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    Laugh_armor_mao

    @Laugh_armor_mao

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    設定ガチガチの作品はこちら(現在LMのみ)
    https://www.pixiv.net/users/46553382

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    Laugh_armor_mao

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    中秋節に向けて
    ホラーアクション。グロ注意
    🍌🦊👹🦁🖋️全員集合

    但願人長久、千里共嬋娟 白々と光る月が、透明度の高い濃紺の空で孤高を嘆いている。

    「あ。困った」

     竜胆色の宝石を嵌め込んだ瞳が、無感慨に辺りを見廻した後、口から溜息と共に言葉を紡ぐ。
     言葉とは裏腹に、能面の様な表情は先刻から何一つ変わらぬ。
     
     美しい蔦薔薇に覆われたフェンスの角を曲がれば、自分達のシェアハウス迄は50ヤード程歩けば辿り着く筈だった。

     正面から吹き付ける風が、彼の長い襟足から絹糸の様な黒髪を掬い、紫の反射を散らす。
     眼前に広がるのは、高い生成り色をした漆喰の土壁で両側を覆われた、真っ直ぐ続く砂利の一本道。どん突きには、大きな瓦葺きの門が鎮座している。まるでゲームのオープニングだ。
     一抱えもある朱塗りの柱が何本も建ち、扉には金貼りの金具。伽藍の彫刻は所々朽ちているが、緻密な鱗、吉祥の八角形を見るに、素晴らしい造型であった事は間違い無い。圧倒的な存在感が有るにも関わらず、蜃気楼の様に儚い。
     ご丁寧に巨大な楼門の分厚い扉が、ギシギシと音を立てながら人一人分位の口を開けた。

    「…別に従う理由も無いんですよね」

     青年は手近な土壁をコンコンとノックしながら 『一番合理的な』 脱出方法について思案する。手に提げたエコバッグからよい香りを立ち昇らせる焼き立てのパンを皆と食べる方が何倍も重要なのだ。

     今迄の状況を咀嚼するに、此処を出るのはそう難しくないと感じている。何処か遠くへ連れ去られている居る訳でも無さそうだ。

    「匂いが無いんですよ」

     土壁から覗く干し草も足元の土埃も、 楼閣の重厚な木材も。 塀の向こうに茂る草木も。 空気に混ざるべき芳香成分は鼻を擦らず。通り過ぎる風も自身の髪を持ち上げる力はあれど、皮膚を撫でる感覚は無く。照りつけるように明るい日差しは温度を伝えない。ここに存在する何一つ彼の感覚を震わす物が無かった。 で、あればこれは己の脳内に投影されているだけの偶像だ。シナプスを占有する誤った電気信号のスイッチを切れば良い。その役目を瞳に課し、長い睫毛が音を立てて閉じられる刹那。

    『ぁハ。』

     べたりと真後ろ。湿度のある息に声が混じって耳と項に生温い温度を伝えた。
     ホラーによく或る、けたたましい声でも、クスクスと嘲る様に嗤う声でも無く。黒くドロリとした粘着質な音が耳朶に貼り付いて不愉快な気分にさせる。
     目の端には自分と良く似た面差しの。

    「あ、それ許せない奴です」



    「ただ今帰りましたー」
    「おかえりシュウ〜」
    「あぁ、お疲れ」

     玄関先まで迎えに来た兄弟ヘパンを渡しながらダイニングへ向かうと、手際良く冷たいグラスをサーブしてくれた黒髪の青年から好い声で含みのある労いを受ける。
     氷で満たされたグラスから、レモンやミントで風味付けされているらしい、青くすっきりとした口当たりの水を喉に通して、 大きく息を吐きだすとシュウと呼ばれた青年は満面の笑みをこぼした。
     竜胆色の瞳はキラキラと精気に満ち、全身に纏う雰囲気が丸く柔らかい。

    「ヴォックス、 暫くミスタにマーキングしておいて」
    「おや。 アレの狙いはミスタなのか」
    「まてまてまてまて。 本人そっち退けで不穏な会話をすんな!」

     シュウは透明感のあるミルク硝子の食器にペストリーを並べ、ヴォックスと呼ばれた青年はコンソメのスープ鍋をラグにセットする。 にこやかに食卓を整えながら会話する2人に、ドーンピンクの毛並みの青年が意義を唱えた。多少の鳥肌を立てながら。

    「アイクにも気を付けてもらいたいんだけど」
    「文豪様は鋭意執筆中だからな。 完成を待ち望んでいる最凶の『深淵の』守護者様が何も寄せ付けないさ」
    「ただいま〜!お腹空いたよ!!」
    「お帰りルカ。 ミスタ、 悪いがアイクを呼んできてくれ」
    「ちょ。 俺の質問に答えろ!」

