独白「なんだ…………俺でも、人を好きになれたんだな」
夕焼けの相談所に、ポツリと泣きそうな声が揺蕩う。受付に置いたままにしていたレポートの資料を取りにきた僕は、ドア越しにそれを偶然聞いて、動揺した。
(師匠の、好きな人)
根拠なんてないけど、師匠の一番の好意は、僕だけに向けられているのだと信じていた。その好意の種類が、恋愛感情だと思ったことはなかったけれど。
恋がもたらす感情は、強烈だ。あの師匠が、泣きそうになる程好きな人が、この世界のどこかにいる。そう考えると、師匠が遠くなったように感じた。
(嫌だ)
鼓動が速くなって、苦しくなる。子供じみた感情が、僕の心を容赦ない力で握りしめてくるようだった。でも、その時。
「…………………モブ」
一瞬、盗み聞きしているのがバレたのだと思った。けど、その声は驚きや気まずさをはらんだものではなく、ただ、切なげなものだった。
僕は生唾を飲んだ。今なら、あの人の全てを掌握できるような気がして、ならば、いつかあの心が移ろったりする前に、自分のものにしてしまわなければ、と思った。
あまりに乱暴な感情にたじろぎながらも、僕はドアを開ける。師匠と目が合った。涙の膜が張った瞳が光っていて綺麗だった。目元は少し赤くて、それが僕のために染まったのだと思うと、どうしようもなく可愛いと思った。
気付いてしまった気持ちが、僕の心と身体を、強く突き動かす。
(師匠の心は、僕だけのものだ)
恋がもたらす感情は、強烈だ。