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    カナト

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    カナト

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    とある魔王の悩み事「ちょっと付き合え」
     ぶぉんと愛刀を振り回して、久方ぶりに訪ねてきた少女の手を取る。
     背後から困ったような戸惑いの声が聞こえてくるが、それは丸無視だ。
    「びゃぁぁぁぁ!?」
     ぴょいと玉座の間から飛び降りれば、何とも不思議な悲鳴が聞こえてきた。もうちょっと可愛げのある声をあげられないものか。
    「ユシュカ!」
     頭上から副官の声が追いかけて来たが、落下速度の方が早いので知ったこっちゃない。
    「ユシュカさま、まぁた飛び降りたんですかぁ?」
     呆れたようなシャカルの声に出迎えられるまでが予定調和だ。その目が明らかに腕の中で顔を引き攣らせている少女に向けられていても、だ。
     シャカルの顔も引き攣っている。そしてその目に何故か憐憫が浮かんでいる。読み取るに「ユシュカに振り回されて可哀想に」が妥当か。
     不敬だぞ、と言わないのは、俺の方が不敬をやらかしている自覚があるからだ。
     かたまってしまっているこの少女は、こう見えて魔界の最高権力者、大魔王である。
     他の魔王たちに知られればリンチされること間違いなしのことをしている自覚はある。
     虫けらを見るようなのヴァレリアの瞳と、絶対零度の目が笑っていないアスバルの瞳を思い出して、少しだけ身震いした。武者震いだこれは。
    「しばらく留守にする―――!」
     背後から階段を駆け下りてきたのであろう副官の足音が近付いてきたので、俺は慌てて少女を抱えたままトンズラした。
     バザールを駆け抜け、見回りの兵士にギョッとされつつ国を出れば、砂煙の舞うジャリムバハ砂漠だ。
     普段ならばこのままザード遺跡に行くのだが、今回は気晴らしだ。憂さ晴らしとも言う。
     乾いた砂の上に少女を下ろせば、トスと軽い音が聞こえた。担いでいても軽かったし、これでよくあれだけの動きができるものだ。
    「どうしたのいきなり」
     当然の質問をされ、俺はニィと笑った。
     少女はドン引きしているようだが知ったこっちゃない。魔王ではあるが、お上品さは欠けらも無いのだ。元王子の副官には匙を投げられている。
    「いやお前ファラザードに来ても俺になかなか会いに来ないだろ」
     少女は俺の副官の可愛い可愛い恋人である。コイツの隣にいる副官の姿といったら、思わずギョッとしてしまうレベルで、メタルスライム、溶けてないか? はぐれ……メタル……? と混乱してしまう。
     はぐれメタルもメタルスライムもかたいのだが、そんなことも分からなくなる程度には頭の中がメダパニだ。
     そういう理由もあって、少女はなかなか俺のところにまで顔を出さない。それよりも時間があれば副官とくっついていたいらしいのだ。
     共に異界滅神を討伐した身としては、非常に悲しい限りである。
     というわけで、今回こうして拉致に至ったというわけだ。我ながらなかなかシンプルな理由だ。
     うんうんと頷くと、少女は怪訝そうな顔をした。顔に感情が出すぎでは無いだろうか。さすがに少し傷つく。
    「そういう訳で、今日は俺に付き合って頂けませんか、大魔王陛下?」
     丁寧に腰を折り、細い手をとって手の甲に口付けれる。
     大抵の女はこれで機嫌を良くするのだが、少女はムッとしただけだった。よっぽど副官と過ごしたかったらしい。
     それでも素直に手を引かれてくれるのは、若干の負い目があるからか。なんだかんだで優しいお方だ。
     ……まだチャンスがあるんじゃないかと愚かにも期待してしまう。