     オーブンで保温していたソーセージと、サニーサイドダウンの目玉焼き、チーズに甘酸っぱいグラウンドチェリーのジャムを添えた物を皿によそって、ルカと呼んだ青年に渡しながらヴォックスが部屋の隅で呻いている青年をミスタと呼び、声を掛けた。

    「みんな朝から元気だねぇ」
    「アイク!聞いてよ!ヴォックスとシュウがさ〜」
    「おはようアイク。トースト以外は何か食べるか?」

     最後の一人がテーブルに着くと、賑やかな朝食が始まった。生活時間も職業もバラバラな彼ら5人の共同生活では一同が揃うのは珍しい。男所帯の食卓に相応しく、芳ばしい燻製加工肉の肉々しい香りとトーストされたパンの小麦の香りに予定等の会話が混ざって各々の口に消えてゆく。
     3枚目のトーストにソーセージを挟んで豪快に齧り付いていたルカと呼ばれた青年が、ふと思い出した様に口を開いた。

    「そう言えば、 ポーチの外に変なぬいぐるみがあったから、 シュウに報告しようと思ってたのに忘れちゃってた」
    「なぜ僕名指し」
    「勘?アレはまだ人っぽかった」
    「えーやだー。 メンドクサイんですけど」

     ルカは、きょとんとアメジストの瞳を開いたまま、軽く首を傾げながら答える。背後から差し込む朝日で透けるように輝くブロンドがさらりと顔にかかる。 あどけない仕草はがっしりとした体躯と相まって、大型犬を連想させる。マフィアのボスである彼は、その職業に反してどこまでも太陽の化身の様な男だ。

    「家に入れたくないからそのままにしてあるよ」
    「そいつは良い判断だったな」

     朝食は軽めに摂る組は既に食事を終えていて、コーヒーを楽しんでいたヴォックスが鷹揚にルカを褒めた。人の理の生臭さを嗅ぎ分ける嗅覚は、彼が一番優れているのを知っているのだ。

    「何これ? 猫?」
    「手作りっぽいね」
    「投げ込まれたのかな。うち、門からちょっとだけ距離あるもんね」

     朝食後に玄関ポーチに集まった5人は、小上がりから逸れて半分植え込みに刺さった様な『ぬいぐるみ』を眺めていた。興味本位に参加するのが4名で、 一人で残されるのが怖いと付いてきたのが1名である。
     えらく年季物なのか、毛足はボサボサで胴体も手足も何度も繕ったような跡が見て取れる。持ち主は子供だったのだろうか。縫い目は大きく針目もあちらこちらを向いていて、 中綿が漏れてしまっている。目玉の硝子ボタンはひび割れ、片側は無かった。

    「 『皮』 だけ本物だな」
    「ぎえっ!」

     一番怖がりの癖に探偵と云う職業の性か、好奇心の旺盛なミスタが手を伸ばすと、後ろで腕組みをしていたヴォックスが耳元で物騒な言葉を投げた。びゃっと飛び上がって後ずさるミスタへ、苦虫を噛み潰しまくったシュウが苦言を呈す。

    「ルカでさえ 『得体の知れない物を触らない』が守れたのに…」
    「あー。 うん。ゴメンナサイ」

     シュウは一頻り角度を変えて眺めてから、『触らない』と書いた人型の和紙をペタンと『猫?のぬいぐるみ』に貼ると、 一つ伸びをして皆に宣言した。

    「今のとこ何か判らないので、このまま放置しまーす!」

     結果、増えた。

    「シロ、クロ、トラ、キジ、ブチ!」
    「怖い怖い怖い!」

     元気に一匹ずつ模様を確認するルカと、来なければ良いのに毎回参加して怖がるミスタ。

     毎日。時間は不定で一匹ずつ。計5匹の額に張り紙が付いているぬいぐるみが植え込みに並ぶ。
     なかなかシュールな飾り付けである。 ただし、5匹目が現れて以降、ぱったりと動きが無い。
     判明したこと言えば、使われている皮は死後数年経っているものであり、ぬいぐるみに加工されたのは最近である。という事。近隣でベットの墓地が暴かれたとか言う話も無い。
     十分猟奇的ではあるものの、事件として立証するのは難しい。悪質な悪戯ですねー。巡回増やしときますー。で終わりそうだ。

