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    カナト

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    カナト

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    ……は?「ふうん、ここが大魔王城ねぇ。ま、センスは悪くないんじゃない?」
     雷鳴轟くデスディオ暗黒荒原。
     モノトーンの景色を浮かび上がらせるのは、轟音と共に襲い来る稲妻だ。
     かつて、千年前の不死の魔王、ネロドスが治めていたと言われるのがこの土地である。
     しかしネロドスは不死であったが、時の勇者アルヴァンに敗れて命を落とした。それに今代大魔王が関わっていたなどと知るものはいない。というか、本人しかいないし本人は全くもって気にしてもいない。
     そんな地で、のんびりと品定めをしている若い魔族がひとり。
     畏れ多くも大魔王の居城に対して憎まれ口を叩くのは、久方振りに近況報告へと帰郷したリソルだった。
    「さて、行ってみますかっと」
     うーんと伸びをして道なき道を歩き出す。リソルはこれでも高位の魔族なので、そこらの魔物はおそれおののき襲っては来ない。
     大魔王城の城門は巨大だったが、存外あっさりと門扉を開いた。かつて勇者の襲撃にもあったらしいが、大魔王は現在も健在だ。勇者も健在なのは何故かは分からないが。きっと痛み分けやら逃走劇があったのだろう。多分。
     磨き抜かれた床が広がるエントランスホール。大魔王城の割に複雑な作りはしておらず、真っ直ぐ進めば謁見の間に向かうことができるようだ。
     勇者が攻めてくるような場所なのだから、もっと罠を仕掛けたり複雑な造りにすればいいのにここはマイナス点だろう。それとも強さに絶対の自信があることの表れなのか?
     番兵として立っている兵士たちは国籍が様々だ。基本的に魔界三大国家から賄われているようで、ますます大魔王という人物が分からなくなった。
    「あれ、リソルくんじゃん」
    「はぁ? なんでアンタがここにいんの?」
     そんな中ひょっこりと顔を出したのは見知った顔だった。
     見知った、とは言っても、その姿はリソルには馴染みのないものだ。
     何せリソルにとって見知った顔は男の姿だったし、身長もリソルより高かった。
     同じなのは色彩と秘めたる能力値だけで、同一人物かなんてリソルでなければ分からなかったくらいだろう。
     その人物とはリソルが主へと一時報告に戻った時に顔を合わせている。その時に初見看破してとても驚かれたものだが、なぜ分からないのかリソルには分からない。
     こんなにも特殊で平凡で、違和感がないように作られたような人物なんてそうそういるものではないのに。
     皮肉屋で天邪鬼なリソルには逆にそれが怪しく見えて仕方がない。
     その人物は他意なくリソルに話しかける。それも大概おかしいと思ってしまうのはリソルだけなのだろうか。
    「っていうか、なんでアンタそもそも魔界にいるの」
     ゼクレスではゆっくり時間を取れなかったが、ここでは時間に余裕がある。そもそも論を問えば困ったような苦笑いが返ってきた。
    「いやぁ、ちょっと色々あって死にかけて魔族に拾われてさぁ」
     そのちょっと色々が気になる。おおよそそう簡単にざっくりとまとめる話でもないのだろう、普通は。
     というか、死にかけたって一体何をしたのか。
    「でもまあ、光の河に落ちて魔界にやってきた人もいないでもないし、言うほどおかしなことでもないと思うんだけどなぁ」
     それはそれ、これはこれという言葉を知らないのかコイツ。リソルは天然とも言える大雑把さに頭痛を覚えた。
     元々突拍子もない人物なのは百も承知だが、想定の斜め上を錐揉み旋回していくのはやめてくれ。
    「リソルくんはどうして大魔王城に? バルに会いに来たの?」
    「ヒトの主をそんな風に呼ばないでくれる? 魔王だよ? さすがに不敬だよ?」
     それでなくともゼクレス貴族は何かと難癖をつけてくるというのに。
     アスバルは温厚そうに見えて、その実さすがエルガドーラの一人息子というだけの悪辣さを兼ね備えている。彼女がアストルティアのニンゲンだからこそ許されているのだろうが……。
     リソルは相も変わらず自由人な状態に頭を押さえた。何故だろう、コイツと話していると頭が痛くなる。
    「ハァ〜。ここには大魔王に挨拶に来たの」
    「へぇ」
     この場に来た要件を告げると、気の抜けた返事が返ってきた。
    「何。あんまり興味なさそうじゃん」
    「んー、興味あるかないかでいうと、ないかな……」
    「そ。オレは興味あるけどね。今代大魔王」
     正面の階段を見上げながら言えば、なんとも言えない微妙な表情をしていた。リソルの主とは仲が良さそうだったのに、大魔王とはそんなによくないのか。
