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    カナト

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    カナト

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    お宝はすぐそばに「ただいまーッ!」
     キキィーとブレーキ音が響き、元気のいい声と共にぱたぱたと少女がかけてくる。
     ナジーンはそれをいつも通り受け止めた。小柄ながらにその力は強い。
     それに続いて三匹の魔物がそれぞれお宝の箱を持ってやってきた。これから鑑定に回すのだ。
     今回の探検先はテーリア氷雪島だったようだ。氷に閉ざされた大地で相変わらず無茶をしたのだろう、黒い髪から覗く耳殼がまだ赤く染っている。
     トマソンが意気揚々と鑑定をして、次々と冒険者の像たちがその姿を現す。
     ラインハットという国の王子だというヘンリーの像。教会の騎士団に所属しているというククールの像。その兄のマルチェロの像。いっぱつギャグ集何故か4。強力な攻撃力を誇るグリンガムのムチ等々。
    「うわ」
     その中のひとつに少女は嫌そうな声を上げた。
     お宝の種類はジャンク。サイズは大きくなくブロマイドだ。誰得だと言いたい。
    「なんでよりによってサリアス……」
     クールな青年のブロマイドと鑑定結果に書いてあるが、知り合いなのだろうか。
     嫌そうにしながらも少女は宝物庫にお宝を持っていくように頼んでいる。一応宝は宝なのだろう。
    「竜の宝は見つかったか?」
    「今回は見つかってないですねぇ。今度は雪山に登ろうと思います」
     とは言いつつも少女の行き先はお宝占いなるもので決めている。次に行く時に覚えているのかは不明だ。
     そもそもとして少女は好き勝手に冒険していたので。
     そんな少女をナジーンはここ、竜の鉄道カンパニー本社で待っている。
     ナジーンと少女は訳あってこの世界に迷い込んだ異世界の存在だ。
     少女が住んでいたのはアストルティアという世界で、ナジーンはそこから切り離された魔界に住んでいた。
     交わらないはずの二人の世界は、色々あって魔界とアストルティアを隔てていた扉が開いたことで変わった。ナジーンの主に救われ、魔界にやってきた少女は大魔王となり魔界を救う人物となったのだ。
     少女はナジーンにとてもよく懐いた。ナジーンも少女を溺愛していたし、彼女を知る人々はかなりのモンペ揃いでもあった。筆頭は彼女の兄シドー。次席は今代勇者のアンルシア姫だ。
     ナジーンはその中でも比較的マトモな部類だった。どちらかといえば後始末係なので、フォローに回ることが多かった。少女の幼なじみのシンイとはガッチリ握手を交わすほどの仲間である。
     しかし手のかかる子ほど可愛いというもので、ナジーンはなんだかんだ小言とため息を零しつつも少女を愛していた。
     少女は破天荒な性格をしている。大魔王選出の性格診断はむっつりスケベだったなぁと呑気に暴露された時は飲んでいたお茶を噴いたものだ。
     今代勇者アンルシア姫の盟友だが、それを一切悟らせぬまま大魔王に就任したという、見た目が全く伴わない傑物でもある。
     実力は折り紙付きで、なんなら神殺しの偉業をなしえたとんでもない人物だ。更に言うならば一族の特殊能力、時渡りの力を強く受け継いでいる。……本人にコントロールは不可能らしいが。
     そんな少女に最近見られる珍しい魔物の話をしたのが始まりだった。
     少女はナジーンを連れ立って目撃された魔物を探すことにしたのだ。輝晶獣や転生という珍しい魔物もいるが、今回はそのどれでもないということから興味をひかれたのだろう。ナジーンはとばっちりである。
     しかしながら何をやらかすか分からない少女のお目付け役兼保護者として付き合うことにした。主であるユシュカが三魔王のオフ会なるものに嬉々として行っていたことも大きい。三魔王はアストルティアを随分と気に入って満喫しているようだ。
    「ふふ、デートみたいですね!」
     楽しそうに笑う少女に呆れた笑みを浮かべているが、ナジーンの内心は不意打ちにバックバクだった。340歳の威信にかけて隠し通したが。