    「はいっ。 ここで一度情報共有したいと思います!」

    パンパン!っと教務員の様に手を叩いて、シュウが皆にダイニングに集まるよう声を上げた。
     相手方からのアクションが無い以上、此方から確かめる様に動くしか無いのである。
     このまま放置したいところもあるが、『ミスタの安全が確保されたか』だけは確定させたい。
     なぜ、あの日僕は、何の疑いもなくミスタに関係すると考えて、『暫くの間』 累が及ぶと思ったのだろう。
     あと、生皮のぬいぐるみは早く処分したほうが良い。 まだハロウィンには早いので。

    「じゃぁ僕から。初日にナニカに絡まれて、そこでミスタを見たんですよ。でも猫とは関係ありませんでした」
    「いきなり濃い。そして俺の肖像権」
    「ナニカって何?怪我してない?」
    「ネタになりそう。もう少し詳しく」

     怪異の始まりは、シュウの体験談から始まった。無関係とは思えないが、繋がらない点と点。

    「門のある一本道に閉じ込められて、化け物が出た。倒して帰ってきた。以上でーす」
    「ざっくり過ぎるだろ!」
    「POG!ファンタジーワールドじゃん」
    「だから、もう少し詳しく」

     次ルカね。と笑いながら椅子に腰かけると、卓上のピッチャーから薄いグリーンの液体をグラスに注いだ。エルダーフラワーの柔らかなマスカットの様な甘い香りが広がる。ヴオックスの手作りだろうか。本当に食に関してはマメだなぁ。と思う。

    「う〜ん。 俺?初日は朝のランニングで 『ぬいぐるみ』 を見付けたけど、その後はお昼だったり、夕方だったり見つかった時間がバラバラだったから、あんまり良く判らないよ」
    「あれ見付けるのマジビビるよな」
    「気配が無いので気付きにくいですねー」
    「僕は皆と見に行くだけだったからなぁ」
    「皆、パンケーキは何枚食べる」

     最初に『ぬいぐるみ』 を発見したルカは、 一番外出する機会が多かったにも拘らず、その後一度も発見者にならなかった。ミスタなんて、デリバリーを受け取る時に2回も遭遇している。食材の買い出し時にヴォックスが1回、今日は何も無いかな?と言いながら就寝前に確認したシュウが1回。という内訳となっている。

    「僕、関係無さそうだけど気になる事と言えば、今週イヤーカフスをあちこちに置き忘れることが多くて。ちょっと執筆に疲れてるのかも。2枚」
    「日本式のふわふわのヤツなら3枚!」
    「eyy…恣意的なものを感じるんですが。 僕も3枚」
    「良くヴォックスがダイニングとか廊下で見つけてるよね。俺、たくさん食べたい!」
    「アレは自力で歩いて来てたな。キッチンの東側の窓から見えたぞ」

     天板2枚分にスプーンで乱雑に盛ったパンケーキの生地をオープンに放り込みながら、さらりとヴォックスが言い放つと、皆の目が一斉にそちらを向く。耳目を集めた本人は大して面白くも無さそうに眉を上げると、ターナーを持ったまま肩を竦めた。

    「まぁ、だからと言って出所も何もわからんからな」
    「違う!そこじゃない!」
    「POG! 凄いね 自力で来たんだ!!!」
    「んー。道案内…させましょうかねぇ」
    「歩くぬいぐるみかぁ。特にインパクトは無いなぁ」
    「まぁ、この話は置いておくとして。さて。 真打登場と行こうじゃないか」

    ◆ミスタリアスの活動記録

     ここの所、興信所としての仕事は入って居なくて、近所のボランティア団体からの作業依頼を受けていたんだ。
     収入は大した事無いけど、地域の結び付きは大事だからね。
     奥様方の井戸端会議なんて、極秘情報の宝庫なんよ。実際。
     やったことと言えば、老人ホームで食材の運搬だとかそんなもん。ケアマネの資格もないし、裏方作業の方が落ち着くし。
     でもさ、俺可愛いじゃん?
     特におばあちゃん世代から「孫の旦那になってくれないかねぇ」 みたいな話は良くあるんよ。
     今回もアジア系のおばぁちゃんに可愛がってもらってさ。アンさんって皆に好かれてる人だったよ。
     そうそう。思い出した。そこで猫の話になるかな。昔飼ってた猫の話とかしたよ。

    「ごめんミスタ。 言いにくいけど」
    「UNPOG。。 それっぽいよ?」
    「い、いや。でもそのおばぁちゃん子供いないって。だから猫飼ってたって」
    「猫の結婚相手。。。」
    「お前のbottmエナジーはとうとう動物まで射程範囲内なのか」
    「死ね」