    「そういえば今代大魔王って魔王たちに寵愛されてるって聞くけど知ってる?」
    「寵愛……されてるのかなぁ。魔界の基準が分からないけど、多分されてると思うよ」
     確かに、彼女はニンゲンで、リソルたち魔族とは感覚が違う。それはリソルもアスフェルド学園で日々ひしひしと感じていることだ。
     価値観も、常識も、考え方も、魔族とは大幅に異なっている。
    「ま、ウチの主も代々受け継いでいた冠贈ったって言ってたしね」
    「ああ、地下にあったヤツね」
    「……いや、聞くだけ今更か」
     なんで地下にあることを知っているのか甚だ疑問だが。
     伝説の転校生なんてふざけたものをやっていた人物なのだし、何故か魔界にいるし、普通に周りも受け入れているしでツッコミどころだらけなのだ。今更いちいち驚く方が馬鹿らしい。
    「よーぉ! 相棒じゃねぇか」
     再び頭痛を覚えたところで、不意に髭面の魔族が声をかけてきた。鎧から察しようにもどこの所属か分からない。
     とはいえ、リソルにあまり見覚えのない男なのでバルディスタかファラザードの所属なのだろう。
    「あっ、トロさん久しぶり」
    「トロさん……?」
    「お? 話し中だったか?」
    「ううん、大丈夫。トロさん、このヒトはリソル。バルの副官みたいなヒト」
    「適当な紹介するのやめてくれない?」
     間違ってはいないがあまりにも大雑把な説明に、リソルは頭を抱えたくなった。どうしてどいつもこいつも色々と大雑把に丸投げしてくるのか。
    「はいはい。で、リソルくん、このヒトはベルトロ。ヴァさまの副官」
    「どーもー」
     ひらと手を振るどこか胡散臭い男は彼女に対してつっこむ気持ちさえも持っていないようだ。さては類友だな。相棒と呼ばれていたし。
    「ヴァさま?」
     引っかかりを覚えた単語を思わず口にして、リソルは非常に嫌な予感に苛まれた。いや待て知らない方がいいことじゃないかそれ。
    「うん、ヴァレリアさま。かっこいいよねー」
    「……」
     楽しそうに笑う姿にリソルは命知らずなのかコイツと大仰に天を仰ぎたくなった。氷の魔女ヴァレリアをヴァさまなんて呼んで氷漬けにされてもリソルは知らない。
     そもそもアスバルをバル、ヴァレリアをヴァさまだなんて呼んで不敬に問われないのか……。いや、そもそも会うことがないから大丈夫なのか?
     その割には副官だという胡散臭い男に楽しげに誘いをかけられているが。
    「ヴァレリアも寂しがってたからたまには顔見せに来いよ〜」
    「相変わらずヴァさまはツンデレで猫アレルギーだねぇ」
     のほほんとすることじゃない会話をしているのは何故なのか。そしてヴァレリアのイメージとは全然違うように思うのだが。
    「でもまたヴァリーズブートキャンプにちょくちょく行くよ」
    「おっ、いいねいいね! じゃ、オジサンはこの辺で仕事に戻るわ。リソル、だっけ、今度右腕同士飲みに行こうぜ〜」
     いいのか、バルディスタ。暴力と鉄血の国じゃないのか。あんなに適当で胡散臭いのナンバーツーなんて信じられないにも程があるのだが。
     リソルはウザ絡みしようとするベルトロをひょいと避けた。
    「ヴァレリアみたくつれないねぇ〜」
     台詞の割には声音は楽しそうだ。まるでツンとすました猫に接するよう。
     ベルトロは再びひらと手を振って右の階を上って行った。
    「あれがナンバーツーでバルディスタ大丈夫なの」
    「むしろトロさんじゃないとダメかなぁ。卑怯で臆病な人も必要ってことだよ」
     どういう状況かサッパリ分からない。とりあえずバルディスタは脳筋集団から認識を少々変えるべきなのかもしれない。いや、どちらにせよヤバイ国家であることは確実だ。
     ゼクレスからすれば非常に野蛮な国である。魔界において野蛮も何もないだろうが。
    「まあ魔王ヴァレリアの強さは魔界じゅうに轟いてるしね」
    「ヴァさま強くて優しいから私は好きだなぁ」
    「やさしい」
     おおよそ相応しくない単語を思わず繰り返す。
     冷酷無慈悲、氷の魔女ヴァレリア。リソルの愛読するゴシップ記事は月明かりの谷での密会がどうのと眉唾な記事を出していたが。
    「……聞くところによると大魔王サマも魔王ヴァレリアと戦って引き分けて認められたらしいじゃん」
    「あー、あれはパフォーマンスみたいなところあったからなぁ」
    「何、見てたの? どんなだった?」
     話を逸らそうと聞きかじった話をすれば、微妙な表情が返ってきた。
     そもそも魔王ヴァレリアと引き分けたってところから嘘くさいのだが、反応を見るにあながち間違いでもないかもしれない。
    「どんなって……うーん、楽しかった?」
    「なんで疑問形なの」
     思わず半眼になれば困ったような表情をされた。困ることある?