     デートみたいついでに少女は手を繋ぐことも要求してきた。渋々といったふうに応じれば細い指を絡ませられた。実にずるい。いや役得か。
     混乱するナジーンを他所に少女は珍しい魔物を探して、ようやく羽根の生えた猫のような魔物と、同じく羽根の生えた豚のような魔物を見つけた。
     まるで妖精のように見える魔物を追いかけた先にあったのは、崩れかけた神殿のようなもの。
     かなり長い年月放置されていたのか、植物の根も張りほぼ土に還っているような状態だった。
     危ないとの注意喚起を聞くような少女ではなく、そもそもとして冒険者なのでナジーンは警戒を怠らないようにだけして崩れかけた神殿へと入った。
     中はシンプルな造りで、ギミックも難しくはない。あっという間に最奥に辿り着く。重要なものがあるのであろう場所には二本の短剣が刺さっていた。
     桃色と青色の刀身をした短剣を引き抜けば、追っていた謎の魔物たちの言葉がわかるようになり、その二匹の魔物たちの手によって旅の扉でこの世界へ連れ去られた……というのが迷い込んだ原因である。
     この世界はお宝に溢れていて、その中でも竜のお宝と言われる宝石は集めると何かが起こるらしい。
     そして、そのお宝を集めるようにと二匹の魔物に頼まれてしまい、帰る方法もないのでこうしてトレジャーハントをしている。
     だいたい探索の好きな少女が各浮島に探検に出かけ、ナジーンが本拠地である竜の鉄道カンパニーの運営を担っている。
     少女がたらしこんできた魔物の採用に始まり、各島への派遣や、通常業務の割り振りなど雑用は尽きることは無い。
     少女の持ってきたお宝、集めてきた素材の管理、その他諸々稼いできているゴールドの帳簿つけ、お宝を奪いにやってくるライバル団たちの撃退なども担う。
     ナジーンには短剣が扱いづらいと思っていたら、その刀身が普段使っている剣の長さまで伸びたので、今ではいい愛刀だ。
     少女の方は元々武器を選ばないというひとなので、現在も短剣のまま使っているようだ。
     この短剣には特殊能力があるらしく、ナジーンはそれをあまり引き出せてはいない。少女の方はモンスタービジョンなる仲間の魔物の視点を見ることが出来たりと、それなりに能力を使いこなせているようだ。
     モンスターたちが埋まっている宝の近くに来たら教えてくれて、その時に短剣を使うとお宝の方角が示されるという。更に近づくと仲間の視点で埋まっている場所を見ることが出来、その地点に行くと地面が光るのだそうだ。
     相変わらずの規格外で、こうしてのんびり報告をしてくれている間にもなかなか聞き捨てならない言葉がチラホラ混じっている。
    「ナジーンさん?」
     なかなか暴走する内心を押さえつけていたからだろう、少女が上の空になっていたナジーンを不思議そうに見上げた。
    「なんでもない。それよりも湯をはるからきみは風呂に入って温まるように」
    「えー! まだお宝飾ってないのに!」
    「後ででもできるだろう」
     文句を言う少女を寮へと追い立てて、ナジーンは少女が飾りたいと言っていた台座のある宝物庫へと進んだ。
     ゴールドが貯まる事に宝物庫の展示台が増える。今回グリンガムのムチが伝説級のもので、かなりの価格がついた為、団としてのランクが上がった。それに伴い展示台が増設されたのだ。
     そこに何を展示するのかは、少女の気紛れだろう。今頃風呂場で考えているのかもしれない。
     今飾られているのは馴染み深い勇者姫アンルシアや、宿屋コンシェルジュの元締め、ロクサーヌ、女神セシリア等女性の像ばかりだ。
     どうして女性ばかりなのだと訊ねると「お宝を守るなら女の子の方がいい!」とのお言葉だった。確かに男の像や武器防具、道具類などを展示しても面白味がない。
     宝石や伝説のものなどという普通飾られているものには一切興味を示さないところも妙にらしい。そういえばエテーネルキューブも見つかっていたか。
     少女は自分の持っているものと見比べて、「え? え? メレアーデ? クオード?」などと混乱していたが。
     百面相する少女を思い出しつつ、宝物庫へ向かう途中で派遣員のマドハンド、ジャネマに派遣状況を訊ねる。派遣部隊を組み、ここも相性がいい浮島へとパーティーを送り出している。
     その派遣先でメタルの情報や、お宝の地図、他の団の野営場所などを見つけることもある。
