筆跡 ドクターという男は筆まめである。メールに書類に研究のためのメモ書きまで、ドクターは毎日大量の文字を書く。文面はわかりやすく、文字は読みやすく、走り書きでさえも可読性の高い彼の手書きの書面は基地内のあらゆる場所で喜ばれ、果ては子供たちの手習いの見本としてさえ使われている。だが、そんなそこかしこにあふれかえったドクターの手書き文書を、Scoutはひとつも持ってはいない。
「Scout、少しいいか」
テントの裏手で肺に深々とニコチンを吸い込んでいると、ふらりと現れた黒いフード姿がこちらの名前を呼んだ。慌てて火を消そうとするこちらをそのままでいいとジェスチャーで押しとどめて、彼はするりとかたわらへとやって来る。
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