すやすやにゃんにゃん「ドクター、そいつはお前さんのベッドじゃあないんだがね」
Scoutの困り果てた表情など意にも介さず、その小さな猫はにゃあんと誇らしげに鳴いてみせたのだった。
任務を終え拠点まで戻ると、今まで自覚できていなかった疲労がどっと襲い掛かる。それでもまだ休めるだけマシではあるのだ。自分のような長期間にわたる単独での任務を負うことの多い人間にとって、拠点の自分のテントで休める時間というのはとてつもなく貴重なものである。それを知っているからか、今のScoutには知り合いや部下たちもおいそれと声をかけてくることはない。ただひとり、いや一匹を除いては。
「なあん」
「ドクター、いつの間に。ああ、元気だ。怪我も大したことはない」
「なぅ」
いつの間に入って来ていたのか、その小さな猫は我が物顔で――この猫は拠点内のどこであっても我が物顔で歩きまわっているのだが――Scoutの腰かけるコンテナ箱のそばへとやってきた。ふんふんと、とりわけ左上腕に巻かれた包帯を嗅ぎまわる小さな頭をぐりぐりと撫で、久しぶりのやわらかくあたたかな毛並みを堪能する。この賢い猫は大人しくScoutの説明を聞きながら神妙そうな顔で頷くものだから、ついつい甘やかしてやりたくなってScoutはバタバタと自身のポケットを漁った。
「何かおやつでも、ああどこかに入ってた気がするんだが」
いまだ身に付けたままだった装備を外しながら、ついでに邪魔になった帽子やスカーフもコンテナの上に置いてしまう。どうせここには猫と自分しかいないのだから、構いやしないだろう。確か彼の好きな砂虫の干物が残っていたはずだとポケットを片端から捜索し、とうとう目的物を見つけて振り返ると、しかしScoutが見たのはなんとも満足げな猫の顔だったのである。
「ドクター、そいつはお前さんのベッドじゃあないんだがね」
猫はコンテナの上で丸くなっていた。ただしScoutの帽子を下敷きにして。器用に丸めた身体を帽子の中にジャストフィットさせ、さも最初からここはわたしのための場所でしたがと言わんばかりのドヤ顔で、猫は満足げな表情でScoutを見上げていた。
「にゃあん」
「いや、にゃあんじゃないんだが」
「なーお」
「なーおでもない」
使い古された帽子の何が気に入ったのか、ごろりと寝返りを打ったドクターは悠々と毛づくろいまで始めてしまった。最終手段である砂虫の干物をちらつかせても駄目だったので、Scoutはほとほと困り果てた声でドクターの名前を呼んだ。しかし返ってきたのは無慈悲な尾の一振りであったので、とうとう意を決したScoutはすっくと立ち上がりおもむろにドクターへと腕を伸ばす。
「そんなところで寛ぐお前さんには、俺と一緒に仮眠の刑だ」
ひょいと抱え上げられた小さな猫はびっくりして固まっていたが、しかしScoutがごろりと自身の寝袋に横になったことに気がつくと、いそいそと新しいベッドの寝心地を確かめ始めた。そして最終的にScoutの胸の上でくるりと丸くなると、満足げにくるくると喉を鳴らしてみせる。そんな堂々とした猫の姿に小さく噴き出したScoutは、そのあたたかい毛並みを撫でてやりながら、ゆっくりとまぶたを閉じたのだった。