     クランピットとは比べ物にならない位のふわふわのパンケーキに、 緩めの生クリームとカカオニブとココアで代用したチョコレートソース、口直しに添えられた歯応えの残る爽やかな桃。絶妙な組み合わせでとても美味しく、申告枚数より多いパンケーキが消費されたのだった。

     翌日。シュウとミスタとヴォックスは、小綺麗なアパルトメントの前に立っていた。

    「ねぇ、ヴォックス。俺の事助けてくれる?」
    「対価次第だな」
    「この鬼畜!」
    「如何にも鬼だが」
    「夫婦漫才は良いから、入りますよー」

     ミスタを優良物件扱いしてくれた老婆は、丁度終身のサナトリウムに入所する為この家を離れる所だという。可愛がってくれたお礼に挨拶を。というと、大変喜んで迎え入れてくれた。
     白髪を後ろに流し、刺繍が施されたロングワンピースを着こなす小さな老婆の上品な英語は、此処で過ごした年月を表している。
     室内は殆ど整理されており、予想していたアジア系の雑多なテイストは何も無く。明るい小花の壁紙とシックな調度品で設えられた部屋を見るに、このままB&Bでも経営出来そうな如何にも英國式カントリーハウスといた体だ。

    「おばぁちゃん、猫は?」
    「あら。 そんな事まで話したかしら?」

     後ろに控えるのは、ケアワーカーの人。おばあさんの生きている時間軸は緩やかに歪んでいる。第三者には真実が判らないから、時々助けてもらうのだ。その人は静かに笑って首を振った。どうやら過去の話らしい。

    「みんなあそこに眠っているのよ」

     老婆が指差す裏の庭が見渡せる大きな窓の先には、朽ちかけた小さな礼拝堂が見えた。

    「収穫無しか〜」
    「「あったよ(だろう)?」」

     老婆の下から辞した後、がっかりしたミスタの言葉は、同行した2人にバッサリ切り捨てられた。今回、婿に請われる事も無く。当たり障りのない会話で終始した筈である。大粒の青翡翠に夕日を当てた様なバイカラ一の瞳を零れ落ちそうな程見開いて、ぱちぱちと瞬きした後、げんなりとした表情になった。

    「オカルト案件ってワケね。無理無理無理ィ」
    「無理と言われてもな」
    「最初からオカルト案件でしょう」

     散歩を拒否した仔犬の様なミスタをずるずると引き摺りながら、 礼拝堂を抜け、 小さな墓地を進んで行く。
     柔らかな芝生に覆われた古い墓石は、 刻まれた名前も風化して記憶と共に朽ちている。何処にでもある、庭園と組み合わされた明るく広い墓所だった。
     ヴォックスとシュウは、比較的新しい墓石がある一角を目指し、その中でも子供や動物の為の小さな墓石を探した。
     探す。というのは少し語弊が有るかもしれない。二人は迷わず奥へ足を運んでいたので。
     一番奥まった森との境界に、白いウインザーストーンで作られた30センチ程の墓石が6つ。
     全て中央から真っ二つに裂けていた。

    「時にシュウ。 Maogui (マオクェイ:猫鬼) と云うのを知っているか」
    「文献で見た事ある位ですね。猫の蟲毒…だったような。。。 数が合わなすぎじゃないです?」

     『蠱毒』とは 所謂共食いの果てに完成させる呪物の一つだ。
     今回の案件にはそぐわないのではないか?とシュウは思案する。だって、『喰われたのが1匹』 という事になってしまう。

    「作り方はもう一つあってなぁ。そちらだと共食いは必要ないんだ」

     のんびりと会話する2人の横で、ミスタは自分への異変と対峙していた。

     寒い。寒い。サムイ、 太陽は中天にあって、木漏れ日はふんわりきらきら光っている。風だって強くない。俺はどこに立っているんだ。 立っているのか?前に立っているヴォックスが見えない。
      地面には石ころと草の間を蟻が這っている。 下を向いているの?何が見えているんだ。オレハ。
     石ころに鼻が付きそうな位近くて、耳元で高い木の、葉擦れの音。
     割れた墓石から覗く空間が誘ってイル。クラヤミ。小さな手、ガ。
     
    「ミスタ。戻っておいで」

     視えない壁を弾く、鋭い声が俺を刺して、ぐにゃぐにゃと掻き回されて融けた俺の輪郭を再構築する。腰に手を回されてぎゅうと引き寄せられる感覚で、我に返る。

    「子供は自分のモノと他人のモノの区別が付かなくて困るな」
    「誰が誰のモノだって?」
    「おや。口にして欲しい?」
    「僕、帰った方がイイ?砂糖吐きそう」

