ャ 緩やかな時間が流れる静寂に包まれた死者の国。
微かな命の鼓動こそ感じるものの、大地を包むのは死の気配だ。
二百年、時の止まり続けた嘆きの大地。
実際に時は止まることはなく、よどみなく流れ続けていたのだろう。誰にでも、なんにでも等しく。
破壊されたものは劣化して朽ち、悲憤の灰はしんしんと降り積もった。
未だ還れぬ魂だけが、時の流れに取り残されている……ハズだった。
ふよふよと、なんだか気の抜ける微かな音を拾い、次の瞬間にドシュンと空気を裂くような音が響く。
対面したのは呆気にとられた霊魂の女性と、先程の音の元凶である少女だった。
「うぁぁぁぁあ! ルーテア王妃さまぁぁぁ! いやお義母さまぁぁぁ!?」
何故だろう。ここは静かな死者の国。静寂に慣れてしまった耳が劈かれる。肉体はもう滅んでいるのだけれども。
騒々しい少女は、乗っていた謎の乗り物を瞬時に消し去ると、もの凄い勢いで突撃してきた。このままではぶつかるというところで急停止する少女。
咄嗟に目を閉じて防御の体勢に入ってしまった幽霊の女性、かつてこの国の王妃だったルーテアは、そういえばもう肉体は……ということをここ数分でやたら何度も思い返すことになった。
たとえ死んで二百年経とうとも、条件反射は衰えないものらしい。
知ったところで意味の無い事実に現実逃避しつつ、逃れられない現実へと渋々目を向けると、半泣きの少女がルーテアを見上げていた。
この小柄な体躯のどこにここまでのパワフルパワーがあったのか至極謎だが、ことこの少女に関してはツッコミを入れる方が間違っている。入れだしたらキリがないからだ。
そもそも、ルーテアがいるこの土地は二百年に渡り封印され続けていた。その封印を破ったのは目の前の少女であるという。
更にこの世に未練を残す国民の魂たちとやたらと仲良くなり、果てはこの国を滅ぼした元凶を倒した恩人である。謎スペックが大渋滞している。
ただひたすらに静かだったこの場所で、異色すぎる生命の輝きをこれでもかと放つ生者。そのまばゆさは、ルーテアにとって憧れのようにも映った。
命を差しだし、己の命よりも大切な一人息子を守ったことに後悔はない。迷わず己を手にかけた夫を憎むどころか尊敬している。
ルーテアにとって命よりも大切な一人息子。亡国、ネクロデア唯一の生き残りの王子。
その王子を虜にして離さないのもまた、目の前の少女である。
仇敵が滅び、緩やかな浄化の時を待つだけとなった現在、少女は魔界で八面六臂の働きを見せてとんでもないことをやらかしたらしい。この場でも規格外のことをやらかしていたので、ルーテアはあまり驚くこともなかったが。
その間に息子は少女に惚れ、少女に至っては声で一目惚れしたらしく、紆余曲折あったものの落ち着くところに落ち着いた、のだろうか。
以前も息子は少女を伴い挨拶に来てくれたくらいで、その様子からも仲睦まじいことだけはよく分かった。息子どうしたという変わりようだったのは突っ込まなかった。
あのカタブツで品行方正だった王子が、デロデロに飼い慣らされているのだから笑顔も固まるというものである。
とはいえ、目の前の少女の必死さを鑑みるに、破局などという言葉が一瞬浮かんだのは仕方がない。それはないとあの溺愛ぶりを見たら思わざるを得ない。
そもそも息子は気に入ったものは絶対に手放さないタチだった。あれだけ大事にしているものを手放すなんてまず有り得ない。
有り得るのだとしたら、天秤にかけて切り捨てる時だけだろうが、息子は両親の気質をしっかり受け継いでしまったのか、絶対に自分の命よりも少女を優先する。
詰まるとこ、そうなると息子がなにかやらかした、という線が濃厚で、ルーテアはやっぱり遠い目をしたくなった。
