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    nuru_nurukinoko

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    nuru_nurukinoko

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    諸君でファンタジー。前半はオールキャラに近いです。なちぇさんのイラストが元ネタです。掲載ご許可頂きありがとうございます。

    バミファンタジーパロ:クラーケン狩り日記〜前半〜 オォォォ……ン……

     水平線の果てまで続く鈍色の空。時化って荒れ狂う海。その只中に、声とも言えぬ声を響かせて巨体持つ深い緑色の海洋生物が体をうねらせていた。
    「―――く……‼︎駄目だ、陸からだと本体が遠すぎる…‼︎」
    触手の切先を鋭く尖らせて穿ち抜いてくる攻撃。無限とすら思える数のそれらを剣でいなして躱しながら、勇者・ルークが呟く。悪天候で湿った砂浜は足場も悪く、標的の急所を狙うのは難題であった。天候ごと海を酷く荒れさせ、四六時中本体を晒して支配者然と君臨するその様は人間如きに自身が倒される事など考えてもいないという自信の証左であろう。海上の敵を狙って接近するにあたり、近隣の漁民から借りてきた小舟は漕ぎ出して早々に底に大穴を開けられ瓦礫となって無惨にパーティメンバーの後方に打ち上げられていた。隙あらばシュ、と伸びてくる油断のならない脚を切り落とすがダメージを与えているとはとても言い難い。
    「……一本や二本斬るだけじゃどうにもならない…!なんとか、本体に近づく策を考えないと……」
     額に玉の汗を浮かべる勇者の脇を―――タッ、と影が走り抜けた。あ、と目を見開く間に彼の相棒―――両手に鉤爪を装着した赤毛の盗賊が海面に躍り出る。
    「―――アーロン⁉︎」
    「ちんたらしてんじゃ、ねえ、よッ……‼︎」
     一体どうした事か、海面に足場など無いのに―――ルークがそう驚いた瞬間。海中から危険を察知し攻勢に移らんとする触手が次々に浮かび上がってきた。それらが攻撃に移る前に―――まるで軽技のような鮮やかさで。アーロンはそれらを足場に、凄まじい勢いで沖に存在する本体へ向かって駆け抜けた。彼の猛獣レベルの殺気及び敏捷性と体感能力を持ち得なければ成立しない、敵の害意すら利用した戦闘方法である。
    「すごい―――、って、感心してる場合じゃない!アーロン、待っててくれ!僕もすぐに向かう‼︎」
    「お前は来んじゃねえ、ドギー‼︎」
     鉤爪で触腕の先端を斬り落としながらアーロンが叫ぶ。
    「俺と違ってお前は防具も武器も重てぇからこの戦い方は逆に不利だ‼︎」
    「でも―――…」
     放って置けない、とはらはら勇者が見守る先で
    、盗賊は遂に―――今回の依頼の討伐対象。巨大なクラーケンの頭部に辿り着いた。
    「―――ったく、気色悪ィ……。靴も鉤爪も粘液でドロドロじゃねェか……‼︎」
     褐色の額に青筋を立てながら、彼は至極不機嫌そうに相手を睨みつけ――――直近の“足場”を蹴って、クラーケンの―――黄金色に輝く眼球に拳を叩き込むに近い体勢で、鉤爪の先端で抉り引き裂いた。