     それなりの危機的状況を一言で解決したヴォックスには感心するけれど。半眼にした長い睫毛から覗くシュウの瞳が、光と温度を無くして2人を見遣る。

     アワアワとシュウに言い訳にもなら無い一人芝居をミスタが繰り広げる中、不意に行進曲威風堂々が高らかに鳴り響く。

    「おや。失敬。ルカからだね」

     アロゥ。と通信端末に気障ったらしく応答したヴォックスは、フンフンと相槌を挟みながら短い会話を終えた。

    「着信音までお国贔屓なの賞賛するよ。ヴォックスのそういうトコ」
    「有難うシュウ。さて、バケモノ退治に向かおうか?」
    「え?俺も行くの?!ヤダぁ〜!!!」



     世界に広がる華僑圏はこの国も例外ではなく。欧羅巴最大級のチャイナタウンを主要都市に懐いている。観光客相手の表通りの賑わいを抜け、裏路地を進むとピリッとした空気を境に、太陽光でさえ明度を落とす仄暗い本来の顔を覗かせる。ヴォックスとミスタもTPOを弁えて、何時ものシャツは其の儘に、黒いスラックスを合わせている。シュ ウは紫のパーカーに、黒のスキニー。狭い敷地にありあわせの建築材で生活圏を構築するのは民族的習性だろうか。地図上では「公園」となっているこの土地は、コンクリとタイルとトタンを寄せ集めた建物が密集し、無数の通り道が口を開けてい た。

     こちらからは人影一つ目視出来ぬが、無数の視線が3人を値踏みしている。 取引相手か商材か。もしくは敵か。そんな空気なぞ意に介さず、ヴォックスは普段より少し居丈高に中の民衆に問うた。

    「東の紅姨 (アンイー) に会いに来た。通せ」

     ざわつく気配を感じながら、ミスタとシュウはおや?と思った。いつも彼が人を説得する際の、響くバリトンに混じる優しさが感じなれなかったので。

    「ここでは私の色彩こそが重要なのさ」

     怪訝そうな二人に笑いながら、ヴォックスは答えた。紅い焔を毛先に、眦に散らし、漆黒の髪が艶やかに流れる。涼やかな瞳に宿るのは鮮やかな金彩色。緩く開けられた口腔からは人と称するには不似合いな発達した犬歯が覗く。彼は日本の鬼であり、聲の悪魔だ。己が人で非ざる者であり、何を象徴するのかを知らしめるだけだと云う。向こうが答えを出すと。

     ヴォックスの説明の終わりを待っていたように、ギシィと音を立てて、鉄製の扉が開いた。

     雑に流されたコンクリートの壁は、頭上すれすれを横切る配管から伝う赤錆びた液体で筋が描かれ、乱雑に貼られたポスターやら広告札やらを汚す。排水しきれなかった浅い澱みは虚ろな電飾を写し、薄暗い空間を少し明るく照らす手助けをしていた。生活臭と化学化合物の薬品臭と腐肉の臭いが絶えず鼻腔を刺激し、鼻の効くミスタは辛そうに顔を顰める。3人はあまり音も立てず、長い影を引き摺りながら、開いている扉を潜り進んでいく。

    「今回の件、ヴォックスは何処まで把握してるの?」
    「把握なんてしていないぞ。 分析云々はシュウの領域だろう 私は見聞きしたものを整理して動いているだけだね」

     ヴォックスがシュウの範疇の事件に首を突っ込んで来るのは珍しい。こちらから願えば 応じてくれるものの、基本は人の理は人が対応するもの。として普段は傍観していることが多いのだ。
     余程、仲間 (と認識していてくれていると勝手にシュウは思っているのだけれど)に危機的状況が迫っているか、単に面白そうだったのか。いずれにしても理由を聞いておいて損は無い。回答があるなら迷わずそちらを選択したほうが合理的だし。

    「私はシュウを信頼しているから、今回も特に気にしていなかったんだが」

      ちょっと眉間に皺を寄せてゆっくりとヴォックスが話し出す。少しだけ閉口したような口振りだ。

    「アイクの後ろの方が、ね」
    「あぁ。成程」
    「ちっとも判らん会話してんね。俺を置いてさぁ。酷くない?」

     2人の会話があまりにもゆるいので、この不気味な通路でミシミシと精神を削られていたミスタがやっと憎まれ口を叩ける位に回復し、『公園』の敷地を余裕で抜けられるだけの時間、3人は歩を進めた。途中3段程しか無い階段を上ったり、明らかに台所や寝室であるようなプライベート空間の横を過ぎ、次第に甘く濃厚なカラメルに似た木香と、龍脳、漢方薬の混じった薫りが誘うように漂う袋小路は、小さな赤い柱、壁に、一面黄蘖の札が貼られた一角。

