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    yooko0022

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    かつてライシン♀があった世界線でシン♀レナ+オールキャラ/Ep.7周辺の時間軸/信仰と呪いと祈りと解呪の話/一応ラスト

    #ライシン
    #シンレナ
    thinLena
    #女体化
    feminization

    あまやかし⑧* * *

     アクセサリーケースから取り出された、ごくごく小さなライフル弾。

    「……」

     クレナの細い指先が摘まみ上げたそれへと、向ける言葉に窮したシンは口籠る。
     対してクレナはシンのそんな反応すら予想通りであるのか。金晶種トパーズの瞳がじっとシンを見つめてくる。

    「アクセサリー、好きなのを選んで良いって言われたから」

     クレナ自身の小指の爪ほどのサイズの、ライフル弾を模した耳飾り。
     薄紙の一枚も撃ち抜けやしない紛い物の弾丸が、照明を弾いてゆらゆらと揺れる。

    「直接尋ねてあげないと、シン君はクレナちゃんが身に着けているものに何か言うなんてしてあげないものねぇ」

     いつの間にかシンの背後に立っていたアンジュが言う。
     微笑のかたちに細められた天青種セレスタの瞳。鏡越しに視線が合って――わりと反論できないので、シンは視線を逸らした。

    「だーめ」

     駄目らしい。
     アンジュの掌がシンの両肩へと置かれた。正面には化粧台。横面にはクレナ。背面にはアンジュ。逃げようがない。……逃げていいとも思えないが。

    「……似合う、と思う」

     シンの言葉にクレナはぱっと頬を染めた。
     そうしていそいそと。ベッドの上に置いた衣装箱の中身の確認へと移る。
     クレナが開けた箱の中身は彼女に似合いの、可愛らしいデザインのドレスで。――シンは内心で胸を撫で下ろした。

    「今ので満足出来ちゃうのよねクレナちゃん……」

     アンジュが頬に片手を当てる。
     シンは呻いた。

    「アンジュはおれたちにどうなって欲しいんだ……」
    「みんなが納得のいく結果になって欲しいわね」
    「……よくばりだな……」

     そうね、と。
     情の深い雪の魔女は片目を閉じた。



     本番にはまだ幾日かあれど。エルンストより一足早くに届いた夜会用の一式。先に着てみたいと言い出したのはクレナで。拒む理由もなく。客室にて俄に開催されたファッションショー。
     もちろん事前に検討を重ねて誂えたものだけれど、実際に袖を通して分かることもある。

    「こういうデザインだと、背中側のファスナーは一人で閉めにくいものね……」
    「そうだな」

     先程とは位置が逆転して。アンジュの背後にはシンが立つ。じ、と金属同士が噛み合う音。アンジュの背筋を辿っていくかのような、細い指の感触。
     背中から首にかけて覆ってしまうデザインのドレスの、背中側のファスナーを引き上げるのに四苦八苦していたアンジュを見かねてか。手伝ってくれているシンの手つきは存外に丁寧で。おかしいような、こそばゆいような気持ちになる。
     アンジュは長い髪を片手で抑えながら、

    「当日はドレスを着てから控室に入った方がよさそうね」
    「当日も、必要ならばおれが閉める」
    「……ありがとう」

     アンジュは薄く微笑んだ。傷痕の治療はまだ時間が掛かる。今、フレデリカには退席してもらっている理由もそこだろう。彼女もアンジュの背中の傷痕については知っているが、積極的に目に触れさせたいものでもない。
     元々、シンは気遣いが出来ない性質たちではないのだ。自身が他者からどう思われるかについて……少々、無頓着なところがあるだけで。
     致し方ない部分もあるだろう。帝国貴種の血も顕わな髪や瞳は八六区において迫害の対象であり、夜黒種オニクス焔紅種パイロープの混血は連邦においてでも好奇の視線に晒される。『鈍く』なければ耐えられない。……月白種アデュラリア同然の見目をしたエイティシックスとして収容所と戦場を過ごしたアンジュだから。多少は分かるつもりだ。

     初めて遭った時のことを覚えている。
     人形みたいに整った貌で、人形よりも無機質な表情。削がれてきた結果だと一目で分かってしまって。
     あるいは勝手なシンパシーだったのかもしれないけれど。
     それが今や。

