になると途端に人が変わるな……いつもはそんなの興味ありません、いや……君達のような庶民の食事に興味ありません、みたいな目をして、安い店も選ばない癖に」
    「本当にそういう人だったとしたら、僕は昨日の晩御飯だって口にしていないから……お前は僕のことをなんだと思ってるのかな」
    「……高嶺の花」
    「それは……貶しているのか褒めているのかわからないな……」
    「どうとでも取れば良い、ほら、もう天国は目の前だ。祈りは済ませたか?」
    「それはもう…………って、どこからどう見ても甘いものが出て来るようなお店には見えないんだけど……」
    「出て来るぞ。1から10までの辛さのうち1を頼めばいい」
    「は?……あぁ、成る程ね……わかった、僕が悪かったよ、本当に……虎太郎、ちょっと、ねぇ聞いてる?」
    「くッ……ふふ……辞世の句はそれで終わりか?」
    「……急用を」
    「忘れてしまえ。さぁ入ろうか、兄さん。楽しみだな、甘いもの……なぁ?」
    「……そういう時だけ兄と呼ぶのはやめてもらえないでしょうか」
    「今更態度を改めたところで無駄だ、まぁ安心しろ。お前の望む甘いものの分も出してやるから。これも一種の試練で訓練だと思えば良い」
    「辛いものを食べることがなんの訓練なの、僕が扱うのは全く正反対のものなんだけど」
    「良いから入るぞ、ほら、大人だろう?」
    「……はぁ」

    ***

    「それで……かの」
    「間に合ってるから。
    ……個人的に会うたび聞いてくるよね。」
    「だって、貴方色男じゃない?何かそういう話ないの?可愛い女子生徒を引っ掛けたとか!夜の街で逆ナンされたとか!」
    「……残念ながら。例えあったとしても、その手の話を君の前ではしない。
    ご期待に応えられず、大変申し訳ございません。」
    「……」
    「……何。」
    「相変わらずつまんない男ねぇって、ただそれだけよ。」
    「んー……君の元彼よりは、つまらない男だと思うよ。」
    「っ、彼の話は……。」
    「出して欲しそうな顔をしていたから。」
    「……性格悪いわね。」
    「君には嫌われて当然だと思ってる。
    だから嫌われるようなことをしても平気かなって、そういう訳ではないんだけど。
    ……最初に呼び出された時、僕はてっきり、包丁で1刺しされるのかと。」
    「あの恐ろしくノリの悪い隼兎さんが、誘いに対し一発オーケーだなんて、珍しいなとは思っていたけれど……それってつまり、あのとき私を怖がってたってことよね?
    ……涼しい顔してビビリなのね。」
    「それは否定できないな……音でも驚く時があるらしいし。」
    「ふふっ、覚悟を決めて来てもらってる中悪いけど……復讐なんかしないわよ。
    ……強いて言うなら、いつもの質問が復讐代わりかしら。」
    「つまり未練タラタラなんだ。もう結構経つと思うけど……。」
    「当たり前じゃない!あんたさえいなければって、何度思ったことか。
    ……でも、抑えてるわ。小春ちゃんや他の子に、そんなところは見せたくないし……それに私ももう、大人、だから。」
    「そう……何にせよ、元気があっていいと思うよ。
    ……僕はすっかり衰えちゃって。」
    「何が衰えちゃってよ、この前も弟君と打ち合いしてたじゃない。」
    「食後にジョギングするみたいなものだよあんなの。それに楽しいし……君もやってみればわかるよ。」
    「いや、私そもそも能力が……あんたって、本当に……黙ってればイケメンよね。」
    「君こそ、黙っていれば美人なのに。
    そもそも1人の男を飲みに誘って、しかも自宅でだなんて……襲われたらどうするの?」
    「襲えないでしょ、あんたビビリだから。」
    「……分からないよ。お酒が回って不慮の事故がなんてことは、よく聞く話だし。」
    「あんたが回らないように調整してることぐらい、分かってるわよ。
    それに今はこうして、机を挟んでる、ん、まぁ……その気になったら、逃げ道をなくすことなんて容易だろうけれども。
    ……それにその時こそ、包丁を持ってその胸に刺してあげる。今までのことも含めて、滅多刺しにしてやろうかしら?」
    「……それはまた物騒だね。」
    「そうして欲しそうな顔をしていたから。」
    「それってどんな顔……?」
    「仕返しよ、やられたらやり返さなくちゃ。」
    「成る程……戦争がなくならない訳だ。」
    「……本気にしないでよ。」
    「しないよ。
    ……だって君は、とても優しい人だから。
    死者に対し長く思えるのって、その優しさの象徴だと思うんだよね。」
    「……っもうっ!あんたのそういうところよ!」

    ひゅんっ

    「っ、いてっ。
    ……僕はゴミ箱じゃないんだけど。」
    「ならその無自覚な発言をいい加減どうにかしなさい!
    次にやったら粗大ゴミと一緒に括り付けてやるからぁ!」
    「困ったな、そんな趣味はないんだけど。
    それに優しいのは事実だと…っ、あ、あぁ、ごめんね、分かったよ……もう何も言わないからさ、流石に缶はやめよ?
    当たっても、優しい君が治してくれるなら、別にいいんだけ、ど、ッ」

    ひゅんっ
    ぱしっ

    「っ、ほーら……どうせ当たんないわよ、あんたって、そういう男。」
    「はぁ……。
    集中すると、疲れるから嫌なんだ。それに……っ」

    ぐしゃっ

    「缶ゴミは潰して出さないとって話、どこかで聞いた気がするよ。」
    「っ、ほんと、あんたのそういうところよ!」

    ***

    双剣を構え、飛び込んでくる相手に対し、一歩身を引き一閃。
    軌跡を描きながら刀を振るえば、やがてぱきりと空間が凍えた。

    「いきなりだな。」

    口元に笑みを携え、姿勢を低くしながら。
    そんな風に悪態をつくのは、鋭い目つきが印象的な一人。
    _____互いは最高にして最大の好敵手。
    定期的に訪れる撃ち合いの瞬間こそ、その関係の真価とも言える。

    冷気は水分を凍てつかせ、白く空気に溶けていく。
    その様子を深紅の目に捉えながら、深緑の外套をたなびかせ。
    逆手の得物を持ち替え、すかさず接近し、突きを入れる。

    「っ、」

    対し、正装ともとれる格好をした、長い髪の一人はといえば。
    同じく紅い目を細め、小さく息を吐き。
    振りかぶったそれを両手に、その刃を斜めに構え。
    その凶刃を、鋭い音を立てながら刀身で受け流す。

    「ッ、く……っ。」

    その音が不愉快とも言わんばかりに、その顔をしかめる。
    そのまま相手の射程から離脱するように、数歩横に歩を進めれば。
    叩きつけるようにその柄で、相手の背中目掛けて動かし。
    からんと音を立てて、二振りの青龍刀がその手から離された。

    「一本。
    ……手応えないな、準備運動だったりした?」

    冷え切った声、無機質なその表情。
    それはまるで、作業の一工程に過ぎないといわんばかりに。
    刀身を鞘に収め、ふっ、と一息。
    冷たい目で相手を見据えるも、その手は柄に置いていて。

    _____刹那。
    隙をつくかのように。
    うつ伏せの体を起こしたかと思えば、片手を軸にし、駒のように脚を回す。
    同時に巻き起こる風の刃に気がついたのか、その長い髪を揺らしながら、少し大袈裟な後退をし。

    「ッ……ちょっと、卑怯じゃない?」
    「油断した方が悪い……ッ!」

    不愉快そうに表情を変える余裕もない。
    一歩二歩、そして足をついた瞬間、腰を低くする。
    それは相手も同様のようだ。
    手をついたと思えば、一振りだけを手に取り。
    弾丸の如く飛び出した1人。
    対し、もう1人が得物を抜くことはなく。
    斜めに振り下ろされた一撃に対し、ただがぎんとぶつける。

    ぎりぎりと鍔迫り合いの音が続く。
    歯を見せて笑う一人と、歯を食いしばる一人。
    力に関しては、どうやら振り下ろした側の方が優っているようだ。

    だが、技はどうだろうか?