    「最近のホラゲーで見た」
    「 Incantation (咒)」
    「2人の心拍数が対照的過ぎて笑う」

      磨りガラスの嵌った朱い木製のドアを開けると、こじんまりとしたダイニング、その奥に小さな祭壇の様な物が置かれているシンプルな部屋が現れた。

    「先程振りですね。 こんばんわ」

    部屋の中央に立っていたのは。

    「あ、ケースワーカーのひと。 紅姨さんは?」
    「ミスタ。 紅姨(アンイー)は名前じゃ無いよ」
    「猫返しに来ました〜」

     大陸のアジア人特有の、細い体躯に狐目。紅を注した薄い唇は左右対称に弧を描く。首の詰まった黒いシンプルな黒装束。硬そうな長い真っ直ぐな黒髪が、二筋頬にかかっていた。

    「華の大陸のシャーマンの呼び名だ」

     軽く組まれて腹に添えられた白い手の爪甲は、乾燥しひび割れて爪上皮がヤケに朱い。
     カサカサとした笑顔が薄っぺらに貼り付いて微動だにしない様は、肉で出来た人形の様だ。

    「さて。私達はここで一服するとしよう」
    「え?僕の役目なんですか?」
    「勿論。初めに視たのはシュウだからな。呪術対戦はシュウにお任せだ」

     ヴォックスはそう言い置くと、直線的な幾何学模様を描く組子細工の衝立を背に、見事な透かし彫りの榻背を持つ椅子に鷹揚に座り、長い脚を組んで肘掛に頬杖を付いた。
     空いた手でミスタにも座る様指先で促す。

    「戦闘にでもなったら呼んでくれ」
    「ねえ、これイベントクリアしないと帰れないやつ?俺関係な」
    「 お前が元凶だろう。特等席だぞ?犯人の自供劇を楽しむべきだ」
    「eyyyyyy…と、言う訳で僕が相手でーす」
     
     シュウが振り向くと、視えない再生キーを押した様に黒衣の人物が話し出す。女とも男とも、子供の様にも老人の様にも聴こえる無機質な声。

    「ワタクシには、少々当たる占い程度の能力しか無かったんです。でも、」

     嬉しそうにキュッと上がった口角は醜く歪んで。

    「先代が、其処の型男(シンナン)を見初めた時、刻が戻った」

     穏やかな老婆の、温かな想い出を汚して行く。

    「富も名声も捨てて、渡ったこのクニの片隅で朽ち果てると言った愚か者が、最後に役に立っタ」

     朱い唇だけが動いて、人間みたいな言葉を話す。誰にも響かない空っぽな欲を。

    「姑娘は昨日死んだ。と。一月も経たない赤児のクビハ」

     ゆらゆら首から上だけが揺れる。不安定な動きは見る者を不安にさせる。
     部屋の隅、家具の影。境い目がゆらゆら。

    「猫ハ5匹、オマエ達モ5ニン。文豪、マフィア、道士、興信屋………バケモノ」
    「失敬だな」
    「殺シて持ち帰ル。才能、財産。型男ヲエサニ。良ク言ウ事ヲきく」
    「俺、生贄ポジかぁ」
    「ハイ、ハイれナイ」 
    「それ僕ですね」

     かちかちかち。規則正しい音がする。
     
    「キ…効カナい…ノろイ マ除ケ」
    「何が効いたかな。矢張り桃か?」
    「食いもンに何か混ぜてたの?!」

     がちがちがちがちがち。エナメル質が忙しなく打ち合わされる音。

    「還サレタ」

     ぐちゅり。ごぽり。潮の匂い。

    「「あ」」

     ぞるん。

     脳の内側から這い寄る、恐怖と嫌悪と虚無を混ぜた様な音がしたかと思うと、この部屋の汎ゆる陰影からぬらりとした影が黒い人物を絡め。

     ぶちり。

     凡百の方向へ引き千切った。

     空中に霧散した1-オクテン-3-オンとトランス 4.5-エポキシ- E-2-デセナールの臭気と、半ばから立ち折れた脊椎からバラリと伸びる白い神経束、タンパク質と脂質の塊と化して床に散らばる桃色の臓腑とクリーム色の皮の残骸が、確かに人であったと告げていた。それらはゆっくりゆっくりと、自らが落としていた影に沈み込み、やがて一切の存在を赦される事無く消えて行った。

    「時間と空間を操る御大としては我慢有らなかったか」
    「んはは・・・問題は出口だと思うんですよ」
    「お前らフツーにしやがって!もうやめて!俺のSAN値はゼロよ!」