     派遣の主な行動は素材の収集だ。これらは少女が使うパチンコの弾を作ったり、料理の材料に使われたりする。クイーンスライムのスラペコが作る料理は美味しく、食を疎かにする少女の口に度々捩じ込んでいる。
     帰ってきていた派遣団から素材を受け取り、新たな団を組んで送り出す。ついでなので受付係のピンク色のさまようよろい、セシリーにスラペコへの調理依頼を頼んだ。風呂から上がったらご飯を食べさせなければ。
     あれやこれやとしてると、少女が風呂から上がってきた。
     髪からぽたぽたとしずくが垂れている。これでは温まった意味が無い。
     ナジーンは少女が肩にかけていたタオルをため息と共に奪って、その頭を拭いてやった。まるでお母さんだ。
     それから風を起こして髪を乾かした頃にスラペコの料理ができたようで、少女への給餌を始める。
     ご飯を食べたら少女はうとうとと船を漕ぎ出した。あれだけ無茶をしたのだから眠くて当然なのだ。
     少女はナジーンにピッタリとくっついて離れようとしなかった。この世界に来てから、ここにいる時は常にそうだ。少女とて不安なのだろう。
     さらさらになった髪を撫でてやりながら、ナジーンは腕の中にいる少女を想う。
     やはり、どうしようもなく愛おしい存在だった。
    「っは!」
     そんな少女が眠っていたのはそれ程長い時間ではない。ナジーンを布団代わりにするのだっていつもの事だし、軽い少女ひとりくらい大したことではない。
     役得と煩悩との熾烈な戦いが繰り広げられるだけで、問題はないのだ。
     少女は申し訳なさそうな顔をするけれど、ナジーンはこの役目を誰にも渡したくはなかった。
     それこそたまに少女のベッドとなり、仲良く昼寝をするベスキングやキングスライムの姿にさえ嫉妬した。
     目覚めた少女は活動的だ。次の冒険の為にギガンテスのブリッツに弾を受注している。新しいレシピも見つけてきたようで、スラペコも喜んでいた。
     そうして寝る前の目的であった台座には新たにローラ姫の像が飾られた。魔法の迷宮なる場所で面識があるのだそうだ。
     こうして飾られたお宝は、時たま団員たちに磨かれたり、奪いに来る他の団を退けることによって価値を上げる。少女の趣味が全開だが、ナジーンは文句を言うつもりはない。
     なぜなら、ナジーンにとって最大のお宝はすぐそこにいたからだ。
     次の行き先を決めたらしい少女が、列車に乗って旅立っていく。ナジーンはそれを見送って、剣をすらりと引き抜いた。
     予告なしに現れたのは他の団だ。今回はファントム怪盗団だったようで、予告なしに参上というどうなんだと思うような口上が聞こえる。
     迎撃するのはシャドウパンサーとまおうのかげ、デスレイブンだ。
     帰ってきた少女が心配しないように、できるだけ痕跡を残さず、建物なども傷つけないように注意を払い迎撃する。実際に魔王ユシュカの影として、黒い方法で暗躍してきたナジーンには難しいことではない。
     結果アッサリとファントム怪盗団は撤退して行った。
     お宝を運んでいると他のハンターたちが少女を狙うことを、ナジーンはまだ知らない。
     まあ、知り合いであるカンダタだけはとんでもなく情け容赦なくコテンパンにしているのだが。月での恨みは割と根深い。
     ナジーンは戦闘の後片付けをして、ミューシャと言うらしい羽根の生えた猫のような魔物に呆れられながらカンパニーの仕事をする。
     少女が各島の他の駅を復旧させているので、そちらの方に回す案件が増えているのだ。
     ちなみに、少女についているのは羽根の生えた豚のような魔物のトンブーである。
     これらは彼らがいた場所に普通にいる生き物の姿を借りているだけらしく、本来の姿は別なのだという。知ることがあるのかは不明だ。
     そうしているうちに日が暮れてきたので、ナジーンは今日の業務を終了して、宿舎前にある焚き火の前に座った。
     少女がいない日はナジーンはこうして焚き火の前で夜を明かす。なんとなく、不安だったからだ。それに、焚き火に当たっていると、少女と繋がっているような気がした。まあ、あの破天荒は夜は夜ではっちゃけていると思うが。
     夜になると凶暴な魔物もいるというのに、好んでそれに突っ込んでいくのだから始末に負えない。