    一瞬の気温の低下。 凍えた空気に、吐く息は白く。
    響く足先の凍結の音を、刃を弾いた音でかき消す。
    重心を移動し、次に放つは鋭い蹴り。
    だが経験ゆえなのか、はじかれた刃を慣れた手つきで、相手の足先へ合わせるよう、縦に得物を構えれば。
    硬い金属と固体がぶつかり合う音が響き渡る。

    「……ち……ッ……」

    「はっ……もう何度も繰り返した、流石に俺も覚える。」

    「っ、じゃあ、これはどう?」

    不敵な笑みに、ぱきりと乾いた音。
    次の瞬間、相手の刀身が薄い氷に包まれる。

    不愉快そうに目を細め、弾くようにして身を引く相手に対し。
    同じようにその脚を引きながら、手をかざそうとして。

    _____空気を、風を切る音にその手を引き、咄嗟に姿勢を低くする。
    交差するように投げられる、三日月型の薄緑色の刃が、髪の数本を切り取って。
    そんなものには目もくれず、片手をついたと思えば同じように飛び出した。
    素早く得物を抜き、そのまま低姿勢のまま相手の元へと駆ける。

    「……上等、やれるものならやってみろ!」

    挑戦的な笑みを浮かべ、得物ごとその腕を横になげば、ばさりと外套が揺れた。
    やがて切り出される真空の刃が、真っ直ぐと、向かいくる相手に対し飛んでいき。

    ……落ち着け。

    言葉には出さず、目を薄める。
    研ぎ澄まされた感覚、聞こえる空気の音を頼りに刀を振るえば。
    高い金属音とともに、風の刃がはじかれる。
    照明越しに反射された、その疎らな煌めきが、能力を能力で相殺したことを示し。
    一振り、銀の欠片が空に舞い。
    また一振り、水晶のような氷片が、地に落ちて。

    「……ッ、せ、やあぁッ!!」

    相手のもとにたどりつけば、気圧されるような、凛とした掛け声を、一つ。
    一度地面につくよう、下から斜めに切り上げる。

    流石に隙も動作も大きかったのだろう。造作もなく、小さく後ろに跳ばれてしまう。
    だがまるでそれを見越していたかのように、次の動きをしようと、空気と共に刀を払えば。
    やがてほんの数ミリの切り込みから、相手めがけてその地がぱきぱきと凍り付いていく。

    「なっ、」

    一歩遅れた相手の足を、逃がすまいと包み込むのとほぼ同時。
    両手で構え、渾身の力を持って相手の心臓目掛け突出されるは、銀に輝く氷刃。

    「っ、しま、!?」

    逃れようと体を逸らすも、その動きは氷に阻まれ。
    後ろから、尻餅をつくように沈み込む。
    最後の抵抗と言わんばかりに風を飛ばせば、はらりと細くながい髪が広がり。

    やがて空気を裂きながら、頭上を通過するそれに冷や汗が伝う。
    そんな相手の首元に、冷たく光る切っ先を突きつけ。

    「っ……二本目。」

    乱れた髪の間から覗く、紅く輝くその目は、言うなれば狩人の如く。

    「……っ、参り、ました……。」

    俯きがちに、諦めたように呟く1人に対し。
    はぁ、と息を吐き、にぃ、と微笑んだ。


    ***

    「……お前から誘ってくるとは、珍しいな」

    夜も深いこんな時間、外にいる理由がまさか仕事ではなく。

    「だってあなた、暇そうなんだもの」

    こんな強引な女による飲みの誘いだとは。
    ……思わなかった、まさかこんな日が来るなんて。


    「ほら隊長さん、お車へどうぞ?」
    「その呼び方はやめろ、普通に……」
    「ってことは名前呼び?虎に太郎で?」
    「……こたろう」

    思わず胃痛を覚えながら吐く息はすっかり白く、闇に消えていく。
    街灯のせいで視認できてしまう。目の前の女は目を細めながら、口元に笑みを浮かべて。
    そんな仕草に込められた意味は間違いなく嘲笑と同義だ。そんな風には見えないという。
    そんなの……自分が一番分かっている。

    その名に似つかわしくない、男にしては小柄な身長のせいで、名前を名乗って変な目をされることも珍しくなかった。
    中にはどちらかという猫だよなー!なんて言う奴だって居た。他人に対してそう言える程、相手は強い訳でもなかったのだが。
    ただ兄は口酸っぱく言うのだ。荒事は良くないよと。
    だから少しばかり強風を吹かせる程度で終わらせた。強風に煽られて体を打ってしまいましたなんて、今思えばとても不幸な事故だと思う。

    「名前、響きは可愛いのよね」
    「黙れ、可愛さなら俺のような男ではなくお前のような女に……」
    「あらあらナンパかしら~?こたろーくん?」

    そんな風になじってくる。目の前の相手に何もしないのは、チームメイトでもあったからというよりも、逆らうことで何が変わる訳ではないと言う意味合いの方が強い。
    こんな奴と酒を呑んだところで、何が起こるわけでもない。起こす気だって毛頭ない。
    だが宅飲み、というものは自宅でするらしい、ということは、という、ことはだ。
    連れていかれるんだろう、この女の家に。

    そんなことを思いながら、案内された車のドアをあける。
    何だか形容しがたい独特の匂いが夜の空気へ飛び出していく。

    「新車なんだから、汚さないでね、隊長さん」

    そんなことを言いながら、慣れた様子でそいつは運転席に乗っていく。
    汚さないように、汚したらどうなるんだ、やはり怒られるのだろう。
    丁寧に乗ることを求められている。でも、兄にはいつも、俺はだらしないと言われている。
    そしてこいつは怒らせると面倒だ、下手をしたら殺されかねない。間接的に。
    なら、取るべき選択肢は謙虚なものが正解であろう。

    「……お、おじゃまします」
    「っぷ、あっはっは!ちょっと、ただ車乗るだけじゃないのよー!」
    「だが、お前はこれを大事にしているのだろう?」
    「……あんたに分かりやすく言えば、新しい武器よこれは。前の武器をやむを得ず壊しちゃって、支給された新しい武器。
    折角もらったばかりのそれを、隊長さんはどうする?」

    少し得意げに顔を上げながら、人差し指を立てるその様子は、まるで上官のようだ。
    だが、こいつにしては分かりやすい例えをしてくれたものだ。
    新しい武器の支給をされたらどうするか?そんなの、決まっている。

    「まずは試し斬り、だな」
    「……」

    ……何故、そんな目で見てくるんだ。
    そんな疑問を抱くころには、もう車は動き出していた。

    「隊長さん、あの人は元気?」

    動き始めてそれ程立たずして、その質問は飛び出してきた。
    赤信号の明かりが、少しだけ眩しい。

    「……あぁ」

    だが質問されたとて、答えることなど、ない。
    兄は元気だ。最近は顔を合わせることも少なくなったが。
    だが、そこまでの情報を言う必要はないだろう。

    「そう、それはよかった」

    人の気持ちなど読み取れている自信はないが……これは社交辞令というやつだ。
    これまでになく興味なさそうな目をして、此方を見もせずに。
    その姿はある意味で、兄とそっくりで、すこしだけ……。

    「岩波は、元気か。あれから会うことはなかったが、お前は」
    「ねぇ、その話……飲んでるときにしましょう?」
    「……自分から話をふっておいてか」
    「ふふ、気が変わったのよ。せめてもう少し広いところで、ね」

    勝手な女だ。女というものを知っているわけではないが。
    こうやって振り回してばかり、振り回される此方の身を、こいつは考えたことがあるのだろうか。
    アクセルを踏む顔は険しかった。
    ……そんな顔をするぐらいであれば、もう考えなければいいというのに。

    考えざるを得ないのだろう。この女にとって俺の兄は、同じチームメイトだ。
    俺よりももっと複雑な、チームメイトだったのだ。
    それは決定的になるかと思ってた。もう二度と戻れなくなるかと、そう、思っていた。
    けれども今こうして話ができたのだから、だから、またきっと。

    「なぁ岩波」
    「ん?」
    「……酒、まともに飲んだことないんだが」
    「え、はぁ~~~?」

    希望的観測をするのは、これからの試練を乗り越えてからだ。
    素っ頓狂な声を耳に入れながら、流れていく景色を窓越しに眺めるのは、とても新鮮だった。



    「というわけでお邪魔しなさい」
    「……お、おじゃまします」
    「もっと堂々と言いなさいよぉ!かっこ悪いわぁー」

    男の背中をたたきながら笑う女も、中々だと思う。
    開かれた扉をくぐれば、女の家だ、女の……。

    「……」

    女の家だ。そうだ、女の家……。
    通常、女の家に男が上がるというのは、あまり褒められたことではないらしい。
    ということは、俺はいま少し悪いことをしているのだ。
    生活スペースに侵入ということは、その中に奴のプライベートもある。
    日々食しているものだとか、出先で買ったものだとか。
    …………見える棚の中には、やはり、その、はいってるんだろう、服とか……。

    い、いや。馬鹿か俺は。
    変なことを考えてはいけない。何もする気はない、起きない。
    というか起こしたくない。せっかく拾った命を、非行如きで無下にしてなるものか。