    ――――〜〜〜ごォォォオ……ン……

     人間の鼓膜に重く響く、独特な絶叫が響き渡る。強烈な痛手を負ったクラーケンは、全身を波打たせて暴れ始めた。触手が海面を狂ったように叩き、浜辺周辺の人工物―――桟橋やら丘に揚げられていた漁師の小舟やらが凄まじい衝撃に巻き込まれ砕かれては海面に撒き散らされる。
    「―――アーロン‼︎‼︎」
     このまま敵の地団駄に巻き込まれては、相棒も危ない。そう判断して叫ぶ勇者の背後から―――さっと手が伸びて肩を叩く。
    「ルーク、アーロンなら平気だ。」
     落ち着いたベテランの声音に、はっとルークが振り向く。全身を黒の忍者装束に包んだモクマが、両手に苦無を持って海面を見つめていた。
    「―――モクマさん……!」
    「俺も似たような職種を経験した事あるが、奴さんの装備なら洋上はともかくこれくらい陸地の側なら何とかなる。それよりも…こっちはこっちで集中が必要だね。」
     中年がしゃくる顎先を眺めると―――そこには。浜辺に押し寄せる荒波一面が、沸騰直前の湯のようにモコモコと無数の曲面を作っていた。―――水の異常では無い。数も数えきれないほどに大勢を率いた“何者か”が、海面を押し上げているのだ。それらは程なく淀んだ空の元姿をあらわにした。
     それは、小さなサイズのクラーケンであった――――。沖の大クラーケンの呼び声に応じて、海の底から浜辺に向かって、海岸一面を埋め尽くすように小クラーケンが数限りなく殺到してくる。
    「この数……!洒落になってないぞ…‼︎」
     小―――と便宜上呼ぶ他ないが、それも風車小屋より巨大な標的本体と比較してのサイズ比であり、一匹一匹は仔牛ほどのサイズがある。いちいち切り捨てていてはこちらが消耗するばかりだ。襲いかかる子クラーケンを袈裟斬りにしながら、ルークはモクマを振り返った。
    「モクマさん!このままですと、あまり持ちません‼︎対応できて百少々が限界かと‼︎」
    「それはがってん承知の上!」
     触手を広げて殺到する小クラーケンの眉間の間を苦無で的確に射抜き続けながら、背中合わせで忍者が叫ぶ。
    「―――時間は充分稼いだ。アーロンにも防具を手渡し済み……あとはあいつの仕事にお任せするしかないってね…!」
     攻撃の合間にチラ、とモクマの視線が浜辺の稜線の先―――切り立った崖の、その先端に立つ細い人影を捉えていた。
    「……後は頼んだよ、チェズレイ。」


     同時刻、浜を見下ろす崖の上。ボウ、と光る紫色の魔法陣の中心に、プラチナブロンドの長髪を靡かせて白皙の肌を保つ青年が立っていた。長い長い―――時間にして食事を終えた後入浴が出来そうな程にたっぷりと刻を掛けて詠唱された古代魔術が、大気に浸透して作用し徐々に自然の理を書き換えていく。
    「――――人は皆、自然には逆らえぬもの。魔物もまた万物を成す構成物の一環であり、それが沿岸地域に齎す厄災も大いなる弱肉強食の一部―――。」
     冷徹に事態をそう分析しながらも、大気中にピンと張り出した耳を軽く揺らしてエルフは紫眼を皮肉っぽく細めた。
    「とはいえ――――。あれは少々規格外。良き自然環境を保つには案外と人工的手入れが必要な場合もあります。まあ…我々もまた、自然の成した要素の一部、ですのでねェ。」
     知恵と自我が付いた結果、欲を掻いてナワバリを広げ過ぎたのが仇となりましたねェ。自然の成す弱肉強食に則って、ここは恨み言無しに――――。
     そう続けると。エルフは魔法陣と自身の全身を煌々と発光させ、口の中で仕上げの呪文を唱えた。

     チェズレイの身から放たれる光は薄暗い天候にあって、灯台のように眩く輝いて仲間たちに事前の防備固めを促す。
    「―――っと!ルーク、合図だ!盾盾‼︎」
     サッと懐から防具のローブを取り出し瞬時に羽織るモクマの言葉に、ルークも加護の力の籠った盾を構える。
    「はい、モクマさん!……よし…頼んだぞ…‼︎」

    沖合でも――――。
    チカリと煌めく紫の光に、八面六臂飛び回りながら大クラーケンを足場に戦い続けていたアーロンが眉間に皺を寄せてローブを羽織って舌打ちをしていた。
    「――――チッ…!マジでアホみてえに力練ってやがる…!俺がいる事お構い無しかよ、あの糞エルフ…‼︎」