    「シン君と髪型やお化粧についての話をするようになるなんて、思いもしなかったわ」
    「おれもだ」

     苦笑する気配。――本当に。態度も、表情も、雰囲気も。随分と柔らかくなったものだ。
     誰の影響による変化か、なんて。明白すぎて。彼女に『よく』見られたいと。彼女の瞳に映るのならば綺麗でありたいと。身嗜みを意識するようになったシンの変化は喜ばしい。
     少しだけ、悔しいのは秘密だ。

    「アンジュは当日の髪型はどうするつもりなんだ?」
    「そうねぇ……」

     シンに問われたアンジュは自身の髪を見下ろす。青みがかった銀髪はホテルのアメニティであるヘアオイルの質を現金なくらいに反映して、濡れたような艶を帯びている。

    「降ろそうかと思っていたけれど……」

     ……綺麗だ、と。
     言ってくれて。今のアンジュの髪を見てくれるもしもがあれば。きっと、間違いなく、褒めてくれる面影は瞼の裏から消えないし――消さなくても良いと。言ってもらえた。
     アンジュは伏せていた視線を持ち上げる。

    「……結い上げても、いいかもしれないわね」

     顔周りの髪を纏めてしまった方が、瞳の色も良く分かるので。

    「そうか」

     シンの指が離れていく。アンジュは振り返る。ドレスのプリーツが優美に翻った。踊るための衣装なのだ、と。気がつく。
     なんだか楽しくなって。アンジュは習ったばかりのステップを小さく踏みながら、シンへと向けて悪戯っぽく笑ってみせる。

    「どうかしら?」
    「似合っている」

     シンはやはり苦笑したまま、

    「だが、そういうことは当日にエスコート相手ダスティンから言ってもらえ」

     シンの言葉にアンジュは一つ、瞬いた。

    「……シン君、反対とかしないわよね」
    「おれがどうこう言える立場ではないだろ」
    「綺麗な投球フォームだったのに」
    「あれは、まあ、八つ当たりも含んでいたな」

     ひどい。
     アンジュは思ったが、当時の状況を踏まえればシンの心中も分かる。

    「確かに。戦場での立ち回りだとか、そういう部分は頼りないと言えなくもないが」
    「流石に私たちと比べるのは酷じゃないかしら……?」

     機動打撃群のプロセッサーとはエイティシックスの生き残り。千人に一人も生き延びることが出来なかった、残酷極まりない篩の上部にしがみ付けた側だ。肉体面にせよ精神面にせよ悪運にせよ。外れ値の集まりだ。
     ダスティンとて高等学校を主席で卒業していて、かつ〈ジャガーノート〉での戦闘にも耐える肉体を備えているのだから、平凡であるはずがないのだろうけれど。

    「そうだな。自分の実力を過信していない部分は評価できる……誰も彼もを助けることが出来るほど強くはないと、自覚ぐらいはしているだろ」
    「……」

     一瞬、返答に悩んだアンジュに対し、今は何も塗られていない唇が少しだけ尖る。
     どこか悔しげな仕草にも見えて。

    「……なにより。アンジュの幸せを願ってくれた相手だ」

     勿論泣かせたら容赦はしないが、と。いつもよりも早口でシンは続けた。
     本気だということが伝わってくる言葉は、ダスティンには悪いが、嬉しくも感じてしまう。

    「……やっぱり、ずるい女ね」
    「アンジュ?」

     小首を傾げたシンの背後をアンジュは指差した。
     くるり、と。
     広がるスカート。
     おそらくはアンジュと同じように――袖を通せば心が躍ったのだろう。ドレスを着たクレナが、その場で小さく回転したところだった。
     無邪気に綻んでいた少女の顔は、しかしアンジュとシンの視線に気がついて、――ぶわっと。一気に茹で上がる。

    「――ち、違うもん! あたし別にそんなんじゃないもん!」

     クレナちゃんは可愛い。
     かつてのスピアヘッド隊第一戦区第一防衛戦隊の女性隊員たちが揶揄いつつも本気で口にしていたことを改めて思いつつ、アンジュはくすくすと笑う。

