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    カナト

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    カナト

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    アイゼル カーン、カーン。
     金属同士がぶつかる、硬質でいて澄んだ音が高らかに鳴り響く。
     しゅうしゅうと呼吸をするように音を立てるのは火の精霊が宿る巨大な炉だ。
     夕陽の如き橙の火の粉が煌めき、しかし瞬きの間にその姿を消す。
     真っ赤に燃える金属を、槌を奮って鍛錬する。溶けた金属が新たな形を得るのだ。
    「うーん、迷うな……」
     その様子を見て、火の粉よりも濃い橙の髪の青年が腕を組みながら考え込んだ。
     現在地は港町、レンドア北の道具鍛冶ギルドだ。
     ギルドマスター、マスターバレクス統括の元、主に道具鍛冶職人たちが作業をしている場所である。
     作り出されているのは、それぞれの職人で必要となる職人道具や素材、釣りで必要なルアー、家具なども作ることができ、その範囲は幅広い。
    「えーっと、デモニウム鉱石、超ようせいの火種……は、作らなきゃか。汗と涙の結晶が必要だから……」
     そんな中、預かり所の前でうんうん唸りながら素材を確認している少女にふと目が止まった。
     青年はデモニウム鉱石を知らない。少女が持っているデモニウム鉱石に興味があった。
     さて、どう声をかけたものかと思案していると、少女の瞳とばっちりと目が合ってしまった。
    「わぁ、アイゼル先輩だ久しぶり〜!」
     思わぬ反応に青年、アイゼルはバイオレットの瞳を瞬いた。瞬時に頭の中の人物図に検索をかけるが、該当する人物に心当たりはない。
     先輩と呼ばれたからには後輩なのだろうし、生徒会長をやっていたアイゼルは顔が広い。決して記憶力が悪いわけではないので、大抵の生徒は先輩だろうと後輩だろうと覚えている。
     しかし、目の前の少女には見覚えがない。ぼんやりと何処のクラスの〜などということもなく、まず学園に存在したかどうかも怪しい。
    「どうしたの? あ、分かった! 私が誰かわからないんでしょ!」
     ぱちんと両手を叩いて少女は怒るどころかからから笑った。他意のない行動に、アイゼルは思わず面食らう。
    「初見で看破したリソルくんが特殊なのかな〜。まだ会ってないけどラピスも分かりそうだけどなぁ〜」
     リソル、ラピス、ふたりともアイゼルの後輩だ。彼らはふたりとも二つ下の学年だったので、彼女もそうなのだろうか。今年卒業の彼らよりも幾分か幼いように見えるが、童顔なだけだろうか。
     いや待てとアイゼルは思い返す。在学中ならば初見で看破、などという単語は出てこないだろう。とすると、二学年ではなく一学年下だろうか。
    「ところで先輩、どうして道具鍛冶ギルドに?」
     正体を明かす気がサラサラないらしい少女がことりと小首を傾げる。髪がさらりと肩にかかって、見た目に見合ったあどけない姿だ。
    「ああ、ここに所属するか武器鍛冶ギルドに所属するか悩んでいて……な」
    「先輩ものづくり好きでしたもんね。弟さんの武器も作ってましたけど、元々は小物を作る方が得手でしたっけ」
     唐突にウェスリーのことを言われて、アイゼルは面食らった。在学中、彼女とはかなり交流があったようだ。だというのに、全く思い出せないとはなんというていたらく。
    「まあここは一旦置いておいて、武器鍛冶ギルドに行ってみます?」
     軽く言うが、アイゼルにはそれほど手持ちがない。それに大陸間鉄道に乗るにはパスと運賃がかかる。グランドタイタス号の乗車チケットを入手するにも苦労したのだ、しばらくレンドアを拠点に過ごそうと思っていた矢先である。
    「手持ちの心配はしなくてもいいですよ」
     さあさあと急かされ、外に出れば、少女の手には見慣れない巨大な石があった。
     少女が石を掲げると、ふわりとからだが浮き上がり、次の瞬間には武器鍛冶ギルドがあるグレン城下町にやって来ていた。
    「ギルドの石持ってたら良かったんですけど、調理ギルドと木工ギルドの石しか持ってなくてですね……」
     むしろなぜ調理ギルドと木工ギルドの石を持っているのか。そして石ってなんだ石って。
     キャパシティオーバー気味のアイゼルを急かしながら、山に渦巻状に作られた城下町を歩く。
     武器鍛冶ギルドはグレン城内部にあり、グレン城は真っ直ぐ階段を登っていくか、この渦巻状のスロープになっている城下町を歩いて登るしかない。
     今回は観光目的ではないので、長い階段をせっせと登る。