     それら――――仲間たちの防御が間に合ったのを遠隔視で確認して。妖艶なエルフの瞳が残酷な色を湛えてギラリと光る。
    「では――――ご機嫌よう。断末魔には醜悪な悲鳴しか、期待出来ないのが残念至極――――…。」
     指揮者のようにチェズレイの広げた腕が優雅に沖へ向かって差し出される。途端。大クラーケンの頭上を中心に渦巻いていた雲が急速に雷鳴を帯びながら一つに凝り固まって、轟轟と音を立てる。そして――――。

    ―――ガカッッッ――――‼︎‼︎‼︎‼︎

     周囲に目も眩むような閃光が走ったかと思うと、凄まじい広範囲に渡って膨大な雷の柱が天地を繋ぐように叩きつけられた。径にして大クラーケンの胴と同等の太さのそれに、海洋生物は絶叫を上げて巨体を痙攣させる。

    ――――‼︎‼︎‼︎〜〜〜―――ォォォォオ……―――オ…―――…

     凄まじい魔力の籠った雷撃で海面が帯電し、うぞうぞと陸に上がろうとしていた小クラーケン達は一網打尽となって海面に浮かび上がった。一面プカプカと緑の小ダコで埋め尽くされて壮絶な光景だ。それを目の上に掌で庇を作ったモクマが口笛を吹いて眺め回した。
    「いや〜〜〜こりゃ圧巻だね。色も茹ってなんだかピンク色に色付いてるし、美味しそ。」
    「―――…?えっと…冗談ですか、モクマさん…?」
     島国出身魚食文化の忍者の感覚がイマイチ通じず小首を傾げていたルークであるが―――。その視線がハッと沖へ向く。
    「――――いけない!まだ本体は動いてる‼︎‼︎」
     その言葉通り――――全身薄ら茹で上がりながらも、大クラーケンは緩慢な仕草で体を動かし続けていた。ぞぞぞぞ、と海面を伴い移動しながら蠢く様に勇者の目が鋭くなる。
    「――――ってこのままだと逃げられる……!俺が仕留めます‼︎‼︎」
     タッ、と地を蹴って走り出した彼に、背後からモクマが叫ぶ。
    「ルーク!海面はまだ雷を帯びとる!蛸の上には乗るな‼︎」
    「わかってます!奴が…本体が砕いた橋や船の端切れを渡ります!」
     陸に上がってチェズレイの雷撃から取りこぼされた小クラーケンたちを始末しながらモクマが続ける。
    「ルーク、それと――――…!」
     忍者の言葉に思わず振り向き目を瞬かせると、勇者は大きく頷いて再度走り出した。その背中を見送り、雑魚を殲滅しながらモクマは呟く。
    「今を逃したら、数ヶ月後にまた住民が苦しめられかねん…。頼んだぞ…!」

