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    カナト

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    カナト

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    ウテンの話 ファラザードの魔王、ユシュカに仕える侍女、ウテンは鏡を眺めて嘆息した。
     鏡に映るのは紺の髪に黄緑の瞳のとてもとても地味な魔族女性だ。
     だが、ウテンはそんな自分の容姿を悲観して考えてはいない。むしろ地味でよかったと思っているくらいだ。
     その最たる原因は、ウテンが主であるはずのユシュカよりも敬愛しているとある人物である。
    「ようこそ! 大魔王さま」
     語尾にハートマークをつけたいくらいに弾んだ声をかければ、大魔王と呼ばれた少女ははにかんで笑った。とても可愛い。
     元はユシュカのしもべと言われていた少女は、大出世を果たして現在は魔界の最高位、大魔王となっている。しかも、世界を滅ぼす神を倒したという大魔王の中でも飛び抜けた英傑だ。
     そんな大層なことをやり遂げたのが小さな少女だということが、まずウテンの心に深々とぶっ刺さった。ギャップ萌えである。
     それでなくとも少女には最初から可能性の塊を感じていたのだ。それこそ、ユシュカの命も無視する程度には。
     今回はズムウル峠の闇のキリンジを乱獲したいとのことで、しばらく滞在したいとの要望だった。あの魔物はかなり手強く、ファラザード兵たちでさえ手を焼いている難敵だ。間違っても乱獲するものじゃない。
     それでもそんなことはおくびにも出さない。ウテンは彼女の事を肯定しまくる侍女なのだから。
    「失礼する」
     と、そこに黒ずくめの大男がやってきた。
     黒い直毛に紅い瞳、右眼に眼帯をした大男は、言わずと知れたファラザードのナンバーツー、副官のナジーンだ。
     ナジーンの登場にウテンは心の中で喝采を上げた。
    「すぐお取次ぎしますね!」
     うきうきと扉を開けて討伐の準備をしていた少女に報告すれば、少女の表情に喜びが乗った。実に可愛い。恋する乙女の表情だ。
     本人は気付かれていないと思っているようだが、彼女のことを愛してやまないウテンは、ナジーンの対応をする時だけ彼女が実に嬉しそうな顔をしていることに気がついていた。ユシュカの時は非常に面倒くさそうな顔になるのも面白い。
     取次が終わると、少女はナジーンといくつか簡単な会話をしただけにとどまった。ああもう忌々しいとウテンは唇を噛む。
     ナジーンも少女には異様に甘いことは周知の事実だ。頭を撫でたりだとか、手ずから食べ物を食べさせたりだとか、どう考えても甘やかしすぎでは? といった姿が見られる。
     確かに、少女は少食で拒食気味で口に捩じ込まなければろくに食事をしないし、なにかに熱中すれば寝食忘れることも日常茶飯事だ。まめまめしく世話を焼きたくなる気持ちはよく分かる。
     元からナジーンは世話焼き気質でもあるしと、ウテンはユシュカを想像しながら思うのだ。なにせ、酒を飲んだら服を脱ぎだす男である。ナジーンがどれだけ苦労したか、そのエピソードだけで考えるにかたくない。
     まあ、そういった様子から察するに、要はふたりは紛れもない両想いなのだ。
     なんともどかしいのだろう。日々そう思う。
     元々放浪癖のある大魔王の少女は、あまりファラザードに長期滞在することはない。部屋まで用意されているというのに、だ。
     それを言えば大魔王城の居室もあまり使われていないということなので、部屋としては実に情けない話である。
     だがしかし、ウテンの辞書に手抜きという言葉はない。いかに少女が過ごしやすいかを考えて、最上のもてなしをすることこそがウテンの使命なのだ。
     少女が何も気づかなくても構わない。けれど、意外なことに些細な気遣いに気付いてくれてお礼を言われることもまた、多くて、ウテンはやはり嬉しくなるのだが。
     あれやこれやと気を回す前にナジーンは部屋を辞したようだった。彼も彼で多忙な身である。
     ウテンはそれを頭を下げて見送り、少女をちらりと見やった。
     結論から言うと、めちゃくちゃ可愛かった。可愛くて尊死するかと思った。
     クッションに顔を埋めて耳まで真っ赤になっている姿が可愛くないわけが無い。恋する乙女はみんな可愛いのだ。
    「大魔王さまー、大魔王さま、ナジーンさまが好きでしょ?」
     あまりにも可愛すぎて、ウテンは思わず先程までナジーンが座っていた位置に腰掛けて、そっと小さな背を撫でた。
     少女はびくりと肩を揺らして、恐る恐る潤んだ瞳をこちらに向ける。
     ウテンは心の中で激しく悶絶した。その姿をナジーンに見せたらあのおかたい副官もあっさり陥落すること間違いないと太鼓判をおしたい。
     それでなくとも少女は可愛く、ナジーンの寵愛を受けているのだ。すれ違っているのがもどかしい。
    「ね、どこが好きなんですか?」
     そして、オンナノコは等しく恋バナというものが好物だ。もちろん、ウテンも大好物である。
    「こ、こえ」
    「お声ですか」
    「ため息が、特に好きで……」
    「変わってますね〜。そこがいいですけど」
    「えっ」
     声が好きだというのは分かる。だが、ため息が特に好きだというのは珍しい。
     だが、それも含めてウテンにとっては敬愛すべき人物なので、些細な問題だ。
    「告白しないんですか?」
     心の中でヘタレ副官がちゃんと告白すればいいのにと思ったが、よく考えれば各国の魔王サマ方に溺愛されている大魔王サマだった。競争率半端ないと遠い目をする他ない。
     だがしかし、言わなきゃ伝わらないのもまた確かなのだ。
    「だって、私、魔族じゃないし、二回死んでるし、人辞めてるし、生まれたの五千年前だし、大魔王二人も殺してるし……」
    「待ってください情報量が多すぎる」
     ぽんぽんと告げられる衝撃の事実に、ウテンは取り乱した。魔族じゃないし、というのはあまり問題はないだろうが、その後に続く言葉が問題すぎる。
     それでなくとも神殺しで大魔王で当代勇者の盟友なのだ。もしかしなくとももっとヤバい実績もあるのでは……?
