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    hanakagari_km

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    hanakagari_km

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    94 Δ? 逆転? 放り投げられたわが身が廃屋のガラスを突き破る。浮いたあばらが皮膚を突き破ってむき出しになれば絶叫は免れない。呼吸すらままならぬ激痛に悶え苦しみ、血反吐を吐いて無様に転ぶのだ。慌ただしく立ち昇る埃を巻き込んで床を滑った服はもはや、洗濯でどうこうできるものではないだろう。乾いた咳が胃から押し上げられたように吐き出た。映画とかなら地に伏したドラルクの頭を敵が靴底で踏みつけるシーン――のはずだった。
     そいつが薄暗闇の中、月光を豪華に背負ってくるまでは。
     

     ドラルクを庇った何者かは、身代わりよろしく敵の攻撃を正面から喰らうと鉄筋コンクリートの壁を突き破って退場していった。なにが起きたのか理解できない。
     ドラルクはひ弱と自覚する体に鞭を打って持ちあげると眼前、自分を殺そうとした高等吸血鬼を見やる。蜃気楼のようにぶれる視界の一点、強すぎる気配があるので前方で間違えない。ぴりぴりと肌を焦がす静電気が走り抜ける。口を閉じれば血の味がした。やってられない。
     ホルスターから抜いた拳銃のレーザーで照準を合わせる。それだけの動作間で向こう側から距離を詰められた。スタート地点、敵が踏み抜いた床は脆くへこんでいる。おまえは弾丸なのかと強気を口にする暇はなかった。迫りくる赤く濁った眼が殺意をひしひしと伝えてくる。
     弧を描く口端は勝利を確信しているのだろう。ああそうだろうとも。不詳ドラルク、カメムシにすら白旗を挙げた過去を持つ弱者だ。いや、あれは飛び掛かられたから死ぬほど驚いただけなのだが。
     既に幾人もを殺害し、赤に染まった鋭利な爪先が薄い喉めがけて振り下ろされた。防御が間に合うわけがない。ドラルクに選択できるのは己の喉が切り裂かれる瞬間に目を見開いておくか否かだけ。
     今日が命日と知っていたなら夕飯の下拵えなど適当に済ませておいたのに。洗濯だって干してこなかった。明日に届く新作ゲームのパッケージを開封できないのが悔やまれる。この頃は仕事に私生活が押しつぶされ、趣味に投じる時間を確保できていなかった。やりたかったのに。父は嘆くだろう。溺愛されている自覚がある。やめてくださいお父様、私の墓の前で泣かないでください。ゲーム機を墓に供えないで!! 家電を雨にさらすんじゃねぇ。
     そういえば先ほど乱入してきた誰かは無事だろうか。コンクリ突き破って飛んで行ったので、安否など知りようもないのだけれど。しかし、いつまでたっても痛みがこないな。もしや時空停止の能力に都合よく目覚めて、無意識のうちに発動させたりしていたのか?
     目を開けたままでいたのに、何一つ視界情報として受け止めていなかったドラルクは、乾いた眼球を幾度かの瞬きで潤した。ぽたぽたと赤い雫が額を伝っていく。どうやらしゃがんでいたようだ。防衛本能のなせる業だろう。
     はて、この赤い雫は何だろう。生暖かく錆び臭い。ぬるりと不快な感触を伴う雫は、見上げたドラルクの頬を撫でると口元へ垂れていく。
     飲んだことがある味だった。ダンピールの自分にも必要だからと父がボトルを毎年贈ってくるそれは血液と呼ばれる代物で。
     視界の先で、遮るものがない満月の下で、先端を淡く光らせた銀髪がいやに柔らかく揺れていた。朝焼けの清涼さを詰め込んだ青の双眸が、深夜の暗闇でこちらを見下ろしている。
     顔に降り注ぐ不快な血液は、ドラルクを庇うように立った見知らぬ誰かの胸を貫いた指先から垂れていた。
     言葉が出なかった。助けてもらった礼も、相手の身を案じることもできず、ドラルクは完成された静謐な美に釘付けになる。
    「畜生」
     青年にしか見えない何者かの声が怒りに震えた。彼は己の胸を貫いていた吸血鬼の腕を無造作につかむと捻ってちぎる。腕を関節からもぎ取られた吸血鬼が何かをわめいて銀髪の青年に襲い掛かり、殴られて爆散した。
    「……は?」
     爆薬が爆発したのではない。青年はたったいま拳で吸血鬼を殴り、肉片に変えたのだ。みちみちと聞き慣れない音を立て、青年の胸に開いた空洞が塞がっていく。
    人ではない。そうだろう。人間なら胸を貫かれたその時に死んでいる。
     夜の海で朝焼けが昇るように、ゆらりと開いた蒼の双眸がドラルクを捕らえた。開いた唇から吐き出される両者の吐息が白く染まる。相手側の舌は赤く、並びの良い歯列には鋭角の牙。恵まれた体躯を持った青年はドラルクの腰を掴むと引き寄せた。
     恐怖に強張ったドラルク身を青年が抱きとめると、彼は泣きそうな声で言った。
    「何でまた。また俺がおまえを殺しちまう」
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