     タン!トッ、タタッ…―――‼︎
     
     リズミカルに海面に散った木板を渡り走り抜けながら、ルークは剣の柄を握り直す。刃先と言わず全身と言わず、海水と雨風と敵の粘液体液でボロボロだ。それでも――――。
    (…弱音なんて吐いてられないよな…。だって――――君の方がずっと大変だったんだから。)
     そうだろ、相棒。本体の程近くで閃く鉤爪と赤い髪の輝きに、青年の心が強く励まされる。
    「―――来んじゃねえ、つったろうがアホドギー‼︎‼︎」
     ルークの姿を認めたアーロンが眉間に皺を寄せて忌々しそうに突き放す。しかし、付き合いも長くなってきた勇者にはそれがこちらを慮っての行動であることはとっくに理解していた。
    「―――随分な言われようだなあ。…本体はチェズレイの雷でかなり戦力を削がれてる。今なら問題ないよ!」
     勇者の言葉に溜息を吐きつつ、盗賊の眼から僅かに険が抜け落ちた。
    「あーそうかよ、ったくどいつもコイツも…。しかもクソ、コイツ逃げようとしやがんぞ‼︎」
     本体と直に戦い続け、防具で備えたとはいえ直近で雷撃を落とされたアーロンはかなり疲労の色が濃い。そんな相棒―――唯一無二の、勇者とコンビを組む盗賊を制するようにルークは叫んだ。
    「大丈夫だ、アーロン!いまモクマさんから訊いた‼︎コイツの弱点は――――‼︎」
     ここだッ‼︎‼︎
     そう言うと――――勇者は手近な足場を蹴って飛び上がり。剣を鋭角に構えて――――大クラーケンの眉間の間に、剣戟を叩き込んだ。
    「――――はぁァァぁあッ‼︎‼︎‼︎」
     ズシュゥ、と手応えがあって、巨大な蛸の化物は――――遂にその全身の色素細胞を真っ白に変化させ、海中へと逃れ切る前に力尽きたのであった。