    「髪型やお化粧の大まかな希望は今のうちに決めておきましょう」

     当日の髪結いや化粧はプロによって施される。大まかでもイメージを伝えれば、希望に沿うように仕上げてもらえるだろう。

    「……」

     どうなりたいか。
     ……あるいは。どう見られたいか。
     これもまた、未来さきについての思索だろうか。

     アンジュの足元でプリーツが揺れる。クレナの耳元で銀の飾りが揺れる。揺れている。
     今、この瞬間が束の間の、薄氷のような平穏にすぎないと分かっている。戦況は予断を許さず。世界はレギオンの脅威で満ちている。
     それでも。今は、今だけは。なんて。
     思ってしまうから、私は、

    「欲張りでも、いいらしいぞ」

     アンジュの耳朶が、横合いを通り過ぎたシンの小さな呟きを拾う。
     瞬くアンジュをよそに、シンはクレナの隣へと歩み寄る。シンに見つめられたクレナは茹った頬を更に染めて、対してシンの眼差しは妹に向ける類のそれ。
     同じ感情を同じタイミングで向け合うことが叶う。それはきっと、幸運なのだろう。

     初めて遭った時のことを覚えている。
     人形みたいに整った貌で、人形よりも無機質な表情。削がれてきた結果だと一目で分かってしまって。
     あるいは勝手なシンパシーだったのかもしれないけれど。
     ……共感シンパシーなんて得た理由の一つ。ずっと隣にいた相手へと向けた、無感情な瞳の揺らぎねつ
     もう、どこにもないけれど。

    「……ままならないものね」

     口の中にだけ呟いて。
     アンジュはシンとクレナの会話の中へと加わっていく。

     今だけの平穏。束の間の休息。
     だからこそ、みんなが納得のいく結果になって欲しい、と。
     よくぶかく、祈っている。


    【あまやかし】


    「ライデン、軍服似合うよね」
    「そりゃ連邦軍の連中だって人間だからな」

     連邦軍は上層部の多くを夜黒種オニクス焔紅種パイロープの二色が占めるのは公然の事実だが、俺の黒鉄種アイゼンのように黒髪ないし赤毛の持ち主は階級を問わず軍内部に多い。
     そもそもギアーテ連邦自体、多民族国家とはいえ比率としては黒系種アクィラ赤系種ルベラの割合が大きいのだ。
     自分たちが備えた色彩いろに馴染む衣装を誂えるに至ったのは、ごく自然なことであったのだろう。

    「いや単にガタイが良いから似合うんでしょ……」

     そういうところだよ、と。セオが呆れたように言う。
     着慣れぬ夜会服メスドレスの窮屈な首回りを弄っていた俺は「あ?」片眉を引き上げた。

    「それで言うならお前だって似合ってんぞ」
    「どーも」

     セオはちょっと恨めしげだ。本心なのに。俺はひっつめられた金髪を見下ろす。
     少女たちのみならず少年たち俺たちの控室にも髪結いやらを生業とする女性たちは現れた。気恥ずかしさからか抵抗を試みた勢力も一部いたが、何故かいる参謀長ヴィレムの一睨みによって沈静。普段は〈ジャガーノート〉を駆る少年兵たちが大人しく身嗜みを整えられていく光景は中々シュールではあった。
     俺はといえば女性たちが入室してきたと同時に意図を察し、手近なワックスを撫でつけたので『お節介』から逃れることに成功している。髪が短くて助かった。
     一方のセオは俺のようには逃げられず。むしろ磨けば光る容貌に目を付けられたか。丹念に整えられている。
     後ろで束ねられた翠緑種ジェイドの金髪は丁寧に梳かれた上で何らかの整髪料を纏わされたらしい。きらきらしている。
     落ち着かないのか、セオが軽く頭を振った。丸洗いされた猫にも似た仕草。鋼色の飾り紐が尾のように揺れて、けれどセットは乱れもしない。ぱっと見た印象に反して、相当しっかりと固められているようだ。