     案外元気なミスタの頭を撫でながらシュウとヴォックスは部屋であった空間を調べ始めた。

     ちゃりん

     ミスタが何と無く通信機器を取り出す際に落ちた、銀の鍵がコンクリの床で澄んだ音を立てて跳ねた。

    「銀の鍵、究極の門。ラスボスへの招待状だな」

     愉しそうに笑うヴォックスの目線の先には、小さな祭壇。日本で云う処の神棚があり、堅く閉ざされている扉がひとつ。

    「僕じゃダメみたい」
    「う やっぱ俺かぁ」

     扉が開いた時点で何が起きるかわからない為、まずはシュウが扉の開錠を試みる。が、お約束の通り鍵穴にさえ触れられず終了している。
     ミスタは鍵を受け取って慎重に…行動するワケは無く、シュウとヴォックスは予めの対応として、それぞれ式神をポケットに押し込んだり、黒いネイルで彩った節樽立つ指をチョーカーに引っ掛けて腰を抱いたりした瞬間。

    それは正しかったのだ。

    「ウサギならぬフォックスを追いかけて穴の中とはね」

     鍵を回した瞬間にPlatformから美しい姿勢で跳び込むダイバーの様に頭からスルリと落ちていくミスタと共に2人も吸い込まれて消えた。

     蒼白い月、濃紺の天鵞絨に金砂を散らした天に向かってそびえる朱の門。
     
    「あー!あー!これ日本じゃなくて中国の牌楼(ばいろう)だったんだ。うん。それなら納得。ずっと日本だと思ってたんで、不思議だったんですよ。 なんで冥婚?って」

     冥府の門は内側から開き、歪んだ理を紡ぎながらひたひたと、嘗て生き物であった残滓を吐き出し続けている。
     カサカサと煤色の個体は、視界の端に這い回り、ばくりと無数の牙を剥き出し、キシャキシャと蟲の腹が擦れた時に出す不快な音を立てて威嚇する。

    「シュウ、根治処置は任せる。蹂躙するのは任せて頂こう」

     夜で組成された怜悧玲瓏の彫像が立っている。宵闇の髪、月の破片を嵌込んだ瞳、月光を鞣して貼付けた白い皮膚。
     金彩色の瞳から爆ぜる火花。漆黒の刀身に紅蓮の炎を纏わせた、臈長ける鬼は、愉しそうに刃を振るった。

    「隋代の災厄って云われる位の術式ですよ。もう、大変〜」

     紫のパーカーから袖を抜き、バサリと視界を塞ぐ様に振ると、ひらりとした薄衣に蝙蝠の翼、髑髏の腰帯を付けた呪術士のシュウが現れた。
     
    「ミラクル☆チェンジ(笑)」

     涼しい顔で巫山戯るその長い指には、式神を構え、ミスタを囲むツギハギの猫だったモノと対峙する。背後に纏う炎が揺らめいた。

    「ウェッ!グロぉ」

     硝子のボタンであった眼はゼリー状の濁った球体となり虚ろな視線を此方に向けている。鞣されず加工された毛皮は柔軟性を持たず引攣れて、捻れた手足が動く度に裂けて中味が溢れそうだ。

     標的であるミスタは、片眉を上げ嘲る様な顔で微笑った。解らないモノは恐怖でしか無いが、理解して仕舞えば後は対処するだけだ。青翡翠の瞳を持つ、愛すべき童顔の型男(スタイリッシュな男)の中味は凶暴で靭やかな獣だ。

     ミスタは細い腰に巻き付くベルトに手を掛けパンツから抜取ると、そのままバックルを『外した』。
     ベルトを片手に巻き、左手で仕込みのバックルナイフを構えて腰を落とし、臨戦態勢を取る。

    『シ、んラ、ン』

     周波数が合わないラジオの様に、ザリザリとした音が猫の口々から絞り出され、耳が痛い。

     シュウは一体一体丁寧に捕捉しつつ、この呪いの解体方法を探る。ぶった切って燃やすダケならヴォックスに任せるのだが。

    「解体!ミスタ、縫い目狙って!」
    「りょーかいぃ!」

     ミスタは弾む様に1番近い獲物に近づくと、ナイフを孤月に振るった。ヌイグルミの腹を塞ぐ縫い糸に刃線を走らせると、たわむ感触は何本も細い糸を裁つ際のプツプツと云うもので。まるで髪の様だ。

     シュウも式神で撫でる様に払うと、紫炎が糸を焼く。亜硫酸ガスの刺激臭はソレがケラチンから成る毛髪であると告げて不快感を撒き散らす。
     5匹目の解体が終わると、それまでカタチを保っていたヌイグルミ達が戦慄いて、解けた腹から中身が落ちた。