     俺の中の苦々しい思い出の相手。俺に初めて挫折を与えた人物。
     疎ましいと遠ざけたこともあった。副官にも彼女にも何度も八つ当たりした。
     我ながら随分と幼稚な行動だ。思い通りにならないから、自分よりも上の才能を持つものに嫉妬したから。
     だというのに、少女は変わらず俺の力になってくれた。俺の傍で支えてくれた。あんな酷いことをしたというのに。
     共に戦う安心感に、その懐の深さに、誰にでも平等にもたらされる優しさに。
     心惹かれて惚れてしまうまで、そう時間はかからなかった。
     だというのに、少女が愛したのは、俺ではなく俺の副官で。
     主従は似るものだというが、好きな人まで似なくても……いや、コイツが特殊すぎるだけか。
     そのことに関してはうちの副官も大層頭を悩ませていて、実にいい気味だと思ったものだ。
     うかうかしていると少女は簡単にかっ攫われてしまう。それこそ、俺のような人物に。
     相手は男女問わず、他人を魅了してやまない少女である。今代勇者の盟友で、今代大魔王、故郷の村の村長で、とある国の姫君。
     その他にも俺の知らない輝かしい功績があるのだろう。アストルティアにおける殆どの住人が、彼女を敬愛し、讃えている。
     見た目からは、とてもではないがそういう人物には見えない。けれど、確かに少女に救われた人物もいて、そのひとりに俺もいるのだ。
     そして、そんな少女は神々にさえ寵愛されている。
     種族神はもとより、創造の女神、ルティアナにさえ娘認定されている。女神の娘だなんて、権力者たちが放っておくわけがない。
     邪な気持ちを持つものへの盾となり剣となるのが俺たちの役目だ。
     まあ、お人好しのコイツは、簡単にホイホイ力を貸してしまうのだろうが。
     それがいい所であり、俺たちが救われた理由でもある。
     しばらく歩いていると風が強くなってきて、視界が悪くなった。黄色い砂煙が舞っているが、少女も俺も慣れているのであまり気にしなかった。
     そうして坂道を登ることしばらく。辿り着いたのはズムウル峠の頂上だった。
     相も変わらず闇のキリンジが占拠しているそこは、なかなか交易路を復活させられなくて頭を悩ませている場所でもある。
    「さて、やるか」
     ぐりぐりと肩を回せば、少女は怪訝そうな顔をした。まあ、仮にも大魔王を連れてやらせることではない。本来ならばファラザード軍で対処するべき事だ。
     しかし、お人好しである少女は、ため息をついて武器を構えた。今日の武器は巨大な斧であるらしい。
     あらゆる武器を手足のように扱う少女は、大魔王になってからは好んで大鎌を振るっている。今回は戦う予定がなかったので、手持ちの武器は斧だったようだ。
     豪快に振り回される斧は、闇のキリンジが持つ棍さえも粉砕している。そのまま骨も粉砕しているようだ。容赦がない。
     周りにいたサイおとこ・強も短いしっぽを巻いて逃げていく。戦鬼か鬼神か。
     小柄な少女が大斧をふりまわす姿は、ハッキリ言って異様だ。その得体の知れなさに恐怖すら覚える。
     続々とわいてくる闇のキリンジを薙ぎ倒し、少女の周りだけやたらと綺麗になっていた。
     対する俺はなかなかに苦労している。武器のリーチの差だろう、近付くことが難しい。
     苦戦していると援護が入るのだから、一体どこを見ているというのか。強敵を相手取っているはずなのに、相も変わらず安心感が凄まじい。
     痒いところに手が届く、そういった感覚。伴侶に出来たらどれ程良かっただろうか。
     まあ、副官のナジーンも彼女と同じく先んじてやってくれることが多いのだが、彼の場合は後で小言もつけられることが多い。
     その副官に言わせると、少女と俺は似ているのだという。少女も俺のことを「類友」と表現していたようだ。ちなみに、ネシャロットも「類友」らしく、なんとなくどういう括りか分かってしまうのが辛い。