    「なに立ち止まってんのよ、隊長さん。まさか変なこと考えてるんじゃないでしょうねぇ?」

    クスクス、という文字が似合うような笑いだ。
    絶対的に楽しんでいると同時に……こいつが俺にかけてきている疑いを、晴らさねばならない。
    俺自身、非行に手を染める気はない。しかし、存外奇麗な部屋だな……ならば。

    「……お前、片づけできたんだな」
    「あんたねぇ!」

    ごすっといい音がした気がした。暴力には慣れている。
    余計なことばかりだとかそんな風に聞こえた気がしなくもないが、誉め言葉としては受け取ってもらえなかったようだ。
    女とは難しい生き物だ……兄ならもっと、上手く立ち回れるんだろうか。

    「まぁいいけど……じゃあさっそくのんでいきましょうか!」
    「岩波は酒、飲めるのか」
    「そうねぇ、飲める方なんじゃない?」

    最早、その行為自体が奴の人生における楽しみなのだろう。
    語尾を上げながら、机にてきぱきと酒盛りの為の用意をしている。
    どうぞ座ってなんて言われるころには、見たことのないようなものばかり並んでいた。
    俺の席には水の入ったグラスと……オレンジジュースか、これは。舐められてるのか、これは……。

    ……まぁ、下手に飲んで早々に何かあっても、という思惑の元なのだろう。
    ここにたどり着くまでの様子を見るに、話したいことがあるようにも思えた。

    「さぁ隊長さん、さっきの話の続きをしましょう」
    「……酔ってからじゃなくていいのか」
    「いいの、だって私は元気だったから」

    そう言いながら、慣れた様子で瓶の蓋を開け、紅く血のような液体をグラスに注いでいく。
    部屋の照明もつけることなく、ただ橙色の蝋燭の灯りだけ。
    そんな空間は初めてなのもあって、少しだけ緊張を覚えている。

    「……隊長さんたちが大群引き連れて反乱軍ごっこしてた中、私に何かあったってわけじゃないから、安心して。
    っていうか、よくそんなことしようとしたわね……やっぱり、アレがきっかけなの?」

    他人事のように語ってくるかつてのチームメイト。それが正しい。
    俺達は執着し過ぎたと、今になれば思う。

    「……あんな理不尽を突き付けられて、怒らないほうがおかしい。
    当時の俺はそう思っていた。だって俺達は何も悪くなかった……」
    「熱いわねぇ~……あんたの親も理不尽によって殺されたんだっけ?」
    「……そうなるな」

    あんたら、と言わない辺り、やはり思うところがあるのだろう。
    だがこの女の言う通りだ。俺たちは理不尽に親を殺された。そして暫く後、俺たちの同胞も、理不尽によって殺された。
    その時に気がついた、こんなのは絶対におかしいと。
    そこには確かに、血の匂いすら知らないような大人たちもいたのに。どうして自分たちはこんな目に、こんな風に遊ばれなくてはいけないんだ?と。

    銃口を突きつけられ、俺たちと同じはずだった生徒。乾いた音がしたと思えばそいつの頭の中身がぶちまけられる様子は、未だ記憶に新しい。
    だが、それが不満を爆発させるきっかけとなった。間違いなく言えるのは、それは恐らく、俺たちを管理していた大人たちが想定していた結果とは違ったはずだということと。やがて起きた反乱で、奴等に一矢報いることができたということ……ざまぁみろ。

    だが、一つ二つを得る為に、多くのものを失ったのも事実だ。
    その事実は、どうやったって覆らない。そいつらを先導したのは、他ならぬ自分自身なのだから。

    「……あの時にもっと力があれば」
    「あんたに力があっても、あの人が協力しなかった時点でもう。過ぎたことなんて考えたって無駄」
    「手心がないな、あいつに対しての憂さを俺で晴らしてるのか?」
    「あっそう、じゃあこれからそういう方針でいくわ
    あーほんとあの男はクソよねぇ!」

    やけくそと言わんばかりに声を出し、グラスを揺らす。べつにそんなつもりはなかったのだろうか。それとも図星なのか。
    女という生き物はよく分からない。でもこいつと比べて、自分の母親は……そんなことなかったはず。
    しかしだ。

    「岩波……お前、大丈夫なのか?」

    急に声がでかくなった、心なしか顔も赤い気がする。
    酔いが回る、というのは、こういうことなのだろうか。
    酒をまともに飲んだことがないので分からないが、心配だ。顔が赤いということは、熱があるという証拠にもなる。

    「そんな顔しなくてもへーきへーきぃ!
    隊長さん、ほんっとぉに何にも知らないのね?」

    へらへらと笑う姿も、いつものように芯の通ったものには感じられない。確かにこいつは俺をここに連れてきて机に物を並べた。文句を言いながらもやるべきことはしっかりとやる、岩波紗枝子(イワナミサエコ)という人間のはずなのに。
    人を変えてしまうとは……酒は恐ろしい、だが今の状態のこいつの方が……怖くはない。

    「そんなことよりぃ、話を戻しましょ?何だったかしら?」
    「俺にもっと力があれば、誰一人として」
    「それは机上の話。戦ったら誰かが傷つくなんて……当たり前なのよ」
    「それは……そうなのかもしれないが」
    「犠牲云々かんぬんの話をするなら、今すぐこの瓶をあんたの頭に叩きつけてやる。そうしたら更なる犠牲者が出る代わり、何も考えなくて良くなるわよ、あんたのお望み通りに、ね」

    ……つまりはあまり聞きたくない話ということか。

    「ではさらに話題を変えて……俺の兄に対して、お前は本当に気にしては居ないのか?」
    「それはさっきも言ったでしょ?」

    不機嫌そうな顔でグラスを傾け、やがて出るため息に炎は揺れる。

    「……実際、恨むだろう。仕方ないにしろ大切な人を殺されたら」
    「ばっかいってんじゃないわよ!女は過去振り返らないのよ!っていうか、あの人だって絶対そんな私を望んでないんだから!」

    それは本気であり、そうではないのだろう。
    煮え切らない想いを消そうとするかのように、またとぽりと注がれる紅色。

    ……俺は、どうだろうか。
    自分の今まで、望まれていた行動か否か。それを考えると、少し頭が痛くなる。

    「そうだな、だが、あいつにひどい目にあわされた奴は多いだろう……俺なんか、殺されかけた」
    「えっそうなのぉ!?衝撃の事実じゃない!ていうか兄弟喧嘩なんてできるようになったのね?」

     目を開くその姿は、吃驚仰天という言葉がふさわしい。その後の言葉に関しては、今までも喧嘩ばかりではなかったのか、という疑問が拭い切れないが。当人以外からしてみれば、そうでもなかったのかもしれない。

    「反乱軍ごっこ最中にな、ばったり会ってやりあった結果……惨敗だった」

     今でも思い出す、己の無力さを。
     血まみれの中眺める夜空は無駄に眩しくて、そのまま何からも抗うことなく目を閉じて居たら、恐らく俺はここにはいなかった。
     理想のための戦いと、秩序のための戦い。たったの1夜で終わったのが、今でも不思議なくらいだ。

    「……で、運動会が終わったので勉強中?」

     頬杖をついて、目を細めて聞いてくるその様子は、一緒に過ごしてきたあの頃と寸分違わない。

    「あぁ……しかし、能力者の学校なんてものが存在していたとはな」
    「時代は変わるのよ~、もしかしたら、あんたたちが頑張ったってのもあって増えたんじゃない?」
    「それなら、いいな……そこの者達は、もうあんな目にあってほしくない」
    「大丈夫、私の勤務先は平和も平和よ!」

     距離が離れていなければ、きっと今頃、それなりに強い力で肩を叩かれていたことだろう。
     蝋燭が隔てた先の相手の顔は、純粋な笑顔そのものだ。

    「時代が変わるのなら、俺たちも……変われるのかな」

     ごくりと口につけたものは、甘く、酸味があり。それはそうだ、ただのオレンジジュースなのだから。
     だから、大人の味には程遠い、あの夜含んだ、酒の味とは。

    「変われるわよ、私もあんたも、あの人もね」

     だがそれで良かった。最後の晩餐とは違う味で。
     それよりも前に進めたということを、この女は語ってくれていた。

    「だから今は飲むのよ。これが私たちの……道具としてじゃない、人間としてのはじめてのパーティなんだから!」

     身を乗り出して、グラスを差し出してくる。あぁ、これは知っている、最初に俺たちもやった。
     だからその時やった通りにすれば、グラスに炎の色が映り込む。

    「……そうだな、なら、かん」
    「ぱい!」

    ちん、と小気味よく音が響く。
    あの夜と違うのは、酒の色と、月が映り込んでいないこと。
    いいや、きっとそれだけじゃない。それ以外にも、言葉には表せないけど、何かが変わったはずだから。