     同じ顔の、嬰児の頸が5つ。

    「う、わ」
    「ミスタ!」

     生理的嫌悪感に止まったミスタを、紅葉の葉と同じ位の小さな手が、無数に増えてミスタの身体に集って縋る。身動きの取れないまま、触れた掌から伝わる、感情の残滓が脳を掻き回す。視界はぐるぐると回って焦点を合わせられない。だが。
     ミスタは嘔吐感に耐えながら前を向くと、静かに告げた。

    「悪ィね。俺と結婚するには過保護な兄弟とトンデモねぇついでに人でもねぇ悪友全員から承認貰って、……案外嫉妬深い恋人より俺を夢中にさせてくれ」

     ポケットから取り出した、少しクシャッとしてしまった人形を、そっと愛を乞う肉塊に押し当てた。

    「新郎呼ばわりとは烏滸がましい」

     シュウの言祝ぎに合わせて、ドロドロと溶けていく塊からミスタを取り出したのは、爛々と金彩色の瞳を煌かせたヴォックスだ。

    「ヴォックス、門へ」

     はらはらと舞う式神を従えたシュウが、指差す先は。

     緻密な鱗を持つ雄の蛇の尾、吉祥の八角を抱く亀。北の玄冥が司る冥界の門。

     ヴォックスはグズグズになった肉塊に顔を顰めながらも片手で掴み、門の隙間に投げ込んだ。
     シュウの竜胆色の瞳が刺すような気配と変わり、式神が門を閉ざす。

    「エンドロールは省略で良いですよね」

     火に焚べた甲骨が爆ぜる様に空間が割れた。

     鉄の扉を潜ると、チャイナタウンのリトルスラムの入り口だった。
     ルカの仕事用の黒塗りのロールスが停まって居て、ボンネットに寄り掛りながらLucubsに指示を出している様だ。
     此方に気付くと、大輪の向日葵が咲き乱れるような明るい笑顔で3人に手を振った。

    「POG!ナイスタイミング!こっちの用も今終わったトコだよ〜」
    「用事って何よ?ここってばカネシロファミリーのシマなん?」
    「まだ何処も手を付けていない空白地帯だったんだよ!早い者順ってコト♪まぁ、ココの場合交渉権ってとこかなぁ」
    「こうも汚れてしまっては公共機関を使えないからな。助かったよ。ルカ」
    「僕、お腹空いた…」
     
     帰途の車内で、肉まんを頬張りながらミスタがルカに問う。

    「ルカってば、何調べてくれたの?」
    「ん?ヴォックスから、移民の裏帳簿を取寄せてって頼まれたんだよ〜」

     公的資料を迅速に漁るなら探偵事務所に駆け込んだ方が時間も料金もお手頃だが、流入して来る移民の一部には、ルカの界隈が情報を持っている事も多い。
    まぁ、交渉する手段と対価を用意出来れば。の話だが。
     焼き小籠包が熱くて一口で食べるのを躊躇したルカは1枚の写真を差し出した。

     古い感光紙には、和服にロングスカートを併せた様な伝統的漢服の楚々とした女性と、蒼い瞳の英国人と思われる男性が写っていた。

    「わぁ、ミスタの瞳と良く似てる」

     2つ目のエッグタルトを確保しつつ、手元を覗き込んだシュウが感心の声をあげた。

    「残念な事に我が國の医療制度は崩壊しているからな。事業も起こしていない異国のご婦人が一人で使用人を雇い、優先的にサナトリウムに入るなど不自然この上無いだろう?」

     身ごと削いだ北京ダックをクレープ生地で野菜と包んだロールサンドを食べながらヴォックスが説明する。

    「あの犯人が『何もかも捨てて』とか言ってたし、駆け落ちとかして来たのかな?ロマンチックだ」
    「ミスタ、君がそれ言う?」

     シュウは、あれを『ちょっと嫉妬深い』で済ます君の方が凄いと思うよ。と言う言葉を飲み込んだ。

    「もう、変なヌイグルミは家に来ないんでしょ?解決POG!」
    「ルカ、そのデカいケーキ、一人で喰うの?」
    「あ、それ半分に切ってって店員さんが言ってた」

     断面には、黒い夜空に黄身の月。





    「なぁ、ヴォックスって俺達に変なモノ喰わせてたの?」
    「鬼灯、加加阿、桃、西洋接骨木、薬用来路花、ネクタリン。ポマンダーに因んでオレンジとクローブのソースを肉のソテーに仕込んだりしたな。みんな好評だったろう?」
    「普通に食材だった」



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