    「まず、二回死んでるとは……?」
    「故郷の村を焼かれた時と、ナドラガンドで魔瘴毒で死んだの」
     一番大問題であろうことを告げると、少女はクッションから顔を上げてケロリと言い放った。いや、ケロリと言い放つことじゃない。大丈夫じゃない大問題だ。
     故郷を焼かれた? 魔瘴毒をくらった? いや、普通に言うことじゃない。
     ナドラガンドってどことかそういうツッコミさえ入れられない。パワーワードが強すぎる。
    「でも、生きていますよね?」
     ウテンは少女の足をまじまじと確認した。ついでに触れられるかも確認したし、透けていないかも確認した。
    「最初は生き返しってやつを受けて、他人のからだに魂を宿して生き返ったの。そこから自分のからだも取り戻したけど」
    「へ、へぇ……」
     最初からヘビーだった。他人のからだに魂を宿す? どうなってるんだ。
    「二回目は種族神たちが奇跡を起こしてくれて……」
    「神々の寵愛が凄い」
     大魔王の少女は、どうやら人だけでなく神々までたらしこんでいたらしい。えぐい。
     ナジーンのライバルが多すぎてえぐい。どれだけ少女に矢印が向いているのか考えたくもないくらいえぐい。
    「え、えーっと、五千年前生まれというのは……?」
    「私が生まれたのは五千年前のエテーネ王国ってところで、私は時渡りっていう能力を持っているの。それで、赤ん坊の時に五千年後に時渡りしてこの時代で育ったの」
    「ときわたり」
     パワーワードが増えた。何その不死の大魔王ネロドスの不死みたいにヤバい能力。
    「その能力があったから、私千年前の大魔王ネロドスを、先代勇者アルヴァンと討伐しているの」
     そう言われて、ウテンはもう考えることを辞めた。強すぎる。うん、強すぎる。
     というか、もうそれは障害にならないレベルで強すぎるのではと心の中で遠い目をした。
    「大魔王さま」
    「う、うん?」
    「大丈夫です。ナジーンさまならそんなこと全部ひっくるめて愛してくれます」
     がしっと肩を掴んで告げれば、言葉を噛み砕いて理解するごとにみるみる顔を赤く染めた。可愛い。
    「きっとあの方なら、その全てをひっくるめて全てが大魔王カナトさまなのだと言うはずです。そして、そこも含めて愛していると告げるはずです」
     あのナジーンが多少のことでは引き下がるとは思えない。ウテンは詳しく知らないが、かなり苦労を重ねてきたはずだ。少女が抱える問題くらい些細で、それが影響することがなければ気にもとめないだろう。
    「魔族にも色々なものがいます。それと一緒です。全部個性です」
    「全部個性」
     とんでもない暴論に、少女は瞳を瞬かせた。だが、勇気をつけるのにはこのくらいでいいのだ。
    「私はそんな全部をひっくるめて大魔王さま大好きです。だから、大丈夫です」
     ぎゅうと抱きしめると、そろそろとウテンの背中にも手が待った。慣れない手つきから、抱きしめられ慣れていないのだと察する。
     少女の幼少期は知らないが、あまり愛して貰えなかったのかもしれない。なにせ、赤ん坊の時に五千年後に来た人なのだから。
    「ウテン、ありがとう」
     ぽつりと零された声に、ウテンは心から震えた。もちろん、歓喜に。
    「また、考えてみる」
    「はい、そうしてください」
     からだを離して、ウテンはスッキリした面持ちでズムウル峠へ向かっていった少女を見送った。
    「さて、どうしたらくっつくかなぁ?」
     それでもやはり、ウテンの奸計は始まったばかりなのだ。
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