    ***


    「おやおや。惨憺たる有様、とはこの事ですねェ。」
     ゆったりと優美な足取りで、散歩を楽しむように浜辺に降り立ったエルフが片眉を上げて愉快そうに唇を釣り上げる。その視線の先では――――。
    「アハハハ……。ちょっとこの粘液の酷さは…想定外だったな……。」
     頭からスライムを被ったような勇者と。
    「――――……⁉︎誰のせいだと思ってんだコ゛‼︎‼︎」
     海水と粘液のブレンドを食らった上にローブ全体からこんがりした香りを漂わせた盗賊と。
    「う〜ん、ここまで来るといっそ気持ちいいかも。漁船に乗ってた時の事思い出すねぇ。」
     一番被害軽微そうに見えて―――どことなく本来の装束以上にじっとり黒みを帯びた布地を纏った忍びが並んで立っていた。ひと仕事終えた全員の顔には、達成感と同時に疲労と解放感が滲んでいる。中でも最も草臥れた見た目で苛立ちを浮かべた盗賊が、胸倉を掴みかからんばかりにエルフに迫った。
    「お前の魔術が遅えんだよクソエルフ‼︎‼︎お陰であのデカブツ引き留めんのに余計にドロドロになったわ‼︎‼︎」
     尖った犬歯を剥き出して怒鳴り上げる剣幕は、一般人ならすくみ上がってしまう恐ろしさだ。しかし―――。
    「あァ…!その粘膜と海水と煤で汚れた体で近寄らないで頂けます?折角汚れないように距離を取って詠唱したのに、盗賊殿から擦りつけられては意味がないですから。」
     エルフの中でも一際異彩を放ち、陰を歩んできたが故に会話の端々にまで毒気を滲ませるチェズレイには通用しない脅しであった。それどころか反対に煽り返す言葉選びに、アーロンの額にビキビキとわかりやすく青筋が立つ。
    「――――まァじでクソッタレ野郎だな…‼︎俺らが必死こいて身体張ってんのに高みの見物決めながら片手間に戦いやがってよォ…‼︎」
    「――――でも、そんな高みの見物野郎が居なければあのクラーケン本体を弱体化させる事は困難だった。…お分かりでしょうに。」
     足止め役の盗賊殿。チェズレイは両手を広げて肩をすくめる仕草をする。そんな余裕に溢れた態度が益々アーロンの怒りを焚き付けた。両手の鉤爪がジャキッと飛び出し、黒目が引き絞られる。
    「――――コロス……‼︎‼︎」
     周囲の空気が一触即発とばかりにザッと凍りつく。そんなパーティの怪しい雲行きを察知して、ルークが慌てて二人の間に割って入った。
    「ま、まあまあ二人とも‼︎アーロンは大クラーケンの足止めをしてくれた。チェズレイは全体攻撃で群れ諸共弱らせてくれた。…つまりはお互いが居なきゃ、任務達成できなかったって事だよな‼︎…いやー、僕たちいい仲間に恵まれたな〜〜〜!ですよね、モクマさん‼︎」
     焦りながらも早口でそう言葉を続けつつアーロンを後ろへ後ろへと押しやる勇者のあまりにも必死な表情に、盗賊の毒気が一気に抜かれていく。
    「―――だねぇ、ルーク。チェズレイ、お前さんも。あんまり揶揄うもんじゃないよ。」
     背後から声をかけられて、エルフの眼が態とらしく見開かれた。
    「モクマさァん…。貴方まで私の働きが不十分だったと仰る?」
    「んな事言っとらんよ。」
     ハア、と息を吐きながらモクマが弱った様子で面頬を外す。
    「ちゅーか…。今回のやらかしなら、俺が一番といっても良いからね。」
    「――――えっ⁉︎」
     忍者の口から漏れた言葉にルークは目を瞬かせた。脳内で先程までの戦いを反芻するが、モクマに助けられた記憶こそあれ彼が作戦の足を引っ張った風にはどうしても思えなかった。
    「あの。俺、モクマさんには助けて頂いた記憶しかないですよ?むしろ、本体の倒し方なんて大切な事教えて貰っちゃって――――」
    「そう。そこだよ、ルーク。」
     頭を掻きながらモクマは心底申し訳なさそうな顔をした。
    「おじさんね、島国出身で漁船の仕事もしてた事あってさ、ああいうのの倒し方知ってたんだ実は。」
    「えっ?―――でも、あの時活路が開く直前になるまで、モクマさんはその事を口にしませんでしたよね?前日の作戦会議でも、全体の攻め方は確認しましたが眉間の急所の話はしなかった……。」
     ―――かと言って、モクマが悪意を持ってその情報を隠していたとは思えない。ルーク達を害したいのであれば、そんな事教えずに海上に突進していくのを見送れば良いのだから。つまり―――。
    「つまり――――モクマさんはこう仰りたいのですよ、ボス。戦いの最中にいざ目の前のクラーケンをまじまじ確認して、やっと故郷や旅先で目にしたことのある魔物の別名称だった、と気づいたと――――。」
    「そうか…!クラーケン、ってこの辺りの呼び名であって、国が変われば呼び方も変わるもんな。」
     納得して深く頷く勇者に、忍者はますます身を縮めて頭を下げた。
    「いや、面目ない。この国で海辺に出向くのは今回が初めてでねぇ…。まさかあんな大蛸の名前とは思わなんだ。」
    「そんな事!気にしないでくださいよモクマさん!」 
     忍びの肩をポンと叩きルークは笑う。
    「逆に、ギリギリのところで弱点を伝えて下さって良かったです!それまでは触手への対策に集中出来たし、あれ以降は止めに気を回せましたから!」
     お陰でほら―――そう言って勇者が示す先には。嵐が止んで柔らかな色合いに戻った雲の切れ間から、白々と陽光が海のそこここに投げかけられていた。いつの間にかすっかり凪になり、どこからともなくミャアミャアと海鳥の鳴く声が聞こえていた。