    「まあ、色々堅苦しいけどな」
    「だよね……」

     俺は首元をまた弄る。堅苦しいのは間違いない。おまけに普段は存在自体を忘れているような撃破章だのまで着けさせられて、重苦しくて仕方がないのだ。
     げんなりと顔を歪める俺とセオに、近づいてくる足音が一つ。

    「見栄えだ、見栄え。淑女レディが飾りつけている隣にみすぼらしい姿で立つわけにもいくまい」

     ヴィーカだ。この控室の誰よりも正装の似合う――というか。端から一角獣の王家の王紫いろと顔立ちを引き立てるためのデザインであろう、連合国軍の夜会服を纏った姿はいっそ圧巻。
     けれどそれよりも。

    「れでぃ」

     セオが知らない言語を浴びせられたような表情で呟く。
     多分、俺も似たような表情を浮かべていた。
     ヴィーカが肩を竦める。

    「言葉の綾ではないぞ。そう振る舞うべき場ということだ」
    「……すでに場違い感がすごい……」

     呻いたセオに、ヴィーカは口の端を持ち上げる。

    「まさか。似合っているぞ」

     調度品の出来を評価するみたいな。
     尊大で、故に裏のない言葉。

    「そいつはどーも」

     俺は舌先だけの礼を返す。王子殿下はこちらの不作法を気にした素振りもない。

     別に。
     似合っていないとまでは思わない。セオにも伝えたように。俺たちに夜会服が――軍服が。似合わぬはずがない。
     軍服とは戦う者のための衣服だ。エイティシックス俺たちに似合うのはごく自然なことだろう。

    「……」

     似合うようになりたかったか、と。
     問われれば、また別の話になるだけで。


    * * *


     ダンスの相手は次々組み変わる。
     だからスローテンポのワルツに合わせてその腐れ縁と手を繋いだのだって、ごく自然なことだった。

     薄い掌を取らせ・・・ながら、俺を見上げてくる紅い瞳。宝石じみた焔紅種パイロープ。纏められた夜黒種オニクスの黒髪は艶を帯びて。頭上に光輪を生んでいる。
     か細い首元に繊細な意匠のチョーカーを巻きつけてしまえば。まさしく、帝国貴族の流れを汲む貴種の美貌。

    「男前だな」

     口を開けばいつも通りであるけれど。
     俺は軽く肩を竦めた。

    「同じこと、さっきシデンにも言われたな」
    「へぇ」

     シンは一つ瞬く。
     ちらりと。血赤の視線は少し離れた場所で優美に踊るレーナとシデンのペアへと向けられる。

    「まったく、」

     化粧が施された眦に微かな笑みを乗せながら、

    「お前はああいう美人が相手でも鼻の下を伸ばさないから腹が立つ」
    「お前がシデンを褒めるなんて珍しいな」
    「……」
    「おいこら踏もうとするなおい」

     滑らかな動きで俺の足先を踏もうとしたハイヒールを慌てて避けた。「足が滑った」とのたまうシンは平然と、しかし二度三度と追撃を仕掛けてくる。
     当然、踊りは乱れて。体勢を崩した俺の腰へと回る細い腕。
     俺は呆れた。

    「……お前、男性パートも練習してたのかよ」
    「備えはしておくべきだからな」

     備えていたわりには行動に移し損ね続けていたが。と、思ったことは口に出さずとも表情で伝わったか。シンの指先が俺の手の甲を抓る。
     お互いに手袋を嵌めているから、皮膚には届いていないけれど。
     飾りつけたのは外見だけで、マナーも流儀もへったくれもない。
     おまけに何故か男性パートでリードを取り出したシンに併せる俺は、女性パートを躍らされているのではあるまいか。

     軍服の大男をリードするドレス姿の少女。
     ドレス姿の少女にリードされる軍服の大男。
     
     周囲から向けられるのは怪訝と好奇と呆れ。
     これ一応は行儀作法の研修なんだがという視線の圧はヴィレムとグレーテから。

     まあ別に。
     どうでもいいけれど。

    「――――」

     リードを取られた以上、進む先を決めるのはシンだ。
     舞踏靴が床を踏む。足取りに迷いはなく。くるりと回る。裾が広がりにくいタイトなシルエットのドレスは、しかし縫い付けられた銀糸の刺繍や貴石がきらめいて、夜露のように光を踊らせる。
     黒薔薇の蕾のような。不吉を内包し、故に目を逸らせずに。――咲き綻んだ花のようではない。どこか硬質な印象の黒いドレス。
     シンは所謂貴族的な容貌であるから。もしかしたらもっと別の、伝統的なデザインの装いも似合うのかもしれないけれど。
     しかし“死神”と謳われた歴戦で凄腕のプロセッサーには。戦場の血と硝煙を浴びて育った総隊長殿には。相応しい装いだと、思ってしまって。

