4「子ども部屋」に入ったMr.ミステリーの目を引いたのは、その部屋全体に埃が薄っすらと積もっていること、そして、ベッドの上に吊るされたモビールだった。
レオの話を聞くに、娘のリサは初等科に通う8歳の子供で、赤ん坊を寝かせておくベッドの上よろしく、天井からモビールを吊るしておくような寝たきりの年齢ではない。埃を撒き散らすカーテンを開けてみても薄暗い部屋でよく目を凝らしてみると、天井から吊り下げられた円形にぶら下がっているのはすべて、十字架や何らかの羽根、羊の頭を象ったシンボル、藍色のガラス玉、目玉など、何らかの宗教的意味合いを帯びたお守りであることが容易に想像のつく形をしていた。
「あれは」とMr.ミステリーが問うと、レオは特段憚ることもなく、何となれば、壮年の男性らしくどこか頑なさのある口元を幾分綻ばせながら、「お守りです」と答えた。
「あの“羊飼い”の言う通り、このモビールを通して御方に見守られるようになってからというもの、リサは夜中に魘されることもなく眠れるようになったんです……」
「……その、“羊飼い”というのは?」
その時ばかりは、事務所に駆け込んできたその時から常にある焦燥ぶりが落ち着き、レオはいつになく穏やかに見えた。そこに、いくらか怪訝に眉を寄せながらさらに探偵が問うてみると、レオの方もまた訝られているとも思っていない様子で、事もなげに答える。
曰く、ここからそう離れていないホワイトサンドストリートの一角に祈祷所を構える祈祷師がおり、彼は主の意向を伺うだけでなく「託宣」を授かり、それを迷える子羊ーー要は、己の信者たちーーに伝える能力を以て、社会に奉仕する善行者であるらしい。
西洋とは異なるルーツを持つMr.ミステリーは大した疑問を挟まず(そういうものか)とその説明を受容したし、仮に彼が疑問を呈したところで、それを根っから信奉している様子でめぼしい家具も売り払い祈祷道具を購入している状態にあるレオは聞き入れなかっただろう。
レオはさらに、Mr.ミステリーが彼の説明に一旦納得した様子で口を噤んだのをよそに、“羊飼い”が家族のーー主に父と娘の生活において、いかに重要な働きをしたのかについて熱心に続けていた。医者に匙を投げられたリサの体調は、あそこに通うようになってから改善しただの、今は工場の経営についても託宣をお願いしているだの。
熱心に信奉している様子のレオの姿に注意を払うというより、むしろ子供部屋の学習机の上に並べられたノート、女児の持ちそうな匂い袋、そして、机に所狭しと貼ってある折り紙の花を観察していたMr.ミステリーが何気なく、「娘の行方について、その“羊飼い”には聞いたのか」と問いかけてみると、それまで熱心に羊飼いの功績について語っていたレオの口がふと止まり、レオは、彼自身も困惑しているように首を傾ぐ。
依頼人の記憶喪失(或いは記憶の混乱)は、年単位のものなのかもしれない。Mr.ミステリーはやや(参ったな)と言いたげに首を竦めたが、彼はあまり表情が表に出ないタイプということもあり、レオにそれを見咎められることはなかった。