    「本体を無事に倒せて、平和な日常を取り戻せましたよ!…だから、モクマさんの“せい”なんかじゃなく、モクマさんの“おかげ”です‼︎」
     そう言って胸を張る青年を数度の瞬きの後眩しそうに眺めて、モクマはやっとふにゃりと笑った。
    「――――そっか。うん…ありがとね、ルーク。」
     パーティ一団がやっと落ち着きを取り戻すのに合わせて――――浜の向こうから、「おおい、おお〜〜〜い」と声が掛けられた。四人が見据える先に、ごま塩頭に白髭を蓄えた老人が駆けてくる。見覚えのあるその顔にルークは笑顔になって彼に手を振りかえした。
    「――――村長さん!ご無事でしたか‼︎」
    「――――そりゃあこっちの台詞だよぉ。まぁ〜〜〜あンなおっきなの、ここらでもよう見んのに。まさか四人で倒しちまうなんて…ありがてえ、本当にありがてえ。」
     粘液に塗れているにも拘らず迷いもなくルークの手をとり、村長は顔をくしゃくしゃにして礼を繰り返す。
    「いえ、僕たちは受けた依頼をこなしただけですから。お礼を言われるような事は何も。」
    「――――ハッ、カッコ付けやがって。」
     真っ直ぐな勇者の返事に盗賊が横から茶々を入れる。
    「うちら本当に、ここ一月漁にも出れず、かと言ってあんた様方以外のパーティからも断られ続けて…本当に参っておったんです。…これは心ばかりの謝礼金ですが、受け取って貰えませんだか。」
    「――――、こんなに…!あの、本当に頂いてよろしいんですか?」
     ずっしりと重量のある皮袋を受け取り、中身をざっと確認して――――ルークの顔に驚愕が浮かぶ。
    「ギルドへの依頼書に記載されてた金額よりも…随分と多いような…。」
    「いえいえ、クラーケン退治の大変さは海辺の人間なら誰でも良ぉ知っとります。それに…お陰様で、当分わしらも潤わせて頂きますもんで…」
     後半は耳打ちをするようなポーズでそう言ってニヤリと笑う村長の言葉を理解しかねて勇者が首を傾げていると、その肩にポンと手が置かれた。
    「―――ルーク。あれ、見てみなよ。」
    「……え…?」
     ふと、辺りを見回すと。怨敵討伐の知らせは天候の回復と共に周辺地域一帯住民の知るところとなったのか、浜辺の向こうから、崖伝いから、背後の森に通った小道沿いから。老若男女様々な人々が列を成してこちらへ歩いてくるのが見えた。皆一様に浮き立って楽しそうだ。
     やがて――――。パーティの程近くまでやってきた皆は各々勇者達を取り囲み例を言うと、それぞれにテキパキと作業に移り始める。男達は持ち運んできた木製の大台を組み立てては小クラーケンをその上に乗せ、大型魚解体用の刀で流れるように脚をぶつ切りにし、頭をひっくり返して内臓を取り出しては桶に移す。女達は手に手に持ってきた桶の中を内臓を入れられると、手早く選り分けては部位ごとに瓶に収納する。子供達は干し網を手に、ぶつ切りになった脚や利用可能部位を並べては組んだ棚に干していく。あっという間に、システマチックな工場のような仕組みが出来上がっていた。困惑の間もなく行われるスムーズな解体作業に、ルークは驚いて目を見張る。
    「――――す、すごい…!あっという間に解体が始まったぞ…‼︎村長、これって…」
    「ええ。あんた様方の仕留めたクラーケンは、小さなのからおおけなのまで、まとめて利用させて頂きます。肉は干して保存食に、皮はぬめりを取った後防水の素材、墨袋はインクとして高く売れますし、肝は塗り薬の原料、他にも諸々…。」
     ニコニコと満面の笑顔で説明する村長の表情にやっと納得がいって、ルークは感心したように息を吐いた。
    「成程…じゃあ、仕留めた獲物の始末は必要ないのですね。…片付けるのも大変そうだから、良かった…。」
     ホッと胸を撫で下ろす勇者に村長がそういえば、と切り出す。
    「今回は大物に加えて小さなのもようけ頂きましたもんで。何か必要な素材があれば上乗せしてお払いしますだよ。」
    「素材――――と言われてもなぁ。」
     折角の申し出にも思わず首を捻ってしまうほどには、ルークはクラーケン自体に疎い。正直ここまで有効活用されているのも、ここで今初めて知ったくらいだ。何が己の装備に使えそうかなど皆目見当もつかないため、頭を掻きながら首を振ってみせた。
    「いや…実は僕、あまりクラーケンが齎す素材について詳しくないんです。そんな僕が何か頂くのも烏滸がましいので、お断りします。―――あ、パーティの他のメンバーは必要かも知れないので――――…」
     言いながら振り返ると、蓄積したストレスと怒りで目を血走らせた相棒が地の底から響くような声で唸った。
    「欠片も要らねえっつーか、金輪際もうこのヌルヌルに関わりたくねえわ‼︎素材なんぞ要らねえから風呂入らせろ‼︎あと肉‼︎‼︎」
     続いて、場違いなほどに麗しいエルフが顎先を指でなぞりながら答える。
    「今のところ魔法薬や魔具に必要な素材は足りております。…結構ですよ。」
     最後に頭の後ろで手を組んで手持ち無沙汰にしていた忍者がなんだか嬉しそうに村長に近寄った。
    「お、じゃあお言葉に甘えて〜〜…おじさんちょちょちょいっと用意してもらおかな。えーっとねぇ――――……」
     側に寄ってあれと、これとと何某か指示を受けた後、村長は深く何度も頷いてお辞儀を繰り返し四人に感謝の言葉を述べたのであった。