    あの日の夜を、飲み干そう。


    ***

    「……なぁ。」
    「ん?どうしたの。」
    「……俺は、誰かのヒーローになれたのだろうか。」

    ・・・

    「何それ、自己啓発本でも読んだの……?」
    「お前……いや、この前、お前が3人で出かけた時のこと。」
    「……まさか、あの子に何かされた?」
    「別に何も。ただ、そういう話題になったんだ。」
    「……そう。それで。」
    「お前に聞いているんだ、誰かのヒーローになれたのか、と。」
    「……さぁ、どうだろう。
    でも君のしたことは、僕たちにとっては悪以外のなにものでもない。
    だから僕がここにいるんだって……そのことだけは、忘れないでほしいな。
    また何か起こされたら、今度こそ君は……。」
    「分かっている、今はあいつらもいるからな。
    それに、何も起こしようがないだろう。今が十分幸せだからな。」
    「……そう、それなら」
    「お前はどうだ?」
    「……は?」
    「お前は今、幸せなのかなって。」
    「……幸せだよ。君が思うよりもずっと、幸せだ。」
    「そっか、それなら、俺も頑張った甲斐があったな。」
    「……」
    「……はやと?」
    「そのままずっと、最期まで幸せでいてくれるのなら。
    ……僕はそれだけで十分だ。もう何もいらないと思えるぐらいには。」
    「それは……ずいぶん大げさだな。」
    「……僕も、そう思うよ。」

    ***

    狭い部屋の中、喚くような声が反響する。
    押さえ込まれるもう一人。もう一人は、ただそこで見ている。
    何をするでもなく、何をされるでもなく。
    真っ赤に染まった海に浸かる、自らの生みの親を。


    それは月の明るい、夜のお話。

    彼が目を覚ましたのは、口論の声を聞いてからであった。
    未だぼんやりとしたその目は、その騒音ではっきりと見開かれる。
    それをはっきりと人の声だと認識するのには、時間がかかったが。

    「……はやと?」

    呼びかけた声は、闇に溶ける。
    ふと気付いたように横を見れば、何時も隣で寝息を立てていたもう一人は、既に異変に気づいたあとのようだ。
    整えられた、ものの少ない勉強机にも、何の異変もない。
    ただそっと、その形だけが抜け出したように、特に乱れていることもない寝具がそこにはあって。

    それは、彼を動かすには十分だった。
    手を結んで開いて握り締めれば、微かに起こる風の波。
    大丈夫と声を出すことはなく。
    ゆっくりと、ぼんやりと漏れる光を目指しその足を進める。じっとりと滲む汗を、高鳴る鼓動を殺しながら。

    「……あ。」

    口論の様子が見えるのとほぼ同時。
    いた筈のもう一人が声を出す。

    「……こたろー。起きたんだね。」

    のんびりとした声のあと、ふわ、と口を大きく開いて。
    黒服の大人の横、椅子に座ってにっこり微笑むその姿はどうも場違いで。
    凍りついた空間は、ある大人の咳払いで、再び時を取り戻す。

    『今は人手不足でして。』

    『っ、彼等はまだ子供だ!何故なんだ、何故彼等なんだ!』

    強く机を叩く音に、今の今までのんびりと聞いていたもう一人の体が、びくりと跳ねる。
    恐る恐る瞳を開けて、それでも尚もその様子を見ようとするその少年に対し。
    彼はゆっくりと、手を握りしめる。

    『……』

    時計の針が半分ほど進んでも、口論は、終わらない。
    やがて能面のように表情を変えることのなかったその大人が、ゆっくりとその手を服の内側に入れるのとほぼ同時。
    巻き起こる風に、もう一人が気づいたのだろうか。
    ……怖い。でもきっと、このままだと。
    ゆっくりと握りしめた手をゆっくりと開き。

    ぱぁんと、乾いた音。


    「……え。」


    倒れこむ見覚えのある影が2つ。
    どさりと鈍い音が、やがてあふれ出る鉄臭い匂いと色が、床一面を濡らして。

    どくん、と、心臓の音がしない。
    換気扇の音、わずか電気の通る音。
    無機質で無情な環境音、煙の匂い、血の匂い。
    でも、一つだけ聞こえない。

    「……かぁ、さん……?」

    震えた声が、座り込む音が。
    風の音が、椅子を揺らす音が、誰かの息遣いが。
    揺れる、入り込む、刻みつけて、焼き付けて、吹き抜けて、貫いて、痛くて、痛くて。

    ___それは。
    月の明るい、夜のお話。

    ***

    「……今日も、これだけ?」

    固形物を齧りながら、適当に水を啜りながら。
    そんな行為にさえも時間制限がつけられている。
    最初こそは反発した彼等も、その手痛い躾により、もうすっかりいい子になった。

    「……」
    「……虎太郎、食べないと、怒られちゃうよ。」

    ……いい子になったはずなのだ。
    ただ1人は、すっかり黙り込んで、その場にいないような扱いを受けている。
    無機質な白熱灯の灯りが、ごうごうとなる換気扇の音が。
    2人を包んで、離してはくれない。
    あの紅い海を見てから。あの音を聞いてから。
    彼は時々、何処を見ているのか、分からない瞳をするようになった。

    「……はい、あーん?」
    「…………いらない。」

    ただ1人は、すっかり黙り込んだ彼専属のお世話がかりになっている。
    着替えや食事も、生きるためを請け負って。
    その清潔にする行為でさえも、躊躇わず請け負った。

    僅か電気の通う音。陽の光も当たらない部屋。
    そんな場所で風邪を引いたところで、面倒を見てくれる人はいない。
    当たり前だ。
    使い捨てで、尚且つ使い切ったらそれっきりの道具に、消耗品になんの感情を持つのだろう。

    それが、大人達の。
    ……何も持たざる大人達が出した結論だった。

    「……虎太郎。今日は……。」

    気掛かりな声を出しても、少し嬉しそうに笑顔というものを作ってみても、少年は何も言わない。
    ただ施設の人間が指示した通り、能力の使い方を学び、必要な知識を学び。それだけのために生きている。
    2人には狭い部屋も、お陰でどうにも空虚に感じて仕方がない世話係の彼も。
    大人たちから見れば、道具でしかない。

    『お前たちに権利など存在しない。』

    __初めて彼らがそこを訪れたとき。
    酷く真面目な声で、無機質な声で。
    集められた白い部屋で、くすんだ色の衣服に身を包んだ大人は語る。
    曰く、彼等は異端であるのだと。
    曰く、我等は使ってやっているのだと。
    曰く……この孤児院に、悪い子など、どこにもいないのだと。

    「……うるさい……っ、母さんと父さんを、返せ!!!」

    演説の終わり、叫んだ声があった。
    誰もが彼を見た。怒りに震える目を宿した、彼を。
    そして誰もが止めなかった、ずかずかとその大人へ歩み寄る彼を。
    小さく息をのむ音が、息を吐く音だけが、その僅かな空虚な空間の隙間を埋める。

    『あーあ。』

    悪戯に失敗したような、それを傍観する、呆れたような、誰かの声が聞こえる中。
    兄であるはずのもう一人は、何をすることもできなかった。



    「……こた、っ……!」

    やがて。
    宛がわれた部屋に帰ってきた彼のその体に、不思議と傷は一つもなかった。
    それでもその目が全て物語っていた。どれほどのことをされたのか。
    ずかずかと、それでも、先ほどよりも弱弱しいその歩調で。
    ゆっくりと、1人分の寝台に腰かけて。

    「……えっと、お水と、ご飯。虎太郎の分も、とってあるから。」

    それでも尚も、兄は笑顔を向けた。
    そうすれば、彼もきっと、笑ってくれるはずなのだと。
    そう信じて、そっと彼の前に、トレイを差し出して。笑って。彼を見て。そして。
    _払われた。

    「……えっ。」

    何かが散らばる音、何かが割れる音。
    時間が止まった。床に散らばる2人分の固形物は、明かりに照らされたところで色も変わらずにいて。
    注がれた水とガラスが、キラキラと輝いて。