    「お前、そのドレスは自分で選んだのか?」
    「ああ。似合うだろう?」
    「……」

     確かに。
     何にも染まらぬかのような漆黒に、寄り添うかのように銀が施されたドレスは――よく、似合う。
     見るはずのない光景だった。綻ぶ未来さきなどないはずの花だった。子供のまま、死んでいくはずの俺たちだった。
     けれども。
     花は咲いた。
     シンはわらう。
     悪夢めいた、うつくしさ。

    「お前も似合っているぞ。……おれが褒めてやっているのに、不満か?」

     やはり、口を開けばいつも通りであるのだが。
     しかしこいつは大体どんな瞬間でも綺麗なのだ。極めて性質たちの悪いことに。

     進む方角を見据えていたシンの瞳が俺へと向けられている。紅い瞳。茨に触れて零れた血の珠のような。生きているが故に鮮やかな真紅あか

    「――つくづく。良い拾いものをしたな」

     感慨めいた視線と言葉。

    「死なないでいてくれて、助かった。……助けられたな、本当に」

     おれはあまり良い戦隊長ではなかったから、なんて。
     シンが言うものだから、俺は瞬く。

    「自覚あったのかよ」
    「まあな――そう振る舞うべきであろう模範に、心当たりぐらいはあった」

     赤く塗られた唇が動く。
     夜黒種オニクスの――黒系種アクィラの。黒い髪に映える赤い色。

    「今更だろ。……それに。俺だって助けられてた」

     多分、俺の方がよほど。
     その言葉は音にせず。俺はシンの唇を見つめる。――濡れたように赤い唇。こいつが選んだ色彩いろ
     シンが赤い口紅を選ぶ理由を俺は知らない。
     昔から、俺がシンについて知っていることなんて大してない。 

    「……」

     違う。
     知ろうとしなかった。
     知ってしまうことが、怖かった。
     知って、何かが変わってしまうことが怖かった。

     あんな、見送るか見送らせるしか出来ない戦場で。
     誰かの特別になってしまうことが、怖かった。

     俺自身は死神と仰いでいたくせに。
     シンはずっと。俺たち・・の特別で在り続けていたのに。

    「……お前、やっぱ、とんでもないわ」
    「なんだ急に」

     俺を見上げるシンの瞳が――呆れを浮かべた。溜め息すらもない。
     シンは何にも興味がないように見えて、他者をよく見ている。昔から。

    「気づいたところで今更だ。おれとっくに振られている」
    「……」
    「どのみち、あの頃は一度だってそういう相手とは見ていなかったくせに」
    「…………」

     全部分かっていたのに。こうして今も、ずっと。俺と変わらず接しているこいつは、やっぱり優しすぎる。

    「終わった話で、今更なにも変わらない。――そうだろう、ヴェアヴォルフ。おれの副長?」

     その上で、お前も変わらず接しろとのお達しで。
     どうやら俺を手放すつもりも、まだまだないらしい。

    「了解。――アンダーテイカー。俺の戦隊長」

     だから甘やかして、甘やかされる。

     名前を死神と呼んで、名前をヴェアウルフと呼ばれた。
     お互いをそういう偶像かたちに定めた。縋り合った。望まれるがまま、ごっこ遊びの役を被り合った。
     シンは誰もをいっとう遠くまで連れていってくれる死神神さまで。俺は命ある限り死神の隣で喧しくしてやれる人狼おおかみで――まったく。人間扱いしていなかった。お互いを、それ以上に自分自身を。いつの間にやら心身ともに兵器のパーツへと成り果てていた。
     絶死の戦場で息絶えるのならばそれでも良かったのだろう。
     けれど。
     既に八六区の戦場は遠く。
     最早ごっこ遊びに終始して良い環境ではなく。
     故に『戦隊長』と『副長』を名乗るならば、背負うべき義務と責任がある。