     うと、うとと眠り始め、本格的に眠りに落ちて、ナジーンはこんな生活も悪くはないと少しは思ってしまうのだ。

     目が覚めると楽しそうな瞳と目がかち合った。
     その手が伸ばされて、ナジーンの乱れた髪を撫でていたようだ。
    「あ、起こしちゃいました?」
     日はまだ昇っていない。時刻は明け方の少し前といったところだ。
    「いや、元々不規則な生活だ。構わない」
    「うーん、今日はお休みにしましょ。それで私と二度寝するんです。いいでしょ?」
     にこにこと笑いながらもたらされる悪魔の囁きは、実に魅力的だったが、ナジーンの理性的な問題で断る一択だ。
     だいたい年頃の娘が男と同衾だなんて危機感がないのか云々と説教をたれたくもある。……男として見られていないからかもしれないが。
     自分で傷を抉って、ナジーンは軋んだからだを伸ばした。
    「良かったらお宝の鑑定結果、一緒見ましょ」
     答えを返していないうちから腕を引かれて誘われる。嬉しそうな少女を見ると、断るという選択肢がなくなるのだから困ってしまう。
    「今回はどこに?」
    「クフィ砂漠島です。ファラザードを思い出しますよ」
     もはや懐かしく感じる乾いた風と暑い気温を思い出し、ナジーンは知らず頬を緩めた。
     故郷であるネクロデアの情景よりも、ジャリムバハ砂漠の方を懐かしむようになってしまったのは薄情なのだろうか。
     いつものようにトマソンが鑑定をして、その中のひとつに激しく嫉妬することになるなんて、この時のナジーンは思いもしなかった。
     少女はそのお宝の為に、他のお宝を片付けてしまった。
     いくつもある台座はひとつを残して空で、少女はそのひとつの台座にかじりついてしまっている。
     うっとりと見つめる少女。しまいには自分で磨いてさえいる。
     お宝にあまり興味を示さない少女がこうも執着するのは複雑だ。
    「いい加減もういいだろう」
    「ええ? 素敵じゃないですかぁ」
     引き剥がそうとすれば拗ねたように唇を尖らせる少女。
    「ここに本物がいるのにか?」
     その少女にナジーンは思わずツッコミを入れた。そう、少女が夢中なお宝は、ナジーンの像だったのだ。
     紳士的にお辞儀をするナジーンの像は、緩く口元に笑みを浮かべていて、少女にとっては酷く蠱惑的な代物だった。ナジーンは知らないが、少女がアストルティアに所有する家にも同じ像が幾つもある。
     自分の像ながら忌々しい。そもそも何故他の魔王を差し置いてナジーンの像があるのか。地味な謎である。
     うっとりと像を見つめる少女に、ナジーンは遂に痺れを切らした。
    「あわわっ!?」
     突然強制的に生身のナジーンの方へ向かされて、少女は目を白黒させている。
     ガッシリと視線を合わせてふたりはしばらく見つめ合った。まるで時が止まったかのような永遠にも感じられる時間。
     少女の瞳が閉じられる。観念したかのようにからだの力も抜けた。
     ナジーンは引き寄せられるように少女の顔に……いや、くちびるに己のくちびるを重ねようとして……我に返った。
     弾かれたように手を離してナジーンが下がる。少女はそれを瞳を瞬かせながら見ていた。
     しかし直ぐに何が起きようとしていたのか徐々に理解をして……その顔を真っ赤に染めあげた。
     ナジーンの紫色の肌も赤く染まり、ふたりして初々しい雰囲気を醸し出している。
    「恋ですね〜」
    「素敵ですね〜」
    「微笑ましいな」
     それをセシリー、トマソン、ジャネマがデバガメしていることにすら気付いていない。他の魔物もこっそり見ているが。
    「と、とにかく、私を……きちんと見てほしい」
    「は、はぃぃ……」
     ひっくり返りまくった声。泳いでいる目線。ギクシャクとした動き。どう接すればいいのか分からない、恋を自覚した態度。廃れるだけだった竜の鉄道カンパニーとしては大変美味しい。
     それを見守る日々はとても楽しいものになるだろう。彼らが見つけるお宝は確かに貴重なものも多いだろう。
     けれど。
     ナジーンは、少女は、お互いに一番価値のあるお宝を見つけたのだ。
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