    「……どうして……。」

    重苦しい一言の後、伸びてきた腕は、掴んできた手は白く。

    「どうして……ッ!何もしてくれなかったんだよッ!」

    どうしようもない思いを吐き出す、その目には涙を貯めて。
    服を掴むその手は、痛々しいほどに力強く。

    「お前がッ!お前が殺したんだ!
    俺たちの、母さんと父さんを!お前が、お前、が……ッ!」

    はっきりと敵意の感じる目が、怒りを宿した深紅が。
    その小さな口を懸命に開けて、小さな一人分の部屋を埋め尽くす。
    見捨てたから。止めなかったから。気づかなかったから。
    動かなかったから。救わなかったから。
    お前が悪いんだ。お前が。だから。だから。だか

    「虎太郎。」

    椅子の擦れる音、やがて、その音が止んだ。
    そっと抱きしめようと、その荒れ果てた彼の体に腕を回して。

    「……ごめんね。」

    小さな声で、彼にだけ、聞こえる声で。
    無愛想な白熱灯の灯りが、ごうごうと呻く換気扇の音が、嗚咽の声が、散らばる破片が、水の色が、光が、2人を包んで。


    彼等はその時から、いい子になったのだ。

    曰く、この孤児院に。
    悪い子などどこにもいない。

    ***

    もう一人が連れていかれた先は、真っ暗だった。
    それは夜とも違う、人工的に作られた暗闇。

    「ッ、はな、っせッ!離せ、ッ!!」

    くすんだ服の大人たちにつけられた腕輪が、彼の可能性を封じた。
    どれだけ集中させても、脳内で命じても。
    いつだってずっとそばにいた、その風が吹くことはない。
    そのままずるずると引きずられ、つれていかれた先に見える鉄の扉。
    重厚な音を立てて、それはまるで口を開ける怪物のようにも思えて。

    「……え、っ。」

    さび付いた、赤黒い、何かが見える。
    その前に何か、倒れているのが見える。
    それは恐らく、見おぼえがある。

    集められる少し前、誰かに連れられて、自分たちとは違う通路を歩かされていたのあh。
    それは、ちいさな女の子だったはずだ。
    女の子だったはずと、少年は思う。

    それなら……ぐちゃぐちゃのそれは?

    「……あ。」

    やがて案内されたのは、一つ灯った電灯の前。
    やはり赤黒い何かがこびりついているその前に立たされて。

    「あッ、ぐっ!?」

    肉の中にねじりこむ大人の腕。
    腹を抑えるよりも早く、また鋭く叩き込まれる。
    それはいうなれば、下ごしらえなのだろう。
    少年は聡明であるとは決して言えなかった。
    それでも、本能だけは、優れていた。

    だから悟ってしまったのだ。
    このままだと、きっと。

    「っ、いっ、やっ……だっ、ごめんっなさい……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ッ」

    それでもそれが止むことはない。
    雨のように、ただ叩き込まれる。
    もう調理をするには十分だということを悟ったのか。
    次に取り出されたのは、一本の銀色。

    「……ッ、ひッ!?」

    それがどういうものか、知っていた。
    それは夕方を過ぎたころ、母親が良く握っていたものに似ている。
    もう少しだけ、と言いながら。
    とんとんと、子気味のいい音をたてながら。

    ばらばらに切り裂かれていくそれを。
    待ちきれないという眼差しで見ていたのだから。

    「い、いい子になるからッ、逆らわないからッ、もう何も言わないからっ」

    ただ、請う。
    それはきっと、加工前の家畜が鳴き声を上げるがごとく。
    では、この世界に。
    家畜の声に、耳を傾けるものがいるのだろうか。

    「いやだ、いやだいやだいやだっ、切らないでっ……切らないで、お願いっ、お願いっ、しますう”ああぁぁッ!?」

    ぶぢりと、嫌な音が響く。
    暗く重く、絡みつくような暗闇と、たった一片の灯りと。
    沢山の誰かと、枯れるような叫びしか、そこにはなかった。
    赤い糸を垂らしながら、あふれるような熱さに目を潤ませながら。
    早く終わらないかと、ただ彼は願うのみ。

    ……どうして。
    何も悪いことなんかしてない。
    生きているだけなのに、死ぬことだって、してないのに。

    __助けを求めれば、殴られる。

    どうしてこんなに痛くて、辛くて、苦しくて。
    熱くて、臭くて、冷たくて、また優しくて。

    __涙を流せば、怒られる。

    ……はやと、俺が、わるいのかな。
    俺が、いい子じゃないから。
    だから、俺、こんなふうにいじめられてるのかな。

    __逆らえば、殺される。

    いたい、いたいよ。
    また、ちぎられた、でもそれも、すぐもとどおり。
    まほうのようなちからが、なおしてしまう。

    __いい子に、ならないと。

    おわって、おわって。
    たすけて、たすけて。
    もうかってにおやつたべないから。
    お前のふとんもらったりしないから。
    ちゃんとごみもすてるし。
    あさおきるのだって、ひとりでやるから。
    お前のこと……

    「ッ、いい子に、なる、から……ッ。
    だから、だから……ごめん、なさい。ごめん、なさい……。」

    ……なんでたすけてくれないんだ。
    こんなにさけんでるのに。
    こんなにないてるのに。
    なんでお前は、いつも……いつも……っ。

    「ッ、ごめん、なさい……ッごめんなさい……っ、うッ……ぶ……ッ」

    くるしい……くるしいよ……。
    たすけてよ、にいさん。
    俺のこと……まもってよ……。
    そうしたら俺……もっと、もっと、いい子に、なれるはずだから……。

    既に胃の中も空にして、震えた彼に施されたのは、癒しの力であった。
    優しく暖かく、部屋に来てから何度だって見てきた、この暗闇を照らす幽かな光。
    何もかもを元通りにしてしまう、優しい光。
    何もかもを見せてしまう、暖かくて優しくて、残酷な光。

    ……けっきょく、だれもたすけてくれなかった。

    何もかもが終わった後、ただ空虚な感情を抱いて。

    そして優しい大人が手を引いて。
    部屋から出てきた彼は、どこまでもいい子だった。

    ***

    それは、正しい防衛反応。
    それが、人間である証明。

    貫かれる感覚に、息を吐く。
    それを抜かれてもう一度。そしてまたもう一度。
    ざくり、ざくりと割かれていく。
    そのたびにちらばっていく、私のそんざい。

    あぁ、それでよかった。
    念入りに、確実に殺してくれると信じてた。
    だからあなたに会いにきたの。
    こんなに薄着をして。

    でも、あれは本音。
    叶わない本音なの。
    分かっていたの。
    けれども私は、人のまねをし過ぎてしまった。
    だから、自分が人だって。
    そんな我儘を吐いても許されるって。
    きっと、どこかで。

    「……さっさと、死んで」

    冷たいあの人の手が、震えている。
    嫌な汗をたくさんかいている。
    なかなか、わたしのそこをつらぬいてくれない。
    そんなあの人を温めてあげたい、あげたかった。

    それはかなわない。
    だってもう、その術がない。

    「……僕は、君のことを」
    「…………しってる。
    ……ごめん、なさい。わたし……あなたを」

    もう一度、振り下ろされる。
    いたい、いたくて、でもこれが、ただしいことなの。
    それでも、わたしは、くちにしてしまった。
    これは、さいごの、人間の真似。

    「おなか、すい、て……すくって……もらいたかったの」
    「……そう……そうなんだ……じゃあ、君を救ってあげるから、さっさと……」

    でも、それはもう、やめにするわ。

    「わかってる……貴方の綺麗な手……綺麗な髪、もう、よごさせない」

    それを奪い取った時のあの人の顔。
    ちょっと間抜けな顔してた。
    そう、奥の手はいつだってかくしておくの。
    わたしはまものだから。
    ずるがしこい、きらわれものだったから。

    「だいすきだった」

    だいすきだった、はずなのに。

    あのつきが、にくい。

    あのそらが、にくい。

    わたしは

    「……さようなら、やさしいひと」

    みがってなわたしを、どうか、どうか。

    「ッ、まっ、……!」

    あぁ、でも。

    「……はやく、きらいに……なって……ね?」

    ……あなたのおかげで、わたし、すくわれたわ。

    ***

    ……君の、夢を見た。
    もう何度だって見せられたかもわからない。
    もう何度だって汚したかもわからない、君の夢だ。
    今でも君は、僕のことを許してくれないだろうか。
    君を救えなかった僕のことを、誰よりも憎く思うのだろうか。

    いや、本当は。
    本当は、そんなことない。
    分かっているよ。
    君の最後の言葉が、笑顔が、どういう意味であるのか。

    「……あぁ」

    僕は、それでも忘れることはない。
    それこそが、僕に与えられるべき罰なのだから。

    「……ハヤト」

    それなのに君は、もういいからと首を振る。
    もうやめてほしいと、手を重ねてくる。

    ……ふざけるな。
    その手を払ったのはどこのどいつだ?
    初めに牙を向いてきたのは誰なのか。
    或いは初めから、そうでしかなかったのか。
    或いは……。