     だからこそ世話焼きのナジーンに惹かれたんだろう。俺で問題児の扱いに慣れているフシがある。
     幼なじみで親友で副官のナジーンが幸せそうなのは、俺だって確かに嬉しい。だが、コイツとくっつくのだけは素直に祝福できない。
     少女は金や権力には靡かない。魔界の最高権力者だし、労働の対価として金を貰いそれを貯えている。
     俺はこれでもワイルドなイケメンだと思う。しかし、悔しいがナジーンも系統の違うイケメンだ。
     彼女の興味を引けるところを探すのが難しい。本来ならば、魔王という肩書きだけで女は寄ってくるのだ。
     まあ、俺の副官の肩書きでナジーンの方も寄ってくるが。誠実な人柄のせいで俺より若干人気なのも気に食わないが。
     ないものねだりしても仕方がない。けれど、諦めることが出来ない。その姿を見るのが辛い。
     ずるい、譲れと叫んでも、ナジーンは少女を譲らないだろう。それどころか「彼女はモノじゃありませんよ」と叱られるのが目に見えている。
     少女もまた、ナジーンを排除したからといって、俺を見てくれる訳でもないことも分かってる。絶対にナジーンを排除はしないが。
     余所見をして余計なことを考えていたからだろう、少女がぶっ飛ばした闇のキリンジがクリーンヒットした。どんな膂力をしているんだコイツは。
     一緒に吹っ飛んでズムウル峠から落下した俺が見たのは、少女があっという顔をしたところだった。

     *

     パチパチと火が爆ぜる音で目を覚ました。
     場所はどうやら薄暗い部屋の中だ。
    「あ、目が覚めた?」
     入口を捲りあげて少女がやってくる。手にはコップが握られていた。
     少女はボロボロだった。対する俺には傷がなかった。どうやら先に治療してくれたようだ。
    「ここは?」
    「ディンガ交易所のテントのひとつだよ」
     迷った末にコップを俺に差し出して、少女は再び立ち上がった。もう一度取りに行くのだろう。
     そういえばズムウル峠から落下したのだと思い出した。
     なんて面目ないのだろう。自分から強引に戦いに連れ出したというのに、余所見をして落下した。しかも少女に助けられて、魔王としても男としても情けない。
     本来ならば大魔王である少女を身を呈して守らなければならない立場だ。ナジーンに何を言われても甘んじて叱られよう。
     たまにアイツは彼女の父親かと思うこともある。いやどっちかというと母親か。どっちにしろ過保護ではある。
     誰もいないテントの中で小さくため息をつく。本当に感情とはままならないものだ。
     少し前までの俺ならば、アイツを独占欲で縛り付けて、酷く傷つけていただろう。
     アイツが抵抗したのか逃げ出したかはたらればなので分からないが、少なくともナジーンは心を痛めて少女を逃がす算段をつけたはずだ。
     少女は自由で、何者にも縛られない。
     惜しみなく力を貸して、誰にでも笑顔を向ける。
     そんな少女を束縛しないなんて、俺にはとてもではないが無理だ。ナジーンが大人なのだろうか。
     悔しくて手を握り締めていると、再び入口が開いて少女がやって来た。今度は軽食も持ってきたようだ。
    「ごめんね、吹っ飛ばしちゃって」
    「いや、余所見をしていた俺が悪い」
     差し出された黒蜥蜴の串焼きを素直に受けとって口に運ぶ。少女は食べないようだ。元々食事をするところをあまり見かけない。
     そういえばナジーンが口に無理矢理色々詰め込んでいたことに思い至った。少女がギブアップを告げると残りを食べている姿も見かける。
     なるほどそうでもしないとなかなか食べないのかと、今更妙に納得した。彼女をちゃんと見ていると思っていたが、実際にはその功績しか見えていなかったのだろう。悔しいと思った。
     コップを傾けて水を飲みながら、少女は俺の様子を伺っているようだ。
