ツイッターに上げてたアチョ師弟のお話。漢方薬臭い空気に紫煙を吐き出して、霊幻はそれらがゆっくりと交じり合う様子を眺めていた。
使い古した机に頬杖をつきながら、丸窓のガラスを揺らして伝い響く、外界の喧騒に耳を傾ける。そろそろ、怪しげなネオンが街を照らし出す頃合いだ。忙しないバイクや車のエンジン音、女達の甲高い笑い声、酔客のがなり声が聞こえてくる。
そして、それらに混じってもう一つ、足音が近づいてくる事に気が付く。暫くすれば、手荒に扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ、開いてますよ」
そう声を掛ければ、勢いよく扉が開かれる。現れた男の顔を見た霊幻は、面倒な客が来た、と思った。男の顔は青白く、頬は痩せこけ、目の下には濃い隈が刻まれていた。瞳の焦点は定まっておらず、手は震えている。
「人づてに聞いたんだけどよ、あんた、安くクスリを売ってくれるんだって?」
「─────何をお望みで?」
掛けている色眼鏡を指で押し上げて、無愛想に問い返せば、男はカッと目を剥いて怒声を上げた。
「分かるだろ!震えが止まらねえんだよ!!俺にはクスリが要るんだ、どうしてもクスリが要るんだよ!!」
「ああ、分かった、分かったから落ち着けよ。あんたが望むものとぴったり同じとはいかねえが、それでもいいなら処方してやる」
そう言うと、机の引き出しから折り畳んだ薬包紙を一包み取り出した。
「お代は要りませんよ」
「はあ?…………まさか、毒じゃねえだろうな?」
「いいえ、まさか」
霊幻は包みを開いて、中の粉末を指に付着させた。そして、男の目を見ながらそれを舐めとって見せると、片方の眉を上げた。
「どうする、やめておくか?」
男はその問いには答えず、脚をもつれさせながら霊幻の机まで駆け寄った。そして包み紙を奪い取ると、震える手で紙幣を取り出して、なんとか筒状に丸めた。荒い息で粉を飛び散らせながら、急ごしらえの筒で鼻から粉を吸引する。その途端。
「ゲホッ、ウッ、ゲホゲホ…………!!」
ボロボロと大量の涙を零しながら、男は咳き込んだ。血走って澱んだ目が、ぎょろりと霊幻を捉える。
「ッ、ゲホッ、て、てめぇ……………」
殺意を剥き出しにして机に乗り上げると、男は霊幻の衣服の立襟あたりを、乱暴に掴み上げた。
「殺してやる!!」
霊幻は、振り上げられた男の拳を見上げながら、視界の端で、扉が音も無く開く様子を捉えた。
室内に足を踏み入れた青年が、静かな声で言う。
「………………その人から手を離せ」
まるで、部屋の温度が急激に下がったかのようだった。氷柱の切っ先のような声音に、男の身体が強張ったかと思うと、次の瞬間、男は床の上に転がっていた。見たところ、気を失っているようだった。
「モブ」
霊幻は襟元を直しながら、青年の名を呼んだ。
「その力、人に向けるなっていつも言ってるだろ」
モブと呼ばれた青年は、切り揃えられた前髪の下の瞳で、冷たく霊幻を見据えた。
「危険な真似はしないでくださいって、僕もいつも言ってますよね、師匠」
「不可抗力だろ」
「挑発してただろ、アンタ」
床に倒れたままの男を跨いで、机上にばら撒かれてしまった粉を摘み上げる。それをひと舐めすると、彼は深いため息を漏らした。
「また塩なんか渡して」
「"望むものとぴったり同じとはいかない"ってしっかり言ったぜ?」
霊幻は忍び笑いを漏らすと、青年の唾液に濡れた指を取って引き寄せた。
「俺はただの"善良な"漢方医だからな」