例のあの古代魚「ナジーンさん見てください!」
楽しげに声を弾ませながら現れたのは大魔王の少女だった。その手には釣り糸が握られている。
魚特有の生臭い臭いに共に居たユシュカは思わず鼻をつまんだ。
少女の持つ釣り糸の先には不思議な魚がぶら下がっている。目と口が正面についた間抜けとも言える地味な色合いの魚だ。
「サカバンバスピスって魚らしいです!」
楽しくなったのかぴょこぴょこ跳ねながら少女はナジーンに嬉しそうに報告をする。まるではしゃぐ子どもだ。
「っぷ、ど、どこでそんな魚釣ってきたんだ? えーっと、サバカンバ……?」
そのユニークな魚にウケたらしいユシュカが笑いながら魚の名前を口にする。
「サカバンバスピスですよ。あなたヒッピャペの時も言えませんでしたね」
ナジーンがシレッと訂正を入れる。ヒッピャペとはオルフェアの町にいるプクリポの男性だ。
「あー、それだそれ。で、どこで釣ってきたんだ?」
ユシュカはきまり悪そうにしながら、強引に話の方向転換をはかった。
「えーっと、四億八千万年前くらいです!」
ふんす! と少女が鼻息を荒らげる。それがどれだけ異様なことなのかは無自覚のようだ。
普通の人は四億八千万年前の魚を釣って来ない。
「また相変わらず……」
頭が痛いと思いつつ、ナジーンはサカバンバスピスの話題はこれで終わりだと書類を整理しにかかる。
しかし、少女はなんと言っても愉快犯であり、ナジーンはそれをなめていた。
「この魚面白くて可愛いじゃないですか! だから私、ネクロデアの霊廟にお座敷釣り堀設置して詰めれるだけ放り込んできたんですよ! いだだだだだだだだだ!?」
胸を張って鼻息を荒らげる少女の両側頭部をナジーンの拳が襲った。何をしているんだ何を。
流石のぶっ飛んだ行動にユシュカは遠い目をして苦笑いをしている。
サカバンバスピスひしめく釣り堀を設置された霊廟の面々(大臣、侍従長、魔王モルゼヌ)が哀れでならない。
「今すぐ撤去してきなさい!」
オカンの特大雷が落ち、少女はピィピィ涙目になった。
「でもあれ中身全部釣らないと動かせないんですぅ。手伝ってくださいぃ……! アストルティアでもナジーンさん発案で釣りしたじゃないですかぁ!」
こうして、ナジーンとユシュカと少女は仮面ふたりと霊ひとりに見守られる中、大量のサカバンバスピスを釣るという珍事をすることとなったのだった。