     確かにズムウル峠から落下したのならば、かなりの重傷だったに違いない。
    「お前、治療しないのか?」
     魔力が尽きて自分の治療を後回しにしたのかと思ったが、少女はたくさんの魔力回復アイテムを持ち歩いていることが多い。
     戦闘である程度使って、その後俺を治療したとして、飲み物を持ってくる前にアイテムを使って自分も回復するものだろう。
    「大きなものだけ治したよ」
     要領を得ない答えに俺は小首を傾げた。心做しか目を逸らされているように見えるのはなぜだろう。
    「とりあえずその砂まみれの服は着替えたらどうだ」
     替えの服がないとは言わないだろう。少女は冒険者だ。
     くるりと寝返りをうって背を向ける。配慮は必要だ。
     俺がいつ起きるか分からなかったから着替えられなかったのだろう。いくら男と雑魚寝していたとしても女の子なのだ。
     背後から諦めたようなため息が聞こえて、衣擦れのような音がした。
     まるで情事の前のような音に、思わずどきどきしてしまった。今振り向けば、あられもない姿の少女が見られるかもしれない。
     いやいやそんなことをすればナジーンに殺されてしまう。
    「着替えたよ」
     理性と本能が葛藤しているうちに、着替えは終わったようで声が掛けられた。
     ごろりと寝返りをうつと、少女は何故か首元にマフラーを巻いていた。この暑いのに何故マフラーなんだ?
     良く考えれば服も長袖のものが多い。少女は世界中を旅するので、気象にあわせることが多々あるだろうが、ストールではなくマフラーなのは不思議だ。
    「ご飯足りた? もっと持ってこようか」
     誤魔化すように立ち上がりかけた少女のマフラーを思わず掴んでしまったのは、俺も予想外だった。
    「……っ!」
     慌てて少女が首を押さえるが、それでも見える、薄くなった執着の跡。
     マフラーを取り返そうと掴まれた手を引っ張って、俺は引き寄せられるように首に手をやった。
     覗くのは、色の薄くなった執着と、カサブタになった歯型。つけた人物にはひとりしか心当たりがない。
     そして、少女が大きな怪我だけを治療したことに得心がいった。この跡を、消したくなかったのだ。
    「どうして」
     虫刺されにも見える歪な跡に指をはわせる。
    「私が、ナジーンさんのモノの証だから……」
     びくりと小さく身を震わせた少女が、小さな声で呟きを漏らす。
     頬どころか耳まで真っ赤に染めて、他の男の所有の跡を愛おしげに細い指先がなぞる。
     途端に溢れ出した言い知れぬ魔族としての凶暴さを、俺は咄嗟に必死になって抑え込んだ。
     俺だって細い首を噛みたい。所有の跡を刻みたい。
    「ダメですよ」
     欲望に流されそうな俺の耳に、聞き慣れた声が届いた。
     凛とした声は低く、耳触りがいい。
     掴んでいた少女はするりと奪い取られ、その人物に素直に身を預けた。
    「……ナジーン」
    「全く、ズムウル峠から落下したと聞いた時は肝が冷えましたよ」
     ぎろりと紅い目が滑ってこちらを見やる。明らかな牽制にさすがにばつが悪くなった。
    「ごめんなさい、私が闇のキリンジを吹っ飛ばしたせいで……」
    「避けなかったユシュカが悪いので、あなたは気にしなくていいですよ」
     しょんぼりする少女の額に口付け、ナジーンは甘やかに笑った。先程の剣呑な光はなんだったのか。
     ああ、なんて辛いんだ。
     これからも俺はナジーンには勝てずに、少女と甘やかに戯れる姿を見ることしか出来ないのだろう。
     何せ、少女自身がナジーンからの重い愛を大切にしているのだから。
     俺の遅い初恋による苦悩は、きっと終わることがない。
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