    「……さっさと消えてくれないかな」

    けれども君は、笑うんだ。
    最後には真っ赤になって。
    僕の手と髪にそっと触れて。
    大好きだなんていうんだから。

    「……僕もだよ」

    だいすきの、はずだった。

    あぁ。
    ただ悩みもなさそうに、浮かんでいるだけのあの月が。
    誇らしげに輝く星を浮かべるだけのあの空が。

    僕はとても、羨ましい。

    ***

    ただの閉鎖的な花畑が続いている。
    彷徨うように歩いた先、誰でもない両親がいる。
    何かを語った後銃声、血に塗れる。
    笑ったままの二人が倒れている。
    立ち尽くす自分は何もできない。
    悲しむ間も無く銃口を当てられて。

    「……目が、覚める。」

    カーテンの隙間から差し込む、辛うじての陽光。
    散らかりに散らかった机の上を、これまた散らかすようにして開けた後、書類を読みながらあの大人は聞いてきた。

    「あー……最近眠れないお前は……虎太郎か。
    んー、俺ぁこういうの得意じゃねぇんだけど……ここに夢の内容を書いてくれ、覚えてる限りでいいから。」

    だから、覚えてる限り書いた。
    結果、今に至る。


    「お前って……こういうの相談する奴いないんか?」

    煙を吹かしながら聞いてくるのは、自分達の上官。
    ボサボサの髪に常に眠そうな顔、とても……そうだとは思いたくない。
    それでも、このだらしのない人が自分たちよりも偉くて、大きくて……大人なんだ。
    そう考えると、もう逆らう気は起きない。
    大人には逆らってはいけないのは、この世界の常識なんだから。
    強い奴こそ偉くて、それに文句言う弱い奴がいけないんだ。

    「……いない。」

    でも、ささやかな抵抗ぐらいは許されるだろう。
    そっけなく答えれば、少しだけ表情を歪めたのちに聞いてきた。

    「お前の兄……隼兎には言わないのか。」

    何も知らないんだ、あいつのこと。
    部屋にいるときに限るけど、ずっと俺を見て、片時も目を離してくれなくて。
    口元に少しマシになったご飯を運ぶのも、今日着る服を洗ってくれるのも。
    今日まで無事に生きていられることも、そうして今こうやって話しかけているのも。
    全部全部、あいつが世話を焼いてくれるからだということを。有難迷惑過ぎる存在であることを。
    ……だから、知られていない筈がない。

    「言った……言いました……。
    で、おまえ……あんた……貴方のところにいけって。」
    「……あんな態度して、一応信用されてるんだな。」
    「……部屋の外。」

    ちょっとだけ嬉しそうにするその大人に言葉を投げかければ、その嬉しそうな顔のまま、自分が入ってきた扉を開ける。
    視線を下に下げれば、げっ、と。
    そんな音が聞こえてきそうな顔をする。

    「……そうですよ。先生のこと、信用してますよ。」

    声だけきいてわかる、あいつ、笑ってる。
    嘲笑ってる、この大人のこと。
    馬鹿な奴だって、笑ってる。

    「……信用してるなら、俺に任せてくれよ、隼兎。」
    「えっと……不安要素が大きいです。」
    「俺よりもっとでかい不安要素いるだろ……立花っていうさ。」
    「……たしかに。」

    ……とおもったら、納得させられた。
    珍しい、あいつがそんな簡単に納得するなんて。
    いつも屁理屈ばっかいってくるのに。うるさいのに。
    たしかに、切葉はちょっと、不安な奴だけど。

    「今日は確か、お前のロッカーになんか仕掛けるとか言ってたぞ。」
    「……じゃあ先生、弟のことお願いします。」
    「おー、喧嘩もほどほどになー。」

    ひらひらと手を振る相手、遠ざかる気配。
    時計の針は、たったの数センチ動いただけ。
    ……思いたくないけど、やっぱりこの大人、ちょっとすごいのか。

    「はー、ほんと怖いなあいつ……。
    ……んで、お前の悪夢の解決法だけどな……。」

    気だるげな声と、安心したようなため息は、少しだけ煙と同じ匂いがした。
    車輪のついた椅子に座り直して、顎に手を当てて、大げさな考える仕草。
    そうしてる間にも、散らかり放題の机から、何かの紙がおちて。
    謝ることもなく、また煙草の煙を吹かせて、何かを思いついたのか、お、と声を出して。

    「……これやるよ。」

    穏やかな顔をして、くたびれた白衣のポケットに手を突っ込んで。
    目の前の大人から差し出されたのは、銀色の……。

    「……あの、これ……なんだ……なん、ですか?」

    ……用途が、わからない。
    銀色に光って、きれ、い?……かざり?
    何の?

    「……こいつを吸うのに必要なもんだ。」

    ふう、とまた煙を吐いて、にやりと笑う大人。
    こいつ……ってたばこ、だったきが。
    それを見せつけるようにして、わらう大人。

    「……必要なのに、あげるのか?」

    そうだ、必要なのに。
    だったら俺にはいらない、必要なんだから。
    大人であるあんたが、これをつかうべきだ。
    でも、それをいうことはできなかった。

    「あー、なんだその……お守りがわりっつーか。
    少しでも不安が和らぐように……っていうか。」

    下手糞な取り繕いをするその大人が、また笑った。
    この大人は、良く笑う、そうすれば、何でも解決するとでも

    「……虎太郎。」
    [18:37]
    真面目な声に、思考が途切れる。
    次に自分を見てくるその目は、濁っているけど、まっすぐで。

    「……いいか、誰かを頼ることは、悪いことじゃない。
    今みたいに不安なことや、何か分からないことがあったら、なんでも聞きにこい。
    それはな、お前達みたいな子供の特権なんだ。」

    真剣な表情のまま、続ける。

    「立花も、隼兎も、岩波や早川も、お前だってそうだ。
    お前たちは子供なんだ、他の大人たちはちと頭がかてぇけど……俺は、そうでもねぇように心がけてる。
    これでも能力指導員で……お前たちの先生、だからな。」

    ちょっと笑って、続ける。

    「だから悩んで、迷って、聞きに来て、解決して。
    それが終わったら、いっぱい好きなことして、いっぱい遊んで。
    それも終わったら……そうだな、空でも眺めてみるのもいいかもな。
    だからようは……あーっと。」

    人差し指が、円を描いて。

    「そう、もっと、好きに生きていいんだ。
    お前の親も、きっと、それを望んでいるから……反発してくれたんだ。
    だったら、親の為にも、さっさと前向かないと、だろ?」

    最後には、俺を指差す。

    「……そう、なんだな。」

    向けられた大人の手に対して、出せた答えはたったのその一言。
    たばこの煙の見えなくなるころだった。
    ……やっぱり、思いたくない。
    満足そうにそう言い切って、へらっとほほ笑むその大人。

    でも。

    「……大切に、する。
    だから、いっぱい悩んで、いっぱい迷ったら。
    ……先生のこと、たよりにする。」

    ……この人は間違いなく、自分の先生なんだ。


    そう強く思ったのは、いつだっただろうか。
    きっと、まだその生活が始まって間もないころのはずだった。

    「……先生。」

    俺は、ちゃんと、できてるかな。
    先生みたいに、誰かの先生、できているのかな。

    ……答えは、帰ってこない。それでも。
    手には銀色に輝く喫煙具、火は……まだ出る。
    いつかこれに恥じないように、いつかこれに、負けないように。

    いつかあの
    俺にたくさんのことを教えてくれた……神様みたいな先生に、なれますように。

    他にも沢山の言葉を、湧いて出た感情を、全てをしまい込んで。
    冷え切った夜空へと、体を投げ出した。

    ***

    「春だな」
    「……そうだね」

    窓から眺める桜が、綺麗だ。
    この前の、悪夢のような出来事が嘘のように、咲き誇っている。

    「てっきり、君は投げ出すのかと思っていたよ」
    「それは……何の話だ」
    「この仕事の話。最初は予想通りだったけど」

    ふふ、と笑う姿に、冷たさは感じない。

    「無事生徒にも好かれたみたいだから、僕も少しは気を抜いてもいいかな」
    「……お前にそんなことができるのか」
    「そうじゃないと、肩が凝って仕方がないからね」
    「25でもう老化か?」
    「そうなのかな、でも君を懲らしめる力は残ってるから安心して?」

    目を細めるその姿には、いつもの冷たさがあって。
    そんな様子に、落ち着きを覚える自分もいた。

    ……いいことだ、こいつが変わることは、とてもいいことなんだ。
    俺だって変えて貰った。だからこいつだって、変われるはずなんだ。
    変わってほしい、でも。

