身長の話2「わァ……」
なんとも形容しがたい嘆息が聞こえたが、リソルは迷うことなく胸を張った。
いつもは見上げていた人物を見下ろすのは非常に気分がいい。
くりくりとした、穢れを知らなそうな純粋な双眸はリソルが独り占めだ。
恋人の視線を独占するというのはなかなかの快挙だ。あっちこっちに意識が飛んでしまう、落ち着きのない好奇心旺盛な人物なのだから。
「大きくなったねぇ……」
なんというか、親戚のオジサンみたいなことを言う。違う、そうじゃないだろ。
求めていた感想と違うことにムッとするも、恋人はそれでもじっくりとリソルを眺めていたので今は呑み込むことにした。
急激な成長期が来たからか、骨やらなんやらが痛いが、成長痛は仕方がない。きっとまだまだ起きる度に身長は伸びるはず、である。
できればリソルのあるじよりも背丈が欲しい……いや、あるじを越してしまったらそれはそれで見栄えが悪いか。主にあるじと並んだ時に。
とはいえ、当初の目的である恋人よりも背が伸びたので良しとする。
「なんか、クオードを思い出すなぁ……」
「オレを目の前にして他の男の名前を出すなんて命知らず先輩だけだからね……?」
晴れやかな気分は一気に急降下した。誰だクオードって。
何故部屋で恋人とふたりきりなのによりにもよって別の男の名前……このまま組み伏せて分からせてやろうか。
仄暗い光を瞳に宿したのを感じたのだろう、恋人は即座にリソルから距離をとった。相変わらずその反射神経といい身体能力といい、最早異常の域である。
危機察知能力は作動する時としない時の差が激しいが、ひとたび作動した場合にはリソルも攻略を諦めざるを得ない存在へと変貌する。
普段ぽやぽやしているくせに、きっとこういったことがこの恋人を生かしてきたのだと少々苦々しく思った。
……平和ボケしたアストルティアに、まるで似つかわしくない存在。まるで、そうしないと生きていけなかったかのよう。
のほほんとしているように見えて、時々垣間見える背景は重々しく痛々しい。魔界では掃いて捨てるほど、というレベルを遥かに超えている気がするのもタチが悪い。
とはいえ、警戒心を持たれて距離を取られるのは、現在では時間の無駄というやつで、リソルはため息をひとつついて気持ちを切り替えた。
ちょいちょいと手招きすれば、野生の獣みたいな恋人が不審そうな顔を向けてくる。それはそれで面白いのだが、からかっていたらいつまで経っても触れることもできない。
「早くしてくれる? 時間は有限なんだから」
いつも通りの憎まれ口をたたけば、渋々といった風にリソルが腰掛けるベッドに近づいてきた。それでも手を伸ばしても届かない位置に立つのだからなかなか侮れない。
「クオードって誰?」
「……従兄」
「従兄……?」
まさかの血縁だった。とはいえ、従兄は結婚出来ぬ間柄でもないので警戒は緩めない。
「五十代目のエテーネ王国の国王だった、閃光王っていう二つ名をもった人」
とんでもない言葉が出てきて、リソルは思わず面食らった。
つまるところ、リソルの恋人は王族の親戚を持つそれなりの血筋だということだ。
その割には動きはガサツだし全くもって高貴な存在には見えないのだが。
「初めて会った時は少年だったのに、次に会った時には大人になってた」
ぽつぽつとこぼされる言葉は、言い知れぬ痛みを含んでいた。思い返せば先程の言葉だって、国王『だった』と過去形だ。
既に故人である可能性に行き当り、リソルは言い知れぬ気持ちになった。
恋人の手が伸びてきて、リソルの頬を撫でる。
少年らしいまろやかさが失われ、精悍さを増した姿。
「ねえ、オレを別の男に重ねるのはやめてくれる?」
震える手首を掴んで、思いっきり睨みつければ、恋人は困ったように微笑んだ。そういう顔をさせたかったわけではないのだが。
「ソイツとオレは違う。オレはソイツと違って魔族だし簡単になんて死なない。脆弱な人間と一緒にしないでくれる?」
生意気なことばかり言っているのは百も承知だ。それでも、他の男に重ねられるなんて耐えられない。ましてや死人など。
「オレはアンタの恋人で、アンタはもうすぐオレの嫁になるの」
「……そうだね」
「ソイツのこと、思い出せないくらいにオレでいっぱいにしてあげるから……覚悟してよね」
掴んだ手首を引き寄せて、近づいた唇を重ねる。
アンタの従兄とはこんなことしてないでしょ、オレだけだと分からせるように、何度も重ねて噛み付く。
「オレのことしか考えられなくしてあげるからね、センパイ」
魔族の執着を甘く見ないでね。