演目「居眠り」(おや……あそこにいるのは)
昼休みの終わりかけ、昼食を食べ終えた類がそろそろ教室に戻るかと中庭を歩いていると、校舎裏の木陰に座っている司の姿が目に入った。
せっかくだし少し驚かせてみようかとそっと近づく。
しかし声をかけようとしたところで、近くの木に身体をもたれかかりながらその両目が閉じられていることに気付いた。
桜の季節も終わり、眠気を誘うような微風に負けてしまったのだろう。
だらりと両手が広げられ、膝の上には開かれた台本が風を受けはためいている。
トルペの公演以降、更に演者としての成長を期待して彼には様々な挑戦をしてもらっていた。
風で台本が捲られるたびに見える書き込みから、昨夜遅くまで役作りに没頭する司の努力が目に浮かぶ。
いつも徹夜を注意されている自分が言うのも何だが彼のショーバカ度合も大概である。
『未来のスター』とは言っているが、彼がスターになるのはきっとそう遠くないはずだ。
そしてその時自分は——
「……あ、あきと…それはさすがにおこられるぞ…なげるんじゃない…ナスを……ぅ」
耽る思いは突然発せられた寝言に遮られてしまう。
何となく面白くない気持ちになりつつ、手のひらそばに転がっていたボールペンを拾い、司の正面へと回って膝を軽く曲げ屈む。
どんな夢を見ているのか、眉間にぎゅっと皺を寄せむにゃむにゃと何か苦言のような呟きをしたり、かと思えば今度はくぅくぅと小さな寝息を立てたりととても忙しい。
寝てても騒がしいとは彼らしいのかそれとも案外意外と言うべきか。
(可愛いな)
寝息を零す唇に視線が釘付けになり、気がつけばそのまま己のソレを重ねようとしていた。
だがその寸前、人の気配を感じたからか、はっと司が目を覚ました。
(あれ?今、僕は何をしようとした……!?)
一気に顔が火照り思わず口元を右手で覆い隠す。
ちらりと司を見遣れば、目を見開き己に負けじと劣らずの真っ赤な顔で口をパクパクさせていた。
「やぁ、おはよう司くん。少し待ってね」
何か言い掛けている司をすっと手で制し、顎に手をあて考えをまとめる。
何故、今自分は司にキスをしそうになったのか。
ショーに対するひたむきな姿勢、踊るように鍵盤を弾く白い指先、類に絶対の信頼を預けてくれる喜び、時折見せる無防備な笑顔……全てが愛おしく触れたいと思ったのだ。
それならば先程、司の寝言に感じた不愉快さは彼の夢にいたのが自分でなかったことへの嫉妬なのだろう。
感情の整理さえつけば答えをはじき出すのは簡単だ。
「……なるほど」
「ええい!何がなるほどだ!!」
「どうやら君は僕の初恋らしい」
一般的とは言い難い恋の自覚にため息をつく。
性別、お互いの夢など少し考えただけでも中々前途多難である。
(まぁでも……)
『普通じゃない』ことが諦める理由にはならないのを自分はよく知っている。
最高の演出で司が安心してこちらへ落ちてこられるようにすればいいだけだ。
そうとなれば早速脚本を書き始めないといけない。
「ため息つきながら訳が分からないことを言ったかと思えば今度は元気になりおって……い、一体何なんだ?」
「恋の始まりは晴れたり曇ったりの4月のようだってね」
「もう5月だぞシェイクスピア……ってそうじゃない!!」
「つまりこれからどこまでも青空が晴れ渡るってことだよ」
そう言いながら、喚く司の頭をひと撫でして立ちあがる。
そして「また後でね」と背を向け今度こそ校舎内へと歩きながらスマホを取り出し、直近で開催される面白そうな公演を探し始める。
放課後の練習が終わったら早速誘ってみよう。
きっと彼は気まずさよりもショーについて語り合う悦びを選ぶはずだ。
座長、演者、友人だけではなく、恋人としての彼まで手に入れたいだなんて我ながら何とも欲張りなものだ。
だが逃がしてあげる気などさらさらないことを少しだけ申し訳なく思う。
――まぁ、そんなところで居眠りをしていた君が悪いということで……ね?
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【司が見ていた夢】
彰人「へー神代センパイって野菜が苦手なんすね」
司「うっかり爆破に巻き込まれて苛立つ気持ちは分かるが!あ、彰人それはさすがに怒られるぞ!投げるんじゃないナスを!!類にはオレが言い聞かせておくから!!な!?」