    「さすが一撃一撃は重かったし、からだはしなやかで動きも素早い。氷を操る技術も一級品で、応用も効く。量で押す力技も使えるし。何より圧倒的な戦闘経験がその下地って感じ……かな」
    「へぇ、流石名高い氷の魔女の戦力だけあるね。で、大魔王サマは?」
    「うーん。どうなんだろうねぇ」
     流れるようにヴァレリアの戦闘に対する評価が語られる。そもそもフウキのリーダーであったこの人物は、戦闘センスも人を見る目も高かったことを思い出した。
     あの願いによって形作られた特殊な学舎に於いて、あれだけの強さとカリスマ性を持っていたのだ。学園外でも持っていてもおかしくはない。
     だというのに、そんな人物でも語れない大魔王の戦闘力とは何か。
     それこそ八百長や忖度を感じてしまうが、そんな人物に他魔王は知らないがリソルの主であるアスバルが膝を折るわけがない。
    「戦闘力は強い、と思う。何せ異界滅神……いや、光の女神ルティアナを取り込んで絶対滅神になったジャコヌバを討伐したからね」
    「そこもなんか嘘くさいけどねぇ」
    「まあ、一人の力ではなかったかな」
     何かを思い出したようにその顔が少し綻ぶ。そういえばリソルもなんだかんだでルティアナの声を聞いて祈ったような気もする。
     真っ暗な中で、無数の色も形も光り方も違う光が闇を照らしている景色を見たような……。
    「おや」
     記憶を掘り起こしていると、不意に耳触りのいい低い声が彼女の名前を紡いだ。
    「ナジーンさん!」
     途端に少女の表情が輝き、ぴょんぴょんと馬鹿みたいに跳ねながらナジーンと呼ばれた黒ずくめの大男へと突撃していく。
     慣れているのか大男は体当してきた少女を簡単に受け止めた。あれは結構な衝撃があったと見える。
    「すまない、話し中だったか」
    「いえ、丁度良かったです! 大魔王の話を聞かれていたんですけど、上手く答えられなくて」
    「なるほど」
     大魔王の話を上手く答えられないなんて、大魔王に会ったことがあるらしいのに不思議なことだ。だというのに大男はその発言に納得したようで、リソルはなんとも言えない違和感を覚えた。
    「あ、紹介するね。リソルくん、このヒトはナジーン……さん。ファラザードのナンバーツーだよ!」
    「紹介に与ったナジーンだ。魔王ユシュカの副官をしている」
     またもや国の重鎮だった。どれだけ魔界に馴染んでいるのか謎すぎる。
    「で、このヒトはリソル。バルの側近だよ」
     先程とテンションが違いすぎないか。興奮度が明らかに違うように思うのはリソルの思い違いだろうか……そうか。
    「ナジーンさんはどうしてここに? ファラザードの政務って滅茶苦茶忙しいって」
    「大魔王城の経理の管理をしに来た。大戦以降執政官たちの考えが大きく変わって、政務に於いて私に頼りきりになるのはよくないと判断したらしい」
     魔界に大きな爪痕を残したという魔界大戦。これにより魔界の強国三つがどれも甚大な被害を蒙ったと聞いた。
     三国の魔王誰もが己こそが大魔王に相応しいと争い、疲弊した各国に手を差し伸べたのが現在の大魔王。
     自国を持たない大魔王は、その点身一つで身軽な状態であり、どこの国にも平等に力を貸して復興に尽力した、らしい。
     結果三国の魔王たちの信頼を勝ち取り、戴くに相応しいと大魔王へと推しあげられた。
     漁夫の利感が否めないが、魔王たちが相応しいと判断したものにケチをつけるわけにはいかない。他魔王はともかく、アスバルがそう判断したのだからリソルも従うのみ。
     だからこそこうしてわざわざ挨拶をしに来たのだ。
    「ナジーンさんは働きすぎですからねぇ。ゆっくりお茶していきません?」
     だというのにたまたま出会った知り合いの呑気なこと。嫌味のひとつでも言いたくなる危機感のなさだ。
    「それはここでの仕事が一段落してからにしよう」
    「ヤッター!」
     楽しそうに飛び跳ねる少女の頭をよしよしと撫でる大男。どことなく犯罪臭がしそうだ。
     リソルが愛読するゴシップ誌では裏社会と密接な繋がりを持っているというが、この姿を見るにやはり噂は噂だったということだろう。
    「そういえばなんでファラザードが内政面で口出してきてるの?」