    (続)
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    nuru_nurukinoko

    DOODLE彼と彼女のバレッタと。
    彼と彼女のバレッタと。「モクマさん。そちらの飾り棚の上に置いてある髪留めを取って頂けますか?」
    「うん?」
     揃って休日のとある日の朝食後。食器をシンクに持って行った帰りがけ、相棒にそう声をかけられてモクマはきょとりと首を巡らせた。国から国へ、裏社会の統一のために渡り歩く二人の棲家は物でごった返すということがない。主にチェズレイがチョイスするシックな家具が殺風景にならない程度に置かれ、そこに互いの日常で携わる小物―――ニンジャジャンショーのチラシやら、季節の花々を生ける花瓶やらが溶け合って寂しさを感じさせない彩りになっていくのが常であった。
     そんな風景の一部―――日当たりの良い窓際に設置された飾り棚の上。よくよく見れば、見慣れないものがぽつんと置かれている。近寄って手に取り見れば、それは連なる野花が彫り込まれた髪留めであった。生まれ故郷のマイカではもっぱら簪が使われるものであったし、自身は雑に髪紐で括っていた記憶しかないモクマにとっては金具のついた西洋風のそれは随分と馴染みのないものである。おっかなびっくり、手のひらの上にそっと持ち上げて、万が一にも壊さないように相棒に手渡した。
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    nuru_nurukinoko

    DOODLE南国イチャイチャモクチェズ
    南国イチャイチャモクチェズ ブ……ン……
     耳障りにならない程度の駆動音をたてて空調設備が働く。湿度と温度を完璧に調整するそれらの働きによって建物の外とは別世界かの如く快適な環境が保たれる中、カタカタとキーボードを打つ音が伴奏に加わった。時折入れ替わる様にして、タブレットのタップ音、書面を捲る音、ペンが紙面を引っ掻く音がアンサンブルを奏でていく。
    (―――ハーモニーが取れている、とはとても言えないが。まったく…ワーグナーでもここまでは掛かるまい。)
     第一、観客の居ないオペラなど噴飯物だ。そう呟くのは、部屋の最奥に設置された広いデスクに座して黙々と事務作業を続ける青年であった。プラチナブロンドの長髪を首の後ろでひとつに括り、滑らかな白磁の肌を持つ絶世の美貌の彼は―――しかし常には無いほどに分かりやすく疲労の影を顔に滲ませている。チェズレイ・ニコルズ。仮面の詐欺師の二つ名を恣に裏社会を破竹の勢いで己の支配下に置きつつあるその様に、同業者からは畏怖の眼で見られがちな青年は而して人智を超えた異能の持ち主では決して無い。会得した変装や催眠術等と同じく、血の滲むような努力と研鑽のもとに成り立っているのだ。そう、丁度新天地の征服に係る雑務で忙殺されている今現在の姿そのままに。
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