     かつては望んで得た役割ではなかったけれど。
     今ならば、望んで担いたい役割だと思う。

     ようやく、選べるのだ。

    「――――」

     舞曲が終わるまで、あと少し。
     俺はシンの腰に手を回した。ポジションを入れ替えて。あべこべだったワルツを伝統的なマナーに則ったものへと戻す。
     俺の腕の中。存外あっさりと収まり直してくれたシンの口の端が愉快げに持ち上がる。

    「なんだ。ちゃんと出来るじゃないか」
    「そりゃあな。いつまでもお前にリードを任せているわけにもいかねぇだろ」

     軽く言って、笑う。

    「そうか、」

     いつか見上げた赤い星みたいな。しるべの星に似た、シンの瞳が弧を描く。
     屈託なく。ありふれた、どこにでもいる少女の笑み。

    「それなら――よかった」


     俺の神さまだった・・少女。
     いい加減、過去形にすべきで。
     けれどもやっぱり。多分ずっと。大事な相手だ。


    * * *


     ダンスの相手は次々組み変わる。
     だからスローテンポのワルツに合わせてその相手と手を繋いだのだって、ごく自然なことだった。

     予定通り・・・・に待ち構えていたとおぼしきシデンと、どちらがリードを取るかで間合いを探り合っているシンを横目で眺めつつ、差し出した俺の手を繊手が取る。
     硝子細工のような。おおよそ暴力からは縁遠く見えて。しかし、とびきり頑固で意思が強い人物ひと

    「余所見はよくないですよ」

     銀鈴の声。生真面目な響きでマナーの不備を指摘されて、俺は彼女へと――レーナへと向き直る。
     白銀の少女は黒と赤のドレスに身を包んでいて。なんともまあ。お似合いだと、俺は内心だけで苦笑した。
     流れる旋律に合わせて踊りながらレーナは言う。

    「楽しめていますか?」
    「まあ、思ってたよりはな」

     当初こそ気乗りしなかったが、やってみれば意外と楽しめる。始まる前は愚痴を言い合っていたセオや、照れていた少年プロセッサーたちもそれなりに楽しんでいるようで。今宵の催しは決して悪い記憶とはならないだろう。

    「それは何よりです」

     微笑みつつも、レーナの頬はやや硬い。
     緊張によるもの、ではないだろう。パーティの類いへの参加経験は幾度もあるようだし。
     どちらかといえば何かに怒っているような。
     肚を括ったような。
     そう、例えば。

    「ライデン」

     いつか左目に映り込んだ。
     一度決めたら退かぬ、表情かお

    「シンはわたしが貰います」

     思わず、笑ってしまった。

    「……」

     む、と。レーナが唇を結ぶ。違う、と俺は首を振った。馬鹿にするだとか、そんな意図はない。あるわけがない。
     ただ、つくづく思っただけだ。

     あんたがつよいひとでよかった、と。
     心の底から、思っただけだ。

     絶死の戦場を生きた俺たちには死は近すぎて。身体にも思考にも死が馴染みすぎていた。
     一緒に生きて欲しい、と。
     それだけのことを、発想すら出来ない奴らが多すぎて。
     置いていくか置いていかれるかしかなかったのに。
     生き延びて、追いついて、一緒に生きたいと想ってくれた。
     祈りではなく。
     明日を繰り返した先の、思い描ける未来として。

    「……本気、ですから……!」
    「分かってるって。それはほんと、伝わってるっての」

     何ならこの会場で踊る参加者全員に。
     わらいながら、俺は銀色の瞳を見返した。

    「そもそも俺に宣言する必要なんてねぇからな?」

     遺憾ながら。
     シンと付き合いの長い俺だけしか知らないことがある。

     あんたと初めて向き合った瞬間の。
     あいつの横顔が。
     浮かべた笑みが。
     今まで見たどんな瞬間よりも、

    「シンが俺のだったときなんて、ねぇんだからよ」

     綺麗だった、なんて。
     照れくさすぎて、言えやしない。


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