くっきー SS ねぇ、マドレーヌ味クッキー
ボーダーラインはどこにあると思います?
その言葉を最後にエスプレッソは消えた。
2日前のことだ。王国からの要請を受け、周辺地域の散策に出向いたマドレーヌたちは森の奥、洞窟を抜けた先にアンティーク遊園地を見つけた。大樹よりも背のある巨大な観覧車。乗客の居ないジェットコースターに空中ブランコ。微かに聞こえるパレードの音は、心をときめかせると同時にどこか不気味でもあった。
先頭のマドレーヌは前進を、ダークチョコは撤退をそれぞれ口にする。それを見ていたリコリスが苦情を漏らし、エスプレッソが予定外行動を窘めた。しかし一行は、結論として遊園地へと足を踏み入れた。この時、回復薬であったハーブと好奇心旺盛なマドレーヌの様子がおかしかったと、のちにダークチョコは語った。
彼らが物珍しいことに興味を示す質であることは知っていたが、吸い寄せられるように遊園地に向かう足取りが異常であったと、今ならそう判断できただろう。だが、あの場、あの状況にて、同じ考えが浮かんだだろうか。
鳴りやまないパレードの音楽と、誰もいないはずの遊園地から聞こえる歓声の声。正常な思考は侵され、誰もが皆、ある意味で催眠にかかったようでもあった。
アトラクションに乗りこみ、散策の疲れも忘れて遊園地内を歩き回す。その中でエスプレッソが興味を示したのはミラー館であった。
全面が硝子でできた館内は、歩くたびに万華鏡のように己が映る。どこが壁で、どこが通路か分からない迷路を彷徨い歩けば、赤い文字で綺麗なガラスに落書きが書かれていた。
これより先は、ボーダーラインです
リコリスが笑う。何のボーダーラインだと。皆も笑い出した。
とふとガラスに映った自分の顔、その目と眉と口だけが抜き取られ、クレヨンで描いたような顔がひとりでに笑い出した。
一つ、二つと笑顔は増え、笑う声が館内を満たしていく。
ダークチョコが鋭く吠えると、目を覚ましたハーブが状態異常を回復したが、効果を発揮する範囲外にいたエスプレッソには届かなかった。気づいたマドレーヌが彼を効果範囲にまで連れ戻そうと腕を伸ばす。すると、くるりとエスプレッソのマントが翻った。
彼はマドレーヌの指があと少しで届く距離でにこりと笑う。
ねぇ、マドレーヌ味クッキー
ボーダーラインはどこにあると思います?
見開いた瞳は光沢のあるローズレッド。
マドレーヌは思った、これは違うと。いつも見える柔らかなピンクベージュが塗りつぶされている。理由は分からないが、衝動に突き動かされるようにマドレーヌはエスプレッソを連れ戻そうと腕を伸ばした。しかしあと少し、もう少しで届く距離で、コーヒーの香りをまとう相手は忽然と姿を消した。
空ぶったマドレーヌの指先が宙をかすめる。
大勢の笑い声は止まっていた。
しんと静まり返った万華鏡の中で、彼の名を呼ぶマドレーヌの声だけが響いていた。