必死に見上げる少女をよしよしと撫でてなだめたい気持ちもあるが、触ろうとしたところで通り抜けるだけである。いやもうしていたが。
やはり親子なだけあって、ルーテアもまた少女をとても気に入っているのだ。
『どうしたのですか?』
そうして、今にも泣き出しそうな少女にはきちんと話を聞いてやらねばならない。
破局なんてこと、ルーテアは望んでいないのだ。何せ息子が幸せそうなのである。二百年、罪悪感を背負わせ、国民の魂の安寧を願い続けた優しくも苦労人の王子の幸せ。そんなもの親としてだけでなくこの国の幽霊全員でのバックアップ必須案件だ。
ちなみに、これらの情報は可及的速やかに幽霊ネットワークによって伝達することが可能になった。少女のもたらした謎技術である。
なんでもデスマスターなる職業で習得した、らしいが意味はちょっとよく分からなかった。
まあ、この世の不思議をこれでもかと詰め込んだような人物なので今更か、と思うルーテアはだいぶん毒されていると思う。
毒した本人である少女は、ついにはさめざめと泣き始め「お義母さまぁぁぁ! どうやってお義父さまとセックスしたんですかァァァァ!!!」と叫んだのだった。
衝撃に意識が吹っ飛んだルーテアだったが、腐っても王妃をやっていた人物である。根性で意識を引き戻した。幽霊でも意識は吹っ飛ぶという情報は知りたくなかった。
「なっ、ナジーンさん、おお、おおきいじゃ、ないですかッ」
ひっくひっくとしゃくりあげながら告げられる言葉に、ルーテアはまあ、同意した。
男の子なんてよっぽどでなければそのうち母親の身長を超えること請け合いだ。体格だって男女差というのは顕著に出るものであり、ルーテアの息子、ナジーンはかなり大柄な部類に入る。
対する目の前の少女は小柄だ。ルーテアよりも小柄なのだ。
二人が並ぶとその体格差は歴然であり、少女はナジーンの半分程の大きさしかない。
そうなると必然的に。
「は、は、は、入らなかったん、です……」
でしょうね、とルーテアは思った。どうねじ込んでもとんでもない結末しか見えない。
あの理性的なはずの息子が一目瞭然なことを分からないはずもないが、そこは絆されたのだろう。更に言うならあわよくばとも思ったのだろう。
好きな女を抱けるなら抱くだろ普通という話だ。
子どもの頃は将来の妃と心を通わせられるか心配していたが、杞憂に終わってなによりだ、とは思う。思うが……。
また難儀な相手を選んだな、とも思わなくもない。
ナジーンの父、ルーテアの夫である魔王、モルゼヌはナジーンを超える巨漢である。
ナジーンは父親の遺伝子をしっかりと受け継ぎ、なかなかに大柄ではあるがモルゼヌには及ばない。
ナジーンはまだ魔界の中では常識的な大きさだった。
上位魔族は総じて大柄な者が多いため、彼ら彼女ら同士で結婚すれば基本的に体格差はあまり問題にならない。
それを超えるモルゼヌは、少々特殊枠であり、その特殊枠には歴代大魔王等がよく当てはまるのだがそれは置いておいて。
つまり、普通の魔族女性であるルーテアとモルゼヌもまた、息子カップルと同じく体格差のある夫婦だったという訳だ。
少女がこうして泣きついてきた理由は、そういうことだ。
ルーテアとモルゼヌは体格差のある夫婦だが、息子がいるのだからそういうコトをしている。できている。ではその方法は?
さてどう説明したものかとルーテアはへにょりと眉尻を下げたのだった。
お年玉代わりにこれを置いて完全に壁打ち垢に篭ろうかと思います
YES自給自足
浅はかなことですが反応があるかもしれないところに置いて反応がないことに落ち込んでしまう
誰からも反応が来ないって分かってるところに置くと反応がないことが当たり前で安心するのです
どうせ誰も見てないでしょうが今年一年幸多からんことをお祈り申し上げます