    「また一年、宜しく。
    虎太郎先生?」

    小首を傾げて、手を差し出して。
    そんな風に名前を呼ぶ姿も、また珍しい。
    昔はそんなこと、しなかったし出来なかったはずなのに。

    「……宜しく、お願いします」

    他人行儀に言葉を紡ぎ、その手を取れば、少し握る力が強まる。
    そうしてパッと離されて、また微笑んで、なんてね、等と付け加える。

    まだ冷たさの残る風が吹いた。
    揺れる桜が、いくつかの花弁を散らし、空には薄い桃色が舞って。

    ……そんな様子を横目で眺める顔が。
    どこか遠くに見えるのは。
    きっとそれは、俺が変わったからだと。

    今はそう……理由づけることにした。

    ***

    「……隊長さん?」

    保険室に入っての一言は、つんとした消毒液の匂いと、出迎えてきた人物のしかめっ面と共に放たれた。
    もうそうではないのに、この部屋の管理人は、いつだってその言葉を使う。

    「懐かしい話をするな……っ」

    話そうと口を開いて言葉を発すれば、自然と傷にも響いてしまうようだ。
    激痛に目を細めていれば、その肩を抱かれる。

    「貴方が小さくてよかったわ。
    ……ほんっと!重いのよ!肉が!あって!」

    そういいながらもこの黒髪の番人は寝台の縁へ、乱雑に俺を座らせる。
    女性には大きな負担とはいえども、半ばやけくそのようなその動作に、さらなる痛みが走るが。
    それもいずれ、収まる。

    「……はぁ、ほら、傷を見せて」

    軽く袖を上げ、手を握っては開いて。
    それがこの女の能力の下準備だ。もう何年も見てきた身としては、早く傷口を見せるべきだと身体が動く。
    そうでないと、さらにひどい目にあわされる可能性が無きにしも非ずだった。

    「軽傷だ……まぁ、それなりに痛みはするが」
    「どこが軽傷なの……黒くてよくわからないけど、これがもっと色の薄い服なら、もう真っ赤かじゃない!」

    ……でも、死んではいない、この程度なら。
    そう言おうとした口をつぐんだのは、目の前のこいつが目を閉じたからだ。

    「……はやく、おわらせてくれ」

    ただそれだけを祈って、服をめくりあげた。
    分かってる、と口には出さず頷いてみせる相手を信頼して、目を閉じた。

    自分以外の肌が触れる感覚のあと、ゆっくりと暖かい何かが流れ込んでくるのを感じる。
    この感覚を受けるのも、久しぶりだ。じわじわと体がふさがっていく感覚は、あまり気分のいいものではないが。
    しかもそれがそれなりの時間、ずっと続くのだ。
    自らの体に異変を起こされている事実は、例えそれが良いものであっても、少し不気味だ。

    しかし、施術をしなければならない、死にたくはない。つまりは逃れる術なんてどこにもない。
    逃げようとすれば、それは手痛いお叱りが待っているのだ。

    だから大人しく待っていれば、まずはゆっくりと痛みが薄れていく。
    その仕組みなんてものは知らないが、つくづく便利で恐ろしいと感じる。

    「……寝ててもいいわよ、どうせすぐには終わらないんだから」
    「それなら、その言葉に甘えるか」

    有難い申し出だった。すぐに終わらないというのは、要らない報告であったが。
    だがそうだ、何も考えなければいい。そうすれば、その時間に苦痛など感じないのだ。
    ゆっくりと目を閉じて、早く意識が飛んでほしいと願ってみた。

    ……そうこうしているうちに、痛みが完全に消え去って。

    『大丈夫、どれだけ痛い目にあっても痛くないよ』

    そうだ、そしてまた時間をかけて、血が止まるはずだ。
    ゆっくりとゆっくりと、その傷がふさがっていくはずだ。

    『君がいい子になるまでは、この力が君を守ってくれるから』

    ……そう、そうだ、この力が、この力がある限りは。
    血を流しても、止まってしまう、しねない。もとどおり。
    ……そしてまた次の、傷が。

    『だから安心して、ほら次は血だらけのここ』

    ____刃のとがれる音が聞こえる。
    小さな明かりに反射された鉄の煌めきが、目に刺さって。

    『肉切り包丁ってすごいね、本当に____』

    暗い部屋の中、赤黒い床は鉄臭くて。
    転がされた誰かの体は動かない、自分の体は、まだうごく。

    助けを呼ぶのは無駄だ、泣き叫ぶのも、そうだ……できなかった俺が悪い。
    いい子になれなかった、俺が。
    だから震えるのも吐き気を覚えるのも鉄の扉を見つめるのも目の前のそれを見るのも何もかも無駄なんだ。

    『ほら元通り、よかったね。
    またごめんなさいを言えるようになるまで、がんばろうね?』

    いわなければ、いわなくてはいけない、どれだけ理不尽だろうと不公平だろうと何であろうと。
    でも開けない、体が震えて声が出せない、なにもできない、なにも。手首のそれが、逃げ場のないことを、俺は、また。

    痛みが走る、くる、わらってる、わらってちかづいてくる、あと5秒。

    4。

    3。

    『ここにはね、悪い子なんていないんだから』

    2。

    1。



    「……ろー、こたろー!」


    ハッ、として目を開ける。
    そこには心配そうに此方をのぞき込む仲間の顔があった。

    「久しぶりだから、また暴れられるかと思ったけど……それどころか、今回は大人しかったわね?」

    返事をするよりも早く、その顔は離れ、その手はすぐに机に伸ばされる。
    やがてかちんかちんと聞きなれた音と共に、何かに火をつけるような音。
    そうして患者目掛け容赦なく煙を浴びせてくるのは、俺が喫煙者であることを知っているからか、様々な思いを発散させるためか。

    「……助かった、岩波」

    "真っ赤か"であったはずのそこを摩れば、なるほど。まるでそこに傷なんか存在しなかったかのようだ。
    礼を言われ少しだけ得意げなこいつも、あの頃と何も変わらない。

    「どういたしまして……じゃあ、見返りを要求しても?」

    そのがめつさは、変わってほしかったが。

    「果実酒なんて、俺にはわからない。また適当なものになってもいいのか?」
    「ふふっ、貴方は眼か鼻が利くのか、何だかんだいいものを選んでくるのよ。
    ……というか、いつもいつも、冗談のつもりで言っているのに」
    「助けてくれたんだ、礼はしなければいけないだろう」
    「あっそう……あんたってやっぱり、いい子よね、あの人とは別ベクトルで」

    皮肉げにそう言っては、今度は誰もいない方向へと煙を吐きかける。
    その目は複雑そうだ。あいつの話題が出るたびに、こいつは決まって、少しだけではあるがその口を閉ざす。

    「……それじゃ、好きに休むか、出ていくかしなさいね」

    しっしっと払うような手をして、そいつは奥の方へと引っ込んでいた。
    それでも生徒達には、良き先生として映っているのだろうと思うと、あいつの振舞い方も、何も変わらない。
    そう何も、何も変わっていない。そこだけは、かわれないのかもしれない。


    「…………ごめん、なさい」


    ……だから。
    この恐怖も、きっと変わることはないんだ。

    ***
    (若干if時空)
    いやに静かな真夜中の森。
    今日この日の為だけに拵えてもらった舞台上に立つのは。
    すっかり回復した相手と、ほかならぬ俺自身で。

    「散歩と言って、危険区域まで連れてくるかな、普通。
    まぁ、君はそういう人だけど」

    呆れがちにそういって、薄く笑う。
    強くならなければ。
    お前をずっと見て来て、いつしか、そんな思いが芽生えた。

    「……隼兎、この間のことだ」

    それは別に憧れでも、対抗心からでもない。
    それでも。
    同時に、こいつには絶対に敵わないと、思っていた。

    「……何?今更無様だなって、笑いに来たの」

    ……いつだってそうだった。

    「話がある……とても、大事な話だ。」

    一緒に居たのに、他人事だった。
    でもそんなのは、もう終わりにしよう。

    「……いいよ」

    今は薄く笑ったその仮面をつけてるお前が。
    憎らしくて仕方がないから。


    「……それで話って」

    切り出してきたあいつの眼が、笑っていない。

    「そんなの、言わなくても分かってるだろ。
    ……お前、何回めだ」
    「何回目って、さぁ……」

    肩をすくめて笑ってみせる。
    余裕を含んだように振舞うのは、こいつの常套手段だ。
    だからこそ、気に入らない。

    「っ、何だその態度は……何も、思わないのか。
    皆……皆が心配していたんだぞお前のことを、お前は……!」
    「……僕は、自分が正しいと思ったことをした、ただそれだけ」