     二人の会話を聞いて、リソルは素朴な疑問を思わず口に出した。
     配置されている兵士たちの国籍は様々だ。だが、話を聞く限り内政面を回しているのはファラザードのニンゲンらしい。兵士たちと同じように多国籍、もしくは大魔王直属であって然るべきだろう。
    「多分それはこの城がユシュカからの献上品だからじゃないかなぁ」
    「は?」
     告げられた答えにリソルは思わず絶句した。
    「城を献上する馬鹿がいたの?」
    「この城は元々ユシュカが大魔王になった時にと秘密裏に作らせていたものだ。だがユシュカは大魔王にはならなかった。結果として拠点を持たなかった大魔王殿への献上品になった、という過程がある」
     ナジーンが冷静に解説を入れるがどう考えても規格外だ。確かにアスバルも歴史ある冠を譲ったが、やはり規模が違う。
    「ヴァさまからも大魔王の鎌とか魔界馬とか献上されたよね」
     のほほんと告げられる事実が恐ろしい。
     話から察するにそのどれもが大魔王がねだったり欲したわけではなく、すべて自主的に献上されたということがみてとれる。つまり、それだけ大魔王は魔王たちを誑しこんでいるということだ。
     リソルは大魔王の項目に魔性を付け加えた。
    「大魔王の鎌の時は大変だったなぁ。アンちゃんが殴り込んだ時に吹っ飛ばされて作った職人さんがネクロデア行っちゃってさ」
    「その職人は大丈夫だったのだろうか」
    「大丈夫でしたよ〜。ほとんどの霊が成仏してたのが功を奏したんでしょうね。そうじゃなきゃ引き返せコールだったでしょうし」
     ネクロデア。二百年前に滅びた国家だ。かの国で採れるネクロダイト鉱石は当時どの国も喉から手が出るほど欲していた。
     ネクロダイト鉱石を鍛えて出来る武器は、魔剣の性質を帯びることで有名であり、武器職人がその失われた技術を求めてネクロデアへ向かったことは分かる。
    「アンちゃんって誰」
    「今代勇者」
     そもそも出てきた名前の人物について尋ねれば、酷く簡潔で、それでいて無慈悲な返答が返ってきた。
     ……勇者襲来はアッサリ言うことじゃない。
     確かに勇者が襲来したことは知っていたが、それとこれとは話が別だ。
    「まあまあ。リソルくん挨拶しに来たんだよね? 大魔王について謎が謎を呼んで困惑してると思うけど会ったら分かると思うし行こうよ、ね?」
     もう既に凄く嫌になってきていたリソルは、少女の言葉に少しだけ気を取り直した。……ほんの少しだけだ。
    「私も同行して構わないだろうか?」
    「……いいよ」
     流石にこの破天荒児と謁見は心許ない。リソルは常識人枠のナジーンの提案を受け入れた。
     少女は楽しげに長い階段を登っていく。よくそんな体力が続くなと思う程に足取りは軽い。
     対するリソルはもう既に少々疲れていた。精神的に。
     そしてなんだろう、この妙な嫌な予感は。
     玉座の間への重厚な扉が開かれ、何やら虫のようなモチーフの、なかなか斬新なデザインが主張する玉座が目に飛び込んでくる。
     横に控えるのは一つ目ピエロ。玉座は空席だった。
     真っ赤な絨毯を真っ直ぐ突き進み、三人は玉座の下に辿り着く。
    「控えおろう控えおろーう」
     仰々しい言い回しで一つ目ピエロが声を張り上げる。
     す、とナジーンが流れるような美しい動きで礼をした。リソルもそれに倣って礼をする。少女だけは何もせず……それどころかその歩を進めた。
    「っ……ちょ!」
     リソルは小声で諌めるも届かず、少女はそのまま玉座への短い階段を上り……そのままド派手な椅子に腰を下ろした。
    「久々のご帰還、臣下一同嬉しく思いますぞ」
     丸い玉が先端についた杖を振りながら一つ目ピエロが声を弾ませる。不敬だとか何も言うことはなく寿ぎを口にするということは、少女はそこに座ってもいい人物ということだ。
     それ即ち。
    「……は?」
     彼女が大魔王ということに他ならない。
    「改めましてリソルくん。私が今代大魔王で、勇者姫アンルシアの盟友で、絶対滅神を斃した神殺しだよ! ヨロシクね!」
     リソルの思考が停止したのは言うまでもない。
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