たしか赤色の天馬 九十九遊馬の肉体が成長しない事が判明したのは、彼が高校の二年生も終盤に差し掛かった頃のこと。
元々童顔ぎみではあったものの、それにしたって幼さが全く抜けない様に訝しんだカイトがふん縛って精密検査を行った事で判明した。様々な、超常現象などという言葉に収まりきらない体験をしたのだ、何があっても可笑しくはない。そう割り切ったように語るカイトが随分とこの問題のために奔走してくれた事は、皆よく知っていた。
彼の周囲は幸福にも優しく、奇特な肉体を持つことになった彼を特別扱いするようなものはいなかった。日頃の行いの賜物、というやつなのだろう。
さて、そんな遊馬の現状に対してこの俺、ベクター様はどう感じたか。
結論から言えば特に何も。全く何も思うことなどなかった。当たり前だ、遊馬がどうなろうと知ったことではない。
そもそも、あの遊馬の落ち着き様を見るにどうせアストラルあたりから事前に何か伝えられていたのだろう。それで、自分「だけ」に迫る危機にはイマイチ鈍感な彼はアッサリ受け入れていたわけだ。
まったく、ショーモナイにも程があるってもんだぜ。あーあかったりぃ。
そう、俺は確かにそう感じていたはずなのだ。
だというのに、これは一体どういうことなのか。
俺は傍らに佇む、まるで神か何かのように変化のないガキの姿を見ながら慄いた。彼にでは断じてない。俺の、底から這い上がる思考と感情にだ。
お節介焼きなユーマクンの有り難ァいご厚意で得ることとなったこの肉体は実に面白みのない「普通の人間の肉体」だ。だから、時の流れに逆らうことなく順調に老いて、朽ちてゆく。
どこぞのお節介焼きのおかげで天寿を全うする一歩手前まで生きながらえた俺の体は当然ながら枯れ木のように萎びてやせ細り、今じゃ一人で歩くことすらままならない。
だというのに、傍らに立つ男の姿はいつかのガキのままで。
「なんでだよ」
耐えきれずに漏れた言葉は無駄に空気を含み、ヒューヒューと鳴る喉のせいで随分と聞き取りづらい。もはや喋ることすらこの体には苦痛なのだ。
それでも、訴えずにはいられなかっまた。ふざけるなよと、怒らずにはとてもいられなかった。
「テメェ、なんでだよ。あの時の言葉はどうしたんだ」
「ベクター…」
俺の枯れ枝のような手に、みずみずしくまろい掌が触れる。最悪だ。吐き気すらする。だというのに、俺の手はもう握ることすらできやしない。
「ふざけんなてめぇ」
「うん」
「一緒に死ぬって話は、どうなるんだ」
「ごめんな」
ふざけんな、しね、くそやろー。呂律の怪しい口が幼稚な罵倒を繰り返す。それに一つずつ頷く彼のやけに真っ直ぐな視線に、なおさら腹が立つ。嘘つきめ。よりにもよってテメェが、うそつきめ。
言葉と喘鳴の狭間のような、うめき声にすらならない恨み言を一通り受け止めた遊馬は、ようやく口を休めた俺をしばらく眺めると、何かを押し込むように目を閉じた。そして、俺の上半身を起こすように、抱きしめる。とはいっても、彼の小さな体ではほんの少し背中が浮く程度だったが。
「ほんとうにごめん」
「許さねぇ」
「うん。でも、ぜってぇ一人にはしないから」
疑うことすら馬鹿らしくなる、腹立たしいほど真っ直ぐな声。
それがストン、と耳から胸に落ちてきた。
「…そうかよ」
最早、俺にできることは口を閉ざして目を伏せることくらいだった。