    ゆっくりと月の光が消えていく。
    あいつの顔が見えなくなるほどの暗さでも、笑っているのは手に取るように分かって。

    あぁ、我慢の限界だ。

    「ッ、お前はいつまで!報い続けるつもりだッ!!」

    胸ぐらを掴んで引き寄せる。
    ずっとずっと、装い続けてきた相手を。
    感情のままに、掴み寄せた。

    「報い続けるって……僕は」
    「そんなつもりがないなんて言わせないッ!
    俺は!お前のことをずっと見て来た!ずっと……!
    遠い世界のことだと感じることだってあった!お前はいつだって、俺の前にいて、俺とはちがう場所を見てて……!」
    「っ、お、落ち着いて」
    「見て見ぬ振りをしてきた!
    ずっと……お前のことは他人だと、お前は、お前で何とかできるって……!
    けど、それがこの結果を生むんだったら!俺は……俺はお前を、叱らなきゃいけない。
    自己管理だってろくに出来ない、俺の兄のことを!」
    「……はぁ」
    「お前はそれでいいかもしれない!
    でも、お前を心配する人たちがいるんだ、それだけは……」

    ガツンと、鈍い音と、額への痛み。

    「……君は、僕に説教できる立場なの?」

    冷えた声、鋭い目。
    皆の前では見ることのない、本来の鬼橋隼兎がそこにいた。
    ……さぁ、ここからだ。
    奮い立たせなければいけない。
    この恐怖を、殺さなくては。

    「……少なくとも、今のお前よりかは、な。
    隼兎、お前はいつもそうだ。
    何でもかんでも1人で背負いこんで、1人で勝手に傷ついていく……格好いいとでも思ってッ!?」

    飛んでくる拳を、すんでで躱す。
    ……そうだ。
    こいつはどれだけ装うと、知っている手段は一つだけなんだ。

    「……思っていないけど。
    それが僕のやりたいことなんだ……それを邪魔するって、どういうことがわかる……よね?」
    「それだけじゃない、俺はお前に言いたいことが沢山ある!」
    「……そう。また分からせてあげないといけないのかな。
    君がどれだけ馬鹿なのかということを」
    「それはこちらの台詞だ……兄さん」
    「……面倒な弟だな」

    その言葉が、始まりだった。

    「ッ、お互い、中々消耗したと思うが……どうだ?」
    「無駄話をしている時間があるの?」

    月すらも見えなくなったころ。
    奴が剣をふるえば、空気が凍てつく。
    それは手段の一つも兼ねていて、気を抜けば足元の棘にやられてしまう。
    動作と共に起こせるそれは、隙のないものであった。

    加えて、奴の剣技は、並みのレベルではない。
    驕ることも、ましてや誇る事すらないが。
    その剣技はその名にふさわしく、疾く、鋭いものだ。
    それでいてもったいぶるわけでもなく、こいつはそれを振るおうとはしない。
    それが奴の強さでもあり、弱さでもある。

    「……ッはん」

    それでも、今、奴は怒っている。
    つまりは冷静ではない。

    「ッ、対話のためだ!」

    その手を握りしめて、わずかに起こる風が頬を撫でる。
    そうだ……力任せはもう難しい。
    それなら、誘い込むのみ。
    3つのうちの1本を相手の足元目掛け投げつけ、相手を回るように逃げて見せる。
    あいつの眼は此方を向いたままだ、見る価値もないのだろう。

    そのままもう1つ、投げつける。
    声は発さず、ただその動きを止めようと棘を生やしてくる相手の足目掛け、最後の一つ。

    「その割には逃げてばかりのように思えるけど?」

    埒が明かないといったように、顔を顰めているのだろうか。
    光ることもなくなった刃を鞘に納めるような動きをして。
    やがて手をかざせば、空気が凍てつく。
    木々が凍る、そして走りぬける冷気の波。

    「あぁ、そうだ」

    その通りだ。
    そして、来るべき時はきた。

    _もう、逃げない。

    真っ向から、それを受けた。
    そのまま走り抜ける、包まれる冷気から身を守るため、風を起こして。

    「ッ、自分から飛び込んでくるなんて」

    そのまま奴の足元から、風を起こす。
    常人であれば、立っているのもやっとのくらいの、旋風。
    あいつはよろけただけだった。でも。

    「……追い込み漁は、得意だろう?
    俺だって、心得がないわけではない」
    「っ、な……ッ」

    それで十分だ。
    そのまま近づいて、切りつけると見せかけ、奴の足をかける。
    くずれ落ちる体、獲物を振るわれる前に、強くその手首を蹴ってやる。

    「ッ、ぐ……!」

    それでも見据えてくる兄の首元に、切っ先を一つ、突き付けて。

    「……俺は。
    もう、っ、大丈夫だ。こんなに、強くなった。
    強くなったから……頼ってくれ。
    自分を、大切にしてくれ」

    息を切らしながら言う様子は、我ながら無様だ。
    もう寒さを感じる季節だというのに、汗が止まらない。

    「僕は、それでも……色々な人を、裏切ってきた。
    失望、させてきたんだ……期待を、何もかも、答えることができなくて……
    だから……できる範囲でやろうとしているだけだ、それの何が悪い」

    思いつめたような表情に、諦めが混じっている。
    こいつは分かったうえでこうしているんだ。
    ……本当に、しょうがない兄だ。

    「例えそれが正しくても、俺には、認められない!
    もう、俺たち二人だけじゃないんだ。もう、俺たち二人で、不幸になろうとしなくてよくなったんだ……!
    大切なものができてしまった……俺にも、お前にも。
    そいつらと話をしたいと、日々を生きたいと思ってしまった!
    ……もうその時点で、その思考は通用しないんだ。
    誰かが関わり始めた時点で、もう、お前の身勝手は通用しなくなった」

    「でも」

    「俺は、嫌だ。
    だって、俺たちあんなに頑張って、あんなに……喧嘩したんだよ。
    ……もう、いいじゃないか。
    俺は、もう許してるよ。切葉だって、岩波だって……早川も先生も、きっとそうだ。
    先生にいたっては、嗤ってるかもしれないけど。
    他の人たちだってそうだ、きっと、許してる。
    それって、そいつらのことを裏切ることにならないか……?」

    「……」

    「……そうじゃなくても、やっと平和になったんだ。
    やっと、俺たちは普通に生きられるようになったんだ。
    もうみんな、それをやってる。自分の好きに生きてる。
    変な義務なんてもうないんだ、誰かに監視されることも、報告する必要も、なくなったんだよ」

    だから。
    そんな風に声を出す自分は、酷く幼稚で、拙くて。

    「ずっと……お前が、俺に言ってくれたこと、俺にやり続けてくれたこと。
    もう……やめていいから。自分だけ正義の味方になんて、なろうとしないでいい。

    ……兄さんは兄さんを……兄さんの気持ちを、大事にしてよ。
    それでもそうしたいなら……相談、してよ。
    何も言わずに、何かをしようとするな。自分を罰しようとしないで……!」

    「……それが、君の言いたかったこと?」

    「そうだ!……お前はもっと自分を大切にしろ!馬鹿者!」

    大声を浴びせれば。豆鉄砲をくらったような顔をして。

    「っ……ぷ」
    「あっ、ははははっ……!」

    ……笑われた。

    「なっ、なんだよ……」
    「だって、君、話が下手だなって……」
    「なっ!?殴るぞ!」
    「急に態度でかくなったし……いいよ殴っても。
    でも僕の顔に傷を作ったら、彼女が何て言うかなぁ……」

    子供のように笑って、此方を見てくる。
    ……そんな兄は、初めてな気がした。

    「……あの時は、慰めてくれもしなかったのにね。
    やっと、僕たちは対等になれたのかな」
    「あの時……?」
    「僕がちょっと、女のヒトとひと悶着を起こしてしまったとき」
    「……あの、張り手を喰らわされたという?」
    「折角だからそのことを話そうかな。
    そうしたら僕も、面倒なしがらみから解放されるかもしれないし」

    だからこれをどけて?
    目を細めて笑って、そう言いながら切っ先を掴んでくるのだから、こいつは変わらない。

    「これは、君だけに話してあげる、僕の罪の意識の原因の一つだよ」

    月が、ゆっくりと顔を出す。
    静かな森の中、兄弟水入らずの時間。
    星は、枝が邪魔してあまり見えない、でも。

    「……隼兎」
    「なに?」
    「……ありがとう」

    俺たちを照らす月は、とても綺麗だった。
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