     鍛えていても急勾配の階段は足腰に辛い。だというのに少女は平気な顔でペースも落とさずに歩いていく。もしかしなくとも、とんでもない人物を引き当てたのではないだろうか。
     グレン城は堅牢な城である。城であるからして、門兵が立っているのは当たり前だが、彼らが少女を歓迎しているように見えるのは気のせいだろうか。しかも英雄という単語まで聞こえる。
     アッサリと顔パスで通って訪れた武器鍛冶ギルドもまた、道具鍛冶ギルドとは違った巨大な炉を有する場所だった。
     道具鍛冶ギルドが効率重視の整然とした美しさだとすると、武器鍛冶ギルドは豪快だ。高い天井を有し、部屋のど真ん中に巨大すぎる炉がある。
     武器鍛冶ギルド全体を見渡せる高い場所に、ギルドマスターのマスターラセドがいる。
    「武器鍛冶ギルドはこんな感じですね。ドルワームの防具鍛治ギルドにも顔を出します? 守る力も大切だと思うんですよ〜」
     戦闘スタイルを知っているからこその言葉に、アイゼルはぐうと喉の奥を鳴らした。
    「ふふふ、まあ武器を作っても錬金効果をつけないと意味ないですからねぇ。武器ならツボ錬金かな」
     同じくレンドアにあったツボ錬金ギルドを思い出しているのだろう、少女の顔が楽しげに綻ぶ。
     レンダーシア大陸の一部しか知らなかったアイゼルには、少女の行動範囲が計り知れなかった。フットワークが軽いにも程があるだろう。
    「でもグレンに拠点を置くなら住宅村があるので便利かもですね。土地と家を買えばいいわけですし」
    「他にも住宅村があるのか?」
    「グレン、ジュレット、アズラン、オルフェア、ガタラ、高級住宅地のレンダーヒルズ、あとはマイタウンですね」
     指折り住宅村のある場所を並べられ、アイゼルはどこが便利かを考えた。しばらくは宿屋暮らしだろうが、職人として身を立てれば、土地と家は買えるはずだ。
    「ちなみに、どこに住んでるんだ?」
    「マイタウンです」
     少女はよりにもよって一番価格が高い場所に住んでいた。二億ゴールドと聞いて、アイゼルの口があんぐりと開く。
    「マイタウンから出るとレンドアなので、しばらく間借りでもいいですけど。事情知ってますし、家が三軒建てられますし使ってないですし」
     アイゼルは頭を抱えた。少女はアイゼルの後輩であるはずだ。だというのに、二億ゴールドを稼ぐ高給取りらしい。この国の兵士にも英雄だと言われていたし、もう何がなんだか分からない。
     誰だ、このとんでもない人物は……と思ったところで、アイゼルはふととんでもない人物に心当たりを思い出した。
     その人物は転校生で、アイゼルのひとつ下の学年、しかしその人物は男であった、はずだ。
    「アイゼル先輩?」
     不思議そうな少女に、不意に彼の面影が重なる。いや待てと心の声が制止をかけるが、からだが先走るタチのアイゼルには止められなかった。
    「リーダー……」
    「あっ、思い出したんですねぇ」
     思わず呟けば、少女はイタズラを成功させた子供のように無邪気に笑った。どうやら正解だったらしい。
     正解を知って、アイゼルは再度バイオレットの瞳を瞬く。何度瞬いても不思議で不思議でならない。
    「学園に行くなら変装した方がいいって言うので、当時探してたお兄ちゃんの姿を借りたんですよ」
     にこにこと笑いながらまたとんでもないことを言い出す。
     フウキのリーダー、それが少女の立ち位置だった。
     当時は彼だと思っていたが、アイゼルは彼の強さや優しさに心底惚れたのだ。男であっても好意を持っていた人物が、まさか可憐な少女の姿をしているとは思わない。
     男でもアイゼルは彼女が好きだった。まして、本当の姿が女と知れれば理性がぐらつくのも仕方のないことだと思って欲しい。
     アイゼルたちが卒業してから行方不明だと聞いていたが、まさか少女の姿でうろついているだなんて夢にも思わない。
    「それで、どうしましょう? 一応各ギルド口利きできますけども」
    「あー、道具鍛冶ギルドに所属してるのか?」
    「今は道具鍛冶ですね」
    「今は」
     ということは、他のギルドにも所属していたということか。なるほどそれなら複数のギルドの石を持っていてもおかしくない。
    「これでも色んなギルドの次期ギルドマスターにと誘われてますから」
     へへ、と笑うが全くもって笑いごとではない気がするのはアイゼルだけだろうか。……そうか。
    「ふふ、どこのギルドでも新たな職人として歓迎しますよセーンパイ♪」
     惚れた弱みって辛い。そう思いながら、アイゼルは職人として少女に鍛え上げられることを殊の外悪くないと思うのだった。
     なお、彼女がグランドマスターのお気に入りだと知るのはまた別の話だ。
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